第17話
そんなこんなで平和な日々は過ぎ、国王の手紙が届いてから1カ月が経った。
正式な日時を決めるにしろ、あまりにも時間がかかりすぎている。
しかし時間を無駄にしたくないので、その間にも私は魔力を目視するための訓練をアランに付けてもらい続けていた。
今日の訓練も終わり、部屋で紅茶を飲んでいた時アランは思い出したように口を開いた。
「そういえば、お城からお手紙なかなか来ませんね」
「ちょっと、声に出して言わないでちょうだい。こういうのって噂をすると…」
コンコンコンッと部屋の扉がノックされる。
入室の許可を出すと、メイドが顔を覗かせた。
「失礼致します。今お時間よろしいでしょうか?」
「…待って、何持ってるの」
「テオード・シェルニアス様からのお手紙を預かっております」
その言葉を聞いた瞬間アランを見れば、彼も同じように私から目を逸らした。
「アラン」
「…な、なんでしょうか」
「あなたのせいよ」
「それは理不尽過ぎませんか!?」
メイドは私がテオード殿下からの手紙をなかなか受け取らないことを知っているため、さっさと押し付けて仕事に戻っていった。
仕方がないから受け取って中を確認する。
そこには明日お城でお茶会をしようということが無駄な愛の言葉と共に長文で綴られていた。
「くっそ…言い訳できないようにギリギリの連絡寄こしやがって……」
「リディア様、言葉使いが悪いですよ」
アランに指摘されるも、こんな姑息なやり方許せない。
まぁ、正々堂々来られても逃げるのだが。
「いっそのこと部屋着で行こうかしら」
「それはお止めください。下手な仮病より酷いです」
「じゃあどうすればいいのよ!」
「諦めてください」
ちゃんと手詰まりになっている現状に思わず天井を仰いでしまう。
「ご主人様への報告はいいのですか?」
「いいわけないのよね~……ねぇ、アラン…逃避行しましょ~…」
「残念ながら出国審査で捕まると思いますよ」
「さらに現実を突きつけないでちょうだい」
もう考えることも嫌になってきた。
実は夢だったとかいうオチにならないかな。
「どうせ逃げられないなら思い切り楽しんではいかがでしょうか」
「楽しめるようなお茶会だったらすでに楽しんでるわよ!」
荒れている私を宥めるようにアランは紅茶とクッキーを出してくれた。
いい匂いをさせるそれに口をつけると、気持ちが落ち着いてくる。
「そもそもリディア様は何故そこまでテオード殿下を嫌っておられるのですか?」
「んー……」
少し考えるだけでも嫌っている理由はどんどん出てくる。
「まず、私の話を聞く気ないところでしょ?それに的確に追い詰めてくるところも嫌。あとは自分は愛されて当然だと思っているところも嫌ね」
指折り数えてみても、両手では足りないくらいには嫌いだ。
「もう十分です。…そんなにお嫌いなのですか」
「まだ序の口よ」
「では逆に好意を抱いている点について考えてみてはいかがでしょうか」
確かに考えたことなかったな、と思い、テオード殿下の好きなところを探してみる。
……あれ、何も浮かんでこない。
「いかがですか?」
「あ、いや……なんか、改めて考えると何も浮かんでこなくて。多分、本当に嫌いなんだと思う」
「そんなはっきりおっしゃらなくても…」
「でも今回はアランが同席してくれることだし、頑張ろうと思うわ」
クッキーに手を伸ばしながらそう言えば、彼は不思議そうに私を見た。
「どこで勘違いなさったのか存じませんが、私はお茶会に同席しませんよ?」
「えっ!?」
思わず立ち上がれば、アランは驚いたように狐耳を下げた。
しかし私にとっては死活問題なので、気にせず問い詰めてしまう。
「なん、え、なんで同席しないのよ!今までの執事やメイドはついてきてくれたじゃないの!」
「嘘はいけません。記録を見る限りでは同行はしていましたが、同席はしておりませんでした」
「そうかもしれないけど…」
