シュレディンガー領
ロジックとフランスが合流すると、墓を掘る―――家臣達の遺体はその多くがグリフォンに食われ残っていないが、せめて取り戻した鎧を即席の十字架の元に埋め、森の静かな場所へと供養する。
二人とてその遺体や遺品を故郷へと返してやりたいとは思うが、全て持って帰るには残った馬車が少な過ぎる。
ロジックは鎧の細かな傷や調整の癖を見て、それが誰の所有物だったかを語った。
シフィーが見たどの物語にも、ロジック程家臣を愛する貴族は居ない―――こんな彼であるからこそ、自身の命を二の次にしてまで馬車内部に結界を張る程、家臣に愛されているのだなとシフィーは感じた。
「………………長くなり、すみませんでした」
「謝る必要なんて無いわ―――主人を護って戦ったんだもの。弔いぐらい、しっかりしてあげないと可哀想じゃない」
シフィーの魔力製、土を掘るのに使ったスコップが細かな魔素へと分解され空気に溶けて行く。
二人は並んで墓へと手を合わせると、背後より静かな足音が。
草木を踏み分ける音と共になる鎧の金具音からして、その正体がフランクである事を察するには振り返るまでも無い。
「終わったよフランク―――馬車の調子はどうだい?」
「こちらの修繕終わりましたぞ……………………皆、ロジック様を尊敬していました。そんな貴方にこうも手厚く弔って頂く事が出来、きっと喜んでいましょう」
護衛達を失った悲しみで言えば、家臣とはいえ普段職務で忙しく、そう会話する機会などないロジックよりも、日々訓練などを共にしていたフランクの方が深いものを持とう。
だがその様なそぶりは見せず、ただ静かにロジックを思いやる。
未だ、危険は明確に過ぎ去っていない―――何故、突如としてグリフォン達が森を出たのか。
それを解明するまで、心の不安は籠り続けるのだ。
「日が沈み出したわね」
「…………ああ、こうしている内にも新たな魔物が忍び寄るかもしれない、もう直ぐにでも出発しよう」
言うと、三人は仮手当を済ませた馬車へと戻り森を離れる。
森が見えなくなった頃―――シフィーは馬車に心地よく揺らされ、眠りについていた。
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シュレディンガー領―――それ程広いわけでもないが、人の営みで充分に賑わう街だ。
領主の乗る馬車とだけあって、検問は顔パス。
馬車は止まる事なく、領主邸である屋敷へと向かった。
「私は急ぎ、王都への連絡を済ませてきます―――フランク、シフィーさんを客間にご案内してから、今回の関係者遺族の連絡先を調べておいてくれ」
「そっちを優先していいわ」
ロビーにて、業務の共有をしていた頃にシフィーが言う。
他業務を迅速に済ませる為の気遣いではない―――これは、百パーセント彼女の楽しみのために放たれた言葉である。
「私は少し街に繰り出したいわ―――だから、私の案内は後回しでいいの」
「では、大きなお荷物だけでもお部屋へお運び致しましょうぞ」
「それじゃあ、お願いするわ」
リュックを下ろすと、シフィーは宣言通り街へ出た。
金銭は廃城より持ち出した―――この小さな街の観光程度ならば、不足はないであろう量だ。
「悪いがね、お嬢ちゃん…………これはどこのお金だい?」
「………………え?」
シフィーは目を覚ましてから一番の間抜けな声を発した。
そこは小さな串焼き屋台の前―――店主の中年男より伝えられたその言葉は、シフィーが想像だにしていないものであった。
「俺も長く生きてきたが、このコインは初めて見たモンだ…………」
「そんな…………じゃあ、串焼きは…………」
「弱るなあ、そんな悲しそうな顔をしないでくれよお嬢ちゃん…………仕方ない、今回はサービスだ!」
言うと、男は三本の串にそれぞれの具を刺し炭火で焼き上げ、シフィーへ差し出す。
それぞれ違うものであり、焼きが雑なわけでもない。
充分、商品として出せる水準のものだ。
「鶏胸、牛タン、つくね、持って行きな―――そんで、美味かったら次はちゃんと買いに来てくんな」
「ありがとう、おじさま大好き…………!」
串焼きを受け取ると、深々と礼をした後に屋台を離れ、シフィーは本格的に街の観光を開始する。
自分の持つ金が使えないと言う事なので、色々な店を見て周り、気が済むまで存分に楽しんだ。
前世の記憶で知ってこそいたが、実物としては初めて触れる賑わい、暖かさ―――砂粒の様に数え切れぬ程居て、それでも尚千差万別の人々を見て周り、その最中、冷めぬ内に串焼きを食べて舌鼓を打ち。
胸の内で収まり切らない感動を満面の笑みとして周囲にばら撒くシフィーの姿は、まるで下界に降り立った天使の様であった。
が、故に――――――。
「ありがたいけれど、嵩張るわ…………」
屋敷に帰る前に再度屋台へと赴きもう一度礼を。
その頃、シフィーの持つ荷物は山となっていた。
彼女が輝く瞳で商品を見て回れば、その店の者はそれを可愛がって、シフィーに小さな商品を寄越した。
それを繰り返し、途中籠を渡され、そこに寄越された商品が新たに積み重ねられ。
気づけば今の状態である。
「随分と可愛がられた様だな、お嬢ちゃん」
「皆んな優しい人ばかりだわ」
「この街は楽しかったか?」
「ええ、とても好きになれた」
「なら、俺も少しはサービスした甲斐があったな―――気をつけて帰んな、お嬢ちゃん」
「次はしっかり、客として来るわ」
「おう、いつでも歓迎するよ!」
こうして、シフィーの観光初日は終わった。
屋敷に戻り、客室へ案内されて落ち着きを取り戻した頃に、荷物をポーチの異次元に仕舞えばよかった事を思い出しながらリュックサックに収納。
夕食に呼ばれるまで、街のことを思い出しながら窓の外を眺めていた。
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