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第40話



懐中時計を確認すると、日が沈みかける時間だった。



「……そろそろ帰ろう」



本を棚にしまってから持ってきていた本を抱える。

禁書の部屋に鍵をかけて書庫を出る。


「そういえばテオード殿下にお声掛けしなければならないんだっけ」


門に向かおうを伸ばした足を止める。


しかし馬車を呼ばないと帰れないため、魔力の塊を鳥に変化させて屋敷に向けて飛ばす。

これで迎えに来てくれるだろう。


行き先に迷っていた所にちょうどメイドが通りかかったため、声をかけてみる。


「ちょっといいかしら」

「はい、どうされましたか?」

「テオード殿下は今どちらにいらっしゃるか分かる?」

「殿下でしたら訓練場にいらっしゃいます。ご案内しましょうか?」

「ありがとう、お願いするわ」



メイドに付いて行くと、人が疎らなグラウンドで剣を振る人物が目に入った。


「こちらです。では私は失礼致します」

「ええ、わざわざありがとう」


軽く会釈をして去っていくメイドを見送ってから改めて目の前の人物に視線を向ける。


夕日に照らされながら真剣な表情で剣を振っている姿はまさに王子様という言葉がぴったりだ。

その美しい光景に見惚れていると、不意に彼が動きを止めて振り返る。


「あれ、リディアではないか」

「こんにちは、テオード殿下。そろそろお暇しようかと思いましたのでお声かけさせていただきました」

「そうか。今日は正式なもてなしができなくて申し訳なかった」

「こちらが急に押し掛けたのですから…それに昼に頂いた紅茶はとても美味しかったです」

「ならよかった。また機会があれば来てくれ」

「はい、是非」


テオード殿下は笑顔で私の手を取る。

そのまま彼にエスコートされる形で門に向かった。



門にはすでに馬車が到着しており、御者がドアを開けてくれた。


「殿下、こちらをお返しします」


鍵を返していないことを思い出し、慌ててポケットから取り出す。

すると殿下もようやく思い出したのか、苦笑しながら鍵を受け取ってくれた。


「そういえば忘れていたな。また書庫を使いたいときは遠慮なく声をかけてくれ。リディアならいつでも貸そう」

「……ありがとうございます」



__この国が隠したい真実に触れるためでもあなたは貸してくれるのですか?



そんなことは聞けなかった。


今、生きている人に罪はない。

強いて言えば、過去を掘り返して現状に異議を唱えようとしている私に罪が生まれるだろう。



「リディア?」


テオード殿下の不安そうな声に顔を上げる。

そこには眉を下げてしまわれた殿下の顔があった。


「…すみません、私、」

「……あまり根詰めないようにな。俺はいつでもリディアの味方だから」


そう言って頭を撫でられてしまう。

その言葉に私は何も言えなかった。




かろうじて感謝の言葉を伝えて馬車に乗り込む。


ゆっくり流れる景色をぼんやり見ながら考える。



    味方だから



その言葉は昨日、私がアランに言った言葉だった。


昨日は考えもしなかったが、先程テオード殿下に言われて気づいた。



味方とは何だろう。



表面上の言葉なんていらない。

1人でこの苦しみを抱えるのではなく、共有して、支え合って…


いや、そんなものではない。



「助けてほしい」



口を衝いて出た言葉は案外無機質なものだった。



共に崖に飛び込む覚悟がある者を仲間と呼ぶのだろうか。


私には分からない。



でも彼が私の手を取らないのならば、私が彼の後を勝手についていこう。



それが私なりの味方の解釈だった。












「ただいま」

「お帰りなさいませ、お嬢様」


屋敷について馬車を下りると使用人が整列して迎えてくれた。

しかしその中にアランの姿はない。


「ありがとう。…アランは?」

「実は…お昼過ぎに倒れてしまったので今は自室で休んでもらっています」

「…そう」


驚きすぎて反応が遅れてしまった。

しばらく黙ってしまった私をどう捉えたのか、メイドは夕食がすでに用意されている自室へと案内してくれた。



廊下を歩きながらもアランのことを心配してしまう。


「大丈夫なのかしら…」

「先ほど様子を見に行った執事によると、アランさんはお嬢様がお風呂から上がられるぐらいには復帰したいと言っていたらしいですよ」

「無理しないでほしいわね」


もやもやしたまま夕食を取り、浴室に向かう。


ここ数日色んな文献を読み漁っていたせいか、目が疲れている気がする。

湯の温かさに眠気を感じるも、ここで寝ては危ないと根性で起きる。

この疲れの原因が本を読んでいたからだけではないことは薄々分かっていた。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


