80階 始まりの鐘
領主の屋敷から兵舎に戻ったケインとジェイズ
ケインが自室に入るとジェイズも共に入り緊張した面持ちでくつろぐケインの言葉を待つ
「・・・なんだ?」
「その・・・八つ当たりで兵舎が壊されないか心配でして・・・」
「ガキでもあるまいし・・・それに俺は怒ってなどいない」
「さっさとこの街から出たいみたいな事言ってませんでした?」
「当然だ。こんな辺境の地でいつまでも燻っている暇はない・・・だが・・・」
「だが?」
「少々興味が湧いた。ヴェルトは恐らく用意周到に準備していたはず・・・補佐をしつつ金の出処を押さえ領主に取って代わろうとしていたはず・・・だが実際は領主は金を準備した・・・しかも200万ゴールドも。領主だけでは難しい・・・いや、無理なはず。ならば協力者がいるはずだ」
「まあそうでしょうね。200万ゴールドをポンと出せる者・・・となると絞られて来ますね。もしや召捕り錦を飾るおつもりで?」
「何の成果も上げられず帰るよりはマシ・・・ドブさらいをしていたら金貨を見つけた・・・そのまま見逃す者など皆無だろう?」
「ですが200万出しただけで犯罪性があるとは言えませんが?」
「ああ・・・だが、無償で200万を貸す者がいると思うか?」
「よっぽど懇意にしていてもありえませんね。なるほど・・・200万を出した代わりに何を要求したか・・・その要求次第では・・・」
「そうだ。あの領主は小物だが貸した者が大物なら・・・国に献上出来るかもな・・・ダンジョン都市エモーンズを」
「散々村、村と言っていたのにいきなりダンジョン都市ですか・・・」
「剣と同じだ。どんな名剣も素人が操ればその能力は発揮出来まい・・・だが達人が握れば名剣は能力を遺憾無く発揮する・・・件の出資者が素人か達人か・・・だが額の多さからしてズブの素人ではあるまい」
「そういう輩は往々にして野心を持っている・・・その野心が剥き出しになった時に捕えれば・・・」
「晴れてエモーンズは国の所有物となろう。王都にいるよりは出世の近道になると思わないか?」
「ダンジョン都市を手土産に帰還ですか・・・どうやら当分王都には戻れそうにないですね」
「戻りたいなら戻ってもいいぞ?」
「優秀な副官を要らないと?」
「優秀な副官ならこの船が沈みゆく船かどうか判断つくだろう?残るという事は・・・」
「半々・・・といったところでしょうか。私達が居なくなってから事を起こすかも知れません・・・未だ表に出てないという事は慎重である可能性が高いでしょうし」
「あの場で『私が貸した』と名乗り出てくれれば楽だったのだがな・・・ただあれだけの額を出せる者など先程も言ったように限られている・・・名乗り出たようなものだ」
「・・・クリット商会ヘインズ・クリット・・・歓楽街を仕切る自称商人ですか?」
「ふん、あれだけの規模の歓楽街をいきなり取り仕切る事は出来まい。恐らく裏でヴェルトと繋がっていたが・・・」
「土壇場で乗り換えられた・・・ヴェルトより現領主の方が御しやすいと考えたか何か別の要因が・・・いい噂を聞かないクリット商会を一網打尽にし、ダンジョン都市を献上・・・ケイン様は何を得るのです?」
「そうだな・・・第三騎士団の団長の座でも頂くか・・・もしくは新たな騎士団の設立か・・・」
「ディーン様は落ちませんよ?」
「・・・分かっている・・・下から見上げるのは飽きたのでな・・・欲を言えば団長にも下から見上げる景色を見せて差し上げたいが・・・肩を並べてからでも遅くはない、か」
「ですね。その時はもちろん私も引き上げてもらえると思ってよろしいので?」
「沈むかも知れぬぞ?」
「その時は見極めて担ぐ相手を変えますので御心配なく」
「・・・優秀な副官だな」
「自負しております」
「・・・悪びれない奴だ・・・まあ『地獄の果までついて行きます』と言われるよりは信用出来る・・・ジェイズ、徹底的にクリット商会を調べあげろ。裏で繋がっている奴らからヘインズの性癖まであらゆる事をだ」
「それには人数が心許ないのですが・・・」
「使えない奴らを送り返し『あやつら』を呼び寄せる」
「げ・・・もしかして・・・」
「手綱はしっかり握っておけよ?優秀な副官ならな」
「私を『使えない奴ら』の中に入れて下さい。轡もない連中の手綱をどう握れと?」
「鬣でも握って押さえ付けておけ。何かあれば俺に言えばいい」
「喋れる口があるといいですが・・・」
「あの2人のように顎を割られるか・・・あー、あの2人は残しておけ・・・いい火種になるやもしれん」
「本来なら『使えない奴ら』の筆頭ですが・・・分かりました。リストは私が作成しても?」
「ああ、『ジェイズ』と入ってたらやり直しだがな」
「・・・上の頭の回転が速いと優秀な副官としてはすこぶるやりづらいのですが・・・」
「同感だ。クリット商会もそれで現領主を選択したのだろうからな」
「・・・ハア・・・危険手当はつくんでしょうね?」
「当然だ。100万の振り分けはお前に任せる・・・それを見て『あやつら』がどう感じるかは知らんが」
「・・・鬼・・・」
「何か言ったか?」
「いえ・・・では、早速選別してきます・・・王都に帰れる幸運の騎士を」
「頼んだぞジェイズ」
「仰せのままに・・・将来の第四騎士団団長殿──────」
「な、なんじゃと!?まさかよからぬ者に・・・」
「安心して下さい。いや、まだ何とも言えないか・・・」
何でだよ!
