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一期一会のプリマヴェーラ

これは東方projectの二次創作になります

 うっすら雪が積もった暁の妖怪の山。

 その一角にある、切り立った岩場の上にレティ・ホワイトロックは腰をかけている。その表情は浮かなく、どことなく苛立ちを感じさせた。

 彼女は、どうして自分がこんなに苛立っているのか分からず、戸惑っていた。

 今座ってる岩の座り心地が悪いせいか。はたまた、昨日会った氷精の無神経な一言のせいか。あるいは時期的なものによる体の不調のせいか。

 改めて考えてみると、思い当たる節が結構あるが、ここまでの苛立ちを覚える要因としては、いずれも決め手に欠いていた。その時だ。


「よいしょー。よいしょー。よいしょー。よいしょー」


 脳天気なかけ声に気づいた彼女は、ふと岩山の下をのぞいてみた。すると、岩山をよじ登っている小さな影に気づく。そして、それを見て、ようやく自分が苛立っている理由にも気づいた。


 ――あぁ……。


 思わず手で額を抑えて、レティは大きくため息をつく。いっそ岩ごと砕いて、このよじ登っている奴を谷底へたたき落としてやろうかとも思ったが、そんなことしても無意味なことくらい彼女もわかっていた。

 そもそもの話、実際に岩を砕けるかどうかも怪しい。というのも今の彼女は弾幕ごっこをする気力も沸かないほど、力が弱まっていたのだ。

 そうこうしているうちに「よいしょーよいしょー」のかけ声が大きくなっていき、それに伴って彼女の苛立ちも一層強くなっていく。そしてついに、そのかけ声の主は、彼女の目の前に姿を現した。


「ふう、やっとみつけたー」


 その正体は、その特徴的な白い服こそ、岩山を登ってきたせいで、あちこち汚れてはいたが、春を告げる妖精こと、リリーホワイトだった。


「……ちっ。来やがったわね」


 吐き捨てるように言うと、レティは彼女をにらみつける。対してリリーホワイトは笑顔で言葉を返す。


「ええ。おかげさまで、今年も無事やって来れましたよー」

「あ、そ」

「と、いうわけで、レティさん。とっとと退散して下さい。そうしないと私が力を出せないので」


 彼女が無邪気な笑顔で、そんな事を言ってきたので、思わずレティは語気を強めた。


「……あのさぁ? アンタさぁ、毎っ年毎っ年思うんだけど、よっくもまぁ、私の居場所を、こう見つけられるもんだわねぇ?」


 リリーホワイトは笑顔で言い返す。


「そりゃ、春ですから」

「答えになってないのよ!!」


 そう、去年もレティはわざと洞窟の奥底に隠れていたが、彼女は、土汚れで真っ黒になりながらも、最後はレティを見つけ出していたのだ。

 レティはそこまでしても自分を追い出したいのかと、呆れを通り越して、思わず感心すらしてしまっていた。


「……まったくさぁ。こんな岩山をわざわざ登ってくるなんて、物好きもいいとこだわ。何。その羽は飾り?」

「あー……。まだ目覚めたてなので上手く飛べないんですよー。それに寒いし」

「……へえ、それって、もしかして私のせいって事かしら?」

「はい、割とそうですね」

「あっそ……」


「もう何言っても無駄だ」と、ばかりにレティが、ふと天を仰ぐと、東雲の空に雲が浮かんでいるのが見えた。

 どうやら今日は良い天気になりそうだ。彼女は見上げたまま、思いを巡らす。


「……ねえねえ。レティさんってば」

「……何よ。邪魔しないでくれる?」

「ねえねえ。レティさん。冬ってどんな感じなんですか?」

「……はあ?」

「私、冬は体験したことないので、どんな感じかわからないんですよ」


 レティは一瞬、唖然としてしまうが、わざと嫌みっぽく返す。


「……まあ、そりゃあ、温室育ちのあなたには寒いでしょうねえ。寒くて寒くて寒くて寒くて、それこそ一瞬でガッチガチの凍り付けになって、二度と外に出てこれなくなるんじゃないかしらぁ?」

