韋駄天加藤
加藤竹蔵
第一志望、第二志望、第三志望の高校に落ちて、実家から電車で三十分の高校に入学した。
なんか、生きる意味とかこれから先の未来とかよく分からなくなった。
だから、今日初めてエッチな本を買います。
あれよね。普通の大きめの書店とか、いつも行くところだと買いにくいよね。そんな訳だから高校近くの寂れた商店街の書店に買いに来たってわけさ。
そんで入店してカウンターに立ってる店主とおぼしき男の第一声は、
「らっしゃい! 帰って電子書籍買え!」
正直、震えた。
ええ? なんでこの人はレジのテーブルの上に立ってるんだ?
恐怖かもしれない感情で動けない俺。
それを見て、店主は何を思ったのか。
「……嫁と喧嘩してね」
いや? 嫁と喧嘩してもレジのテーブルの上に立つ輩は少ないのではないかと。
「……あ、そうですか」
無難な選択をして回答する。
気まずい沈黙がしばらく流れる。
「んー。こんな寂れた本屋になに買いに来たの? エロ本?」
イカれたクレイジーな男は俺の目的の正解を引き当てた。
「あ、そうです」
つい誤魔化さず普通に答えてしまう。
「なおさら電子書籍で買ったほうがいいんじゃね? 後さあここ純愛物しか置いてないからさ。君の好きなジャンルにお答え出来ないかもしれないぜ!?」
「あ、じゃあ出直します」
「いやいやまてまてまてまて! 電子書籍だと足がつく可能性あるよなあ? おじさんよく分かんないけど親のクレジットとかで引き落としたりするとさ。本の名前でちゃうみたいなさあ。あんた高校生っしょ?」
「あ、そうです。高校生です」
「そうかい! いわゆる思春期のリビドーって奴を発散しに来たんだな! じゃあ純愛物しかないけど何か買ってくかい?」
「あ、いいです。帰ります」
ダッシュで逃げた。
「待てやあ! 俺の趣味嗜好を知っておとなしく帰すと思うかあ!?」
「いや!? おっさんの純愛趣味なんて興味ねえよ!」
全力で商店街を走る。中学時代に短距離全国三位の成績を持つ俺の足の速さは衰えていない。
だというのに。
「待てやああ!!」
後ろを少しだけ振り向くとおっさんが迫ってくる。距離が縮まっていく。
「おいおい! おっさんなのに滅茶苦茶足がはええ!」
一体どうなってやがるんだ。なんでこんなに足の速いおっさんに出会ってしまったんだ。
頭を悩ませ前方不注意。人とぶつかり倒れる。
「ギャアア! 腕があ」
「アニキの腕があ!? おい坊主アニキの骨弁償せんかい!」
テンプレートかと思ったら、ちょっとおかしいなおい。
アニキの骨は弁償できねえよ。医療費よこせだろそこは。
「よっしゃあ追い付いた。おい高校生。前方不注意だぞ。気を付けろ」
挟まれたな。どうしよ。というかどうしてこうなった。
「あ、お前は……」
前門の骨折れたらしい人が後門のおっさんを見て呟く。
「アニキ?」
「……この坊主は知り合いですかい? 針谷さん」
はりがや。どうやらオッサンは針谷と言う名字らしい。
「んん? そりゃあ知り合いだろ。そんなに話してないけど。友達ではないけどな!」
俺もおっさんと友達にはなりたくない。エロ本買いに来たらおっさんと友達になった件についてなんてタイトルはごめんだ。
「そうですかい。じゃあこのガキはこっちで預かっても……」
閃光を見た。
子供の頃、星の流星をじっくりと眺めた時、絶対に走って追い付けないと感じた男二人を見た時
それと同じ感傷になるほどの閃光を見た。
チンピラ二人組は消えた。
そして二人がいた所におっさんが立っていた。
「あ、ええ……?」
困惑する。二人組は何処へ?
「さて坊主。戻って純愛物を買ってく?」
「あ、買います」
この日、俺は純愛しか受け付けない身体にされた。