96階 魔法剣士
今日は門番の仕事は休みだ
元々休みを取っていて久しぶりに買い物でもしようかと思ってたけどやめた
昨日の夜・・・あんな事があったから
昨日の疲れが残っているから・・・ではなく、シークス達がエモーンズに残っていると知ったから・・・そして僕とサラさんを狙っていると・・・知ったから
正確な強さは分からない。けどまだ届かないって事は分かった
シークスは強い
目の前で彼の殺気を浴びてハッキリと分かった
野生の動物が狩人を見て逃げるように・・・2人の立場はハッキリしていた
狩る側と狩られる側
逃げる選択肢以外存在しない圧倒的な差
幸いな事にシークスからは僕の強さは分からなかったはずだ
仮面とマントの認識阻害効果のお陰で
もし僕の強さを知られていたら・・・彼は簡易ゲートを投げる前に僕を殺していたかもしれない
取るに足らない相手にいいようにやられるのは彼のプライドが許さないだろうから・・・
《ロウ?》
「ダンコ・・・ひとつ教えてくれ」
司令室の椅子に座り動かない僕を訝しむダンコが話し掛けてきた
《なに?》
「ドラゴニュートは追い込まれると変身するんだったよね?」
《ええ。ドラゴンへの憧れからか大きさまでは差程変わらないけどドラゴンの姿に変身するわ。全ての力が大幅に上がり再生能力も格段に上がる・・・ただその姿ではマナを常に消費し続けるからそう長くは変身出来ない・・・だから変身したら逃げに徹した方が得策よ》
まだ僕はドラゴニュートのその姿を見れていない
そこまで追い込む事が出来てないって事だ
ドラゴニュートを創れるって事は少なくても僕はドラゴニュートより強いはずなのに・・・
《ロウ?何を考えているの?》
「・・・もしかしたら僕は『いつでも逃げれる』と思ってて甘えてたかもしれない。訓練と思う事でその甘えに気付かずにズルズルと・・・」
《あのねえ・・・今のロウじゃ逃げなきゃ殺されるわ。自分の創った魔物に殺されてどうすんのよ》
「けどシークス相手だと次は逃げれるか分からない」
《・・・》
「昨日は準備する時間があった。それにシークス達は簡易ゲートの事も頭になかっただろうから油断していた・・・でももし、今のシークスが僕を本気で殺そうとしたら・・・きっと人質は離さないだろう・・・僕ならそうする」
昨日の作戦が上手くいったのはダンジョンの外で簡易ゲートを使うって頭がシークスになかったから。もしあればケン達にナイフを押し当てていただろう・・・そうされたらいくら簡易ゲートがあっても手も足も出ない
投げて当てればケン達をダンジョンに送る事が出来るけど、簡易ゲートが当たるまでの短い時間でケン達の命を奪う事なんてシークスは簡単にやってのけるだろう
つまり・・・次に会った時は逃げれるとは限らない
《その時は人質を置いて逃げれば?まさか自分より他人の命を優先するの?》
「ダンコは僕が逃げると思う?」
《・・・ハア・・・逃げないでしょうね、きっと。じゃあどうするの?街の領主にしたように簡易ゲートを配っておく?》
「それも何度も通じない」
《だったら・・・》
「だから僕が強くなればいい。人質を取られても・・・逃げれない情報でも確実に勝てるように」
《アナタねえ・・・人質を取られるって事は『動くな、動けば人質を殺すぞ』みたいな低俗な手段も取れるわけ。いえ、そうなる方が自然よ・・・人質を取られた時点で負け・・・いくら強くなっても考え方を変えない限りそれは揺るがないわ》
「僕はそうは思わない。たとえ人質を取られても・・・僕なら・・・僕とダンコなら人質を救える」
《どうやって?相手が人質を掴んでいたら簡易ゲートを投げても一緒に飛ばされるだけよ?あの人間達はダンジョンから出られないからすぐに離すかもしれないけど、相手が違えば一緒に飛んでダンジョンに着いた時にゆっくり殺すだろうし・・・》
