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第22話


お風呂に入り身を清め、柔らかい素材のネグリジェに着替えた私はベッドに腰掛けながらアランを待っていた。

壁にかかっている時計を何度も確認するも、針が進むスピードはかなり遅く感じる。

こんなに時間が経つのが遅く感じたのは初めてかもしれない。


どことなく不安を感じ、ベッドの上に置いてあるクッションを抱きしめる。


「お待たせしました」


控えめなノックの音と共に扉の向こう側から声が聞こえた。

慌てて立ち上がって扉に向かえば、そこには新しい執事服に着替えたアランの姿があった。


「何か御用でしょうか?」

「あ、えっと、……その、」


いざとなると言えなくなってしまう。

喉が渇くような感覚を覚えながらも、なんとか言葉を紡ごうとする。


「とりあえず入って」

「失礼致します」


律儀に礼をしてからアランは部屋に入った。

予め用意しておいた紅茶を注ぎながら、彼をソファーに座るよう促す。

その向かいに座れば、彼は私の言葉を待つようにじっと見つめてきた。


「……先程は、ありがとう。助かったわ」

「当然のことをしたまでですよ。リディア様にお怪我がなくて良かったです」

「あと、…ごめんなさい」


頭を深く下げれば、彼の困惑する声が聞こえてくる。

きっと困らせてしまっているだろう。

それでも、ちゃんと謝らないと気が済まなかった。

私が馬車の中で眠らなければ先ほどのような事態に見舞われることはなかったはずだ。


「アランを攻撃しようしたわけではないの」

「存じております」

「…本当に?」

「はい。先日、街で不審者に襲われた時にリディア様が使われた魔法と今日の魔法は全く異なっていましたから」


アランはそう言ってから私を安心させるように笑った。


「だからお気に病まれる必要は全くありません。私も怪我をしていませんし」


無事を示すように腕を見せてくれた。

確かに大きな傷跡どころか、小さな傷もないようだ。

それを見てホッと胸を撫で下ろす。


「リディア様こそ、本日はお疲れさまでした。テオード殿下とのお茶会はどうでしたか?」

「あー…うん。今までで1番楽しかったわ」


少し言葉を濁しながらそう言えば、アランは不思議そうに首を傾げた。

なぜ想いを寄せている彼に別の男とのお茶会の話をしなければならないのだ。

なかなかの地獄絵図から逃げ出すために必死に話を変える。


「それよりも、この前の不審者のせいでアランが選んだティーセットや茶葉が駄目になったでしょう?また買いに行かないかしら?」


アランは驚いたように目を見開いた後、全力で首を横に振った。


「いやいやいや、申し訳ないですよ!お気持ちだけで十分ですから」

「私が嫌なのよ」

「えー…」

「お願い」


改めて強く押せば、彼は渋々といった様子で了承してくれた。


色んなことを話していれば時間はあっという間に過ぎ、時計が23時を知らせた。

さっきはあんなにも時間の流れが遅く感じたのに…と時計を眺めていれば、アランは静かに持っていたカップをソーサーに置いた。


「もうこんな時間ですね。そろそろベッドに入られた方がよろしいかと」

「え、あぁ…そうね」

「ではお休みなさいませ」

「ま、待って!!」


ソファーから立ち上がり部屋を出ていこうとしたアランを呼び止める。

振り向いた彼に向かって口を開く。


「一緒に、……寝てくれないの?」


どうしても帰ってほしくなくて絞り出した言葉は静かに部屋に溶けた。

しばらく秒針の音のみが響き、アランは無言のままゆっくりと後退る。


「ちょっと何で逃げ腰なのよ」

「お嬢様と一緒に寝るのは流石に…」

「大丈夫、私寝相いいから」

「そういうことではありません!」


アランは両腕で自身を抱きしめて、さらに距離を取る。

余程警戒しているのか、彼は自分の大きくてもふもふの尻尾を体に巻き付けている。


「私はあなたを愛していると言っているでしょう。何が問題なのよ」

「その愛情が大問題なんですって!リディア様はお嬢様で、私は執事なんですよ!?」

「だって好きなんだもん」


拗ねるように伝えれば、アランは頭を抱えてしまう。

狐耳もぺしょりと下がってしまっている。


その様子を密かに可愛いと思っていれば、私を見て唸るように呟く。


「…何でそんな生娘みたいなこと言うんですか」

「あら、私は生娘よ。何なら確認する?」

「確認って何ですか!!初心っていう意味で使ったんですよ!」


ネグリジェの裾を持ち上げながら煽るように言えば、顔を真っ赤にして壁に張り付く勢いで逃げられる。

なんだ、照れているのか。


「ほら、ちょうど深夜だし確認にはいい時間かしらって」

「やめてください!そんな澄ました表情でとんでもないことを口走らないでください!」



あまりにも必死な様子が面白くて笑いながら彼を揶揄えば、「早く寝てください」とベッドに押し込まれた。


いつものように会話できる雰囲気に戻っており、どことなく安心している自分がいる。


それでもクスクスと笑っていれば、彼は真っ赤な顔を隠すように背中を向けてしまった。


後ろ姿を見る機会なんて滅多にないため、笑うことも忘れて見つめてしまう。

彼の緩く結ばれた灰色の髪が大きな背中に流れていて、思わず手を伸ばしそうになる。


「…あの、お気を悪くされました?」


振り返った彼と目が合う。

途端に恥ずかしくなり、誤魔化すように掛け布団を被る。


「え、リディア様!?」


シーツ越しにアランの慌てた声が聞こえるが、今は目を合わせる余裕がない。

心臓がドキドキとうるさく脈打つ。


今、私は何をしようとした?


これ以上は脳が限界を訴えるため、掛け布団を被ったまま目を瞑った。


「気を悪くしたわけではないの。ただ…そう、眠たくなっただけ」


苦し紛れの言い訳だろうに、アランはそれを追求することはなかった。


「…今日は色々ありましたからね。ゆっくりお休みください」

「ありがとう。…お休み」

「お休みなさいませ」


アランの革靴の音と共に部屋が暗くなった。








扉の閉まる音を聞いてから、やっと掛け布団から顔を出す。

枕に頭を預けて天蓋を見上げるも、なかなか睡魔はやって来ない。


「…まだ焦るときじゃない」


自分に言い聞かせるために呟いた言葉は暗闇に溶けていく。


眠れないことが分かりながら今は目を閉じるしかなかった。


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