百獣
「もうっ、折角シフィーさんとの大自然温泉デートな筈でしたのに! 台無しですわ!」
「着いたら壁を作ってあげるから、まあ落ち着いて」
ベスターに教えられた秘湯へ向かう途中、荒れだした吹雪がシフィーとミリスを襲う。
手を伸ばした先もよく見えず、一歩一歩を慎重に進み。
しばらく行くと、どこからか人の声が聞こえて来た。
一人二人ではない――――大勢の賑わう声だ。
その声がする方へ行くと、突然大きな壁が現れ。
思い切って飛び越えた先見えたのは、この世に存在する多くの男子が切望する景色、女湯であった。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「考えもしなかったわ――――まさか、ベスターの掘った温泉が観光地になっていただなんて」
「おかげで素敵なデートになりそうですわね! 浴衣で温泉巡りだなんて、特別感がヤベェですわ!」
「気に入ったようでなによりだわ」
女湯を脱出した先を探査機した結果、この壁の内側は温泉街なのだと発覚した。
浴衣をレンタルし、整備された道を歩き――――漂う硫黄の香りに財布の紐も緩み、 温泉饅頭、温泉卵と、本能のままに買い物を楽しむ。
「シフィーさん、アレを見てくださいまし! 温泉地なのに木刀が売ってますわよ!」
「そういうものよ。木刀はね、どこで売ってもいいの」
「そういうものなのですね――――あっ! 次はそこですわ!」
ポーチから一枚紙を取り出す。
よくある温泉スタンプラリーの台紙だ。
そこには温泉街のマップとスタンプの位置が描かれており、内一つがすぐ目の前に。
脱衣所にて服を脱ぐも、シフィーはずっとミリスの視線を強く感じ――――なんともむず痒い感覚だ。
「普段は隠れて見られてるからまだあれだけれど、こうして横で見られると中々来るものがあるわね」
「嫌、だったでしょうか?」
「恥ずかしいわ」
「シフィーさんが頬を赤らめて…………! キュンですわっ!」
二人揃って髪を団子型に丸めたら、桶で軽く汗を流して湯に浸かる。
体と一緒に台紙を浸けると温泉が孕んだ特殊な魔力に反応してマップ上、今いる温泉の位置にインクが滲み出た。
「極楽ですわ~」
「本当ね。最近は戦ってばかりだから、その疲れがよく取れるわ」
エビぞりに背筋を伸ばして胸を突き出し、後に脱力して欠伸を。
筋繊維の一本一本が弛んで溶けだす様な感覚にリラックスして、ついぼーっとしていると、背後に足音が近づいて来る。
シフィーの真後ろでぴたりと止まったので、なんだ知り合いかと見上げると、そこに見えたのは立派な二つの小山であった。
「立派なものをお持ちで――――下からじゃ顔も見えないわよ」
「ん? どうかいたしまして?」
遅れて見上げたミリスが驚いた様に目を見開いて黙った。
決して顔が見えなくなる程の巨乳に驚いたわけではない――――
背後の女は、温泉に居るにもかかわらず服を着ていた。
「がっかり、動き出すまでが遅いのね」
「シフィーさん――――!」
叫んだ瞬間、ミリスの全身がピンク色をした掌サイズのガラス玉に変わる。
それと同時に湯から飛び出し戦闘態勢に入ろうとするが、脚に力が入らずへたりと座り込んでしまった。
「自己紹介をしておきましょうか――――魔界侯爵、色魔王のメリュジーヌ。魔王様の命令で貴女を攫いに来たのだけれど、まあこっちでも良いわね」
「逃がしやしないわよ…………!」
「そんな腰砕けでどうやって追うの? 私のフェロモンを嗅いですっかり発情した体で」
「魔力形式・2ndッ!」
作り出された鎖が、水切りの要領で水面を叩きながらメリュジーヌへと向かう。
「ほーら、ガンバレっ! ガンバレっ!」
脱力した体で放った攻撃は簡単に片手で叩き落とされ。
硫黄臭の中に混じる甘い匂いに気づくと、それがフェロモンの香りであり、脱力の原因であると理解した。
直接攻撃は力が入らず、遠距離から撃とうにもガラス玉に変えられてしまったミリスを盾にされては困る。
仕方ないとため息を漏らすと、一切の魔力を消して両手を上げ降参のポーズを取った。
「見ての通り、抵抗しないわ。だからミリスを開放して私を連れて行きなさい」
「あはっ、降伏してるくせに反抗的な目、食べちゃいたいぐらい可愛い――――でも、駄目ね」
「なっ…………! どうして! 抵抗なんてしないわ! 媚びろって言うんならいくらでも…………!」
「だって貴女、捕まえるよりもこっちの方が大人しそうなんだもの」
動かぬシフィーへ歩み寄ると、顔に息を吹きかけ。
空気に希釈しない高濃度のフェロモンを口や鼻より流し込んだ。
「安心なさいな。人質は生きてるから価値があるの。貴女が大人しくしていればこの子は私の部屋で首輪をつけて可愛がってあげるから――――」
瞬間、シフィーが抑えたばかりの魔力を垂れ流した。
普段とは違い、全く制御せず完全な垂れ流し状態――――温泉街とそれを超え半径十キロ圏内の生物九割が驚く間もなく気を失い、残った者の大半も努力虚しく倒れた。
大気は震え湯は沸騰して雪は解け、それらの現象全てがシフィーによる威圧の結果である。
「殺す。お前とお前に指示したフリートだけは絶対に。どこに逃げても殺す。どう命乞いをしても、事情があったとしも、地獄の果てまで追いかけて殺す」
「怖い子ね…………怖いから、退散してしまいましょうかしら」
流れた冷や汗が、あまりの魔力量に蒸発する。
湯に魔力を通して魔物に変えようとするが、怒りによって冷静さを欠いて魔力操作を誤り――――
暴発の結果、魔物は姿を見せなかった。
これを好機と見たメリュジーヌが逃亡を図り跳ぶと同時、胴が透明の拳にて打ち抜かれる。
一キロ近く飛ばされたメリュジーヌは辛うじて動きに障らない程度のダメージで済んだ。
「本当に怖い子…………でも、この程度なら!」
「何だぁ? ガキの魔力を感じて来てみれば原初が出てるじゃねえか」
再度逃亡を図るメリュジーヌの真横、駆け付けたベスターが言った。
魔界に於いて、始祖はこちらの世界よりもよく知られた存在――――当然その戦力も知られており、結果メリュジーヌが導き出した最適の行動は変わらずの逃亡。
だが地面に倒れ込んだ状態より起き上がろうとすると、両足に白亜の炎が矢の様に突き刺さる。
「端役が必要以上の動きをすんじゃねえ」
言い残し、原初に向かいベスターは駆け出す。
半透明な巨体に向かい思い切り拳を振り抜き、衝撃――――王城並みの体が倒れ、山が揺れる。
「よおシフィー、随分なモン作ったじゃねえか」
「向こうに居る女を捕まえて。アイツはミリスを攫ったの…………! だから、必ず殺さないといけないの…………!」
「軽く足を焼いて来た。それに、被害規模を考えればこっちが優先だ」
原初は今の一撃で大したダメージを負っていない。
起き上がると、空気を揺らして咆哮とし。
大気を固めてベスターへ放った。
「相変わらず図抜けた魔物だな――――面白くなってきたぜ」
素手、無傷、そして不敵な笑み。
これが始祖の獣人、ベスター・バックスだ。
読んでくださりありがとうございます!
もし面白いと思ってくださった方は、レビューや感想、ブクマなどもらえると嬉しいです!
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