「わー。それは嫌ですねー! 寒いのは苦手です!」

「そういうことよ」

「なるほどー。そういうことですかー」

「私だってそうよ。春の麗らかな陽気に囲まれるのは嫌だし」

「なるほどー。そういうことなんですね」


 そう言って、にっこりと笑みを浮かべるリリーホワイトを見て、一体どこまで理解してるんだろうか。と、レティは半ば諦め気味にため息をつく。

 気がつくと、空は徐々に明るくなり始め、薄い紫色に染まりつつあった。

 曙。いや、時期的に言うと春曙か。

 その空の色を見て、何かを悟ったレティは、思わず目を潤ませながら、自嘲気味な笑みを浮かべ、すっくと立ち上がる。


「……そんじゃ、ま、死神はとっとと退散するとしますかね」


 そう言葉を漏らした彼女が、顔を背けたまま、立ち去ろうとしたときだ。


「レティさん!」


 呼び止められたレティが思わず振り向くと、その反動で頬から雫が散った。


「……なによ」


 レティが、濡れた頬を気づかれないように、そっと指で撫でながら尋ねると、リリーホワイトは満面の笑みを浮かべて告げた。


「レティさん! 冬の次は春なんですよ! だから、また来年会いましょうね!」


 彼女の言葉に、思わずあっけにとられてしまったレティだったが、すぐに後ろを振り向いて言い放つ。


「……ふん、アンタになんか二度と会いたくないわ!」


 更に少し間を置いて、呟くように一言付け加えた。


「……ま、せいぜい、いい春を送りなさいね」


 そう言い残すと、まるで挨拶するように手を掲げながら、レティは静かに去っていった。


「さよーならー!」


 リリーホワイトは両手を振って彼女を見送ると、岩場に腰をかける。

 すっかり空は明るくなり、気温も徐々に上がってきていた。これなら雪は数日で溶ける。

 彼女は、暖かい日差しに照らされ、気持ち良さそうに、ゆっくりと目を閉じた。


 □



「あら、小さい春見ーつけた」


 そのまま、うたた寝をしてしまっていたリリーホワイトが、声に気づいて振り返ると、そこには秋静葉の姿があった。

 彼女はリリーホワイトのそばに腰をかけると、思案げな顔で彼女に尋ねる。


「……ふむ。あなたが、ここにいるって事は、あいつはもう去ったのね」

「あ、はい! 今朝くらいに」

「あらそう。残念ね。あいさつの一つでもしてやろうかと思って来たんだけど……」

「大丈夫です! また来年の冬に会えますよ!」


 と、リリーホワイトが笑顔で返すと、静葉はふっと笑みを浮かべる。


「……ま、そうね。確かにあいつには会えるわ。でもね。春告精さん」

「……ん? なんです?」

「一期一会って言葉、知ってる?」


 すかさずリリーホワイトは、ぱぁっと表情を輝かせる。


「え! イチゴですか!? 甘酸っぱくて美味しいですよねー! 私、イチゴ大好きなんですよー! イチゴ大福にー、イチゴアイスでしょー。それにイチゴのケーキ! まさにこれからが旬の季節なんですよね!」


 彼女の勢いに、思わず静葉は、くすっと微笑む。


「ええ、そうね。確かに春はイチゴが美味しい時期だわ。私も好きよ。でもね、今話してるのはイチゴのことじゃなくて……」

「あれ? 違うんです?」

「一生には、一度きりしか巡り逢えないものがあるって話よ。そう、私にもあなたにもね」


 きょとんとした表情で静葉を見つめているリリーに、静葉が笑みを浮かべたまま、何かを言おうと口を開いたその時だ。


「姉さぁーん! ふきのとういっぱいとれたよぉー! もうかえろー!」


 遠くの方から、何やら誰かが大声で叫んでいるのが聞こえてくる。それを聞いた静葉は、苦笑しながら、リリーホワイトに告げた。


「あら、あの子が呼んでるみたい。それじゃ、また桜の咲く時期に会いましょうね」


 そう言うや否や、静葉はすっと立ち上がり、一礼をしながら姿を消す。

 その場に取り残されたリリーホワイトは、彼女がいた場所を見つめたまま呆然としていた。



 □


「う、さむい……!」


 まだ雪が残っているだけあって日が傾くと、まだ寒さが勝る。

 辺りが暗くなったので、リリーホワイトは木のうろへと身を隠した。

 冬の妖怪レティ・ホワイトロックはすでに去った。しかし、彼女が去ったからと言って、すぐに春になるわけではない。桜を咲かせるには、さすがにまだ気温が低すぎる。

 現に辺りは、冷気を帯びた風が吹き荒れている。この夜風は、雪が完全に溶け去るまでは続く。

 春を告げる時期が来るまで彼女は、こうやって身を潜め、ゆっくりと力を蓄えているのだ。


(それにしても……)


