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第36話



「では、お休みなさいませ」

「…うん、お休み」


結局私がベッドに入るまでアランは帰ってこなかった。

たしかに休みは2日間だから明日の朝までに帰ってきてくれれば問題ないのだが、やはり少し残念だ。


メイドと挨拶を交わして掛け布団に包まる。


しかしいつもよりも寝る時間が早いからか全く寝れる気配を感じない。

仕方ないので、眠くなるまで本を読もう。


「…これ、何語?」


眠気を感じるまでの暇つぶしだと思い、適当に1番上の本を取ったのだが開いてみるも全く読めない。


ほとんどの言語に関しては、読むことは出来なくても文字の形や並び方に見覚えはある。

しかしこの本に書かれている言語に全くと言ってもいい程見覚えがない。


この本は一体何語で書かれているのだろうか。


夜にも関わらず好奇心は止まらない。


大人しくベッドに戻るわけもなく、元々部屋に置いてある公用語についての本を取り出してソファーに座る。

あまり明るくしすぎると起きていることに気づかれてしまうため、オイルランタンに火をつけて机の周りだけ明るくする。


「えーっと、まず文字は……」


文字の形、並び、特徴などを公用語についてまとめてある本と照らし合わせながら特定していく。

しかし時間をかけて確認しても一向に見つからない。


「どういうことなの…?」


もしかして大昔に使われていた言語で、今の時代では使われていないのだろうか。

そうなると完全にお手上げである。


「うぅん……分からない……」


諦めて本を閉じる。

結局1単語も解読できなかった。

明日もう一度書庫に行って調べようかな。


ランタンの火を消そうと手を伸ばしたところで、紙が床に落ちていることに気づいた。


どれかの本に挟まっていたのだろうか。


何が書いてあるか確認するために拾い上げると案外分厚く、複数枚が重ねられていることに気づいた。

二つ折りになっている紙を開くと、中には先ほどまで苦戦していた例の言語とシェルニアスの公用語が並べて手書きで書いてあった。


「え」


これ、もしかして翻訳?


