82階 新組合
ダンジョン訓練所
「サラさん!もう一本お願いします!」
「来いロウ!」
サラさんの弟子になって結構経つ・・・もう半年以上か
門番の仕事が終わる間際にふらりと現れてこうして訓練をつけてくれる
基礎的なトレーニングは仕事の合間に行い、サラさんとは手合わせを主に行うのだが、僕が強くなればなるほどサラさんの強さが分かってくる・・・さすがAランク冒険者ってところか
マナを抑えているとはいえ、こうも全く歯が立たないともどかしさを感じてしまう
近付いたと思ったらまだまだ離れている事に気付かされる・・・その繰り返しが何度続いた事やら・・・
「あまり技に頼ろうとするな。武闘家は全身が武器と言っていい・・・体術で相手の隙を作りそこに技を撃ち込む。技は躱されると隙が生まれるものが多い・・・それにマナは無限ではないからな」
サラさんに教えてもらった技のひとつ、魔技『射吹』を使おうと腕を伸ばすと横から腕を掴まれて投げられ僕を見下ろしながらサラさんは言う
この『射吹』は体内にマナを駆け巡らせ伸ばした指先からマナを射出する技で、遠くから・・・例えば左足から右手みたいに距離が長ければ長いほど威力が増す。けど当然距離が長ければ射出するまで時間が掛かりサラさんみたいな素早く動ける人相手には向いてない技・・・けど撃ちたかったんだ・・・せっかく習ったから・・・撃ちたかったんだ・・・
「・・・今日はここまでにしよう。明日も仕事だろ?」
「はい!ありがとうございました!・・・終わってから言うのもなんですけど・・・僕に構ってて大丈夫なんですか?今何かと忙しいのでは・・・」
エモーンズもダンジョンが出来た当初に比べるとかなり発展した。建物も増えて空き地も減って来て・・・移住者もかなり増えたと思う。多分だけど以前はヴェルトが意図的に定住者を増やさなかったんじゃないかと思ってる・・・どんな理由かは分からないけど、ヴェルトが居なくなって定住者はかなり増えたから
で、サラさんが忙しい理由は組合関係だ
ジェファーさんが組合会計士となって事務処理の負担は無くなったのだが別の問題が・・・
新たな組合の設立
ひとつの街に組合はひとつという決まりはない。余程の事がない限りギルドは組合の設立に反対しないらしい
で、サラさんの組合『ダンジョンナイト』に対抗するようにひとつの組合が誕生した
『ブラックパンサー』
組合『ブラックパンサー』はBランク冒険者のニーニャ・ブロッサムが組合長のエモーンズに出来たふたつの目の組合だ
特に強引な勧誘をしている話は聞かないのに組合員は増えていき、『ダンジョンナイト』を抜けて入る者も多数いた
そしてとうとう『ダンジョンナイト』と二分するほど成長する・・・その期間半年足らず・・・すっかり『ダンジョンナイト』は影を潜め『ブラックパンサー』の台頭は続いている
「ハア・・・あまり思い出させないで・・・一時でも忘れようと汗を流してたのに・・・」
「あ・・・すみません・・・」
「冗談よ。『ブラックパンサー』・・・どうやって組合員を増やしてるのやら・・・」
「でも別に対立してる訳じゃないのですよね?」
「ええ・・・でもジェファーはカンカンよ・・・『私の給料が減る!』って・・・実際組合員は減る一方・・・ハア・・・」
相当疲れが溜まってそうだな。やはりそろそろ動かないとマズイか・・・でも状況が状況なだけに動きにくい。組合員を強引に奪ってる訳でも無さそうだし・・・とりあえず調査だけでもしておくか・・・
「すみません!用事を思い出しましたのでこれで失礼します!」
「分かった。日々の鍛錬は怠るなよ!」
「はい!」
とりあえず司令室に戻ってローグになって・・・と、考えながら歩いていると後ろの方でサラさんがボソッと呟く
「なんだ・・・まだ元気そうだな。それなら今度から・・・」
しまった!もう少しヘトヘトになったフリをしていなければならなかったのに・・・
今後の訓練が厳しくなる予感がして身震いしながら僕は訓練所を後にした
司令室に戻った僕は早速ローグとなる
仮面にマント・・・傍から見れば怪しさ満点だがふたつに付いている能力、認識阻害効果であまり怪しまれないで済む
《ロウ?アイツらとは関わらない方がいいって・・・》
「大丈夫・・・十分気を付けるよ。それに直接関わるつもりはないから・・・」
アイツら・・・『ブラックパンサー』が来た時、ダンコは僕に忠告した
『アイツら強い・・・恐らくこの街で一番・・・しかも嫌な予感がする』と
その予感が組合設立だったのかは定かではないけど、僕はダンコの忠告を受け入れなるべく関わらないよう努めた
《どうするつもり?》
「まずはサラさんに言っとかないと・・・組合員が減って心労が溜まってみたいだからね」
《お優しいこと・・・それで?》
「組合の中で『ブラックパンサー』に勧誘を受けた人がいないか聞いてみる。どういう勧誘を受けたのか気になるだろ?条件とか勧誘の仕方とか・・・」
