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シフィーのトラウマ

「んっ………………ここは………………」


「あらミリス、目を覚ましたのね」



 ミリスが目を覚ますと、そこは壁の一面が格子となった無機質な部屋。

 その部屋を構成する全てが魔力を通さない特性を持った沈黙石という素材であり、魔法や魔術、魔力攻撃での脱出は不可能だ。



「犯人の心当たりは?」


「アリ寄りのアリですわ……………………(わたくし )は歴とした貴族の娘。家が買う恨みが降り注ぐことは少なくありませんもの。おおかた、どこかの没落貴族が店の者を買収して飲み物に薬を混ぜたって所ですわね」


「貴族も大変ね」



 背伸びをして、シフィーは格子窓から外を眺める―――見えるのは木々と、地面と、星空のみ。



「ねえミリス、二人の囚人が――――――」


「シフィーさん、足音が聞こえますわ…………!」



 言葉を中断されたシフィーは仕方なく耳を澄ます―――確かに近寄る足音が三人分。

 部屋の外、やって来たのはクルクル髭の紳士的風貌の男とそれに付き従う取り巻きと。


 紳士は自身の髭を整えながら鼻を鳴らし―――楽しそうに牢内の二人を見下ろす。



「ミリス・ロロペチカ―――私を覚えておいでかな?」


「ビリアニア・ペペロンチーノ卿…………いえ、今は家名を剥奪されただのリリアニアですわね。(わたくし )に違法奴隷の密輸を告発され投獄された筈ですが、いつ頃出て来たので?」


「相変わらずの減らず口………………復讐のしがいがありそうですね」



 ミリスの五体を品定めするように眺めながら舌舐めずりを。

 元貴族とは思えない下品さで、狙いは明白―――思わず身震いしたミリスはシフィーへと抱きつき、ビリアニアを睨みつけ。


 だがビリアニアはその視線すらも楽しそうに、下品に笑った。



「明日の晩再び迎えにこよう―――ミリス・ロロペチカよ、それまで震えて待つとよい! あぁ、待ち遠しいなあ」


「キメェですわ…………! 悪漢ですわ…………! あの男(わたくし )とぬちゃぬちゃのちょめちょめするつもりですわ………………!」


「フフフなんとでも言うと良い。その強がりも、明日の晩までよ! 貴様らには隣の白髪の女をやろう」



 ビリアニアと取り巻き達は高笑いしながらその場を去る―――その声が聞こえなくなった辺りで、ミリスの表情は睨みから申し訳なさそうなものへと変化。


 ごめんなさい、ごめんなさいと呟き始める。



(わたくし )のせいで貴女まで巻き込んでしまったわね………………ごめんなさい、きっと何とかしますわ。なのでシフィーさん、どうかタイミングを見つけてお逃げください」


「タイミングなんてあるの? 私は後ろの二人の慰み物になるらしいけれど」


「それは…………何とか、私が三人を相手してみますわ。これでも(わたくし )、縁談の話が絶えないぐらいには良い女だと自負していますの」


「話にならないわね。それこそ、二人まとめて抱かれて終わりよ」


「では、どうすれば………………」



 抱きついたまた眉を顰めるミリスを振り解き、シフィーは再度格子窓から外を眺め―――そして少し楽しげに、意識的にかっこいい顔をした。



「二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めた―――一人は泥を見た。一人は星を見た。ミリス、貴女はどっち?」


「シフィーさん、貴女って人は…………! 勿論、(わたくし )は星を見ますわ!」


「私好みよ、ミリス―――じゃあ、脱獄しましょう」


「ええ!」



 前世の記憶にあったコミックからの引用でしかない言葉―――しかし、それがミリスを勇気付けた。

 自己犠牲などという泥の選択肢は捨てる―――星の様な、輝く明日を目指す勇気を。

 

 表情から申し訳なさは消えており、誘拐以前の明るいものへと戻ってる。



「決行はやはり明日の晩―――奴らがやって来たタイミングで?」


「いいえミリス。そんなに待っていてはお腹が空いてしまうわ―――だから、今よ」



 言いながら、シフィーは格子を蹴り破った。

 廊下への道が堂々開通―――魔力を通さぬ素材で出来ていたが、純粋な物理攻撃に対する耐性は通常の鉄格子同様レベル。


 魔族であるシフィーを閉じ込めるには、心許ない。



「シフィーさん、貴女って人は…………」


「さて行きましょう―――ついでにあの髭も捕まえるわよ」



 二人は部屋を出た。

 廊下はそう長くなく―――少し行くと下り階段が。


 目覚めた部屋の格子窓から見える景色的に、階段を下った先は地下。

 二人は悩まず降り進んで行くが、道は登り下り曲がりくねり―――複雑な道筋で同じ景色を繰り返すが故に、二人の脳内マッピングはすぐに狂った。

 



