第38話
次の日、私は馬車に乗ってお城に向かっていた。
向かいの席にはアランの姿はなく、代わりに例の本と手土産が置かれていた。
そういえば、招待なしに城を訪れるのは初めてだ。
門番らしき人物に名前を告げると、彼はすぐに敬礼をして中へ入れてくれた。
こんなに簡単に通してくれるとは思わず、拍子抜けしてしまう。
馬車を止めてもらい降りれば、庭の手入れをしていた使用人に大層驚いた顔をされる。
「リディア様!?」
声のした方を見ると、顔馴染みのメイドがこちらに走ってきていた。
「あら、ごきげんよう」
「こんにちは…あの、本日の訪問のご予定を共有しかねておりました。故にお出迎えの準備が、」
「待って、違うの。今日は私が予定をお伺いせず無理に来てしまったの。だから気を使わないで」
「えっと…?」
「実は城の書庫を利用させていただきたいの」
「そういうことでしたか。それでしたら国王陛下をお尋ねになると良いかと。ご案内いたしましょうか?」
「いいの?ならお願いしようかしら」
メイドは頷くと国王陛下がいらっしゃる部屋まで先導してくれた。
長い廊下を歩きながら考える。
確か今、レイウコット…獣人国と少し揉めている関係で国王陛下はご多忙だとテオード殿下から聞いた気がする。
それなのに予定も聞かずに来た王妃候補が「書庫貸してください」なんて言ったら間違いなく怒られるだろう。
えぇ、どうしようかな。
「……リディア?」
突然、後ろから声をかけられた。
振り向くとそこにはテオード殿下がいた。
「ごきげんよう、テオード殿下」
「えっと、今日招待したか?すまないな、リディアとの予定なら忘れるはずないのだが…」
「違うのです。実は__」
城の書庫を貸してほしい旨を話してみた。
「そういうことだったのか、てっきり俺に会いに来てくれたのかと思ったぞ」
「申し訳ありませんが、会いたくなった場合は事前にお手紙を送らせていただきます」
「…今までリディアから一度も送られてきたことないが?」
「……気のせいでしょう」
テオード殿下はメイドを業務に戻らせると、改めて話を戻した。
「城の書庫を利用したい場合は遠慮なく言ってくれ。俺が許可を出せば利用できるはずだ」
「その…禁書も利用させていただきたいのですが…」
「禁書?また何でそんなものを使いたいんだ?」
「実は屋敷の書庫で珍しい本を見つけたのです。どうやら昔の言語が使われているようなので解読の為に禁書まで手を伸ばしてみようかと思いまして」
「なるほど、分かった。まぁ、リディアならいいだろう。破ったりはしないだろうな?」
「勿論です、ありがとうございます」
深く頭を下げる。
嘘はついていない。
ただ伝え方を工夫しただけだ。
しかしどうやら許可書が必要なようで、一度テオード殿下の私室に立ち寄ることとなった。
部屋に入ってからすぐ手土産を渡すと、お礼の言葉と共に殿下はソファーを示した。
「そこのソファーに座って待っていてもらえるか。飲み物は何がいい?コーヒーと紅茶ならすぐ用意できる」
「お構いなく」
「リディアこそ遠慮するな」
「…では、紅茶をお願いします」
「分かった」
嬉しそうに笑って部屋の奥へと消えていく背中を見送る。
部屋を見回してみると、整えられた甲冑や絵画などいかにも王族の私室といった感じだった。
しかし訓練終わりなのかタオルが椅子に掛けられており、生活感を感じ取ることができる安心する。
「そんなに見られると恥ずかしいな。リディアが来てくれると分かっていればもっと整えたのだがな」
「失礼しました。つい気になってしまい」
「お待たせ」という言葉と共に机にカップが置かれる。
いつもアランが淹れてくれる紅茶よりも匂いが薄い。
どうしてもアランが淹れてくれる紅茶を飲む機会の方が多いため、他の紅茶に新鮮味を持ってしまう。
「いやいや、リディアが興味を持ってくれて嬉しいよ」
テオード殿下は机の引き出しから書類を取り出し、何かを書き込んでいる。
ペンの音はすぐに止み、その書類を持って殿下は向かいに座られた。
「これが書庫の利用に関する許可書だ。ここにサインをしてくれ」
内容を確認してから示された部分に名前を記入する。
「これで大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。ところで、禁書を用いないと読み解くことができない本とは一体どんなものなのだ?」
「これなのですが」
持ってきた本を手渡すと殿下は表紙をじっと見つめる。
それから首を横に振って返してきた。
「悪いがこれは俺でも読めない。ただ、この文字を見たことはある」
「そうなのですね。何かご存じでしょうか?」
思わぬ返答に焦ってしまう。
なぜレイウコットの言語を殿下ご存じなのだろうか。
やはり書類関係で目にするのだろうか。
しかし1つでも情報が得られるならと思ってしまい、思わず身を乗り出しそうになる。
「すまない。そこまでは思い出せない」
「いえ、謝らないでください。私は見覚えすらなかったので殿下の知識の幅に驚かされました」
「ありがとうございます。しかし、リディアは相変わらず勤勉だな。また体を壊さぬか心配だ」
「ご心配には及びません。今は健康そのものですよ」
「はは、確かに以前よりも顔色がいいな」
殿下は微笑むと席を立ち、私の横に座った。
不思議に思って見上げると、突然頬に手が添えられた。
優しく撫でるように動かされる指先に思わず肩を震わせる。
すると、殿下は楽しそうに笑った。
「しっかりしているはずなのに、どこか子どもっぽいな。本当に愛おしい」
その目があまりに優しくて、顔に熱が集まるのを感じる。
「で、殿下…」
「さて、俺はもう一度訓練してくるよ。折角だし、書庫まで送ろう」
ぱっと手を離し立ち上がった殿下は、ほんのり赤くなった頬を掻きながらこちらを振り返った。
「ほら」
「あ…あ、りがとうございます」
つい吃ってしまうが仕方ないだろう。
今まであんな単調で子どもっぽい告白をしていた殿下が、こんなに甘い雰囲気を出してきては流石に動揺してしまう。
彼の差し出してくれた手に自分の手を重ねると、そのまま握られて部屋を出た。
 