慌てて確認すると、確かに本にもその単語が載っていた。

これが本当に翻訳だとしたら…と微かな希望を胸に再び本のページを捲る。


全てを翻訳してあるわけではないから分からない部分も多いが、それでも確実に読めるようになっていた。


「獣人…レイウコット?」


この本には獣人という言葉と同じぐらいの頻度でレイウコットという固有名詞が書かれていた。


「こんな本どこで手に入れたのかしら…」


文字を追いながら考える。


翻訳が書かれたメモは著者ではなく、この本を入手した人が作ったに違いない。

しかし気になるのはメモに書かれていた文字がシェルニアスの公用語だったことだ。


シェルニアスが建国されたのは今から500年ほど前。

もし本に書かれている言語が本当に大昔のものなら、なぜシェルニアスの公用語がメモに使われているのか。

まぁ、おおよそ言語学者が関係しているのだろう。

それなら納得がいく。





さらに本を読み解こうとしたその時、突風が部屋の中に吹き込んできた。

書庫の本が埃っぽかったから開けていたのだが、そのせいで積んでいた本が床に散らばる。

それほどまでに強い風だったのにも関わらず、風は1度しか吹かなかった。


時計を見ると深夜を指しており、流石の私でももう寝た方がいいことが分かった。

まだ読みたい気持ちはあるが、仕方ない。


オイルランタンの火を消してから窓に近づく。


窓枠に手をかけた時、嗅ぎなれない酸化臭が鼻をついた。


「これは…血の匂い?それとも…硝煙?」


以前、国の軍施設に訪れた時に嗅いだ匂いに近い。

軍の教官によると、素人には酸化臭の嗅ぎ分けは難しいという。


どちらにせよ、その匂いが屋敷の庭からするのはおかしい。


さらに風と共に強い魔力も感じる。


ピリピリと肌が痛む上に、軽く視界も歪むが何とか耐える。

訓練の甲斐あって軽度の不調だけで済んでいるが、少し前だったら確実に倒れていただろう。


「……」


身を乗り出しても誰も見つけられない。


暗殺者や強盗だった場合、このまま追及するのは危険だろう。

今は大人しく引き下がるしかなかった。








「ん~…」


妙な怠さを感じて目を開ける。

昨日の夜更かしが祟ったのか、何となく頭が重い。


「おはようございます、リディア様」

「…え、アラン!?」

「はい、アランです。入室時にお声かけさせていただいたのですが、どうやらお返事は寝言だったようですね」


いつの間にか部屋に入ってきたアランに驚いて声を上げる。

確かに休暇は昨日までだが、こんなにもしっかり復帰してくるとは思わなかった。


「ちょっと夜更かししちゃったのよ」

「…そうでしたか」


いつもなら注意されるはずだが、今日はやけに素直に引き下がる。

不思議に思うも、アランは何も言わず紅茶を注いで机に置いた。


「アラン…?」

「はい、どうかされましたか?」

「どうしたの?」


私の質問にアランは目も合わせないまま答える。


「申し訳ありませんが、質問の意図を理解しかねます。私は至っていつも通りですよ」

「……」

「紅茶でございます。冷めてしまう前にどうぞ」

「…ありがとう」


きっと今追及してもはぐらかされるだろう。

ガウンを羽織ってベッドから降りる。

いつも通りのはずなのに、どこか違和感を感じた。


椅子に座ってカップを持ち上げると、一昨日飲んだ紅茶よりも強い香りがした。

そういえばアランはいつもこの紅茶を淹れてくれる。

嫌いな味ではないからいいのだが、どこかの特産品なのだろうか。


そんなことを考えながら朝食を食べていると、机の上に雑に積まれた本を見て今日やろうとしていたことを思いだした。


「あぁ、そうだわ。今日は書庫に行くつもりだから訓練は午前中にしてもらえる?」

「承知しました。折角でしたら、訓練は明日に回しますか?時に休息も必要ですし」

「あらいいの?なら今日は休みにしましょう」


アランは小さく微笑んでから「ではまた後ほど」と言って部屋を出て行った。


普段なら常に傍にいてくれるのに珍しい。

やはり今日のアランは何だか変だ。

しかし私が聞いても答えてくれないだろう。


少し寂しい気もするが、本人が言いたくないことを無理矢理聞くのも違うだろう。


もやもやとした気持ちを誤魔化すように、朝食を食べ終えてから昨日の本を抱えて書庫に籠った。







書庫に着いてから机に本とメモを並べて置く。

まずはこの本を分かる範囲で一通り翻訳したい。



獣人

レイウコット



この2つが頻出で書かれているが、それ以外にも重要な単語が見つかるかもしれない。


ここまで来ると本の内容よりも解読という意味で熱が入り始めていた。


本と一緒に自室から持ってきた紙に予想される単語の意味を書いていく。


「獣人…ということはこの後の単語は動詞かな?……これなんだろう。メモには~…え、これで『森』という意味なの!?」


声に出した方が頭の中が整理されるため、1人で呟きながら作業を進める。


「この単語よく見るけれどメモにないわね…うーん、予想としては『喧嘩』『争い』『戦争』って、どれもいい意味ではなさそうね」


予想でも紙にまとめることで、その単語が良い意味か悪い意味かぐらいの方向性は分かる。

正式な意味は分からなくても解読においては重要な情報だった。


「ん、これは読めた!えっと…『殺す』『死ぬ』……やっぱり物騒な言葉が多いのよね。この前後に『命』が来ているからどちらかで間違いないと思いたいけれど…」


その後も解読を進め、ようやく一通り終わった所で不意に後ろの扉がノックされた。


「お嬢様、昼食の準備が整いましたのでお呼びに参りました」

「あら、もうそんな時間なの?」


集中していたせいで気付かなかった。

昨日からどうにも時計の確認を怠っている。


何故か書庫内に入ってこようとしないアランは部屋の境目から紙が散乱している机を見て首を傾げる。


「お取込み中でしたか?」

「ううん、問題ないわよ。ちょっと片付けておきたいだけだから」


紙を束ねて上に本を乗せておく。

これで誰かが触ることもないだろう。


「待たせてしまってごめんなさいね」

「いえ」





そのまま書庫を出てアランと廊下を歩く。

アランは私より数歩前を歩いているが、自室に着くまでこちらを振り向くことはなかった。

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