第3話『機密』のゴーレム 5
オーク(仮)の大きな手が、静寂を切り裂くようにして扉の取っ手に触れた。その手は過去の戦いの証として、無数の傷跡で飾られている。
俺は本能のままに扉を押さえ、動かないように力を込める。金属が軋む音が、この静かな空間に響き渡る。
俺とオーク(仮)の意志と力が見えざる糸で結ばれたかのように互いに引き合い、そして理解し合った。
これはただの戦いではない。プライドを賭けた勝負なのだ。
オーク(仮)が再び鬼の形相で扉を開けんと力を込める。その表情に俺も一瞬怯えはしたが、ここで負けるわけにはいかない。金属製のゴーレムである分、俺の方が重いはずだ。有利なのは俺なのだ。
どれほどの時間が経ったのだろう。10秒か、それとも10分か?
扉がなかなか開かないことに苛立ちを覚えたのか、オーク(仮)は大声でブヒーと叫ぶと斧を置き、肩を回しながら両手で扉の取っ手を掴んだ。
そして不敵に笑う。
なるほど、これからが真の力を発揮するというわけか。受けて立とうじゃないか。
その時、突如として大きな力が加わり扉が少し開いてしまった。俺は慌てて扉を力いっぱい閉じた。
何をした!?
オーク(仮)を見るが、変わりはない。しかし、再び突然の大きな力で扉が少し開いてしまった。
そうか、これは緩急だ!
このオーク(仮)は、緩急をつけることで突破しようとしているのだ!
一瞬一瞬に扉の開く方向へ全力かつ全体重を乗せる事により、効率良く扉に力を加える。そこにランダム性をつけることで、俺が力んでいない瞬間に勝利を掴むつもりなのだ。
やるな、オーク(仮)! だが、俺は負けない!
俺は突っかえ棒の様に身体を斜めにし、全体重を掛けた。言い忘れてたのだが、この扉は引き戸扉だ。
-「ブヒ? ブキギキーー?」
オーク(仮)は檻の扉から、俺の絶対に開けさせないとの強い意志を感じ取り、渋々ながらも後ずさりを始めた。瞳からは「こいつ何なの?」と言いたげな疑念が滲み出ている。
そうだろうね。
鍵は開いてるのに、檻のゴーレムは出ようとするどころか、中にも入れてくれないんだもんな。
俺が余裕なのは、オーク(仮)に敵意が無いのが分かってるからだ。
まず、索敵レーダーがオーク(仮)や魔物達を敵性がない白で表示されているし、解放された魔物同士で争っている様子も無い。
何よりこんなに近くで扉の開け閉めで揉めてるのに、俺には直接的な攻撃はしてこないし。
俺達を檻から助けだそうとしていた感もあるが、オーク(仮)の目線が俺達じゃなく、檻の奥にある魔石の方に向けられていから魔石を食べたかっただけかもしれない。
俺は大丈夫でも番人が襲われるかもしれないし、悪いが中に入るのは諦めてくれ。
「そこにある俺の魔石を全部檻の外に投げてくれ」
俺が番人に声を掛けると、急いで魔石をかき集め、オーク(仮)に向かって雑に投げ捨てた。
するとオーク(仮)は怒りもせずに魔石をかき集めると、大きめな魔石二個を俺達の檻に投げ返し、そのまま引き返して行ってしまった。
オーク(仮)の優しさに、ちょっと感動してしまった。
……またな強敵(友)よ。
「あいつ、魔石を2個も返してくれたけど魔物は俺だけだよな。あれれー? おかしいぞー。なんで2個なんだー。おかしいなぁー、魔石って人間も食べるのかなぁー。魔物がもう1体いるように見えたのかなぁー」
俺のからかうようは独り言に番人は、深刻そうに顔しかめている。
「うるせぇ。どうせ俺は魔物顔だよ。そんな事より、あの猪頭は何で一回りもデカくなってるんだよ?」
「あの魔物って、元は小さかったのか?」
「あぁ、そうか。お前は知らねえのか。あの猪頭はここの最年長だ。なかなか賢い奴で力任せで闘う魔物ばかりの中で、武器の扱いとか、間合いの立ち回りとかが上手くて長生きしてる奴なんだが、あんなにデカくなかった筈だぞ」
オーク(仮)の身体が大きくなったのも、鍵を開けた2人組が何かしていったからなのかな。わからん。
「闘技場の魔物ってさ、負けて殺されるまで一生ここで過ごすのか? 優勝したら自由とか無いの?」
「なんで捕らえた魔物をわざわざ自由にすんだ? 使い魔でもない魔物が人を襲ったら責任とんの?」
嫌なこと知ってしまった。考えてみれば当然か。人間からしてみれば主人がいない魔物なんて生かしてても害しかないのだろうし。
でもあのオーク(仮)、いや、あの猪頭の魔物は俺達に魔石を残していった。他の魔物を思いやる心もある。魔石だって、その場で食べずに持ち運んだりと知性もある。顔は怖いけど、そんなに悪い魔物では無いような気がする。
あれ?
そういえば、オーク(仮)は魔石を何処に持っていくつもりなんだ?
レーダーで猪頭の居場所を確認すると、転移魔法陣があった場所にいる。他の魔物達もだ。
そんな所で仲良くお食事会か? 魔石って確か魔力の塊だったはず。もしかして魔石を集めて、その魔力で魔法陣の封印を解いたりしないよな。
なんか嫌な予感がするし、ちょと様子を見にいった方が良いだろうな。