 彼女の脳裏には昼間の静葉の言葉が、繰り返し再生されていた。しかし、どうも今ひとつ飲み込めずにいた。


 一生には、一度きりしか巡り逢えないものがあるって話よ。

 そう、私にも、あなたにもね。


 一生に一度しか巡り逢えないものって何だろうか。毎年毎年、同じサイクルを繰り返し続けている彼女にとって、すぐに心当たりのあるものを見つけることはできなかった。


(うーん。わかんない)


 彼女は考えるのをやめた。

 ふと、空を見上げると、澄んだ夜空に、満天の星が見える。今は澄んで綺麗な夜空も、いずれは春の霞がかった夜空へとかわっていく。そして、その夜空の元で、人々(妖怪や神や妖精も)皆こぞってお花見を楽しむのだ。

 彼女はお花見が大好きだ。それは春の妖精として当然のことなのだが、彼女はお花見そのものを楽しむというより、お花見を楽しむ人々の姿を見るのが好きだった。

 自分が咲かせた桜を見て喜ぶ人たちを眺めているのが、彼女にとってこの上ない喜びだったのだ。


「もうすぐ春ですよー……」


 ふと、彼女は呟いた。特に誰かに言ったわけではない。

 当然、辺りには何者の気配もない。依然として夜風は冷たく、澄んだ星たちは、自分を見下ろし続けている。

 ややもすると孤独感と寂しい気持ちに苛まれる状況だが、彼女には不思議とそれはなかった。

 それは彼女の持ち前の……と、いうより妖精元来の楽天的な思考によるものもあるが、それに加えて彼女の場合は、これから必ず春が来るという絶対的な安心感と、他の妖精仲間たちに会えることに対する楽しみが、それらを上回っていたのだ。

 彼女の仲間の妖精たちは、自分と違って常に一年中活動出来る。彼女にとってそれは羨ましくもあり、少しだけ疎ましくもあった。しかし、色々思うところはあるにせよ、仲間には違いなかった。

 今のところ特に関係性も良く、きっと今年の春も、またつるんでイタズラを企むことになるのだろう。それこそ、いつもの年と同じように。


(あー楽しみだなー。早く、皆に会いたいなー。お花見したいなー……)


