第32話
そんな日から2週間が経った。
訓練の成果は確実に出ており、今では目くらましの魔法や簡単な魔法に関する魔力による体調不良は出なくなっていた。
それと同時に意識しなくても魔力の大まかな流れを感じることができるようになるまで成長していた。
しかし油断はできないもので、急な魔力には体が耐えきれないことも多々あった。
「おはようございます、リディア様。本日のご予定の確認の前にお届け物がございます」
「届け物?何か外注していたかしら?」
朝食を食べながら考えていると、アランが紅茶を机に置きながら首を横に振った。
「いえ、詳しくは聞いておりませんが危険物の混入の有無を確認した後、こちらの部屋へ直接届けられるようです」
アランの言葉に示し合わせたように部屋にノック音が響いた。
視線で指示を促してきたため頷くと、アランはドアを開けてメイドと数言交わしてから何かを受け取った。
「どうやら危険物は何も入っていなかったようですね」
丁度朝食も食べ終えたため、受け取った物を確認すべく椅子から立ち上がる。
「どうやらお手紙のようですね。差出人は…」
「…アラン」
「燃やしませんよ」
「そんなこと言っていないじゃない。ただ偶然手紙に引火するだけよ」
「とんでもなく意図的ではありませんか」
封筒には見覚えのありすぎる字で『テオード・シェルニアス』と書かれていた。
間違いない、テオード殿下からのお手紙だ。
名前を確認する前に王族のシーリングスタンプで気づくべきだった。
「しかし中身を確認しないと後々困るのはリディア様ですよ」
「分かってはいるのよ…分かっては…」
レターオープナーを渡されてしまえばもう逃げられない。
覚悟を決めて封を切る。
「……あら」
「どうかなさいましたか?」
いつものように薔薇の花弁が詰め込まれていると思ったのだが、今日は違うようだ。
中には便箋の他に、押し花を加工して作られたしおりが何枚か入っていた。
意識して見ると、それらはこの前のお茶会でお邪魔した中庭に咲いていた種類の花だった気がする。
「おや、押し花ですか」
「そうみたいね」
「手作りでしょうか。まだ自然の香りが残っていますね」
「分かるの?」
アランは当然のように言うが、私は鼻を近づけても分からない。
首を傾げていれば、アランは苦笑しながら口を開いた。
「私の嗅覚で微かに香る程度ですので、おそらく人間では気づけないかと」
「そうなのね。まぁ、薔薇の花弁よりは嬉しいわ」
「リディア様のお話からアプローチのされ方を変えられたのかもしれませんね」
確かにこの前のお茶会では「押し付けに近い愛は必要としていない」と言い放った気もしなくもないが、ここまで変わるものなのか。
案外言ってみるものだわ、なんて他人事のように思ってしまう。
しおりを封筒から出してから2枚の便箋を丁寧に取り出す。
1枚目の便箋には、体調を心配する言葉とこれからは一方的すぎる贈り物は控える旨が書かれていた。
彼なりに迷惑にならない贈り物を考えた結果、手作りの押し花に辿り着いたのか。
2枚目の便箋には、お見舞いを兼ねて明日屋敷を訪ねるという旨が書かれていた。
そして最後には『心からの愛を込めて、テオード・シェルニアス』と記されていた。
「…ん?」
明日?
屋敷に?
テオード殿下が?
訪問される?
