第六十二話 喧嘩
睦月「西と東の魔警が…」
タルタ「本部ごと落ちる…?」
ウルウの放ったその言葉は、荒唐無稽としか思えない話だった。
睦月「ウルウ…あんた、それ本気で言ってんのかい?」
タルタ「本気で言っていたとしてもありえねぇ。魔警がどれだけ大きい組織か、あんたが一番わかってんだろ?」
睦月、そしてタルタは否定してはいたが、ウルウのその顔と雰囲気から嘘や冗談なんかではないとわかっていた。それでもなお、否定せざるを得ないことだったのだ。『魔法警備隊』それは延べ数十万人ほどの大組織。だれもが力を持つこの世の中で、誰かがその秩序をある程度保たなければいけないことは当たり前の事。この世の中のルールの警備者。といっても過言ではない。その監視が落ちるというのだ。信じられないのも無理はない。
ウルウ「わしは本気じゃ。とは言ってもまだ仮定の段階じゃがの。生木副隊長と話し合った結果、その可能性が高いという事じゃ。」
睦月「生木の事は信じているけどねぇ…。それはあのエルとヒマルにかい?」
ウルウ「うむ。それと親玉のゼンツにじゃ。あやつにはそれができる。」
タルタ「マジかよ…。それで、そのまま負けるのを待つって訳じゃないんだよな?」
睦月「そうだよ。何か策はあるのかい?」
ウルウ「うむ。現在、ゼンツたちの情報を知っているのは一握りのものじゃが今までの情報を魔警内すべてのものに伝えるつもりじゃ。」
タルタ「混乱が起こるからやめるんじゃなかったのか?」
ウルウ「そうじゃ。だから市民には伝えん。もちろん政府にも貴族達にもじゃ。魔警内の秘密という事にする。」
睦月「広めれば広めるほど穴も大きくなるの、わかってるんかい?」
ウルウ「そういうことを言ってる場合じゃないのじゃ。ランキング上位者や魔警内の実力者たちに声をかけても勝てる戦いではないのじゃよ。なんせ…」
ウルウは落ち着いてるつもりで、言った。
ウルウ「1億を超える化け物たちの襲撃があるかもしれんからの」
睦月「…0間違えてないかい?」
タルタ「まったくだ。」
だが、二人の隊長は一人の隊長に比べて存外、落ち着いてるようだった。
ウルウ「…?い、一億じゃぞ?」
タルタ「少ねぇな。」
睦月「ほんとだよ。ウルウ、あんたの父上が昔何したか忘れたんかいな。一人で、約21年間。総数1千万の能力者を倒してるんだよ?今さら能無しが一億だろうが十億だろうが…ねぇ?」
タルタ「おう。おれら東だけでもやれるぜ、そんなの。」
ウルウ「相変わらずタルタと紫陽花のポジティブっぷりには勝てんの…」
睦月「ただまぁ…確実な策は欲しいね。『四格者』の誰かは呼べんのかい?」
タルタ「無理だな。」
ウルウ「無理じゃな」
四格者の事を存在は都市伝説に近い。今回、久慈が助けられたというのが四格者かどうかも三人とも信じてないのだ。
睦月「そんなに謎なのかい…。それじゃあ、あれかい。またウルウはあの子を頼るのかい。」
タルタ「俺は嫌いだがな」
ウルウ「仕方なかろう、聞くところによるとゼンツも『初期』らしいぞ?それなら、『初期』のは『初期』をぶつけんとの。」
最初の、そして再来の魔法使いがまた、使われようとしていた。
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メクルチームの部屋、同時刻
ユラ「俺だけ仕事多くねぇか」
マゴ「私と半分こですよ…今ライ先輩とケルト先輩がメクル先輩を説教中なんですから…」
今、最初の魔法使いは使われていた。
先日のメクルが命を懸けてまで手に入れたフィールド能力の件がライとケルトにも伝わったのだ。あの二人はマゴほどやさしくない。
ライ「まったくもう…」
ケルト「メクルなんか知らん。」
メクル「ごめんよぉ…」