「出来る・・・でもそれには強さが必要だ」
《答えになってないわね。どうやって?》
「ゲート」
僕は目の前に小さなゲートを作り出しそこに手を入れた
ゲートの先は司令室の部屋の隅
自分の手を遠くから見るのはなんだが変な気分になる
《・・・なるほどね・・・そういう使い方もあるってこと?》
「うん。前にリザードマンが槍をゲートに向かって投げたのを見た・・・槍は僕が防いだからゲートまでは届かなかったけど、もし僕が防がなければ槍だけがゲートを通り向こうにいたサラさんに襲いかかっていた・・・」
《そんな使い方思いも寄らなかったわ。確かにそれなら人質を取られても助ける事が出来る。けどそれと強くなる事って繋がる?》
「・・・もし僕が今のままの強さだったら・・・たとえ今の方法を使っても助けられないと思う。一度目は上手くいったとしても二度目はそれすら対策されてしまう・・・見えないところで人質を取られたら?ゲートから出した手を掴まれたら?方法はいくらでもあると思う」
《そんな事言ったらキリがないじゃない》
「だからだよ。一度手の内を見せてしまえば次は対策されてしまう・・・なら・・・手の内を見た相手を・・・確実にその場で倒せれば・・・次に怯える必要はないだろ?」
《・・・意外と考えているのね。その意見には賛成よ》
「でしょ?彼らとの次がいつになるか分からない・・・だから僕はすぐにでも強くなる必要がある・・・そこでドラゴニュートだ」
《なんでよ》
「さっきダンコが言ったろ?『自分の創った魔物に殺されてどうする』って・・・そう・・・ドラゴニュートは僕が創った・・・つまり僕よりも弱いはず・・・なのに僕はドラゴニュートに勝てない。それってつまり僕が自分の力を出し切れてない証拠・・・だからもし・・・ドラゴニュートを倒せれば・・・」
《現時点での限界に近い力は得られる・・・そう言いたいの?》
「うん」
恐らくだけどダンジョンの拡張や魔物を創る事によって僕が強くなるのは強さの限界が上がるって事だと思う。例えば元々限界が10だったら拡張する毎に1上がっていくみたいな・・・
でもそれはあくまでも強さの限界値・・・僕が強くなる訳じゃない。だから訓練が必要なんだ
ダンジョンがこのまま成長していけばダンコの言う通り僕は誰よりも強くなるかもしれない・・・けどそれは可能性があるだけで何もしなくても強くなるわけじゃないんだ
冒険者にとって限界値は生命線とも言えるかも・・・限界が来てしまえばそこまでになってしまうのだから・・・
でも僕にはそれがない・・・強くなろうと思えばいくらでも強くなれる・・・ダンジョンが成長する限り・・・
《・・・そんなに焦らなくても・・・》
「シークス達がエモーンズに居なければ僕も人喰いダンジョンに向けてゆっくりと強くなればいいと思ってた。けどすぐ近くに敵がいる・・・それなのに悠長な事は言ってられない」
《・・・それで?どうする気?》
「・・・言ったろ?逃げれると思うから甘えが出る・・・だから僕は・・・今日ドラゴニュートを倒す──────」
「他の人間は来ないのか?たかが50階・・・この先には我よりも強い魔物が何体もいると言うのに・・・」
「・・・へえ・・・プライドの高そうなドラゴニュートさんでも認めるんだ・・・自分より強い魔物がいるって・・・」
「身の程は知っている・・・だから強くなるのだ・・・誰よりも・・・そうドラゴンよりも強い存在になる為に」
「んで、人の肉を食らうか・・・そんなことしても強くなれるわけではないのに」
「やってみねば分からぬだろう?我はドラゴニュート・・・ドラゴンと人間の間に生まれしもの・・・それがドラゴンに劣るということは足りない部分があるということ・・・そう人間の部分だ」