「それに、私は獣人ですのでどちらにせよお城に同行することはできません」
「獣人であることなんて誰も気にしないわよ」
「リディア様の評価を私が下げるわけにはいかないのです」
アランは余程譲れないのか、絶対に首を縦に振ってはくれなかった。
お父様にお茶会の手紙について報告したタイミングで抗議したが、獣人だからというわけではなくアランの意思を尊重したいとのことだった。
アランの意思と言われてしまえば、無理強いはできない。
結局私は半泣きのままメイドに引きずられるようにしてお父様の部屋を後にした。
「お綺麗ですよ、リディア様」
「それは結婚式の時に言ってちょうだい…」
結局抵抗しても今日は訪れたわけで、私は朝早くからドレスを着せられていた。
いつものような動きやすい服ではなく、完全に外行きの服だ。
アランと一緒に買いに行った服だからまだギリギリ大人しくしているものの、そうでなければ魔法を使って抵抗していたに違いない。
今までは想いを寄せる相手がいなかったから招待に応じていただけだし。
「リディア様、そろそろお時間です」
「本当についてきてくれないの…?」
泣きそうになりながらそう言えば、アランは困ったように眉を下げた。
困らせていることは分かっているが、悪あがきをせずにはいられなかった。
「お化粧でさらにお綺麗になられているのですから、そのようなお顔なさらないでください」
「せめて尻尾を触らせて…」
「ドレスに毛が付いてしまいますので駄目ですよ」
「アランの毛をつけていけるのなら本望よ」
「何をおっしゃっているのですか」
真面目に答えたつもりが一刀両断されてしまった。
時間が迫っていることによる焦りなのか、じっとしていられない。
部屋を意味もなく徘徊していれば、アランが私を呼び止めた。
「リディア様」
「何よ、ついてくる気になったの?」
アランを振り返れば、彼の右手は5つの黒色の肉球とふさふさとした白い毛に覆われた手に変化していた。
きゅっと縮こまったり、開かれたりする手に自然と飛びついてしまう。
「はわぁ…!もふもふ!!」
「これぐらいなら問題ないでしょう」
「触ってもいい?」
「どうぞ」
両手で慎重に触れば、アランは目を細めた。
人間と同じようにマッサージ効果があるのか、尻尾も穏やかに揺れている。
ずっとこうしていられるな、と思いながら触り続けていると、ゆっくりとアランが口を開いた。
「大分落ち着かれたようですね」
「え?」
「先ほどまで緊張で震えていらしたので」
アランに指摘され、やっと自覚する。
確かに今ならお城に行っても大丈夫そうだ。
「ありがとう、アランのおかげよ」
「いえ。私はこれぐらいしかできませんので」
アランは謙遜するが、私にとってはかなり大きなことだった。
誰かに励ましてもらったのなんて久しぶりだった。
「馬車のご準備も整っておりますので、そろそろ玄関に向かいましょうか」
「えぇ」
アランと一緒に玄関に向かえば、そこにはすでに他のメイドも待機していた。
その仰々しい空気に先ほどまで忘れていた緊張を思い出してしまう。
テオード殿下のことになるとめっぽう弱くなってしまう自分に唇を噛む。
「リディア様」
今日はよく名前を呼ばれる気がする。
彼を見上げれば、彼は真剣な眼差しで私を見つめ返した。
「全てに強い生き物なんて存在しません。誰しも弱みはございます。どうか、ご自分を貶さないでください」
「アラン……」
「我々はリディア様のご帰宅をお待ちしております」
深々と頭を下げるアランを見て、心が軽くなるのを感じた。
そうだ、テオード殿下が苦手だから何だ。
彼は私に直接的な害を加えていないではないか。
それに、私は私らしくいればそれでいいんだ。
「それでは行ってまいります」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
アランや他のメイドたちに見送られながら、私は馬車に乗り込んだ。