 そんなことを考えているうちに、彼女はいつの間にか眠りに落ちてしまう。

 雲切れ間から顔を出した月が、彼女をあやしく照らし出していた。



 □


 リリーホワイトは、春めく陽気の下、他の妖精たちと遊んでいた。氷精チルノと大妖精、通称大ちゃんだ。少し遠くでは、三月精たちが桜の木の下で賑やかにお花見をしている。

 それは毎年繰り返されるいつもの風景だった。

 ふと、チルノが彼女に向かって口を開く。


「あ、そうだ。聞いて!」

「ん? なになに?」

「あたいね! 今度、月に行くの!」

「ええ?」

「月に行くんだよ! 月に移り住むんだ!」

「ええと、どういうこと?」


 困惑する彼女に、チルノは笑顔で言う。


「月は良いところなんだよ! 寒くて住みやすいんだって! レティが言ってた!」

「へーそうなんだ。そういえば、チルノは寒いところ好きだもんね。それでいついくの?」

「明日!」

「えー!?」

「そう、だからリリーに会うのは今日が最後なんだ!」

「えーー!?」


 するとそばにいた大妖精が口を開く。


「……私も最初聞いたときはびっくりしたんだけどね。でも、チルノが自分で決めたことだから」

「……そっかー」

「そういう私も、明日から紅魔館のメイドの仲間入りだしね」

「えー!? 大ちゃんもなの!?」

「うん。そう。知り合いのメイド妖精に誘われてさ。それで前に一度、一日体験してみたの。そしたら採用って言われて」

「そうなんだ! すごいね!」

「えへへ。ありがとう。リリー。でもね。前みたいに皆と会えなくなっちゃうのは寂しいな……」


 と、大妖精が少しうつむき加減でいると、チルノが胸をどんと叩いて告げる。


「大丈夫よ。あたいが月から皆を見守っててあげるから!」

「そっか! それなら大丈夫だね!」


 そう言って笑い合う二人を見て、リリーホワイトはどことなく一抹の寂しさを感じざるを得なかった。

 彼女がふと、桜の木の方を見ると、さっきまでいた三月精たちの姿がなくなっている。

 桜は依然として華やかに咲き誇っていたが、どことなく、もの悲しさを感じさせた。

 チルノと大妖精は二人の世界に入ってしまっており、なんとなく引け目を感じた彼女は、そっとその場を離れようとする。


「……あら、逃げるの」


 声に気づいた彼女が、振り返るとそこにはレティの姿があった。


「せっかくのあなたの好きな春なのに」


 レティは意地悪そうな笑みを浮かべて続ける。


「それじゃ、また冬に戻してあげるわ」

「え!?」

「私は冬が好きなの」


 レティがそう言うなり、辺りは一瞬にして冬景色になってしまう。桜の木は枝のみとなり、空は真っ白な雪雲に覆われる。

 そういえば昔、同じような異変があったのをリリーホワイトは思い出す。あの時は桜の時期になっても寒さがずっと続いたままだった。


「急いで、春度を集めないと……!」


 彼女が慌てて周りを見回すが、春らしいものはどこにも見当たらなかった。それどころか、さっきまでいたチルノや大妖精の姿もいつの間にか見えなくなっている。レティが言う。


「私は私。あなたはあなた。春も夏も秋も冬も、皆同じようで違うのよ。言ったでしょ? いい春を送りなさいって。ほら、今は春よ?」

「そんな! こんな春はないですよ!」

「それでも今は春なのよ」

「嘘です! 春を返して下さい!」


 彼女の視界は雪で白く覆い尽くされ、とうとう何も見えなくなってしまった。



 □


「やだぁーーー!!」


 リリーホワイトが、大声を上げながら目を開けるとそこは、夕べの木のほらの中だった。


(あれ、夢だった……?)


 彼女は、ほっとため息をつき、まだドキドキしている胸をおさえながらゆっくり起き上がる。


「はぁ……。変な夢見ちゃったなぁ」


 悪い夢だった。どうしてこんな夢見てしまったのか。もしかして昨日会った静葉の言葉のせいか。あるいは、このまだ少し肌寒い、山の外気が原因なのか。

 外へ出ると、暖かな日差しが彼女を包み込んでくれた。すでに太陽は真上近くに昇っている。どうやら結構眠ってしまっていたようだ。

 彼女は、眠気覚ましがてら周りを散策してみた。そういえば、昨日、誰かが、ふきのとうがどうのこうの言ってたのを思い出したので、彼女は沢の方へ向かうことにした。気分を紛らわせるために少しでも春を見つけたかったのだ。


 沢に向かう途中、彼女は何度も昨日の夢を思い出した。いつもなら夢の内容はすぐ忘れてしまうものだが、昨日の夢に限ってなかなか忘れられなかった。

 沢に向かう斜面をゆっくり降りる。羽が生えているとはいえ、少しでもバランスを崩すと谷底の川へ落ちてしまう。まだ冷たい早春の川なんかに落ちてしまったら、体調を崩してしまいかねない。そうなってしまったら、春の訪れが遅くなってしまう。春を告げる妖精として、それだけは絶対避けなければならない。避けなければならなかったが、それ以上に彼女は、気を紛らわせるためにふきのとうを見たかったのだ。


「よいしょ。よいしょ」


 ゆっくりと斜面を降りると、ようやく谷底の沢が見えてくる。


「多分この辺に……」


 彼女が辺りを見回すと、沢のすぐそばの原っぱに、ふきのとうがひょっこりと顔を出しているのを見つけた。


「わあ。あったあった!」


 彼女は、そばに腰をかけると、ふきのとうを眺める。ふきのとうは、この時期の貴重な食材だ。しかし、彼女にとってふきのとうは食材としての価値はどうでも良かった。むしろ、独特のほろ苦さが、なんとなく苦手なくらいだ。