ヘクト爺さんとダナスさんは前と同じように控え室で話し込んでいた
ダナスさんの勝利宣言にヘクト爺さんが怪しい奴から金を借りたんじゃと懸念して尋ねるとダナスさんがそれをキッパリと否定・・・しきれずに話を濁す
「・・・ダナス・・・あれほどそういう者達とは・・・」
「分かってます・・・分かってますよ・・・あの時は藁にもすがる思いでして何度も考えました・・・でももし借りれば一時は凌げるかもしれないが将来的にエモーンズは・・・そう考えて踏み止まり・・・」
「ではどうやって100万ゴールドもの大金を?」
「ある者がくれたのです・・・貸しではなく・・・くれたのですよ・・・300万ゴールドを」
「っ!?・・・300万ゴールドじゃと!?」
「しぃー、声を抑えて!誰に聞かれてるか分かりません」
「す、すまん・・・だがタダより高いものはない・・・どんな見返りを求めて来たのじゃ?その者は」
「何も」
「なに?」
「何も求めて来ませんでした。ただこの街がこの街である為にと・・・」
「ありえん・・・そんなもの信じるなぞどうかしておるぞ!ダナス」
うん、そうだよね・・・普通は怪し過ぎて貰えない・・・けどダナスさんは受け取った
「・・・もはやどうする事も出来ませんでした・・・頼るとしたらヴェルトと繋がりのある商会だけ・・・腹を括るしかないかと悩んでいる時に執務室の窓がコンコンと・・・」
「執務室の窓?」
「ええ・・・2階なので空耳かと思いましたが、近寄りカーテンを開けてみるとそこには怪しげな仮面とマントの男が・・・」
悪かったね・・・怪しげで
「ダンジョン・・・ナイト?」
「巷ではそう呼ばれているみたいですね。私にはローグと名乗りました。そして私が窓を開けると部屋の中に入りおもむろに袋を3つ私の前に置いたのです」
「それが300万ゴールドか・・・」
「はい。彼は何故か事情を知っていたようで『この金を役立てて欲しい』と・・・」
「ふむ・・・善意の寄付にしてはあまりにも高額・・・本当に何も求めて来なかったのか?」
「ええ。それどころか色々とアドバイスまで・・・」
「アドバイス?」
「はい・・・彼は何故かある程度の事情を把握していました。100万ゴールド足りない事、騎士団の派遣期間が切れた事、そして私が何者かに嵌められた事・・・その全てを一度に解決する為のアドバイスをくれたのです」
まあ僕が考えたのではなく、ダンコが考えたんだけどね──────
前回のここでの会話を聞いた後、僕はどうするべきか悩んでいた。僕はお金が作れる・・・なので100万ゴールドをダナスさんに渡すのは簡単だ。けど果たしてそれは良いのか悩んでいたんだ
《何を悩んでるの?》
「さっきの話だよ・・・僕なら簡単にお金を渡す事が出来る・・・けどそれで解決するのかな?」
《と言うと?》
「ほら・・・騎士団を100万ゴールドで貸してくれって国に頼んだ人も分からないし、誰がどこまで関わってるかも・・・もしかしたら領主の勘違いとか?」
《んな訳あるはずないでしょ?具体的な数字まで出して忘れてましたなんて領主としての資質より介護を勧めるレベルよ》
「じゃあやっぱり誰かがダナスさんを嵌めようと・・・」
《まっ、それが誰か分からない限り同じような事が続くでしょうね。下手したら実力行使に出るかもしれないし》
「実力行使って?」
《暗殺》
「暗殺!?ダナスさんを!?」
《他に誰を殺すのよ。穏便に済ませようとしたけど上手くいかなかった・・・なら次はどう出る?聞く限りじゃ計画は1年の時を費やしてるのよ?じゃあまた1年かけて領主を嵌める?人間の1年って結構長いと思うけどね・・・悠久の時を生きるものでもあるまいし》
「確かに・・・となるとやっぱり100万ゴールドを渡しただけじゃ何も解決にならない・・・でも今のままじゃ・・・」
《・・・犯人が分かれば問題ないでしょ?》
「それが分かれば苦労しないよ」
《分からなければ炙り出せばいいじゃない。て言うかほぼ確定しているのだから少しつつけばすぐにぼろを出すわ・・・いえ、既にもう出しているかも・・・》