「アラン」
「はい」
「…愛の逃避行しないかしら?」
「だから出国審査で捕まりますよ。というか、以前にも同じやり取りしましたよね?テオード殿下からのお茶会の招待でしたか?」
「口頭で説明する余裕ないから読んで頂戴」
はい、と手紙を渡せば、丁寧に「拝読させていただきます」という言葉と共に受け取られた。
アランは読み進めていくうちにどんどん困惑していき、最終的に天を仰いでしまった。
「……これはまた」
「……えぇ、本当に」
「……明日ですか」
「……明後日ではなく、次の日なのよ」
アランの言いたいことはよく分かる。
私に逃がす隙を与えたくなかったのだろうが、やりすぎだ。
あの殿下はそういうところがある。
「とりあえず、ご主人様にご報告に参りましょうか」
「…ええ」
重い腰を上げて部屋を出る。
すれ違う使用人全員に心配の声をかけられるが、そんなに酷い顔をしているのだろうか。
いつもの2倍近い時間をかけてお父様の部屋の前に着いた。
ため息をついてノックのために手を持ち上げたところで止まってしまう。
「ねぇ、やっぱり逃げてはいけないかしら?」
「ご主人様のご意向次第ですね」
「…そういえば、今とんでもない魔力を受ければ体調崩すのよね~」
「お見舞いと書いてありましたし、体調不良では逃げ切れないでしょうね」
「はぁ~…」
再びため息をつくと、何の前振りもなく目の前のドアが開いた。
肩が跳ねるほど驚いたが、ドアを開けたのはお父様だった。
「私の部屋の前で何をしているのだ?」
「騒がしくしてしまい申し訳ありません」
「いや、それは良いのだが何か用事か?」
「あー……」
ちらりとアランを見るも、アランは首を縦に振るだけだ。
「少しお話ししたいことがありまして」
「なんだ、遠慮なく入ってくれば良かったのに。ほら」
そう言ってお父様は部屋に招き入れてくれた。
「それで、話とは?」
ソファーに座ると、アランが紅茶を淹れてくれた。
お父様はアランに感謝を述べてから早速尋ねてきた。
「実は―――」
手紙の内容を簡潔に説明していく。
するとお父様は紅茶を机に置くと、笑いながら口を開いた。
「テオード殿下もなかなかなことを考えられるな」
「笑い事ではありませんよ!」
「まぁ、リディアの体調に関してもご理解いただいているようだし、そこまで気にすることはないのではないか?」
「そうでしょうか……」
確かに手紙にはお見舞いと明記されていたが、だからこそアランのことを追及される可能性もある。
あっ…
頭の中で色々考えていると、1つの大きな問題に気づいた。
「お父様、アランをどう隠しましょう」
するとお父様もようやく気づいたようで、困ったように眉を下げた。
「…会わせるのは、」
「アランを殺す気ですか?あの嫉妬深い殿下が私専属の執事の存在をお許しになると本気でお思いですか?」
「やはりそこはお変わりないか」
「ですので、お父様はどうにかして誤魔化してくださりませんか?」
そう申し出るとお父様は少し言い淀んだ後、頬を掻きながら口を開いた。
「えっと…実は明日から3日間出張が入っていて明日の早朝から屋敷にいないのだ」
「……はい?」
思わず低い声が出てしまった。
しかしそれも仕方がないと思う。
だって、つまり…
「私1人でテオード殿下をお迎えするのですか!?」
「仕方ないだろう。明日という申し出なのだから」
「ではアランをその出張に連れて行ってくださいよ!せめてアランの身だけは守ってください」
「護衛も出張先から指定がされているのだ。すまないが連れていくことは出来ない」
お父様はすまなさそうな表情をするだけでそれ以上何も言わない。
背凭れに体重を預け、深く息を吐く。
「……テオード殿下の来訪を断るわけにはいかないのでしょうか」
「…それこそ無理な相談だろう」
「ですよね……あの、私が個人的に逃亡を図るというのは…」
「王族相手にか?」
「…お忘れください」
ちゃんと手詰まりになっている。
これはもう諦めて腹を括るしかないのか。
「しかしアランがこの屋敷に隠れ続けるというのも難しい話だな」
お父様は唸るように考え込む。
確かにアランの存在はバレる可能性が高い。
「そうだ、アランに休暇を与えるのはどうでしょうか」
「確かにそれはいい案だな。ここで働き始めてしばらく経つが、休暇らしい休暇を取れていなかったからな」
それまで黙って聞いていたアランが慌てた様に口を開く。
「恐れ入りますが、私のことはお気になさらないでください。お忙しいタイミングで休暇をいただくなんて…」
「でもあなた死ぬわよ」
「そんな直接的な脅しあります?」
「事実だから言っているのよ。お父様もそう思われますよね?」
「ああ。それにお前はずっと働き詰めだからな。ゆっくり休むといい」
「……ありがとうございます」
アランは深々とお辞儀をした。
こうして急遽アランに2日間の休暇が与えられた。




