第16話
「私の魔法をご覧になりたい、と?」
「えぇ、駄目かしら?」
魔法の授業が終わった日の夜、アランはこの前の紅茶を再び淹れてくれていた。
相変わらず少し強い香りがするが、一口小さく飲めば独特の旨味が口に広がる。
「リディア様にお見せできるような綺麗なものではありませんよ」
「あら、それを言ったら私だって自分の魔法を綺麗だとは思っていないわよ」
「そういう問題ではなくてですね……」
困ったように耳を垂らす彼の様子に笑みが零れる。
「どうしても見たいの」
そう言って彼を見つめれば、しばし悩んだ末こちらに歩み寄ってきた。
「……あまり期待しないでくださいね。あと私の魔法は少々変わっております故、どうか驚かないでください」
「分かったわ」
アランは私の返事を聞くと、静かに目を閉じた。
すると、不思議な音が聞こえ始めた。
金属と金属がぶつかり合うようなその音は時間が経つにつれて段々と大きくなる。
音が意識しなくても聞こえるまで大きくなった時、アランから強い光が放たれた。
眩しさに思わず瞼を閉じる。
光が収まってから目を開けると、普段よりも獣の要素を強く出したアランが紫色に鈍く光る剣を手にしていた。
「これが私の魔法です」
口も獣寄りになっているせいか、アランはいつもより話しにくそうだ。
いつもよりも丸く大きな手に鋭く伸びた爪。
口は前に突き出しており、歯は太い上に尖っている。
瞳孔はこの光に溢れている部屋では縦長の形になっていた。
そして尻尾は普段の倍ほどの大きさになっていた。
私がその姿に心惹かれないはずがなかった。
「あなたはどこまで私を惚れさせれば気が済むの?」
「はい?えっと…」
「無自覚な所も含めて大好きよ」
戸惑うアランににじり寄れば、彼は何かを察したのか剣先を私に向けないように気を付けながら私と距離を取った。
そういう気遣いができる所も格好良すぎるのよ。
「リディア様!落ち着いてください!」
「私は冷静よ?」
「嘘をおっしゃらないで下さい!」
アランは必死に私を宥めるように剣を持っていない方の手を前に突き出した。
彼の手に私の手を重ねれば、驚いたように体が跳ねた。
そのまま指の間に私の指を入れ込めば、ぎこちなくアランの動きが止まった。
「アラン……」
名前を呼ぶと、アランは観念したようにそろりと視線を合わせてきた。
「そんな声を出しても私は屈しませんからね」
「…まぁ、私も同意の上の愛がいいからここまでにしておいてあげる」
ぱっと手を離せば、アランは息を吐いた。
どうやら無意識に緊張していたらしい。
「ごめんなさいね、意地悪しちゃって」
「…自覚があるなら止めてくださいよ~…」
「でも、アランが魅力的過ぎるのが悪いのよ?」
「……こんな中途半端な獣の姿を見て何をおっしゃっているのですか」
アランは自嘲気味にそう吐き捨てた。
何故彼がここまで苦しそうな顔をしているか分からないが、好きな人が苦しそうにしているのは見たくない。
気づいたら彼の頬に両手を添えていた。
「アラン、私を見て」
「リディア様…」
「前にも言ったけれど、あなたは私の執事なの。例えあなた自身でもアランを貶す発言は許さないわよ」
アランは何か言いかけていたが、もごもごと動かすだけで何も言わなかった。
そんな彼に私は微笑む。
「私はどんな姿のあなたも好きよ。だからもっと自分に自信を持ちなさい」
「……はい」
アランはそう呟いてから、いつものように優しく微笑んだ。
「さっきから気になっていたのだけれど、その剣を見せてもらうことはできる?」
アランは紫色に鈍く光る剣と私を見比べてから少々考えるように唸る。
何か問題があるのかと思い、発言を取り下げようとしたところで彼が1つ大きく頷いた。
「もしかしたら、リディア様なら大丈夫かもしれませんね」
「へ?」
よく分からない信頼の言葉に気の抜けた声が出てしまう。
しかしアランは気にすることもなく、剣を丁寧に机に置いた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう…」
さっきの間が気になるが、とりあえずお礼を述べてそれに触れる。
剣は想像以上に重く、両手持ちでやっと持ち上がるほどだった。
「重…い」
「でも持ち上げられているじゃないですか」
「ちょ…もう、」
腕がプルプルして限界を迎えそうになった時、アランが軽々と剣を持ってくれた。
「大丈夫ですか?」
「……ありがと」
片手で剣を持つアランを見て、私も腕力をつけるべきかななんて考え始める。
そんな私をどう判断したのか、困ったような顔をしながらアランが口を開く。
「そんな顔しないでください。そもそも、この剣を崩れず持つことができる時点で凄いことですから」
「え、そうなの?」
「えぇ。私のことを信頼していない人がこの剣に触ると、剣自体が崩れてしまうのです」
こんな風に、とアランが剣を握る力を緩めた瞬間、剣は泥のようなものに変わり床に落ちた。
しかし、それも床に落ちた瞬間消えていく。
驚いて固まっている私に人間寄りの顔に戻ったアランは苦笑いしながら説明してくれた。
「狐が人を化かすというお話はご存じですか?」
「えぇ、もちろん」
「私は狐の獣人なので、魔法にもそれが反映されてしまうらしいのです」
「つまり、さっきの剣を持てるかどうかで信頼しているかどうかを判断できるということ?」
「その通りです」
狐が人を化かす、という噂は所詮は作り話に過ぎないと思う。
しかし、昔から語り継がれている話ではあるためアランの潜在意識に刷り込まれており、それが魔力に反映しているのかもしれない。
便利といえば便利だが、どことなく悲しい特性だと感じた。
「アラン」
「はい」
「私たちの婚約指輪にはあなたの魔力を込めてね?」
「魔力ですか…って、婚約指輪!?」
「私たちだけが触ることができる婚約指輪、素敵だと思わない?」
アランは呆けた顔をしていたが、意味を理解すると少しだけ顔を赤らめてクスクスと笑った。




