第4話
食事を済ませ、その流れでお風呂も済ませて部屋に戻るとアランが待機してくれていた。
「お嬢様こちらへ」
「髪のケアまでやってくれるの?」
「お嬢様は綺麗な御髪をしていらっしゃいますから細心の注意を払わせていただきます」
「ありがとう」
鏡台の前に座り椅子に腰かける。
そしてドライヤーを手に取り手際良く乾かしてくれた。
「明日の予定は今日と同じくアカデミーよね」
「はい、お迎えはどちらにいたしましょう」
「今日と同じ図書室でいいわ。これからも図書室に迎えに来てちょうだい。変わるときは事前に伝えるわ」
「かしこまりました」
丁寧にかけてくれるドライヤーの心地よさに眠くなりながら鏡を見れば、彼が手袋を外していることに気づいた。
細く角ばった手に、人間よりも鋭い爪に目を惹かれていればいつの間にかドライヤーは終わっていた。
櫛を手に取り、髪を梳いてくれる彼と鏡越しに目を合わせる。
「綺麗な手をしているのね」
「爪が気になるようでしたら遠慮なくおっしゃってください。ここは狐の特徴が強く出ていますので」
「ううん、そのままで構わないわ。とても素敵だと思うもの」
「……本当に物好きなお方ですね」
最後の言葉は小さすぎて聞き取りにくかったけれど、どこか嬉しそうな声音に聞こえたのはきっと勘違いではないはずだ。
「そういえばアカデミーで耳と尻尾を認識阻害の魔法で隠していたということはアランも魔法が使えるということ?」
「はい、しかし基礎的な魔法しか扱うことができません。何せ魔法を扱い始めたのが成人してからでしたので」
「獣人国は魔法を主体としていないの?」
「あちらは種族によって得手不得手がありますし、そもそも魔法という自然を意識的に使う行為を嫌っていますので」
「ではなぜアランは魔法を使うことができるの?聞いてもいいなら教えてほしいわ」
「それはシェルニアスで就職するなら魔法が使えた方がいいかと思ったからです。魔法学の本を読んで独学ですが必死に勉強しました」
「そうなのね」
「……理由はいいのですか?」
きっとアランは私がなぜシェルニアスで就職したのか聞きたいと思っているのだろう。
しかし興味で他人のプライバシーに土足で立ち入るべきではない。
「ええ。あなたが魔法が使えることと獣人国について知れただけで十分だわ。これから魔法学についても見てもらおうかしら」
「残念ながらご期待に応えられるほどの知識はありませんよ。アカデミーの先生方の方が詳しいかと」
「知識はいいから実技の方を見てほしいの」
髪を梳き終わったようで、今度はヘアオイルを塗ってくれる。
まだこの仕事について日も浅いのにてきぱきとした手付きに思わず感心してしまう。
「実技ですか?」
「アカデミーだと知識メインの授業が多いのよ。実技は自分の専門魔法だけ。女性は慎ましくお淑やかにだなんておかしいと思わない?」
「でも実際、アカデミーに通われている方は貴族やご令嬢が多いため魔法を使う機会は少ないのでは?」
「そうね。でも魔法は自分を守る術でもあるの。最近では身代金目的の誘拐なども多いから」
「でしたら、護衛をつければ問題ないように感じますがそうではないのですか?」
「…その護衛が裏切ったら誰が私を守ってくださるのかしらね」
彼は何も言わなかった。
私に何があったというわけではない。
ただ、王妃候補として育てられるうちに王様さえも信じてはならないと思うようになった。
信じられるのは自分だけ。
それが幼いながらに編み出した生き残り方だった。
「終わりました」
「ありがとう。ではまた明日起こしてちょうだい」
「かしこまりました。おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
アランは頭を下げてから部屋を出た。
私は今日の授業の復習をしてからベッドに入り眠りについた。