第11話
「え、」
その瞬間、微量ではあるもののアランから血が舞った。
人間の手で頬を掻いただけでは赤くなるものの、そこまで血までは出ない。
でもアランの頬は刃物で切られたように傷ができ、血が流れていた。
「お嬢様!ここは私が何とかするので例の待ち合わせ場所までお逃げください!!」
アランが叫ぶ。
床を見れば先ほど買ったティーカップは割れ、茶葉は地面に散らばっていた。
あんなに嬉しそうにアランが選んだものなのに。
彼の気に入ったものを散々にしたことが許せない。
それに、この人たちはアランの顔に傷をつけたのだ。
それが最も許せなかった。
「お嬢様!!!」
アランがさらに叫ぶ。
彼の顔に焦りが見えた。
それ気づいていないふりをして、私は意識を体に集中させる。
「あなたたちが手を出したのは私の大切な執事なの。それを分かっていての狼籍かしら?」
「何だお前……」
「答えなさい」
護身用に持っていた植物の種に魔力を込めてからその場にまく。
すると私の意思に応えるように種は芽を出し、あっという間に成長していく。
そしてツタが勢いよく伸びていき、男たちに絡みつく。
「くそっ、なんだこれ!」
「離せ!」
「うわぁ!!」
突然のことに慌てる彼らを見てもまだ怒りは収まらない。
ツタを使って数人のフードを取れば、動物のような特徴的な耳が露わになった。
拘束しているツタに意識を向ければ、ツタを通して彼らの尻尾の存在も確認できた。
彼らは獣人だ。
しかし獣人だからといって慈悲を与える気にはなれない。
そのまま手をかざして締め上げる。
数人からボキッという鈍い音が聞こえる。
「ぐああああ!!!」
「あ"あ"」
「……折れた……骨……折れた……あ……あ」
痛みに悶える彼らの叫び声が耳障りだった。
そのままツタを首に巻き付けて締め上げようとした時、後ろからアランに抱き着かれてかざした手が絡めとられた。
振り返ると、アランは辛そうな表情をしていた。
「お嬢様、もう十分です」
「でも」
「私なら大丈夫ですから」
私の目を見て言う彼に渋々腕をおろす。
よくよく見れば、アランの手が震えていた。
急に驚かせて申し訳なかったと今更ながら反省する。
「……怖がらせてごめんなさい」
「いえ、本来ならば私がお守りするべきなのにお手を煩わせてしまい申し訳ありません」
戦うことに集中していたのか、いつの間にか耳と尻尾を隠す魔法が解けていた。
申し訳なさそうに垂れ下がる尻尾を見てこんな時に絶対に思うべきではないが思ってしまう。
可愛いっ…!!
私が口元を抑えて悶えている隙をついて動けそうな奴らが逃げようを体を動かした。
「あっ、駄目よ逃げたら」
指を鳴らして裏道にツタを張り巡らせる。
さらに簡単に逃げられないようにツタで体を拘束した。
「骨折れてる人は痛いと思うけれど自業自得だと思って我慢していてくださいね」
呻き声すらもうるさいためツタで作った口枷も噛ませておいた。
これで少しは静かになるだろう。
「…お嬢様」
「なーに?」
アランは私を見て少し躊躇った後、口を開いた。
「…もしも私がお嬢様に危害を加えたら、お嬢様は同じようになさりますか?」
彼は泣きそうな顔をしていた。
そんな顔しないで欲しい。
私はアランの頬を両手で包み、しっかりと目を合わせた。
「私は私に危害を加えようとしたから怒ったのではなく、あなたに危害を加えたから怒ったのよ」
「わ、私ですか…?」
「当たり前でしょう。私の執事に危害を加えたの。それも私が想いを寄せている執事に。許せるわけないでしょう?」
そう言って笑えば、アランの目から涙がこぼれ落ちた。
彼が泣くところなんて初めて見た。
今はまだ気づいていないふりをしておいてあげるわ。
「…紅茶ならまた買いに来ましょう?私のティーカップも見繕ってもらえるかしら」
「勿論です」
鼻をすすりながら微笑む彼の頭を撫でる。
撫でていない方の腕に尻尾を絡めてくるあたり本当に可愛いと思う。
「ちなみにあの方々はどうなさるおつもりですか?」
「うーん、国際問題になったら嫌だし秘密裏に帰してあげようかしら。獣人国との国境に置いておけばいいでしょう」
魔力の塊を生み出して大きな鳥を作る。
鳥は生まれたばかりでも私を主人と認識しており、大人しく指示を待っている。
目くらましの魔法を鳥にかけながら指示を出す。
「ツタで巻かれている者たちをシェルニアスと獣人国の国境にある森に置いてきてちょうだい。それが終わったら帰ってきて」
鳥は頷くと、大きな口を開けて奴らを次々に呑み込んでいった。
呑み込むのは運搬が楽だからだが、何度見てもすごい光景だ。
全員を呑み込み終えると、若葉色の翼を羽ばたかせて飛んで行った。
「よし、じゃあ馬車との待ち合わせ場所に向かいましょうか」
呆然としているアランの腕を引いて待ち合わせの広場へ向かった。