メイドが心配して声をかけてくれる。

ここで考え込むことも良くないだろうと湯から上がる。


「ええ、少しのぼせただけよ」

「お部屋までお送りしましょうか?」

「平気。1人で戻れるわ」

「かしこまりました。何かありましたらすぐにお呼びください」

「ありがとう」


ネグリジェを着てガウンを羽織る。



そのまま廊下を出て自室に向かうと、扉の前に誰かが立っていることに気づいた。

その人物は、大きな尻尾と特徴的な耳を動かしながら姿勢を正して立っている。


「アラン」

「お帰りなさいませ、リディア様。先ほどはお迎えに上がれず申し訳ありません」


恭しく頭を下げる彼はいつも通りに見える。

しかしよく見ると目の下に隈ができていたり、顔色が悪かったりと明らかに不調であることが見て取れた。


「まだ具合悪いでしょう?顔色が良くないわよ」

「横になっていましたので大丈夫です。私としましては、お嬢様がお眠りになるまではおそばにいたいのです」

「駄目…と言ってもあなたは傍にいてくれるのでしょう。なら久々にブラッシングしたいからブラシを持ってきて頂戴」

「いいのですか?」

「私も癒されるし、アランも気持ちいいでしょう。一石二鳥よ」


そう伝えるとアランは「ブラシを取ってきます」と言って自室に戻っていった。

鏡台の前に座って髪を乾かしていると、鏡の中の私と目が合った。


「ふふっ、私もアランのこと言えないわね」


鏡の中の私も顔色があまり良くなかった。

テオード殿下にお会いした時は化粧をしていたため上手く隠すことができていたのだが、お風呂上がりの今では何も隠せていない。


しばらく髪を乾かして待っていると部屋にノックが響いた。

返事をすると、ブラシを手に持ったアランが顔を覗かせた。


「お待たせしました。先にリディア様の御髪から乾かしましょうか」

「うん、ありがとう」


アランはブラシを机に置くと、慣れた様子で私の髪を乾かし始めた。

先に自分でも乾かし始めていたからか、いつもよりも早く終わり最後にオイルをつけてもらった。



「次はアランの番ね」


ソファーに座って隣を叩くと、アランは一瞬固まってから遠慮がちに隣に座ってきた。


「よろしくお願いします」

「任せて」


まずは優しく手櫛を通してからブラシで丁寧に毛並みを整えていく。

最初は緊張していたアランだが、段々と力が抜けていきリラックスしてきたようだ。


「今日はどのような1日でしたか?」

「テオード殿下にお会いしてきたわ。訓練を見学させていただいたのだけれど、とても勉強になったの」

「それは良かったですね」


ブラシを通すとやはり気持ちいいのか、段々頭がゆらゆらと揺れ始める。


「……お嬢様」

「なあに?」

「……いえ、なんでもないです」


しばらく無言の時間が続く。

しかし沈黙が苦痛ではないのは、きっとお互いの存在を感じているからだろう。


「眠たいなら寝てもらっていいのよ」

「……いえ」


口では否定しつつ、その瞼は今にも閉じてしまいそうだ。

それに追い打ちをかけるように丁寧に尻尾にブラシを通す。


「ねぇ、アラン」

「……はい」

「何があなたをそこまで苦しめているの?」

「獣人である私がリディア様の執事であることに対する不安です」

「…そうなのね。分かったわ、もう寝ていいわよ」


ブラシを通しながら子守唄を詠う。

それはアランと私が輩に襲われたあの日の夜、アランの傷を治すために私が歌った子守唄と奇しくも同じだった。


歌い終わる頃には、子守唄に混ぜた魔力によってアランは完全に眠ってしまった。





静かに寝息を立てるアランの髪を撫でながらため息をつく。



あれだけ眠たそうにしていたのに「何があなたをそこまで苦しめているの?」という質問に対しては間髪入れずに返してきた。


__まるで最初から用意してあったかのように。



「…肉を切らせて骨を断つ」



いつか教えられたの言葉を思い出す。


大丈夫、肉を切られる覚悟も、骨を断つ覚悟もアランと出会った日にすでに決めている。




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