プロローグ
主人公になりたかった―――誰でも一度は思う話だ。
アニメだとか特撮だとか、そんなものの主人公に憧れては、成長するにつれて現実を知り、諦める。
人は誰しもが自分の人生の主人公だなんて言うがそれでは足りない―――世界の主人公に、誰が見たって主人公だと分かる様な、苛烈な人生を送りたかったんだ。
僕は諦め切れず、日々主人公になる方法を模索した。
高校生の頃は一心不乱にスポーツへと身を注いだ―――当時流行っていたバスケを選だが芽は出ず。
県大会予選で昨年の全国ベスト5まで残ったチームに二桁差で負けた。
僕はチームの点取り屋だと自負していたが、手得点は序盤三回のシュートのみ。
そこで初めて知った―――人の心というものは、案外簡単に折れてしまうのだという事を。
人の絶望とは、随分と安いものなのだと。
そんな僕の側、同じ学校のサッカー部が全国大会の出場を果たした。
主人公の様な顔をして、楽しそうに生きていたのが恨めしかった事をよく覚えている。
僕が苦しみながらやっていた走り込みを、一秒一秒が楽しそうに熟すんだ。
あの顔と苦しんでいた僕の顔を思い出し、頭の中で比べた瞬間、試合で負けた時以上に僕は深く絶望した。
彼らに比べて僕は影だ―――主人公の陰に隠れて、舞台装置にもなれない影のもの。
高校を卒業してからは、暫くコンビニでのフリーター生活を送った。
その間に語学を学び、国の外―――広い世界へと主人公の足がかりを求めた。
仕事の時間以外を全てを勉強に当て、海外旅行を繰り返し、三十代になる頃には八カ国語学をマスター。
途中からは仕事をアルバイトから翻訳業や通訳に切り替え、資金をやり繰りしていた。
だが日々目にするのは、通訳が必要な海外の仕事へと挑む人間や、翻訳されて海外にまで名を轟かせる作家など、主人公の様な奴らばかり。
主人公を目指せば目指すほど、僕は本物の主人公という光に打ちのめされ―――より一層自分が濃い陰に見える様になった。
だがそれでも諦め切れなかったのだ―――少年の頃、目にした画面の奥の存在。
窮地に立たされようと決して諦めず敵に挑み、最後には勝利を手にするあの姿―――僕はどうしようもない憧れに取り憑かれてしまったのだ。
そして今、三十六歳となって日本に帰国―――実家に顔を出そうと故郷へ戻って来ていた僕は、ただ空を見上げていた。
交差点で信号待ちをしていた所に突っ込んで来た車が一台―――タイヤに轢かれ、上下に両断された僕の体。
「明日の報道番組の主役は、僕だ――――――」
僕の名前、虚蕗逢魔―――きっと全国に広まるだろう。
死ぬんだから、それぐらい得をしなきゃ困る。
今際の際の先ぐらい、主人公になれる事を願う。
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魂は世界の壁を越える―――時間や世界の壁を超え、死した逢魔の魂が行き着いた先は異世界であった。
とある廃城に暮らす魔族の少女―――彼女には、異世界で生きた前世の記憶がある。
彼女が前世の知識を得たのは、意識の目覚めと同時。
そこには既に十七歳前後まで成長した、その後成長する事のない肉体と、自身とは別の誰かが三十六年生きた記憶が存在していた。
異世界にて様々な国を渡った日々―――そこで見た人々や、それを苦しめる貧富。
故郷とは一風変わった文化、人柄など。
自分の記憶といえば、幼少期誰かに言葉を教えてもらったという朧げなもの程度の、廃城で一人生きて来た少女にとって、それら全ては新鮮であり鮮烈であった。
だが一番影響を及ぼしたものは、そんな日々を送っていた自分自身の思考。
スラム街で内臓を抜かれて死んでいた子供達の死体の山を見た日から続く深い絶望や、帰国後それを思い出しながらも清潔な店で上質な飯を安全に、当然の様に食う自分に対しての怒り。
それでも尚消える事のない、新たな土地への高揚や、それら全ての原動力となっていた主人公になりたいと言う原初的欲求。
その記憶に突き動かされる様に、少女も夢を持った。
前世の記憶ではなく自身の目で、世界を見たい。
知らぬ土地を歩き、人に触れ、面白く生きたい。
そんな夢を遠く、星を眺める様に二年間観続けた―――そして、今日こそがその第一歩となる記念日である。
「あ〜あ〜。水馬赤いなアイウエオ。浮藻に小蝦もおよいでる――――――」
日が沈んだ頃、目覚めた少女は発声練習を行う。
前世の記憶を手に入れてから二年―――それまで彼女は何年眠っていたのか、どうして眠っていたのか。
それらを把握する情報こそないが、喉が声の発し方を忘れる程度ではある様で。
寝起きの発声練習というのは、それに対するリハビリの習慣である。
発生練習以外にも、目覚めてからの二年で身についた習慣はある。
何故か文字が読めた少女は廃城にあった本などで外の世界の勉強をした。
それは孤独を紛らわす為―――そして外の世界で生きる為。
それらが万全になったと判断した今日、少女は城の宝物庫へ向かうと装備を吟味。
ミスリル鋼糸で作られた衣服と、火熊の毛皮で作られたマント。
ハイヒール型の飛天の魔道具を履いて、ミニスカートから除く足に巻いたガーターベルトには適当なナイフをセット。
内部が異次元化された肩掛けポーチにいくらばかりかの金品と、同じ仕組みの革のリュックに宝物や魔石、その他女子としては生活必需品である美容品を詰めてから背負い、宝物庫を出ようと―――寸前で、一つ失念していた事に気付く。
「女主人公がこんなボサボサじゃ駄目よね…………」
財宝の山を漁り、金の髪留めを発見。
腰まで伸びた白髪を一つに纏めると、満足げな表情を見せる。
今度こそ宝物庫を飛び出して、スキップしながら城の正門を抜け―――外の世界へ飛び出した。
城の周りは危険度の高い森である―――かつて城で飼われていた魔物の多くが野生化し、交配を繰り返し進化。
かつてこの地を支配していた魔族でさえ長居は危険であろう土地に少女が一人―――見るからに無害な獲物の出現に、魔物共は目を輝かせ舌なめずりをしながら目をぎらつかせる。
隠れていた魔獣の中から真っ先に飛び出したのは、並の平家程大きな赤狼。
牙を剥き出し火を灯し―――その頭蓋を砕き、脳漿を飲み込まんとすべく。
「――――――わんころ、伏せ」
少女は指先に魔力を固めて弾き出す。
ソニックブームを生み出しながら突き進むソレが顎に命中した瞬間、赤狼はクゥンと弱々しい鳴き声を上げながら逃げ出した。
様子を窺っていた魔物共は、その獲物が無力でないと知り引き下がる。
危険の無くなった森の中、少女の鼻歌だけが響いていた。
今宵は満月―――彼女が主人公となる旅の始まりには、絶好の晩である。
開いてくださりありがとうございます。
今日はもう1話投稿しますので、もし気に入れば続けてお楽しみください。