《脅してるかも知れないって事?それならもっと騒ぎになってる気がするけど・・・まあそれくらいなら大丈夫か・・・》
ダンコは『ブラックパンサー』の事になるといやに慎重になる。まあダンジョンの外での事となるとダンジョンマスターとしての力は使えないし当然か・・・ダンジョンの外だとダンコは無力に等しいし・・・
とりあえず今はサラさんに話を聞いてサラさんが知っている事を聞いてみるか
「んん・・・あー、サラ?」
〘はい!〙
相変わらず返事が速い・・・それにチャプっと音がしたからまたお風呂に入ってるなこれは
「今話せるか?」
〘はい!大丈夫です!〙
前に話している時にのぼせてしまったと聞いてるからな・・・あまり長話は危険そうだ。かといって『今風呂か?』なんて聞いたらセクハラっぽいし・・・手短に話そうっと
「最近巷で噂になっている新しい組合『ブラックパンサー』の事だが・・・」
〘申し訳ありません!何とか組合員を引き留めているのですが・・・〙
「向こうに移籍するのは構わない。そこは組合員の自由にさせろ」
〘ですがそれでは・・・〙
「残る者は必ずいる。それともサラ・・・君も『ブラックパンサー』に移籍するか?」
〘と、とんでもありません!たとえ私とローグだけになっても・・・私は『ダンジョンナイト』に残ります!誓って!〙
「あ、ああ・・・そ、それでだ・・・組合員を引き留めなくてもいいと言ったが勧誘の仕方が少し気になる・・・組合員の中に『ブラックパンサー』から勧誘された者がいないか調べて聞いてみてもらえるか?」
〘はい!以前それとなくは聞いてみたのですが特に強引ではなかったようなので細かく聞いていませんでした。少し細かく聞いてみようと思います〙
「頼む。何かあっても必ず私に相談してくれ。決して単独で動かないように」
〘はい!〙
「今日はこの後用事があってな・・・また今度連絡する」
〘は・・・はい・・・〙
寂しそうな声・・・少し心が痛む
僕はこのままサラさんを騙し続けていいのだろうか・・・
通信を終えて少し考え事をしていると察しのいいダンコが僕の考えている事を見抜く
《ダメだからね。少しの歪みが・・・》
「崩壊を招く・・・だろ?分かってるよ・・・でもサラさんなら・・・」
《アナタ・・・サラに受け入れられる前提で話してるけど、ローグ=ロウだと分かった時のサラがその事実を簡単に受け入れると思う?》
「え?」
《ハア・・・アナタも知っての通りサラはローグに恋心を抱いているわ。もう心酔してると言っても過言ではないほど・・・そのローグが弟子であるロウニールだと知ったら・・・果たしてこれまでの関係を続けられるか・・・》
・・・好きな人が実は最近までマナも使えなかったしがない男だったら・・・そりゃあガッカリするよな・・・
《アナタをローグとして見るか・・・それとも弟子のロウニールと見るか・・・はたまたどっちつかずか・・・それは明かしてみないと分からない。もし仮に騙されていたと思うとしたら恋心は憎悪に変わるかも・・・》
「うっ!」
《よく考えて行動しなさい。ローグはローグ、アナタはアナタでいいじゃない。今すべき事は正体を明かす事じゃなく・・・》
「『ブラックパンサー』に気をつけろ・・・か。まあ今のところ実害もないし放っておいても良さそうだけど・・・」
なぜわざわざこの街を選んだのかも気になる・・・組合が既に存在していた事も知っていただろうし・・・まさかわざと?
「考えても仕方ないか・・・今はダンジョン作りに専念しようかな」
サラさんからの報告を受けるまでは下手に動かない方がいいだろう。最近街は何かと危険が多いし・・・
ケインが呼び寄せたと思われる第三騎士団の騎士達・・・その中にかなり強い人がいる
タンブラー、ゲッセン、ファーネ・・・この3人を見た時、ダンコはニーニャ達の時と同じような反応をした
タンブラー・・・僕の倍以上あるんじゃないかってくらいの巨体な大剣使い。かなり好戦的っぽいイメージだった・・・着任の挨拶の時の目のギラつきが今でも忘れられない
ゲッセン・・・細身の剣・・・レイピアって言うのかな?その剣を腰に差し淡々と喋る感じは普通っぽかったけど長い前髪に隠れた顔が少し不気味だった
ファーネ・・・騎士団所属の魔法兵。ダンコが強いって言っただけで他に情報はあまりない・・・まあスタイル良くて綺麗ってだけ・・・性格はキツそうだけど
その他にも何人か入れ替わりで入って来た。デクトとファムズは何故か残ったのが残念・・・でも不思議な事にあの2人・・・あれから僕に何もして来ないんだよなぁ
《それで今日は何を作るの?》
「うーん、そろそろ創ろうと思う」
《・・・まあ、今のロウなら大丈夫か・・・。でも油断は禁物よ?はっきり言って人間より賢い部分もあるからね》
「分かってる。じゃあ創ろうか・・・上級魔物を──────」




