初めての悪意
街には火を吐く有翼、下級デーモンの群れが蔓延っていた。
外壁を飛び越え、家々を焼き、街を破壊して行く。
「お嬢ちゃん早くお逃げ!」「そっちは危険、向かうなら西に!」「何をしてる! そっちにはデーモンが!」「子供が敵う相手じゃあない!」
駆けるシフィーに声をかける人々は、皆満身創痍。
家族や家、故郷を失い、身も心も限界が近い。
「下級デーモン………………魔力形式・2nd」
鎖を放ち、周囲の敵を一蹴。
だがその数は無尽蔵であり、湯水の様に溢れる。
「急がなきゃ――――――」
「んにゃ、その必要はない」
背後より、声が響いた。
慌てて振り返ると、そこに居たのは局部の隠された逆バニーを着た金髪の美青年。
生意気な表情を浮かべ、仁王立ちである。
「僕は君を迎えに――――――ぶちべ!」
姿を確認したと同時に、後ろ回し蹴りを放ったシフィー。
言葉の途中で蹴り飛ばされた青年は、奇声を上げながら三十メートル程先で地面に倒れ込んだ。
「ちょっと! 事情も聞かずに蹴り入れるとはどんな了見さっ!」
「この場面、現れ方、敵でしょう?」
「敵じゃないよ!」
「あら、敵じゃないの―――ならごめんなさいね」
「分かればいいんだ、分かれば」
呆れた様子で青年は言うと、ため息を溢してからビシッと、ポーズを決めてシフィーを指差す。
「僕の名はジャマキリ! この街の壊滅と、君の勧誘に来たんだ!」
「やっぱり敵じゃないの」
次は青年の―――ジャマキリの顔面に対して魔力弾を放つ。
だが大したダメージは無く、肌表面だけを焦がしながらもヘラヘラとした表情を保つ。
「君を、魔王軍に勧誘しに来たんだ!」
「しつこいわ」
続けて顎目掛けて蹴り上げ。
ジャマキリを天高く打ち上げた。
「私この街が気に入ってるの―――それを壊す貴方は、敵」
「ありゃま、交渉決裂? ――――――なら、仕方がないね」
ジャマキリは曲芸師の様に口から二本のククリナイフを吐き出す。
民家の屋根に着地したと同時、シフィーに向かい突撃―――間合いに捉えたと同時に、横薙ぎ一閃を行う。
しかし次は腹に対してシフィーの蹴りが食い込み、攻撃が当たるより先に再度上空へと打ち上げられた。
だがそれを気にする様子はなし―――寧ろ楽しそうに、大地を見下ろした。
「召喚―――中級デーモン、火吹き蟲」
「貴方何を――――――」
火吹き蟲―――その名を呼び、ジャマキリは一度手を叩く。
その瞬間、街はより大きな炎に呑まれた。
ロジック達のいる屋敷を残し、民家の悉くは跡形もなく焼け落ち―――そこに暮らした人々も、非難の遅れている者は全てが焼かれた。
地上に一つ、赤いドームが焼け残った―――魔力形式・5th。
シフィーを護る盾だ。
「どれどれ、全焼したねえ! 次は、僕を拒んだ君を――――――」
言い終えるよりも先、ジャマキリは自分の体を視界に収めていた。
「あれっ…………これって、僕の体と頭サヨナラしてる…………?」
「理解が遅いのね」
街が完全に焼けてしまったならば、これ以上の被害はない。
故にシフィーは全力の跳躍を行い、衝撃で地上を破壊しながらもジャマキリを仕留めた。
ジャマキリは優先順位を誤った―――街はシフィーの動きを制限する枷であったにも拘らず、それを破壊した。
それが、致命的なまでに自分の寿命を縮める行為だとも知らずに。
シフィーに掴まれた頭部が粉砕される。
それに従い残された体も崩壊が開始―――魔族の体はその百パーセーントが魔力にて構成されており、絶命すればその形が失われる。
魔力は空気中に還り、そこにいた命の痕跡を消し去り―――ただ焼けた街の跡だけを残した。
「シフィー殿ォ、ご無事でありましょうかッ!」
「おじいちゃん………………私は平気よ、主犯の魔族も殺したわ。だけど、街が………………」
叫びながらやって来たのは、老騎士フランク。
シフィーは現状を伝えながら目を回すが、そこにあるのはここ最近で見知った露店や民家の焼け跡や、誰かも分からぬ焼死体。
大手を振って勝利とは呼べぬ被害だ。
「この街は死ぬの?」
「見過ごせぬ被害ですな………………しかし、領民の八割は避難済み。街の立て直しは見込めましょう」
「ロジックは?」
「ロジック様ならば既に二次被害の対策本部を立てその指揮に当たっています。私はそのロジック様の名により、これより敵の殲滅と、新たな敵への警戒に兵を率いるつもりでしたが………………」
「敵の頭は潰したけど、雑魚はまだ残ってる―――それと、新たな敵が無いとも言い切れない。私も一緒に回る事にするわ」
「いえ、それには及びませぬぞ―――ロジック様は私に三つの任務を下しました。一つ目は領民の避難―――これは現段階で終了でしょう。二つ目は兵力の指揮―――これは今から行う外への警戒などですな。そして三つ目ですがシフィー殿、敵戦力への対処が我々で可能な段階にまだ進んでいた場合に限り、貴殿に屋敷に帰っていただくという事なのです!」
言うと、フランクは屋敷を指差す。
灯りの中に、多くの人々の蠢く影が―――普段の街の活気とは違った、狂騒である。
シフィーは頷くと、屋敷へ向かい電光石火の超速で帰還。
騒ぐ人々の頭上を飛び抜け、臣下達に指示を出すロジックの元へと向かった。
「シフィーさん! 外の状況は?!」
「主力の魔族は殺したわ―――今はおじいちゃんが外への警戒に当たり始めている所」
「では、街の様子は…………!」
「焼けたわ、私の落ち度よ…………今この屋敷に居る人達以外は、救えていないわ」
「ッ………………了解、しました…………! では、貴女に頼みたい事があります!」
ロジックは上質な紙の上でペンを走らせ、何か綴るとそれを封筒に入れ、シュレディンガー家からの書である事を証明する蝋封を押す。
「シフィーさん、貴女には即刻この街を出て、アルカディアという都市に向かってもらいたい!」
「それは?」
「その街のロロペチカ侯爵家に対して、助力を求む書です!」
「分かった、直ぐに支度して向かうわ」
「申し訳ございません………………」
「いいわ、この街にはお世話になったもの―――少しの間だったけれど、とても楽しかった」
シフィーは封筒と方角を示す地図を受け取ると、急ぎ自身が借りていた部屋へと戻り荷物を取って街を出る。
街を焼く炎が消えるのを見る事もせず、日の上る方向へと旅を再開。
目指す先はフィーネルト―――新たな街への足取りは、決して軽いものではなかった。
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