第41話
レイウコットについて調べ続けながら訓練をする日々を送って1カ月が経った。
あれから何度か城の禁書庫も利用させてもらいながら学びを深めることで、今ではレイウコット語については辞書を見なくても読めるようになっていた。
そして魔力を感知する能力はさらに極まっており、今ではどんな魔力を受けても体調を崩すことは無くなっていた。
そんなある日、アランからとある申し出が告げられた。
「1週間の休暇が欲しい…?」
「はい」
「どうして急に?」
「実は以前の体調不良が未だに祟っておりまして…皆様からも一度しっかり休んだ方がいいと言われてしまっている始末なのです」
アランは申し訳なさそうに耳を伏せる。
私はアランを責めるつもりはない。
むしろずっと働き詰めだったことを考えると、今までよくやってくれたと思っている。
ただ、ここで腹を括らなければならないことを薄々とではあるが感じる。
加えて、私は彼を引き留めることができない。
「…構わないわよ。いつからがいいの?」
「そうですね。できれば明日からだと助かります」
「分かったわ。なら、早速だけれどお父様にも伝えてくるわね」
「ありがとうございます」
読んでいた本に栞を挟んで机に置いてから立ち上がる。
「私がお父様と話している間は明日からの準備をしていていいわよ」
「ありがとうございます。では少し自室に戻らせていただきます」
アランは私をお父様の私室まで送り、中に入るまで見守っていてくれた。
扉が閉まる。
「リディア?どうした」
「…お父様、アランが明日から1週間の休暇を申請して来ました」
「……そうか、いよいよか」
お父様は悟ったように目を細めた。
息を吐くことが精一杯の私の背中をお父様は優しく摩ってくださった。
蹲りかける私の手を引いてソファーに座らせるとホットミルクを用意してくださった。
「…本格的な話は明日しよう」
「お気遣いありがとうございます」
「気にしなくて良い。私も少なからず動揺しているからな」
お父様の優しい言葉と温かな飲み物が身体を芯から温めてくれる。
「アランは…今どういう気持ちなのだろうか」
独り言のように呟かれたお父様の言葉。
生憎私はその答えを持ち合わせていない。
「…覚悟を決めたのは私だけではないのです」
「そうだな。アランも相当悩んで決断したことだろう」
空は嫌なほど晴れているのに、何故か悪寒が止まらなかった。
次の日、アランはタイヤ付きの大きなトランクを引いて屋敷の玄関に立っていた。
「では行ってまいります」
「ええ、折角だからゆっくりしてきなさい」
「ありがとうございます」
アランは礼をしてから帽子を被り、屋敷の敷地外に向かってゆっくり歩いている。
その歩き方にほんの少しの躊躇が見えるのは気のせいだろうか。
お父様も見送る中、思わずもう一度声をかけてしまう。
「アラン!」
彼は金縛りにでもあったように動きを止める。
しかし振り返らない。
それが辛くて、
「待っているから」
縋りつくような言葉にアランはようやく振り返った。
「ありがとうございます」
彼の目元は目深に被った帽子に隠されて見えなかった。
彼を見送り、その後ろ姿が見えなくなると急に焦りを感じる。
止まっていた時間が動き出してしまったような変な焦燥と不安感だけが募っていく。
大丈夫。
自分に言い聞かせるように何度も胸中で繰り返す。
「リディア、大丈夫かい?」
「………」
「…部屋に行こう。話したいこともあるだろうから」
かろうじて頷くと半ば支えられるようにしてお父様と共に私の自室に向かった。
 