んなわけあるか!・・・ってツッコミたいのは山々だが・・・ツッコむ気力もない
ドラゴニュートは強い・・・今の僕よりも確実に
いつもならここらで退散って感じだけど今日の僕は一味違う・・・ってかこの部屋自体が一味違う
なぜなら『いつでも出入り出来るボス部屋』から『どちらか片方が死ぬまで出られないボス部屋』に変わったのだから・・・
いつもよりも気合を入れて挑んだつもりだったけど、如何せん人はそんなに急には強くならない・・・いつものパターンに陥って瀕死状態・・・情けない・・・
《ちょっとロウ!勝算があって来たんじゃないの!?》
「うーん・・・勝算は僕の限界値がドラゴニュートを上回っているってところしか・・・」
《このおバカ!!さっさとゲートで逃げるわよ!》
「・・・もう少しだけ付き合ってくれ・・・一応勝算ってわけじゃないけど奥の手は準備してるからさ」
《奥の手?》
試した訳じゃない・・・けど学校の授業でマナが使えない僕が唯一楽しみにしていた授業がある
それは各職業の説明と職業毎の逸話に関する授業
バーセル先生は戦闘職専門の先生だったけど、その前・・・みんながどの職に進むか決める前は別の先生が教えてくれてた
リックルット先生・・・様々な職に詳しく冒険者だけではなく技術職や研究職など色々な職の話をしてくれた
もちろん僕は冒険者になりたかったから主に戦いに関することに興味を持っていたからマナを戦闘で使う話を特に熱心に聞いていたけど、その中で冒険者にはあまり向いてなさそうな職業に興味を持った
呪毒士・・・人を専門に呪いや毒をかけたように徐々に弱らせて殺す職業・・・特徴としてはいつどこでその呪いや毒にかかったか分かりにくい為に術者が分かりにくいという暗殺向けの職業だ
別に人を殺したいと思わなかったけど、興味を持ったのはそこじゃない・・・一体どうやって呪いや毒にかけているのだろう・・・その疑問が頭から離れなかった
魔法?魔技?
考えても分からない
リックルット先生に聞いても分からないと言われた
そもそも呪毒士は存在自体が怪しいらしいし
でももし・・・マナでそんな事が出来るなら・・・
それともうひとつ・・・
《ちょっとロウ!来てるわよ!!》
「うん・・・来てるね」
《あのねえ・・・そんな悠長なこと・・・ちょちょっと!》
迫り来るドラゴニュートに慌てるダンコ
でも僕は冷静に躱しながら話を続ける
「奥の手の他にもうひとつ考えていたんだけど・・・」
《なによ!それどころじゃ・・・》
「魔法剣ってさ・・・火は斬れば相手を燃やし、水は相手を凍らせる・・・ドラゴニュートは火に耐性があって氷も溶かしちゃうから効かない・・・で、風は斬れ味を増したり離れた相手にも攻撃出来るけど土は?」
《は?知らないわよそんなの!!》
「でさ・・・中級上位にいるだろ?えっと・・・コカトリス?そいつのブレスが人を石化させるって聞いたから創るのやめたけど・・・どうやって石化させてんの?」
《コカトリス!?そりゃあ変化で・・・》
「やっぱりそうか・・・なら・・・」
どうやら僕は土魔法と相性がいいみたいだ。出来ると分かったら何となくやり方も想像がつく
ありったけのマナを剣に纏わせ、戦いの詰めに入ったと油断しているドラゴニュートをすれ違いざまに斬りつける
僅かな傷だがそれで十分・・・斬りつける時に技は発動している
「まだ足掻くか人間!」
「食われたくないからね・・・そりゃあ足掻くさ・・・でも今の一撃はただの足掻きじゃない」
「なに?」
「火も効かないし、凍らせてもすぐに溶かされる・・・風も大して効果は望めないと来たら残るは土しかないだろ?」
「・・・!?貴様・・・石化か!」
「魔法剣『石煌』・・・黙ってそこで石像にでもなってくれ──────」




