第15話
準備を終えてから向かったのは屋敷の裏にある広い庭。
普段は私の自主訓練場や魔法の練習場として使っている場所だ。
「では早速始めましょうか」
「ちょっと待って頂戴」
「はい?」
思わず手のひらを突きつけてアランの進行を止めてしまう。
それには正当な理由があった。
いつもは緩く縛って肩に流している灰色の長髪を高く結び、いつもの執事服のジャケットを脱いでカッターシャツ姿で腕まくりをしている。
端的に言うと格好いい。
もともと端正な顔立ちをしているのだが、今日はそれがより際立って見える。
とりあえず変な声を出さなかった自分に拍手を送りたい。
「どうかされましたか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと過去の自分を褒めていただけだから」
不思議そうな顔をする彼に何でもないと言って誤魔化す。
「止めてしまってごめんなさいね。もう大丈夫だから始めましょう」
「? はい」
気を取り直して、私たちは魔法の勉強を始めた。
「では先にお聞きしますが、何か学びたい分野はありますか?」
「そうね」
いざ聞かれると迷ってしまうが、1つどうしても身に着けたい能力に心当たりがあった。
「魔力の流れを目視できるようになりたいわ」
「目視ですか……それはまたどうして?」
「目で見て分かるようになると便利そうだからよ。それに見えないよりは見えた方がいいでしょう?」
「なるほど。リディア様らしいですね」
アランは小さく笑うも、困ったように眉を下げてしまった。
「しかし、私も魔力を目視できたことはないので説明が難しいですね」
「そうなの?昨日私が魔力の鳥を体内に戻した時、魔力に気づいていたからてっきりアランは見えているのだと思っていたのだけれど」
そう言うとアランは苦笑した。
それから自分の耳を指さしてみせる。
「私の場合は聴覚で魔力を感知しています。視覚ではないのですよ」
「えっ、そうなの?」
「私は獣人なので生まれつき人間よりも聴覚が鋭いです。その影響か魔法を扱い始めた時期から魔力の音が聞こえるようになったのですよ」
それをアピールするかのようにピコピコと動く耳が可愛らしい。
触ってみたい衝動を抑えて話を続ける。
「魔力の音ってどんな音?」
「そうですね、一言で言うなら波の音に近いでしょうか」
「波の音?」
「はい。魔力自体は形が定まらないものなので私の感覚的には液体に最も近いのです。波の音とは言いましたが、水の中にいるような感覚になることもあるので何とも言えませんね」
上手く説明できず申し訳ありません、と謝るアランに慌てて首を振る。
「いえ、とても参考になったわ。ありがとう」
礼を言うと、アランはほっとしたように笑みを浮かべた。
そして改めてこちらを見る。
「今日の今日で魔力を目視できるようになるのは難しいと思うので、まずは基礎から学ぶことにしましょう。よろしいですか?」
「もちろんよ。よろしくお願いします、先生」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
私の言葉に返してくれたアランは、どこか嬉しそうだ。
その姿がどこか幼く見えて私もこれから授業なのに全く憂鬱な気分にはならなかった。
「リディア様の適性魔法は植物系でしたね。まずはどんな形でもいいので見せていただけますか?」
「分かったわ」
私はどうしようか迷ったが、足に魔力を集めて魔法を発動させる。
すると地面から色とりどりの花が咲いていく。
「素晴らしい精度ですね」
「ありがとう。こんな感じでいいかしら?」
アランが頷いたのを見て魔法を止める。
今日は魔力は回収しないため、魔法を止めても花は咲き続けている。
「リディア様の魔法は瞬発性がある反面、魔力消費が大きいですね」
大きな狐耳を細かく動かしながらアランはそう言った。
今の魔法から私の魔力の流れを聞き取ったのだろう。
「そういえば、幼い頃は魔力切れで倒れることも多かったわ」
魔力は体力と同じように、扱う人間によって器量が違う。
だから使いすぎると大量不良だけでなく、意識を失ったり寝込んだりすることがある。
まだ魔法に慣れていなかった頃はよく倒れていたものだ。
「きっと干渉する技術が優れているからこそ、魔力を持っていかれやすいのでしょう」
「でも今は魔法の使い過ぎで倒れることはないわよ?」
「それはリディア様の魔力の器量が多数派と比べると桁違いだからです」
しかし魔力の器量を増やす訓練なんてした覚えがないし、そもそも魔力の器量は生まれた時にほとんど確定してしまう。
私の持っている知識とアランの言っていることが上手く噛み合わず、首を傾げる。
そんな私の様子を見てアランはすぐに言葉を続けた。
「人間は普通に生活しているだけならば本来の能力を開花させないまま一生を終えます。しかし、時にそのリミッターが外れることがあるのです」
アランはそこで言葉を切ってから真剣な表情で続けた。
「昨夜、過去のお話を聞いて分かりました。きっとリディア様のリミッターは誘拐事件の時に外れたのだと思います」
その言葉を聞いて、思わず息を呑んだ。
確かにあの時の私は何かおかしかった。
いつもならすぐに魔力切れを起こして倒れてしまうのに、あの時は魔法を使い続けることができた。
「たしかにあの時から魔力切れを起こしていないわ…」
何となく自身の手の平を見つめてしまう。
それをどう捉えたのか、アランは辛そうにこちらを見た。
「お伝えすべきか迷いましたが、魔法を扱う上で知識は大切ですので…申し訳ありません」
「…ううん、いいの」
私のために考えてくれた結果なのだ。
それに、
「あの時の恐怖が無駄にならなくて良かった。あれで強くなれたのなら儲けものだわ」
「……本当にお強い方だ」
アランは私の顔を見ると目を細めながら小さく微笑んでくれた。
「では、今度は魔力を抑えながら魔法を使う方法を学びましょうか」
「分かったわ」
魔法の授業は適度に休憩を挟みながら1日かけて行われた。
魔力の調整が上達した頃には、庭一面が花で埋め尽くされていた。
 




