第五十八話 奇襲
メクル対リネの試合が終わってから10分ほど。俺はリネと一緒に医務室にいた。神崎さんが試合後倒れたリネを見てくれたが別になんも異常はなかったようだった。メクルも一応は手加減していたのだろうか。見た感じかなり容赦なかったが。
神崎「よし、久しぶりに能力を使わずに済んだよ。」
ユラ「ありがとうございます。」
神崎「なに、これが私の仕事さ。聖花も寝たし、次ユラ殿の試合だろ?行ってきな。私が責任をもって見といてやるからさ。」
ユラ「はい、じゃ。行ってきます。」
まだ準備が終わったアナウンスは入っていないが俺はリングに行くことにした。することないからな。
俺がドアノブに手をかけたとき、後ろから寝言が聞こえてきた。
聖花「ユラ…」
神崎「ははっ、ほんとに好かれてるな。」
聖花「汗拭いて…暑い…」
ユラ「…いいように使われてますね、夢の中じゃ。」
神崎「はっはっは!面白いな、君たちは」
神崎さんの笑い声を後に、俺はリングへと再度向かった。
そうして歩いていくと、見覚えのない男の人がめちゃくちゃこっちを凝視してきていることに気付いた。壁に寄りかかり俺の方をずっと見てくる。誰…?
メジロ「ユラさんですね。よろしくお願いします。俺、後藤メジロと言います。」
ユラ「メジロ…さん…ってタルタさんのとこの?」
メジロ「はい。自分、曙魔警備隊副隊長をやらせてもらっています。」
ユラ「そりゃご丁寧にどうも。自分はユラです。」
メジロ「はい、ご活躍は東にも届いています。俺、めっちゃ尊敬してます!」
暑苦しい人だな。嫌いじゃないけど。
ユラ「それで…メジ…」
その時、何かを感じた。『何か』はわからない。だが何か…なんだ?
メジロ「どうかしましたか?」
ユラ「いや、なんでもない。それでメジロさんは…」
メジロ「呼び捨てでいいですよ!」
ユラ「…メジロは俺に何か用か?」
メジロ「いえ、特に用というわけではないのですが。三島隊長に一度はあっておけと言われたので場所をお聞き伺ったまでです!それで…その…一つ、いや二つほど聞きたいことが…」
ユラ「まぁ二つくらいなら…」
メジロ「ありがとうございます!その、『初期』の頃の話を…」
かしこまったやつだな…嫌いじゃないけど。
メジロは『初期』についての話を聞いてきた。あまり情報が残っていないのだろう。基本的なことすら伝わっている情報と全く違った。噂の一人歩きが80年も続けばそうもなるのかな。なんだか少し悲しい気持ちになった。
メジロ「あ、ありがとうございます!自分、『初期』の時代に憧れてまして…!」
ユラ「憧れねぇ…。まぁいいさ。それじゃ俺は次の試合あるから行くよ。」
メジロ「はい!頑張ってください!」
メジロ…か。今後また会うかもしれないし覚えておこう。嫌いじゃないし。能力もしりたいしな。李地さんと同じ副隊長とは思えないほどの物腰の低さだ。タルタさんのせいだろうか?うちの隊長もタルタさんくらい堂々としてたら…いや想像できないな。
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ウルウ「あーあー。よし。待たせたな皆の者!これより第六試合の準決勝を開始する!」
クロン「次の試合出場者の紹介です。ここにくるまでにもかなりの強者と戦って勝ち上った『初期』の能力者、ユラ!!」
俺はもうリングの上へと来ていた。久慈さんの姿が見えないが、まだ奥にいるのだろうか?
