第3話『機密』のゴーレム 9
よく見直してみると、確かに喉のあたりに薄っすらと男らしさがある気がしないでもない。声も、よく聞くと少し低いし。
つまり、俺はまんまと騙されたわけだ。いや、騙してるつもりはないのかもしれない。
「彼女たちに何か問題でも?」
勇者エイリアスが不思議そうな顔で俺を見つめている。
(少年。この勇者、何か変だ)
「え、どこが?」
何が変だと思うのだが上手く説明できない。ただ、こいつの周囲には何か違和感がある。美女3人組が男だったことよりも、もっと根本的な何かが。
勇者からは悪意や敵意を感じないい。むしろ好意的ですら感じる。それなのに、なぜか警戒心が解けない。
俺の心が、何かが違うと警告を続けていた。
「ところで、番人さんは逃げれた? 一緒にいたと思ったんだけど」
少年が気づいて尋ねた。
「あ、ああ。さっきの戦闘の後、どっか逃げちゃったんだ。レーダーで位置は把握してるが……、放っておくか」
番人が怯えた理由も、俺にはよく分からん。デウス・ダブルエネルギーガン・マルチバーストは確かに派手だが、そこまで恐れるもんかな。
それともあの瞬間、俺の中で何か危険な圧を放ってしまったのだろうか?
「ところで、この闘技場にはもう魔物がいないのか?」
勇者が再度、質問を投げかけた。
「レーダーの解析では、下の階層に数匹残ってるな」
「それは、良かったよ」
エイリアスの声には、微妙なニュアンスが含まれていた。
「ところで王子、この闘技場は元は古代遺跡だったね。『魔石の源』については何か知ってるかな?」
なんの話だ?
「魔石の源? 聞いたこと無いです」
「最深部にあるらしんだけど。伝説では、その魔石を破壊すれば、この地域の魔物は全て消えるらしい」
少年が俺を見上げていた。その目には、期待と不安が混在していた。
(少年、この話は本当か?)
「そんな情報は知らなかったよ」
(そっか……)
この勇者、本当に信用していいのか? だが、社会人経験のある俺も、いまだにこの世界のルールはよく分からない。何かを拒否する理由もない。
「王子、もしよかったら、その最深部まで案内してくれないかな?」
「今から?」
「私は勇者だからね。この地域の人たちを救いたい。君だって、この国民のためにも、この土地を守りたいと思わないかな?」
ごもっともな理由だ。だが、この勇者は何かを隠している、……気がする!
ここで拒否する理由もない。むしろ、この勇者が何を考えているのか、その目で確かめるべきか。
俺は鳥型に変形し、少年を背中に乗せると、再び遺跡の奥へと進んでいった。
勇者エイリアスと、3人の男たちが後に続く。
薄暗い通路を進むにつれ、空気が重くなっていく。
「ところで、さっき気になった事があるんだけど」
歩きながら、エイリアスが少年に話しかけてきた。
「なに?」
「さっき、魔力のような聖気のようななんか複雑な力を感じたんだけど。あれは自然界の物じゃないね。ギンタは誰に作られたんだい?」
その質問に、俺は立ち止まってしまった。
(そんなの俺だって知りたい)
「覚えてないのか?」
「ギンタは神様が作ったんだよ」
少年が答える。
勇者の目が、また光った。先ほどと同じ計算の光だ。
「そうか、神の力か。面白い」
その一言に、その目つきに、俺の警戒心が最高潮に達した。
35年間、会社という社会の中で生きてきた俺は危険性を本能的に理解した。
そうだ。俺に仕事をさせて手柄を奪った上司に、こいつの雰囲気が似ているのだ。この男は何かの企みを持っている。
だが、今の俺は逃げられない。少年が俺に乗っているし、何より下手に逃げれば、少年が危険に晒される可能性がある。
ならば、ここは奴の本性を見抜くまで、付き合い続けるか。
俺は再び歩き始める。
塔の最深部へ向かいながら、一つの確信が俺の中で形を成っていった。
この勇者エイリアスは敵だ。
少年が無意識に、俺の首周りをぎゅっと握り締めた。
「ギンタ、何か怖い……」
少年が感じ取っていた。この空間に充満する危機感を。
これはもう、次の冒険ではなく、試練の始まりなのかもしれない。