マゴ「あ、帰ってきた。」
ユラ「メクル、よく生きて帰った。」
そうしてまた、いつも通りの仕事が始まろうとしていた。
その時だった。
ピリリリリ…
マゴ「うん?…はい、こちらメクルチーム。…はい、はいはい…わかりました。すぐ向かいます。」
どうやら任務の電話のようだ。
マゴ「魔切地の2番地で大量のバカが乱闘してるらしいです。」
ライ「そのまんま情報を伝えてくれてありがとう。その言い方はアルパさんかな?」
マゴ「はい。アルパチームのアルパさんとジゲルさんと合同です。もうお二人は向かっているそうです。」
ケルト「それじゃあ行くか。数が多いらしいしな。ほら行きますよ、雪川さん。」
ライ「そうですよ、雪川さん」
メクル「うぐ…メ、メクルチーム、出撃するよ」
その一声で、俺たちはその現場へと向かった。
向かう最中にさっきの事についてメクルに聞いてみた。
ユラ「メクル…なんで苗字で呼ばれてるの。」
メクル「なんか…『信頼されてないようなのでそれ相応の態度をとる』って…」
…いや、今回はメクルが悪い。諦めろ。
ライ「雪川さーん、はーやくー」
ケルト「雪川さん、遅いですよ。」
メクル「…ぐすっ…」
泣いちゃったよ
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ユラ「なんだこりゃ」
アルパ「おう、よく来た!悪いがかたっぱしから止めてくれ!とにかく数が多くてな!」
現場に着くと想像以上の人々が暴れていた。
ライ「抗争かなんか…?」
ジゲル「だな、みんな!頑張ろう!」
マゴ「ジゲルさんがイケメンモードだ!」
ケルト「よし、行くか。」
メクル「…僕が先陣を切ろう。」
突撃しようとした俺たちを止めてメクルが前に出た。
アルパ「メクル!?危ないぞ!」
メクル「フィールド展開『快晴の白秋』」
メクルは話を聞かず、ただ、走っていった。
すると、メクルが近づいた者たちから続々と倒れて行ったのだ。あるものは雪まみれに、あるものは若干焼かれて。あるものはほとんど怪我なく倒れて行った。
ジゲル「おぉ…メクル君、すごいじゃないか。」
アルパ「あいつ、ほんとに強くなったな!がっはっは!」
二人とも戦いの手を止め、メクルの戦いぶりに関心していた。
俺も本当にそう思った。あれが次世代の能力なんだろうか。
マゴ「わー…すごいですね…。手品みたいに…」
ユラ「味方でよかったよ。」
そう思ってみていると、ライとケルトは戦う準備を始めていた。
ライ「ほら、行くよ。」
ケルト「ああ。」
マゴ「え?いや、メクルリーダーだけで十分じゃ…」
もう半分くらい終わりかけていたが…別に行く必要ないんじゃないか?行っても邪魔になるだろうし。
ライ「よく見てみな。ちょっとずつ足、遅くなってるでしょ。」
そう言われて見てみると、確かに歩みが遅くなっている。最初は走っていたのにもう歩いている。
ケルト「アイツは昔から無茶するからな。俺達が支えなきゃすぐ崩れる。」
そう言って二人ともメクルの元へと駆け走っていった。
メクル「はぁ…はぁ…あと、どれくらいだ…」
ライ「メクル、あんた休みな。」
メクル「…悪い。」
ケルト「すぐ戻れよ。」
メクル「おう…。」
そしてライとケルトはさっきのメクルに負けない勢いで敵を蹴散らして言った。もう若干逃げているものもいるし時間の問題だろう。
アルパ「なんだ?喧嘩でもしてたのか、あいつら。」
ジゲル「仲良さそうだったよ?」
マゴ「…そうですね。結局、心の底では仲良いんですよね。あの三人。」
ユラ「あのレベルの仲の良さになると呼吸するように喧嘩するんだな…。」
80年前を少し思い出しつつも、三人がどんどん進んでいく様を、俺は眺めていた。
本当に、敵じゃなくてよかったと思う。




