93階 人生最悪の日
奥の場所・・・そこに辿り着きケン達が見たものは看板もなく薄暗い建物だった
本当に店なのかと疑問に思ったが両扉の横には小さく『OPEN』と書かれた札がありそこが店だと知らしめる
2人は顔を見合せ頷くとその両扉を同時に開けた
「いらっしゃいませお客様。当店の御利用は初めてでしょうか」
扉を開けると老紳士が挨拶と同時に初来店か尋ねてくる
2人は無言で頷くと老紳士はニッコリと笑い店の中へと案内した
外の雰囲気とはまるで違う中の様子にうろたえながらも老紳士について行く2人
外は薄暗かったのに中はまるで昼間のように明るい。見ると壁が淡く光り、所々に光る石・・・魔核を加工して出来た魔光石が埋め込まれていた
床はチリひとつなくピカピカな石畳
天井にはこれまた魔光石をふんだんに使ったシャンデリア
磨かれた石で出来たテーブルを囲むように高級そうなソファーが並ぶ
ケン達が外と中のあまりのギャップの差に驚きながら歩いていると、老紳士は一番奥のテーブルに2人を誘う
「どうぞおかけ下さい」
「は、はい」
2人が並んで座ると老紳士は対面のソファーに座ると思いきやソファーの横で屈みサッと2枚の紙を2人の前に置く
「初めての方には御記入頂いております。次回からは会員証を本日の帰り際にお渡ししているので御提示頂ければすぐに御案内出来ます」
「は、はあ・・・」
「何点か注意事項がありますので必ずお読みになってサインをお願い致します」
ケンは出された紙を手に取り、その注意事項に目を通した
・当店はお部屋をお貸しするだけです。
・部屋内には住んでいる女性が居ます。
・その女性と何かあったとしても当店は関与しません。
・乱暴等が発覚した場合は時間内であっても退去して頂く可能性があります。
「え?これだけ?」
「はい。特に他は御座いません」
「その・・・え?」
「あのっ!例えば部屋に居る女性が俺を拒んだら・・・」
「仰っている意味は分かりかねますが、ここに住む女性は話に聞く限り誰にでも惚れやすいと・・・お部屋を借りるお客様皆様に御満足頂いているとお聞きしてます。なのでお時間・・・当店でお貸ししている時間は2時間ですのでもしかしたらその時間内は恋人のように接してもらえるかも知れません。ただ当店はあくまでお部屋をお貸しするだけ・・・保障はしかねますが・・・」
「な、中に居るじょ、女性は選べるのか?」
「選べません。何度も同じ事をお伝えして申し訳ありませんが当店はあくまでお部屋をお貸しするだけなのです。ただ女性は部屋を変えたりしませんので次の御来店時に同じ部屋を指名して頂ければ同じ女性が居ることでしょう」
「くっ!・・・最初はギャンブルって訳か・・・」
スカットのこれまで見た事のない表情に未だ理解が追いついていないケンはただただ見ていることしか出来なかった
2時間・・・長いか短いか分からないその時間で見ず知らずの女性と2人っきり・・・しかも惚れやすい女性だからとて自分が惚れられるかどうかも分からない・・・一体部屋の中で何が起きるのか吐きそうなくらい緊張してしまっている
「当店ではなるべくまた御利用して頂きたいと・・・なのでお客様が快適に過ごせるよう御協力したいと心から思っております」
「例えば?」
「その紙の空欄に何か書かれていれば御希望に沿った御案内が出来るかも知れません」
「・・・なるほど・・・」
「スカット・・・どういう事だ?」
「この空欄に好みを書くんだ。するとそれを見た店員さんが好みに近い女性が居る部屋に案内してくれる・・・はず」
「な、なるほど・・・そうなんですか?店員さん」
「・・・」
「あ、あれ?」
尋ねても無言の老紳士に動揺するケン。そのケンを肘で小突いてスカットは首を振る
「いいか?ケン・・・この場合の沈黙は肯定だ・・・違うならハッキリと違うと言い、そうなら沈黙・・・要は暗黙の了解ってやつだ」
「そ、そうなのか・・・でもなんで知ってんだ?そんな事・・・」
「勘だ」
「・・・」
勘かよ!っとツッコミたくなったが妙に頼もしく見えるスカットにケンはその言葉の飲み込む