クロン「隊長」
ウルウ「おう!!最初の魔法使いに対するはアルパチームのぉお!…お?」
隊長が活きこんでしゃべろうとしていたが、途中で止まった。
ウルウ「なんじゃ…な!?…本当か。わかった。神崎は?うむ。おいクロン」
クロン「どうしましたか…?」
何やら不穏な空気が漂っていた。どうやら隊長のいる場所に誰かが来て何か言ってるようだ。全く何もわからないが。
ウルウ「…あー、今ほど紹介しようとした久慈カタミ選手じゃが突然のケガにより出場が難しいということじゃ。よってユラの不戦勝とする。」
隊長の言葉に場にいたほとんどの人が驚きの声を上げた。久慈さんがケガをするなんて…。というか出場できないほどのケガを?誰が…。
ウルウ「そしてすまぬが決勝戦は少し時間をもらうぞい。それとユラはわしのところへ来とくれ。それでは皆の衆!安心して待つのじゃぞ!」
そうして隊長の話は終わった。何が何だかわからないか俺は隊長の元へと向かった。
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ウルウ「エルとヒマルが来たらしい。」
ユラ「…!?いつですか!?」
ウルウ「本当に今さっきいなくなったと聞いておる。どうやら久慈を襲ったらしくての。」
ユラ「久慈さんを…なんで…」
ウルウ「知らぬが…最近、何者かに能力を奪われる事件がいくつかあったらしい。エルとヒマルがやっておるとわしは睨んでおる。」
能力を奪う…それは時に命を奪う事と同義だ。そんなことを…。
ユラ「久慈さんは無事なんですか?」
ウルウ「…それがの…。どうやらエルとヒマルのやつ。例のものになったようなのじゃ…。見ていたものによるとの。」
ユラ「例の…って」
あの…エルとヒマルの二人の能力を合わせたときにできる別人格のことか…?
ユラ「んな馬鹿な…」
ウルウ「とはいえ完全にではなさそうじゃったな。その者は何かぐちぐちと言っていたらしいからの。まぁわしの憶測じゃが。」
ユラ「アイツにやられて久慈さんは無事なんですか!?」
ウルウ「無事…ではないの。ボロボロじゃ。今神崎が何とか治しているがそれでも難しいらしい。どうやら少し前間木があいつらに襲われたじゃろ?あの時治癒能力が効きにくかった事があったとわしは効いておるのじゃが…」
ユラ「それを…受けてるんですか?」
ウルウ「多分の…。近くにいた魔警備隊員が一般魔法で回復をしてみたんじゃが一切傷がふさがらなかったらしい。」
ユラ「近くにいた…?周りに人は大丈夫だったんですか?」
場所を聞くに屋内だと思ったんだが…
ウルウ「久慈はすぐに外に誘導したらしい。おかげで久慈以外けが人ゼロじゃ。」
すごい人だ…。俺は逃げることしかできなかったのに。
アルパ「隊長。」
俺たちが話しているとアルパさんが入ってきた。久慈さんはアルパさんのところの隊員だから来たのだろう。
ウルウ「アルパか…久慈は重体じゃが生きてはおる。安心せい。」
アルパ「そうですか…よかった。久慈はどこに?」
ウルウ「医務室じゃ。すぐ行くとよい。それと…多分医務室に聖花がいると思うから呼んでほしい。」
アルパ「了解。」
そうしてアルパさんはいつにもなく落ち込んだ顔で帰っていった。アルパさんがあんな表情をするところ、初めて見たかもしれない。
ウルウ「まぁ…なんじゃ。今回の事はわしの責任じゃろう。今日に浮かれておった。」
ユラ「そんな…」
ウルウ「ほれ、ユラ。次、お主の試合じゃぞ。なんにせよ決勝には勝ち上がれたのじゃからな!メクルと戦ってこい。今、この空気を変えることも立派な仕事じゃぞ。」
自分より一回りも二回りも小さく、自分よりもはるかに幼い人のこんなやって励まされてしまった。情けない限りだ。あいつが来ていたことには…気づけていたかもしれないのに。
ユラ「一度、久慈さんのところへ行きます。」
ウルウ「わかった。それではの。わしはやることができてしまった。クロン。任せたぞ。」
クロン「了解。」
そうして俺は久慈さんのいる医務室へと向かった。
あの化け物みたいな存在を一人で相手するなんて…俺でもできるかわからないな。
久慈さんと戦っていたらもしかしたら負けていたかもしれない。
ユラ「はぁ…何が最初の魔法使いだ…何もできない能力者だよ…ほんと。」
昔の仲間に怒られそうだしこれ以上落ち込むのはやめよう。




