Fluttering white
かつて、冒険者ギルド創設者ベディヴィアは言った―――連続する一瞬の選択こそが常に隣立つものであり、友であると。
伯爵、ロジック・シュレディンガー―――彼は今、これまでの人生史上最大の選択に見舞われていた。
王都から自身の領地へと帰る最中、現れたグリフォンの群に襲われたのだ。
護衛は並の盗賊団程度ならば壊滅させられる程であり、充分と推測されていた―――森からグリフォンが出るなど、ここ七十年一度も無かったのだから。
ロジックは考える―――優秀な護衛たる部下達の命と、貴族として多くの人々に影響を与える自分の命、どちらを優先するべきかを。
「結界術式完成! これより補強に移る!」「後方グリフォン四体接近!」「火炎魔術構え、詠唱を開始せよッ!」「森の方角より二体のグリフォン出現確認! 警戒を緩めるなッ!!!」
整備された道を逸れ、ガタガタと揺れ走る馬車に乗るロジックを逃すべく、護衛達が死力を尽くす。
それは金で雇われた故の忠誠ではなく、命を賭してでもその主人を護るという護衛達の一致団結した、愛と呼んでも遜色ない忠誠だ。
この場所までロジックが逃げれているという事実、そこまでの道に刻まれた血の跡―――それと同じ様に、積み重ねられた忠誠。
その重みが、彼等の選択に僅かな悩みも含ませやしない。
「ロジック様ァァァァァァ!」
護衛の中の老いた騎兵が、雄叫びを上げながら馬車に駆け寄る。
身の丈程あるランスの一振りで馬車の扉を破壊し、中に居るロジックを救出―――自身の馬に乗せると、更に加速して馬車を置き去りとした。
「重い馬車よりも、こちらの方が速く駆けられましょう―――そしてロジック様、この爺とした馬術の稽古は忘れていませぬな?」
「フランク何を言って………………!」
言うと、手綱をロジックに手渡した老兵は馬より飛び降りる。
幼少期よりシュレディンガー家に仕え、三十七歳も年下のロジックを守護する事にこれまでの生涯を捧げてきた老骨。
フランク・L・ライトはランスを構え、単身襲い来るグリフォンに対しての殿を果たすべく命を賭さんとしているのだ。
「ロジック様、どうか生き残って領地まで――――――!」
「――――――第一村人、発見?」
次の瞬間、フランクの視界に白が舞った。
諄いくらいに甘い香りを漂わせる、雪よりも白い毛髪―――ソレは旋毛を中心としコマの様に回転しながら、その勢い全てを乗せてグリフォンを蹴り飛ばす。
未だ幼さの残る顔立ちの、少女によって放たれた一撃であった。
それを見た途端、周囲のグリフォン達が猛禽類じみた鳴き声を上げる―――今までそこに居たのは餌や玩具であり、自身達が狩る側であった状況から一転。
自身達を狩る者が現れたと気づき、その危険を仲間に知らせているのだ。
「ねえ、そこのお爺ちゃん―――私を近くの街まで送る気はない?」
「今の一撃を見込み、先を行ったロジック様の護衛を頼みたい! 貴殿の望む場所へと向かっているッ!!!」
「護衛? ああ、コイツらからね。なら、そんなケチくさい事言わなくて良いわ」
遊びから、戦闘へと意識を切り替えたグリフォン達が声に魔力を乗せて威嚇を。
「魔力形式―――1st」
威嚇に怯む事なく、少女が唱えた。
すると少女の手元に赤いナイフが現れる―――人間の基準では考えられないレベルで圧縮された魔力により作り出された、奇跡の一品だ。
それがフランクの瞳に映った次の瞬間―――少女は姿を消していた。
それと同時にグリフォン一体の方羽が斬り落とされる。
ただ直進して切断―――その単純な行為が、その少女の身体ポテンシャルで行われただけで必殺級の攻撃となったのだ。
グリフォンが墜落するより先に、空中へと蹴り飛ばして指を向ける。
ナイフを作ったのと同じ要領で指先へと魔力を集め、発射―――撃ち放った魔力弾と同系色の赤を撒き散らしながら、魔力弾は当たった位置の真反対より飛び出した。
「まず一体―――次、いらっしゃい」
甘える様な声で、しかし活発に問う。
続いて襲いかかって来たグリフォンの喉元から脳天までを一突き。
今度の動きはフランクにも見る事が出来た―――あからさまに刀身の長さが変わっている。
魔力の塊であるナイフに追加の魔力を注ぐ事により、その時々で間合いを操っているのだ。
「凄まじい、儂は夢を見ているのか…………!」
思わず声を漏らした。
護衛達がまるで弄ばれていたグリフォンの群れを、圧倒している少女がいる。
この世界にそれを出来る者が居ないと言えば嘘となるが、それは上澄みの話―――世界でも名の知れた、騎士や冒険者の話だ。
「三四の五と………………六」
呟きながら、テンポ良くグリフォンを狩って行く。
だが不意に、背後より一匹完全に気配を消した個体が迫った―――だがそのグリフォンはぬかった。
周囲への警戒を―――自身達が玩具と侮った、老骨への警戒をぬかったのだ。
「騎士フランク、護られる男には成り下がらぬッ!!!」
叫び、全力でランスを投擲。
それは完全に少女のみを標的と見ていたグリフォンの不意を突き、右翼の角を穿ち。
僅か一瞬ではあるが、空中での体制を崩させる事に成功した。
「ナイスお爺ちゃん、あとは任せてね―――魔力形式・2nd
唱えると、魔力が変形する。
ナイフの形より、先端に鏃が付いた鎖の形へと変形―――空中で四周ほど振り回し勢いづいた所でグリフォン目掛け放たれる。
その射程に際限はない―――少女の手から放たれる魔力によって無限に伸び続け、千里先の敵だろうと討ち取る代物。
今回はグリフォンの胴体に大穴を開き、その役割を終えたと崩壊。
武器から分解され魔力へと戻り、少女の体内に再度吸収される。
「―――お爺ちゃん、怪我は?」
「気にする程度のものでもない。それよりも、先ずは危機を救われた事に礼を言いたい―――名を、聞かせてはくれぬか?」
訊かれ、少女は頭を悩ませる―――彼女に名は無い。
これまで一人生きてきた彼女には名を訊く相手も、名を呼ぶ相手もいなかったのだから。
「そうね…………シルフィー、シフィー・シルルフル…………なんてどうかしら? 可愛い名前だと思うのだけれど」
熟考した末、新たに命名―――何か由来があるわけではない。
だが、今この見た目をしている自分にはこの名だと直感的に判断したのみ。
意味ある名ではないものの、少女からすれば運命的な名である。
「…………? 承知した、ではシフィー殿と呼ばせていただこう」
疑問を持ちながらもフランクは無理やり納得。
相手の様子が少々おかしかろうが、主人の命を護った恩人である事に変わり無し―――であれば、払うべき敬意も変わり無しだ。
「一度ロジック様と合流したく思っているが、良いだろうか? 偶然にも、貴殿の望みである近隣の街へと帰る所だったのだが…………見ての通りの事態となってしまい、別行動を取らざるを得なかったのだ」
「それでいいわ、合流しましょう―――街、楽しみにしてるわ」
これが、少女が―――シフィー・シルルフルが初めて人と出会った日である。
大きく動く彼女の人生に始まった一ページ目のような出会いは、良好な関係性で紡がれた。
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