 それより彼女にとってふきのとうは、冬と春をつなぐ、橋渡し的な意味で貴重な存在だったのだ。


「小さい春みーつけた」


 彼女はどこかで聞いたようなセリフを言うと、にっこり微笑んだ。

 よく見るとふきのとうは、いくつか顔を出しており、それこそ、まさに、地上へ顔を出したばかりと思われるものもあれば、少し成長しているものなど、様々だった。


「えーと。こっちの小さいのはチルノで、その横の少し大きいのは大ちゃんかなー」


 彼女はそんなことを言いながら、すぐそばのふきのとうを、嬉しそうに眺めていたが、ふと、昨日の夢を思い出してしまう。


「……皆と別れるようなことがあったら嫌だなぁ」


 と、彼女がその二つのふきのとうを眺めながら、思わず物思いに耽っていたその時だ。


「お。なんかいると思えば、春告精か! 梅は咲いたか桜はまだかいな」


 彼女が振り返ると、そこには霧雨魔理沙の姿があった。彼女は手提げかごを持っている。


「あ、魔理沙さん。こんにちは!」

「よう。こんなところで何やっているんだ?」

「あ、いえ。別に何も……」

「なんか怪しいな」

「なんでもないですよー!」

「おや、おやおやおや?」


 と、魔理沙は何かに気づき彼女のそばに近づく。


「お、これはこれは、ふきのとう様じゃないか! なるほど! 近くにお前がいるわけだ」


 そう言いながら、魔理沙が、彼女のそばのふきのとうをつまもうとする。すかさずリリーホワイトが制止した。


「そのふきのとうは取らないで下さい!」

「え、なんでだよ。せっかくのご馳走だぞ。みすみす見逃すわけに行くか! 知らないのか? ふきのとうは天ぷらにすると美味いんだ」

「いや、わかってますけど、その二つのはだめなんです! とったらバチが当たります!」

「そ、そうなのか……? よくわからんが」

「だめなものはだめなんです! そのかわり、その奥に生えてるのならいくらでもとって良いですよ!」

「そうなのか。なんかよくわからんが、わかったぜ」


 リリーホワイトの勢いに圧された魔理沙は渋々、奥のふきのとうを摘み始める。彼女はほっとした様子で、ふうと息をつくと、その二つのふきのとうを、眺め続けていた。

 やがて、ふきのとうを摘むだけ摘んだ魔理沙は、満足そうな様子で告げる。


「おう。そんじゃ邪魔したな。今年も見事な桜を期待してるぞ? なんせ綺麗な桜の下で飲む酒は格別だからな。花見で一杯ってな」

「あ、待って下さい!」


 彼女が上機嫌そうに去ろうとしたところを、リリーホワイトは思わず呼び止めてしまう。


「ん? なんだ。このふきのとうはやらんぞ? 腹を空かせた子たちが私の帰りを待っているからな。そんなのはいないが」

「あの、魔理沙さんにとっての、一期一会ってなんですか?」

「なに……?」


 怪訝そうな表情を浮かべる魔理沙に、彼女は再び言う。


「一期一会です」

「……随分また難しいことを聞いてくるもんだな。なんだ。最近の妖精は人生哲学とか問うてくるのか?」

「あ、いえ。ちょっと気になって聞いてみただけです」

「なんだ。私はてっきり、茶道にでも目覚めたのかと思ったぜ。桜の下で飲む抹茶もなかなかのお手前ってやつだからな。ふむ。一期一会か……」


 と、魔理沙は顎に手を当てて考えていたが、やがて、にっと笑みを浮かべて彼女に告げる。


「そうだな。私にとっては、今この瞬間だな!」

「この瞬間……です?」

「ああ、そうさ。お前とこうやって今ここで会ったこと。そしてこのふきのとうに出会えたこと。いずれも私にとって一生一度の出会いとなるのだろう。多分な」


 ――あー……!


 リリーホワイトは、得心を得たように目を開く。


「どうした? 何か一瞬、辺りが生暖かくなった気がしたが」

「ありがとうございまーす! 魔理沙さん! じゃあ、また春に会いましょう!」

「お。おう……?」


 リリーホワイトは、状況が飲み込めずに呆然としている魔理沙を置いて、勢いよく上空へと舞い上がった。そして、彼女は山を見下ろせるほどの高度まで来ると、下を見下ろす。

 そこからは妖怪の山だけでなく、紅魔館、さらには遠くの里までも見渡すことができた。


 ――静葉さん! やっとわかりましたよ! 私にとっての一期一会が!


 彼女は大きく息を吸うと満面の笑みを浮かべ、下界に呼びかけるように大声で叫んだ。


「もうすぐ春ですよーー! 今年一度きりの春を、思いっっっきり楽しんで下さいねーーー!」


 息を切らせながら、満足そうな笑みを浮かべている彼女に、春の訪れを感じさせる優しい陽光が、きらきらと降り注いでいた。


冬が過ぎると大地が目覚め、草木も芽生える。そして寝ていた虫や動物たちも再び動き出す。春もまた、実りある季節なんですね。

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