「今どのあたりなのかしら?」


「小一時間は過ぎましたし、そろそろ外だと思いたいですわ」


「もはやここが地下か地上かすら分からないわね。四方八方ぶち壊して出れれば良いのだけれど、私は兎も角ミリスが生き埋めになるわ」


「そもそも壊せませんわ。素材が沈黙石ですのよ?」


「魔力が通らないってだけで、壊す手段はいくらでもあるわ―――まあ今回は壊しちゃいけないから、壊さない方向で行くのだけれど」



 魔力を垂れ流す―――外ならばすぐに霧散してしまう程軽い魔力だが、今この場は沈黙石に囲まれている。

 霧散しようとしたところで沈黙石に拒まれ、魔力は広まって行き。

 そして暫く来た道を戻った位置で、道とは別の箇所に魔力が吸い込まれて行く感覚を発見した。



「戻るわよミリス―――抜け道を発見したわ」


「ちょっ、シフィーさんいきなり何をっ!」



 シフィーはミリスを抱き上げ、来た道を逆走し始める。

 爆走―――未だかつてない速度の移動に叫びながらも、ミリスは笑う。


 日々求めていた刺激が今ここにある―――自分を抱き抱える少女は、それを与えてくれる。


 彼女の耐え難い退屈の日々は今、終わりを迎えようとしていた。




 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘




「脱獄までは織り込み済み―――しかし奴らこの隠し通路には気づくまい。疲弊した所を捕まえて後は我々の手籠。貴様らも心躍るであろう?」



 牢の近くにある隠し部屋にて、取り巻きと共にワインを楽しみながらビリアニアは言う。

 一眼見てシフィーの保有魔力量は常人のソレではなく底無し―――沈黙石の牢は熟練の魔導士を捉えるべく作られているが、ビリアニアはそれとシフィーが同列でない事を即座に判断。

 この建物の仕組みを利用して、捕らえておくのではなく疲弊させる方向へと考えをシフトした。



「あのオマケの女も中々の上玉だが、だがやはり私はミリスを………………あの生意気な娘の表情が苦悶と快楽に歪む様。あぁ、考えただけでも――――――」


魔力形式(マジックフォーム )1st( ファースト)



 ――――――次の瞬間、部屋の天井が打ち破られた。


 突如とした現れたシフィーは、空中で崩れ落ちる瓦礫を蹴って移動―――即座に取り巻き二人の首を落とす。



「考えただけでも、何?」


「貴様っ!」



 懐よりナイフを取り出したビリアニアの片腕を捻り上げ、武器を落とさせるのと同時に確保。

 膝裏を蹴り無理やり跪かせたところで、背中を踏んで首筋にナイフを突き付ける。



「一先ず殺しはしない、安心しなさい―――そしてお前は牢屋に逆戻りよ」


「この力…………貴様何者だ!」


「ミリスのお友達。お前はそれだけ知ってればいいわ」


「舐め腐りやがって………………!」


「舐めているのはどちらでいらして?」



 瓦礫をゆっくりと下り現れたミリスが言う。

 その目は普段の活発なものではなく、冷徹そのもの―――人とはこうも冷たい目をできるのかと思わせる出来であった。



「以前は貴族としての力も残り懲役で済みましたが、今の貴方はただの前科者―――因果応報ね、懲役奴隷落ちが確定した様なものでしてよ? そもそも貴族だったとはいえ、あの現場を作り出した男がただの懲役で済んだ事が謎ですけれども」


「あの現場?」


「当時はどの新聞社もこぞって取り上げた時間だけれども、シフィーさんはご存知なくて? この男の屋敷の地下室より、奴隷狩りで連れ去られた子供達の死体、五十七人分が発見されたんですのよ―――あれを発見したのは(わたくし )ですが、思い出すだけでも気分が――――――シフィーさん?」



 牢から出るより先の話で、ビリアニアが碌でも無い事をしでかしていた事は察していた―――だから、何気なくその詳細に繋がりそうなワードが何か訊いただけだった。


 だが、その答えは想定外。

 この世界ではよくある話だ―――それでもシフィーは想定していなかった。

 敢えて、思考から外していた話であった。


 シフィーは前世―――心が強く出来上がった誰かの記憶を、心が未成熟な幼い内に見せつけられている。

 故に、前世の内は耐えれた光景でも大きく三種類ほど、トラウマになっているものがある。


 そのうちの一つが、子供への被害だ。


 内臓を抜き取られた子供の死体の山や、幼くして飢えに苦しみ餓死した子供の死体など―――その無垢な姿に似合わぬ結末を突きつけられた子供の姿が、シフィーの脳裏には焼き付いていた。



「そう、お前は子供を殺したのね―――許せない、許しておけないわ」



 トラウマの刺激により、溢れ出した感情は恐怖でなく怒り。

 アレと同じ光景を作りし者を許しはしない―――そんな怒りから、シフィーは無意識に魔力を垂れ流し。

 それだけで凶暴な魔物ですら即倒する様な威圧感を放つ。


 当然、ビリアニアがそれに耐えれる筈も無く。

 痙攣し、失禁し、泡を吐きながら気絶―――威圧感を直接向けられていないミリスですら、冷や汗を流し身震いした。


 これ以上ビリアニアが抵抗を行う事は無く―――二人は、誰に拒まれる事もなく脱出を果たした。

 ここまで馬車で運ばれたのか、ミリスのペースに合わせて丸一日歩く距離で漸く街へと帰り。


 ビリアニアは意識を取り戻す事なく、騎士団へと差し出された。

騎士団への差し出しなんてほぼ事務仕事なんだからつまらんよ



(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)


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