「もし御記入にお時間を要するようでしたら私は一旦席を外しますが・・・」
「いや、その必要は無い」
そう言うとスカットはスラスラと空欄に何かを書き込み、一番下に自らの名を書き記す
「おまっ・・・え?」
「普段思い描いている理想の女性を書け・・・それが答えだ」
「答えって・・・えっと・・・ちなみにお前は・・・」
チラッとスカットの紙を見ると空欄に『とにかく可愛い』と書かれていた
「・・・」
「・・・なんだ?」
「いや・・・別に・・・」
そんな抽象的で良いのかとも思ったがケンもスカットにならい『とにかくスレンダー』と書いた
サインもし老紳士に渡すと一瞬何かに反応し表情を変えるがあまりに一瞬だった為に2人は気付かない
「・・・それでは前金で2000ゴールドとなります」
「2000!?」
「1000金貨4枚だ。確認してくれ」
「スカット!?」
「確認出来ました。それでは少々お待ち下さい」
そう言って頭を下げてこの場を立ち去る老紳士
それを見送った後でケンはスカットをまじまじと見る
「お前・・・」
「なんだ?奢りじゃないぞ?」
「いや・・・それは後で払うけど・・・俺はてっきり1人500ゴールド程度かと・・・」
「しかし安心したぜ」
「なにが!?」
「騒ぐなみっともない・・・もし相場より安かったら帰ろうかと考えてたが・・・相場より少し高い・・・これは期待出来るぞケン」
「いや全く分からん!高いと安心ってなんだよ」
「分からないか?高いって事はそれだけ自信があるって事だ。じゃないとリピーターなんて現れないからな。高くてもまた来たくなる店・・・つまりそういう事だ」
「サービスが凄いって事か?」
「露骨な表現はするな・・・まあ有り体に言えばそうだな」
「そうなのか・・・よく分からないが・・・そうなんだな」
理解は出来なかったが何となく納得してしまうケン
今日のスカットは一味違う
しばらくすると先程の老紳士が現れ番号の付いた札を渡してきた
2人は何も言われなくてもこの番号の書かれた部屋に入れということだと察して立ち上がり案内された廊下を歩き始める
長い廊下・・・その長い廊下にいくつもの部屋が並んでいる
ケンは12と書かれた札を
スカットは8と書かれた札を手に無言で歩く
他の部屋の前を通り過ぎる時に僅かに聞こえる甘い声・・・その声が否応なしに2人を未知なる世界へと誘う
もはや後戻りは出来ないとケンは覚悟を決め、立ち止まることなくスカットの番号である8と書かれた部屋の前に辿り着いた
「・・・行ってくる」
「け、健闘を祈る」
8の部屋に消えていくスカットを見送り、ケンは自分の札を握りしめ更に奥へ
そしてとうとう12の部屋の前に辿り着いてしまった
「・・・ここか・・・」
1人呟きドアノブに手をかける
開けてしまえば本当に戻れなくなる・・・一瞬躊躇し手を離しかけるが再びドアノブを握りしめドアを開け放つ
中はシンプルな構造となっていた
奥にベッドがある。ただそれだけ
ベッドには天幕がかかっており中を覗く事は出来ない
だが・・・確実にいる──────
「え、えっと・・・」
「そのままお入りになって下さい」
「!?」
女性の声・・・その声を聞いた瞬間に足が震える
震えた足を何とか前に出し中に進むとあっという間に天幕の前に着いた
まだ中は見えない・・・が、相手の呼吸が聞こえるくらい近いのは分かった
「開けて下さい」
何を!?と一瞬戸惑うがそれが天幕の事を指すと分かると一旦冷静になろうと深呼吸してから手を伸ばす
そして──────
禁断の扉を開けた──────
「フゥ・・・動けないので少し手伝ってもらえま・・・あれ?」
目の前に天幕を開けた人物が居ないことに女性は首を傾げる。ただそういった状況は慣れているのかすぐに理解しまた体をベッドに沈める
彼女は動けない
枷などされている訳ではない
ただ贅沢な暮らしが祟りいつの間にか自分の体重を自分で支えられなくなってしまったのだ
「・・・仕方ないじゃん・・・」
一日中ベッドの上で過ごし美味しい食べ物が運ばれて来る・・・なるべくしてなったのだと彼女は諦めまた眠りにつく
