81階 ある研究者の帰還
フーリシア王国王都第三騎士団駐屯所
「そうか・・・戻って来たんだね」
「はい・・・残念ながら」
執務室にて書類に目を通していたディーン・クジャタ・アンキネスが団長補佐であるジャンヌ・アナステアの言葉に反応し視線を上げる
「残念ながらとか言っちゃダメだ。ゴーン殿は国の為に・・・」
「お帰り早々団長への面会を希望しております。何でも『面白いダンジョン』についてお聞きしたいと・・・」
「なるほど・・・残念ながらだね」
ディーンはジャンヌの言葉を聞いて苦笑すると天井を見上げた
訓練なら何時間続こうが苦ではない。だが、長時間拘束されて根掘り葉掘り聞かれるのは騎士であるディーンに限らず拷問に近い。ゴーンという人物はその拷問を平気で行う人物である
ゴーン・へブラム・アクノス・・・『ダンジョン研究家』である彼はしばらくアケーナダンジョンに潜り魔物の生態やダンジョンの謎を解くべく王都を離れていた
そのゴーンが戻って来るだけなら問題はないが、面会するとなれば話は別・・・ダンジョンの事になると見境のない彼とダンジョンについて話すとなるとその後の予定は全て白紙にしなければならない
いつ終わるか分からないからだ
「・・・今後の予定は?」
「特にありません」
「・・・わざとか?」
「国としても最優先のようですね。ダンジョンの謎を解く・・・出来るかどうかは別としても他国に遅れをとってはならないというのは各国の命題ですから・・・」
「ダンジョンを無限に沸く資源とでも思っているのだろうか。過去に滅ぼされかけたと言うのに・・・」
「あれ?実は団長はダンジョン不要論者でしたか?」
「必要とは思ってないね。ダンジョンブレイクの危険性や大昔の事を考えると放っておくのが果たして正しいのか悩むところだ」
「でも、この部屋もダンジョンの恩恵は受けてますよ?火のいらない明かりなんてダンジョンの産物でしかありえませんし・・・」
「魔道具か・・・確かにマナを注ぐだけで昼間のように明るいのは助かるが、そのせいでこの部屋は夜を迎えない・・・ゴーン殿の帰るタイミングを逃していると思わないか?」
「そう言えば前にダンジョンコアを破壊した時は夜通しこの部屋で話を聞かれてましたね」
「思い出すだけでも目眩がしそうだよ・・・この部屋で飢餓状態になるとは思わなかった・・・わたしが『夜も更けたので』と言っても『まだ明るいではないか』と返される・・・執務室の壁を壊して夜である事を何度証明しようかと・・・」
「お止め下さい。無駄な出費は・・・」
ジャンヌの言葉を遮るようにコンコンと扉がノックされる
ディーンが視線だけを扉に向け顔をしかめると、その顔を見たジャンヌは苦笑し扉へと向かった
「ジャンヌ・・・私は居ないぞ」
「諦めて下さい。この場は凌げてもいずれ召喚されますし、待たせた分長くなりますよ?」
「・・・勘弁してくれ・・・」
項垂れるディーンを見て苦笑するとジャンヌは扉越しにノックの相手を確認すると一言『俺だ』と返ってきた
「団長・・・『俺だ』そうです」
「ああ聞こえたよ・・・すっかり忘れてたよ。ゴーン殿が帰ってくれば必然的に・・・」
「遅い!さっさと開けろよディーン!!」
怒鳴りながら扉を蹴破って入って来た男・・・キース・ヒョークはキョロキョロと部屋を見回すと椅子に座るディーンを見つけて足を鳴らし近付く
「キース殿!」
「おお、ジャンヌ!またケツがデカくなったか?」
「!?!??!」
止めようとしたジャンヌをヒラリと躱しジャンヌの背後に手を回すと思いっきり尻を鷲掴む
「ん?・・・そうでもないか」
「いつまで・・・触ってんだコラァ!!」
腰から細身の剣を抜きキースに斬り掛かるがアッサリと躱されてしまう。キースはそんな事はジャンヌの行動を気にも止めず歩き出すとディーンの元へ
「お帰りなさい・・・キースさん」
「おう!会って早々悪いが一発殴らせろ」
「・・・理由を聞いても?」
「理由?そんなの決まってらァ!おめぇが余計な事を言うからあのジジイ・・・『ふむ、ではディーン殿に話を聞いたらすぐに行くとするか。その面白いダンジョンに』って・・・ありえねぇ・・・戻って来たばかりなのに・・・」
「・・・他の者に同行させるとかは?」
「他の誰が居んだよ!どうせまた勅命に決まってる・・・くそっ!せっかく戻ったらソニアと子作りしようと・・・」
「・・・」「・・・」
「で、だ!そこで思い付いたんだ・・・あのジジイは言った・・・おめぇに話を聞いてからって・・・つまりだ!おめぇが話せない状況になりゃいい!だから殴らせろ!」
