第5話
次の日の朝、紅茶のいい匂いで目が覚める。
体を起こせばメイドとアランが朝食の準備をしてくれていた。
夕食は家族と取ることもあるため食堂で取るが、朝は各々の時間もあるため朝食は自室で取ることが習慣化されていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「朝食の準備が整いました」
「ありがとう」
用意された朝食を食べ終えると、すぐに身支度を整えて馬車に乗り込んだ。
荷物を持って一緒に乗り込んでくれたアランはいつの間にか魔法で耳と尻尾を隠してしまっていた。
「…」
「どうされました?」
「尻尾触りたいから出してくれないかしら?」
「……アカデミーに着くまでですよ」
尻尾だけ魔法を解いてくれたらしく、もふもふの尻尾が出てくる。
優しく触ればぴくりと動く。
そのまま外を見ながら堪能していればいつの間にかアカデミーに着いていた。
アカデミーの門をくぐる直前で手から尻尾が逃げていく。
「そろそろ止めますのでご準備を」
恨めしげに見つめるもその視線を華麗にスルーされる。
アカデミーに到着すると他の生徒も馬車から降りていた。
「では行ってらっしゃいませ」
「ええ、行ってくるわ」
アランに見送られ、校舎に向かって歩いていれば後ろからエミリーが声をかけてきた。
「おはよう、リディア!」
「ごきげんよう、エミリー」
「今日もいい天気ね」
「そうね。今日は外でお茶会をしてもいいかもしれないわね」
「じゃあ昼食外で取らない?」
「勿論よ。今から楽しみだわ」
教室までの道すがらそんな話をしていればあっという間に教室に着いた。
「今日はテストが無いから気楽だ~」
「でも寝ていると怒られるわよ」
「こんなにいい天気なのに寝ないなんてあり得ないよ」
「天気のせいにしないの」
そんな会話をしていれば予鈴が鳴る。
「席についてください。ホームルームを始めますよ」
先生に促されて皆が各々の席に戻る。
そして出席確認が終わるといつも通りの授業が始まった。
午前中は歴史や数学などの座学だったから気楽に受けることができた。
午前の授業が終わりエミリーとご飯を食べようと校舎間を移動した時、馬繋場に見覚えのある馬車が止まっていた。
「あれって王族の馬車だよね?」
「……そうみたいね」
「どうする?」
「…申し訳ないけれど逃げようかしら」
「誰から逃げるの?」
後ろから声がしたと思ったら同時に抱きしめられる。
後ろを振り返らずとも分かる。
現国王の息子である第一王子で、私の現状の婚約者であるテオード・シェルニアスだ。
「リディア!」
「…ごきげんよう、テオード・シェルニアス殿下」
彼の容姿は金髪碧眼で見た目はまさに絵本に出てくるような美青年だが、頭が切れて掴みどころのない人だ。
「久しぶりだね。最近全然城に来てくれないから寂しかったんだよ」
「以前は城に仕えている先生に教えていただくことがあったので通っていただけです」
「気軽に遊びに来てくれていいのに」
「私は王妃候補と言うだけで正式な王妃ではありませんので気軽に城に出入りできる身分ではありません」
「そんなの気にしなくていいのに」
…あー、苦手だ。
このグイグイくる感じがどうにも好かなかった。
本来の王妃候補ならば殿下から寵愛をいただけるなんて泣いて喜ぶだろうが、私にとっては迷惑でしかない。
それに私にはもう心に決めた相手がいる。
「…あの、とりあえず離していただけますか?」
あくまでもここは廊下なのだ。
通行人の温かで見守るような視線が痛くて仕方ない。
「前みたいに甘えてくれたらいいよ。ほら、2人きりだと思ってさ」
その言葉に周囲から黄色い歓声があがる。
「寝言は寝てから言ってください!何なんですかその記憶は!?甘えたことありました?」
歓声にかき消されて周囲には聞こえないようだが、デオード殿下とは密着しているため聞こえたようだ。
私の抗議が届いてもなお、彼はにこやかに笑って続けた。
「どうせ周りには聞こえていないから今ぐらい甘えてほしいなって。甘えてくれたら離してあげる」
「…今度お茶会を開きますのでよろしかったらいらっしゃいませんか?」
「もっと可愛く言って」
「…………殿下とお茶会したいです」
「うん、しようか。折角なら城で開くからリディアがおいで」
満足したのかやっと解放してくれた。
しかし、今度は手を繋いできた。
「手を繋ぐ必要ありますか?」
「だって久しぶりに会ったんだからこれくらい良いじゃないか」
「よくありません」
「どうして?俺のこと嫌い?」
「嫌いとかではありませんよ。というか、なぜアカデミーにいらっしゃるのですか?」
「リディア宛てに連絡があって、それを伝えに来た」
「なら手紙で良かったでしょう?」
「それを口実にリディアに会いに来た」
ダメだ。
こちらの常識が通用しない。
実はこういうところもあまり得意ではなかった。