次の客が来るまで──────
「ハアハアハア・・・どうなってんだ一体・・・番号間違えたか?・・・いや・・・合ってる・・・店のミス?」
長い廊下を早足で戻りながらケンが呟くとちょうど8の部屋を通り過ぎた時にそのドアが勢い良く開いた
「っざけやがって!・・・!?ケン!?」
「スカット・・・お前も?」
「チッ!マジか・・・よくも騙しやがって・・・」
「騙し・・・そうなのか?俺はてっきり何かの手違いかと・・・」
「んなわけねえだろ!・・・ちなみにどんなのが居た?」
「俺は・・・『とにかくスレンダー』って書いたら逆が・・・お前は?」
「『とにかく可愛い』・・・ああ可愛かったさ!ある意味な!でも天幕を開けた途端『飯か?』と聞かれてみろ・・・しかも茶碗片手にだぞ?思わず優しく『今食べてますよ』って言った俺の身にもなれってんだ!」
「え?それって・・・」
「簡単に言うと母ちゃんの母ちゃんだ!」
「・・・」
「行くぞケン!俺達を舐めるとどうなるか思い知らせてやる!!」
「ちょっ、待てってスカット!」
怒りを通り越し少し笑っていたスカットにケンは何をやらかすか分からない恐怖を感じ必死に止めようと試みる
しかしスカットは止まらない
長い渡り廊下を脇目も振らず突っ切ると血走った目で先程の老紳士を探し始める
そして・・・
「居た!この野郎・・・」
入口付近で佇む老紳士を見つけ足を鳴らしながら近寄るとそのままの勢いで老紳士の胸ぐらを掴む
「てめぇ・・・」
「・・・どうなされました?お客様」
「『どうなされました?』じゃねえ!舐めてんのか!」
「はて・・・身に覚えが御座いませんので細かく説明して頂いても?」
「ぐっ!・・・ケンは紙に書いた要望と逆だったそうじゃねえか・・・俺なんてあんな・・・」
「・・・なるほど。ですが私は申し上げたはずです。『なるべく』と・・・意にそぐわなかったからといって暴力はいけませんね」
「ああ!?意にそぐわなかったレベルじゃねえだろ!!とりあえず金返せ!」
「お伝えしたはずですが?当店はお部屋をお貸しするだけです。お部屋に不備があったのならともかく中に住む女性が気に食わなかったからと言ってお返しする義理は御座いません」
「んだとてめぇ・・・」
「よせ!スカット!・・・もういい!勉強代と思って・・・」
今にも殴りかかろうとするスカットを必死に止めるケン・・・しかしマナを使ってもいないのに物凄い力で老紳士を離さない
「ケン・・・止めるな・・・俺がどんなに楽しみにしていたか・・・コイツを殴らねえと気が収まらねえ!人生で1番最悪な日だ!」
「やめっ・・・!?」
何とか老紳士から引き離すことに成功したが、止まらないスカット。どうにか止めようとしていたケンとスカットの肩に誰かが手をかけた
「今忙し・・・あっ」
「なんだぁ?誰だ俺の肩に・・・!!」
「やあ久しぶりだね・・・店の中で暴れちゃいけないよ・・・ケン・・・それにスカット」
その男の細い目が更に細くなる
さほど力を感じないが肩に置かれた手からは逃れられない。ケンは唾を飲み込み絞り出すように男の名を呟く
「・・・シークス・ヤグナー・・・まだこの街に・・・」
「居ちゃ悪いかい?ダンジョンに入れないと居る資格がないとでも?・・・まあいい、君達とは積もる話もある・・・場所を変えないか?」
「断る・・・と言ったら?」
「どちらか一方の首をこのまま握り潰す。ボクがそれくらいの事を容易く出来るのは・・・知っているよね?」
「・・・シークスさん・・・利き手どっちです?」
「右だけど?」
「ケン!素直に言う事を聞こう!」
「・・・スカット・・・」
必死な形相で言うスカットの首にはシークスの右手が・・・もしこれで利き手が左だったとしたらどうなってたか・・・想像するだけで恐ろしくなる
「良かった・・・床を汚すと店長に怒られそうでね・・・じゃあ行こうか・・・大丈夫・・・どっちか1人は生きて帰してあげるから」
「ひと・・・り・・・」
「ああ・・・終わった・・・絶対俺だ・・・」
スカットの人生最悪な日は続く──────