「・・・えっと・・・つまり怒りに任せて殴るのではなく、キースさんが休む為に話しが出来ないほど思いっきり殴る、と?」
「休む為じゃねえ!子作りだ!」
「どんだけ力技ですか・・・お断りします」
「なら仕方ねえ・・・勝負だ!」
「なぜ!?」
「うるせぇ!さっさと訓練場に来い!じゃねえとおめぇの部下がしばらくベッドの上で過ごす事になんぞ!分かったな!!」
怒鳴るだけ怒鳴ると肩をいからせキースは執務室を出て行った
残された2人は顔を見合せ困惑の表情を浮かべる
「・・・タンブラーは?」
「お忘れですか?タンブラー他2名はケイン副官の要請によりエモーンズに・・・」
「忘れてたよ・・・となるとキースさんの相手が出来るのは?」
「皆無です。早く行かないともしかしたら第三騎士団はしばらく機能しなくなるかも知れません」
「・・・どうしてこうなった・・・」
「口は災いの元・・・ですね」
発端はディーンがエモーンズダンジョンを『面白いダンジョン』と言ったからに他ならない。ディーンは頭を抱えるも覚悟を決め駐屯所にある屋外訓練場に向かった
「おう!遅かったじゃねえか・・・少し揉んどいてやったぜ?」
それほど時間は経ってないのに4人の騎士がキースの足元に転がる
キースは大剣を片手で持ち上げ肩に背負うと反対の手でディーンを手招きする
「ハア・・・殺してませんよね?」
「死んでたらおめぇの鍛え方の問題だ」
「・・・ジャンヌ・・・」
「ハッ!手の空いてる者は4人をあそこから運び出せ!」
ジャンヌに従い固まっていた騎士達が一斉に動き出しキースの足元に転がる者達を運び出す
「少し甘やかし過ぎなんじゃねえか?軽く小突いただけで倒れたぞ?」
「そうですね・・・少し甘やかし過ぎたかも知れません・・・ジャンヌへのセクハラに団員への暴行・・・Sランク冒険者とはいえ何でも好き勝手やっていいものではありません・・・」
「ほう・・・じゃあどうする?」
「少し・・・痛い目見て帰ってもらいます」
ディーンが剣を抜くと周りで見ている騎士達が息を飲む
倒れていた4人を運んでいる者達も足を止めた
威圧
剣を抜くだけでディーンは広い訓練場を制した
「ほら、足を止めてないで早く4人を医務室に連れて行け」
「ハ、ハッ」
ジャンヌが声を掛けるとようやく我に返り足を動かす。自分達に向けられたわけではないのに身動きが取れなくなるほどの威圧・・・向けられた本人はどれほどの圧力を受けているのか見ると涼しい顔して首を鳴らしていた
「堪んねえな・・・やっぱりこうじゃなきゃ・・・」
「キースさんって3人パーティーでしたよね?奥さんで魔法使いのソニアさんにヒーラーのクリスさん・・・」
「あん?だったら何だってんだ」
「クリスさんはかなりの腕利きヒーラーと聞いてますが・・・」
「ああ、そんじょそこらの聖女にも負けねえよ」
「そんじょそこらの使い方が間違ってますよ。でも良かった・・・それなら安心です」
「なにがだ?」
「少し強めに行っても・・・治してもらえそうなので」
「・・・ディーン・・・前に会ったのいつだ?」
「キースさんがアケーナダンジョンに同行する前なので・・・2年前くらいですかね?」
「そっか・・・俺はてっきり10年くらい会ってないかと思ったぜ」
「ボケたんですか?」
「いや・・・俺の事を忘れるにはちぃと早ぇんじゃねえか?ディーン!!」
キースが動く
大剣を肩に乗せたまま真っ直ぐディーンに向かい目の前に立つと大剣を振り上げた
「相変わらずの圧ですね」
「覚えてんじゃねえかディーン!!」
キースが叫びながら大剣を振り下ろすとディーンはそれに合わせて剣を振り大剣と剣がぶつかり合う
衝撃は空気を震わせ離れて見ている者達の髪を揺らす
「すげぇ・・・あの大剣を剣で止めた・・・」
「・・・さ、さすが団長・・・」
騎士達は口々に大剣を止めたディーンを褒め称えるがジャンヌだけは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた
「全員覚悟を決めなさい・・・最悪止めに入るぞ」
「え?」
「さーて・・・どっちがいい?このまま押し潰されるか真っ二つになるか・・・」
「どちらも御免です・・・しばらくどころか一生口がきけなくなりますよ。そろそろキツくなってきたので退いてもらいますね」
「あん?・・・チィ!」
押され気味だったディーンが剣を押し出すと大剣は弾かれキースは数歩退いた
そこから2人の応酬は激しさを増し、2人の周りには血飛沫が舞う
「補佐!」
