第7話
アランの手を借りて馬車を下りれば、メイドの1人が近づいてきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま」
「ご主人様がお呼びです。帰宅後、ご主人様のお部屋に向かうようにと伝言です」
「分かったわ。ありがとう」
メイドは頭を下げてから自分の仕事に戻っていった。
その背中を見送ってから、玄関ホールにある階段を上って自室に戻る。
外出着から室内用のドレスに着替えて、髪を整えてから再びお父様の部屋の扉の前に立った。
アランには席を外してもらい、私の片手には王族の紋章のシーリングスタンプで封をされている手紙が握られている。
軽くノックをして返事を待ってからドアノブに手をかけた。
中に入るとお父様はソファーに腰掛けていて、対面する位置に座るように促された。
「突然呼び出したりしてすまなかったね」
「いえ、構いません」
「アランからリディアがアカデミーを早退してくるという話を聞いて大体察したが、改めて説明してもらえるか?」
「はい。今日のお昼にテオード殿下がアカデミーを訪問され、そこでこの手紙を受け取りました。内容を聞いたところ、次期王妃についてのことらしいです」
「ふむ」
「……あと、後日お城でテオード殿下とお茶会をすることになりました」
報告しないわけにもいかないので渋々伝えれば、お父様は笑いながらこちらを見た。
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいではないか」
「お父様はテオード殿下とお茶会をしたことがないから笑えるのですよ。結構頭使いますからね」
「噂では聞いているさ。テオード殿下は随分頭が切れるお方らしいからな」
噂以上に話術、雰囲気、表情など様々な方法を使ってこちらを試そうとしてくる。
しかもそれに気づかれないように仕掛けてくるから厄介だ。
「とりあえず、今後城に通うことも多くなるだろうから明日はアカデミーを休んでドレスなどを見てきなさい」
「いいのですか?」
「先生方も理解のある方々だから問題ないだろう。私から伝えておくよ」
「ありがとうございます」
アカデミーの話も交えながら話し続けていたら、いつの間にかいい時間になっていた。
紅茶を飲み干してから立ち上がる。
「では、明日のためにもそろそろ自室へ戻らせていただきます」
「あぁ、もうそんな時間か。また時間があるときでいいからアカデミーの話を聞かせてくれないかい?」
「勿論です。では、失礼します」
「またな」
お父様の執務室の扉を開けると、廊下でアランが待っていてくれた。
「ずっとここで待っていたの?」
「リディア様がお気になさることではありませんよ」
アランは何でもないように言うが、さすがに申し訳ない気持ちになってしまう。
「今度からは廊下で待っていなくていいわよ。風邪でも引いたら大変でしょう」
「獣人は人間と比べると丈夫ですし大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
どうやらここは譲る気はないようだ。
彼がそうしたいのなら構わないだろう。
「……そういえば、明日アカデミーを欠席して城に行く用のドレスを買いに行くようお父様に言われたの。付き合ってくれるかしら」
「勿論です」
そんな話をしながら自室に戻れば、机の上に1枚の手紙が置いてあった。
「…アラン、暖炉に薪をくべてもらえるかしら」
「お言葉ですが、せめて中身を読まれてからの方が良いかと」
舌打ちしたい気持ちを抑えてソファに座る。
アランは気を使って私が気に入った紅茶を出してくれた。
紅茶を飲んでから手紙を持ち上げれば、なんだか無駄に重い。
「…送り主を封筒の重さから判別できる日が来てほしくなかった」
「心当たりがあるのですか?」
「この異常な封筒の膨らみはテオード殿下しかいらっしゃらないわ」
アランは何をそんなに嫌なのか分かっていないようで、首を傾げている。
手招きをしてアランの目の前で封を開ける。
そのままひっくり返すと、中から出てきたのは真っ赤な薔薇の花弁だった。
「……」
「……赤い薔薇の花言葉は『情熱』や『熱烈な恋』といったものですね」
「アラン、ちょっと黙りなさい」
「はい」
手紙の内容を読んでいくうちに段々と気分が悪くなってくる。
吐き気がするほどの愛の言葉に最後まで読む頃には頭痛までしてきた。
「リディア様」
「何よ」
「今夜の湯舟に薔薇の花びらはいかがですか?」
「アラン、あなたもなかなか良い性格しているじゃない」
「光栄でございます」
飄々としているアランに若干イラつきながらも何とか手紙を読み終える。
よくよく考えれば、アランは私が正式な次期王妃になるから数日前のアランとの婚約の話がなかったことになっていると思っているのかもしれない。
だが、私はアランとの婚約は諦めていないし、むしろ前向きに考えている。