第33話
「アラン~…」
「2日間だけですからそんな今生の別れだけのようなお顔をなさらないでください」
次の日、私は玄関で半泣きになっていた。
2日よ、たったの。
そう思おうとしても、テオード殿下のことを考えると憂鬱になってしまう。
アランは執事服ではなくカジュアルな服に身を包み、小さめのトランクを持っていた。
いつもなら雰囲気の違う服に大興奮なのだが、今の私にはそんな元気がない。
「ほら、ご準備もあるでしょう」
「うぅ……じゃあ戻るけれど、くれぐれも気を付けてね」
「はい、折角頂いた休暇ですので大切に過ごさせていただきます」
アランは優しく微笑むと、トランクを持ち直した。
「では行って参ります」
「うん、行ってらっしゃい」
安全を願いながら手を振ると、アランも丁寧に振り返してくれた。
しばらく玄関で見送っていたが、準備があることも確かなため屋敷内に戻る。
自室に戻り、自分でもう一通り掃除をしてからルームフレグランスを撒く。
応接間で対応する予定だが、念には念を入れても悪いことはないだろう。
丁度いいタイミングでメイドがドレスの着付けにやってきたためされるがままになり、髪も綺麗に結い上げてもらっていく。
鏡越しに自分の顔を見ると、思っていたよりも嫌悪が滲んでいることがよく分かった。
これではいけないと、軽く息を吐いて気持ちを引き締める。
「終わりました」
メイドの声にハッとして振り向く。
そこには綺麗な黄緑色のドレスを着た自分が立っていた。
細かい刺繍が施されており、胸元には宝石が散りばめられたネックレスがその存在を主張している。
「とてもお似合いですよ」
「ありがとう」
褒められたことに素直に礼を言うと、何故かクスッと笑われてしまった。
笑われるような心当たりがないため、首を傾げてしまう。
「どうしたの、何か変だった?」
「いえ。アランさんがいらっしゃったことにより、お嬢様の雰囲気が柔らかくなったように感じまして」
「えっ?」
「以前はどこか冷たく感じる時もありましたが、今は温かさを感じると言いますか」
「そ、そうかしら?」
「はい。アランさんはとても良い方ですね」
「……えぇ、自慢の執事よ」
メイドは私を微笑ましそうに見ると、部屋から出て行った。
「……さぁ、気合を入れなくては」
両手で頬を叩き、気合を入れる。
そして再び鏡を見て、今度は笑顔を作る。
「よし!」
大丈夫、やれる。
自分にそう言い聞かせてテオード殿下を待つのだった。
お昼時を過ぎた午後2時、ガラガラと馬車が石畳を進む音が屋敷の門前から聞こえる。
屋敷の前に止まった馬車からは、護衛騎士に付き添われたテオード殿下が現れた。
「お待ちしておりました、テオード殿下」
「出迎え感謝する」
「生憎お父様は出張のため、本日は屋敷に不在でございます。故に私1人のお出迎えとなってしまい申し訳ありません」
「全く気にしないでくれ。こちらこそ急な来訪で申し訳ない」
テオード殿下はいつにも増して身だしなみに気合が入っている。
あまりの気合の入りように、少しでも気を抜くと頬が引き攣りそうになるが気合で耐える。
「ここでの立ち話もなんですから、応接室にご案内させていただきます」
「ああ、よろしく頼む」
殿下は私先導の元、大人しくついてきてくれる。
廊下を歩いている時も殿下の視線は常に私の方を向いている。
きっと私の体調を気にしてくださっているのだろう。
応接室に着くと事前に用意しておいた紅茶とお茶菓子のいい匂いが漂っていた。
「リディアと2人で話したいからお前たちも他の部屋で休ませてもらいなさい」
「はっ!」
護衛騎士はメイドによって他の部屋に案内された。
部屋の中にも給仕としてメイドはいるため、完全に2人きりというのは難しいがそこまで気にしないだろう。
きっと国に仕えている護衛騎士に話を聞かれるのが嫌なだけだ。
「お掛けください」
「失礼する」
テオード殿下が座られたのを確認してから、私も対面のソファに腰を下ろす。
「本日はお忙しい中わざわざお越しいただき誠にありがとうございます」
「いや、こちらもリディアに会いたいと思っていたからな」
「そう言っていただけると幸いです」
給仕が紅茶をカップに注いでくれる。
そっか、アランはいないのだった。
「それで、最近はどんな調子だ?無理はしていないか?」
「おかげさまで、順調に回復方面に向かっております」
「それは良かった」
そう言って紅茶に口をつけられる。
お口に合うか心配だったが、どうやら美味しかったようで一安心だ。
「ところで、この前は見送ることができず申し訳なかったな」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました。治療費は足りましたか?」
「十分すぎるほどだったからリディアの父上に返そうと思ったのだが断られてしまってな」
お父様がテオード殿下と会った日のことを話してくれたが、あれはそういうことだったのか。
きっとお父様が私に気を使われてお金の話をあえてしなかったに違いない。
テオード殿下がお礼のためだけにお父様を待つなんておかしな話だと思ったものだ。
「問題ありませんのでそのままお受け取りください」
「しかし……」
「どうかお願い致します」
真剣に言えば、少し間を開けてから「分かった」と言ってくれた。
「それにしても、あの時は最悪の想定をしてしまうほど容態が悪かったからな。無事で本当によかった」
「お騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
頭を下げると、「謝らないでくれ」と優しく言われた。
「……だが、どうしても聞いておきたいことがある」
「何でしょうか」
「あの日、リディアのこと姫抱きで馬車まで連れていった執事服の美女とは誰のことだ?」
テオード殿下のその質問で部屋の温度が急激に下がったような感覚に陥る。
私はなんとか笑顔を張り付けたまま姿勢を保つも、冷や汗が滝のように流れる。
そういえば、あの時アランに会ったメイドに口止めしておくのを忘れた。
「ちなみに言っておくと、誰から聞いたわけでもないからな。俺が自分の目で見た」
心を読んでくるかのように言うテオード殿下に最早恐怖を感じる。
殿下の表情は笑顔なのだが、目の奥が一切笑っていない。
震えそうになる声を抑えながら答える。
「彼女は執事として屋敷で雇った女性でして、通常業務の1つとして私の講師を担ってもらっています」
「そうかそうか。それは知らなかった。だから城に来ることも減ってしまったのだな」
そう言った後、殿下は小さく舌打ちをした。
それを聞いた瞬間、身体中の血の気が引いていくのを感じた。
怒ってる…
物凄く怒ってるよぉ…
給仕として部屋で待機してくれていたメイドたちが殿下の圧に怯えて涙目で震えている。
犠牲になるのは私だけでいい。
そんな物語のヒーローのような気分で席を外してもらうよう指示を出す。
メイドたちは私の指示を聞くと、すぐに部屋から出て行ってくれたため、部屋の中には私と殿下の2人だけとなった。