「ああ・・・軽く手合わせだと思ったらこれだ・・・止めないと国の戦力が半減するぞ」
「半減ってさすがに大袈裟じゃ・・・」
「半減だ。展開し四方から攻めるぞ!止められれば多少傷付けても構わん!ただし・・・死ぬな」
「んな無茶な・・・あの嵐の中で生き残れる自信ないですよ」
「死ぬ気でやれば生き残れる」
「それって死ぬ気ないんじゃ・・・」
「ごちゃごちゃうるさい!総員抜剣!」
ジャンヌの号令に覚悟を決め剣を抜く騎士達
戦争未経験ながら彼らは思った・・・あの2人に突っ込むなら大軍に突っ込んで行った方がマシだと・・・
「・・・物騒な事になってるわね」
「あ、貴女は・・・」
覚悟を決め突入しようとした直前、背後から声し振り向くとそこには見知った女性が立っていた
「このままじゃ大変。至高の騎士に怪我でもされたらいくら請求されるやらファイヤーボール」
「え?」
頭の上を巨大な炎の玉が通り過ぎていく
そして炎の玉は一直線に飛んで行き、2人の真上に止まったかと思うとそのまま2人の頭の上に落ちた
「なっ!?団長!!・・・何をするのです!ソニア殿!」
「大丈夫よ・・・ほら」
Aランク冒険者ソニア・・・キースの妻であり一流の魔法使いである彼女が指差す方向にはギリギリで躱したディーンの姿と・・・燃え盛るキースの姿があった
「・・・キース殿・・・燃えてますが・・・」
「あらやだ・・・あんなのも避けれないの?あれで本当にSランク?」
「私に聞かないで下さい・・・あっ」
「こ・・・こ・・・この炎はソニア!?」
炎で分かるんかい!と心の中でツッコミながらも炎に包まれて平気なキースに驚きを隠せなかった
「キース殿はあれで平気なのですか?」
「平気なわけないじゃない。あのままだと炎を吸い込み肺がやられるわね」
「ぶっ・・・ならば水魔法で・・・」
「私水魔法嫌いなの・・・貴女出来る?」
「出来ません!くっ!誰か魔法兵を呼んで来い!」
「その必要はないわ・・・さて、と」
「ちょ、何処に!?」
「え?だって私も休暇欲しいから・・・」
ソニアはそう言い残し浮き上がると2人の元へ
悪い予感がしてジャンヌはすぐに駆け寄ろうとするが更に混乱は続く
「あそこで何をしているのだ?」
「何をって見れば分か・・・あ・・・」
再び背後から声がして振り向いたジャンヌはその人物を見て固まってしまう。混乱から混沌へ・・・ジャンヌは心の中で呟く
知ーらない、と
「ねえ?いつまで萌えてるの?」
「ん?おおソニア!いや、ついお前に抱かれているような気分になってな」
「ハイハイ・・・とりあえず肺がやられる前に消してね」
「おう!・・・んー・・・フン!!」
掛け声と共に全身を焼き尽くさんと燃え盛っていた炎が消えた
「・・・気合いで炎を消しますか・・・相変わらずデタラメですね。それとソニアさん、お久しぶりです」
「お久しぶりディーン君。で、何してるの?」
「何してるのって・・・キースさんが休暇が欲しいからって襲って来て・・・」
「やっぱりキース・・・私と同じ事考えてたの?」
「え?・・・ソニアさん?」
「もしかしてソニア・・・お前もか?」
ディーンを無視して見つめ合う2人・・・温厚なディーンもそろそろ我慢の限界を迎えようとしていた
「奇遇ね。ちょっと事故に見せかけて喉を潰してあげようと・・・もうこうなったら力尽くでやるしかないわね」
「だな!」
この似た者夫婦が!という言葉を噛み殺しディーンは剣を構える
この夫婦はやると言ったらやる・・・それを知っているディーンは本気で戦う覚悟を決める。だが・・・
「さすがにお2人相手は厳しいですね・・・」
「ならば手伝ってやろうか?」
声がして振り返るディーンはその姿を見て愕然とする
今までの一連の流れが無意味だったのだ・・・力なく頭を振り絞り出すように答えた
「いえ、それには及びま・・・せん・・・」
「どうした?私の顔に何か付いているか?クジャタ卿」
「いえ・・・ご無沙汰しております・・・へブラム伯爵」
キースとソニアの2人と戦う理由が今消滅した
肩を落とすディーンを見て2人も同じように肩を落として項垂れる
「さあ、野蛮な事はお終いにして楽しく会話しようではないか。小耳に挟んだのだが何でも面白いダンジョンがあると?少し話を聞きたいのだが・・・」
「・・・はい・・・」
観念して剣を納めると逃げる機会を失った恨みを込めて2人を睨みつける
2人は夫婦揃って素知らぬ顔をし、そそくさと訓練場を後にした
これからディーンが受ける拷問が出来るだけ長く続くよう祈りながら──────




