第44話
それから2人の間に沈黙が流れる。
「……分かった、引き受けよう」
しばらく経ってから殿下はそう言ってくださった。
「ありがとうございます!」
「ただし条件が1つある」
「条件ですか……何でしょうか?」
「他の男に教えを乞うことは禁止だ。いいな?」
なんだ、そんなことか。
「えぇ、構いませんよ」
「いいのか?」
あっさり承諾したことに驚いたのか、殿下は目を丸くしていた。
「その程度で良ければ勿論ですよ。キスの1つでも強請られるかと思いました」
悪戯っぽくそう言えば、殿下は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「お前なぁ……さっきあれだけ怒られてそんなこと言えるわけないだろう」
「ふふっ、冗談ですよ」
「全く……」
殿下は呆れたようにため息をつくと、いつものように優しい笑みを浮かべた。
「それで、いつから始めようか?」
「そうですね…1週間後からお願いしたいです」
「分かった」
それから私は殿下と色んな事について話した。
しかし、その話のほとんどは国王陛下や王妃様のこと。
私は意図的に話の方向をそちらに切り替えていた。
今は1つでも多くの情報を聞き出したかったから。
「いやー、リディアと話しているとつい色々なことを話してしまうな」
「私としてはそれだけ殿下が気を許してくださっているのが嬉しいですよ」
「そうかそうか。…して、リディア」
殿下はそのまま目だけスッと細めると私の見定めるような目をした。
先程の疑いの目ではなく、私がリディア・ウィルソンだと分かった上でその目を向けてきた。
「お前は何を知りたがっている。何故そんなにも焦っている」
殿下は淡々と問いかけてくる。
きっと私が何かを隠していることに気づいている。
もしくはハッタリか。
「……特にそんな意図はなかったのですが、お気を悪くしてしまったのならば申し訳ありません」
「そうか。なら何故そんなにも杜撰なんだ。隠そうという意思が見え見えだ」
「それは…」
「俺はお前の力になりたいと思っている。だから、何かあるなら隠さず言ってくれ」
辛そうに歪められた殿下の表情になんと言うべきか迷ってしまう。
かろうじて出た言葉は、酷く震えていた。
「殿下は、『味方』とは何だと思いますか?」
それは逃げの質問だったのかもしれない。
しかし、誰かに問いかけたかった質問でもある。
私の問いに殿下は真剣に悩んでくださった。
そしてしばらくしてから、ゆっくりと口を開いた。
「味方か…。そうだな、俺は一種の口約束だと思っている」
「口約束…?」
「口約束というには少し語弊があるか。『今はあなたの力になる』という宣言に近いものだな。だが、それが壊れることだって当然あり得る」
「…壊れたらどうなるのですか?」
「敵になるだけだ」
殿下は淡々と答える。
「酷な話だが、裏切りはよくあることだ。書類を交わした同盟国でさえそんな有り様である。味方だなんて言葉の軽さは言わなくても分かるだろう?」
自虐的に笑う殿下に何と声をかけるべきか分からない。
ただ、彼が今まで多くの汚れたものを見てきたことは想像できた。
だからこそ、私に依存のような感情を向けてくるのかもしれない。
裏切らない、絶対的なものが欲しいから。
「…殿下は私の『味方』ですか?」
彼の話をすべて聞いた上でその質問を投げかけた。
すると、困ったように笑われてしまった。
「そう問われるか…」
「…では聞き方を変えましょう」
今度は私が彼に鋭い視線を向ける番だ。
「テオード・シェルニアス。あなたは私と共に奈落の底に飛び込むことはできますか?」
一国の殿下を呼び捨てにする。
私の言葉に彼は一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。
そして私の手を取るとその甲に軽く口づけをした。
「あぁ、勿論。立場関係なく、個人としてのテオード・シェルニアスはあなたに心酔しておりますから。命を捧げることは全く惜しくありません」
礼儀作法が完璧だからか、一挙手一投足が美しく見える。
そして、まるで騎士が忠誠を誓うかのように恭しく頭を下げられた。
「…あの、芝居がかりすぎませんか?」
「俺は本気だが」
「それはそれで怖いです」
「これぐらいの心意気の方が信用してくれるだろう?」
殿下はそう言ってくすりと笑った。
「それじゃあ、そろそろ帰るよ。来週からよろしく頼むぞ。リディア」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
お父様にお声かけをして、一緒にテオード殿下を見送った。
結構長く話し込んでいたようで、日は傾きかけていた。
最近どうしても話し込むことが多く、1日が短いように感じる。
「有意義な話はできたか?」
「はい、来週からテオード殿下に武術の訓練をつけてもらうことになりました」
「ん?どういうことだ?」
お茶会を通して取り付けた約束についてお父様にお話しすると、お父様は楽しそうに笑われた。
「そうか、上手いこと交渉したのだな」
「……怒らないのですか?」
「どうして怒るのだ」
「女性が武術を学ぶというのは、端から見ると野蛮ではありませんか?」
少なくとも偏見の目で見られることは多い。
しかし、お父様は首を横に振って否定された。
「確かに女性で武術を極めている者は少ない。それは事実だ。だが、私はその風潮にずっと異を唱えていたからな」
「えっ……」
「リディアのやりたいようにやればいい。色々考えて覚悟を決めたのだろう?ならば、例え周りから何を言われてもやり通せばいい」
「ありがとうございます!」
感謝の気持ちが溢れ深く頭を下げると、優しく頭を撫でられる。
それからしばらくお父様と談笑してから別れた。