「と言うと?」
《ヴェルトって人間がもしやったのならなぜ騎士団に派遣要請したの?》
「それは・・・僕達が頼りないから?」
《あら良い人じゃない・・・ってそんな訳ないでしょ!それなら領主に無断でやる必要ないじゃない。今のところ領主の印を使って悪さ出来るのがヴェルトだけなら犯人をヴェルトと仮定しましょう・・・そしてなぜヴェルトが騎士団を要請したかを考えれば次の行動は想像つくわ》
「なぜ・・・なぜ?」
《少しは考えなさいよ!・・・ハア・・・ヴェルトは領主の座を狙ってる・・・もしくは国が狙ってるのどっちかしかないでしょ?目的が分かれば次にどういう行動を取るか分かる・・・国が狙っているのなら当日まで何もせず足りないから領主からエモーンズを取り上げればいいだけ・・・でももしヴェルト個人が領主の座を狙っているとしたら・・・お金は足りてないと問題になる・・・国に取り上げられたらどうしようもないからね》
「ふむふむ・・・で?」
《このっ・・・ハア・・・単純よ・・・お金を肩代わりする代わりに領主の座を寄越せ・・・それだけで労せずダンジョンのある街を手に入れられるわけ。それを考えたら100万ゴールドなんて端金でしょうね》
「そんな・・・じゃあダナスさんは・・・」
《領主ではなくなるわね。でも選択肢はないはずよ・・・無い袖は振れないし、国に取り上げられたら元も子もないしね》
「そっか・・・でも炙り出すってどうやって?」
《領主に話は持ち掛けているはず・・・そして余裕をもってるはずよ・・・自分以外にお金を出す人がいないと入念に調べてるはずだからね・・・まあもし調べてかなったらただの間抜けだけど・・・》
「ふむふむ・・・で?」
《なのでロウがお金を渡す時に言うの・・・『ギリギリまでこのお金は閉まっておけ』ってね。それとお金を渡す場所に証人が必要ね・・・だから騎士団には予め国からお金を取りに来た人間と同時にお金を渡すと伝えておくの。ヴェルトと騎士団がつるんでたら領主消されちゃうかも知れないし》
「うわぁ・・・それ最悪だね。でも国じゃなくてヴェルトが怪しいんでしょ?」
《騎士団が国なの?違うでしょ?》
「おおう、そういう事か・・・ケインが私腹を肥やそうと・・・」
《そういう事。この街にいる限り接触しようと思えばいつだって出来る・・・けど王都から来る人間には接触しようがない》
「だから使者を立ち会わせて・・・」
《後は領主に手紙を出してもらうの。文面はそうね・・・『騎士団をもう1年貸してくれ』でいいかしら》
「は?なぜ!?」
《あのね・・・騎士団が去ったら誰がこの街を守るの?》
「あっ・・・」
《冒険者も増えて色々な人間も入って来てるわ。領地も広がってただでさえ目の行き届かない場所があるのに抑止力となる騎士団が去ればこの街は荒れ放題よ?アナタは気に食わないかもしれないけど今の街には騎士団は必要なの》
「・・・だね・・・」
《だからお金を領主に渡すのであれば最低300万ゴールド》
「なんで!?」
《アナタねえ・・・もしかしてお金が足りてればいいと思ってた?今回なんでこんな事態になったか分かってないの?》
「そりゃあお金不足?」
《そうよ。なら100万ゴールドを支払って所持金ゼロになった領主を周囲の人間が暖かい目で見てくれるとでも?そんなの両手両足を縛られてダンジョンに放り込まれるのと一緒よ》
「・・・それは嫌だな・・・」
《まあ使い途は教えてあげた方がいいわね・・・いい?領主にこう言うのよ──────》
そして僕は領主の屋敷に忍び込み、外から執務室を訪れるとちょうどヴェルトが化けの皮を自ら剥がしている最中だった
ヴェルトが執務室を出て行った後で僕はローグの格好で窓をノックして・・・
「ふむ・・・100万ゴールドで1年間の延長で時間を稼ぎ、残りの100万ゴールドで私兵を募るか・・・」
「はい。私は目先の事しか頭になく、その先まで頭が回りませんでした。言われてみれば1年延長したところで次はどうするか決まってません・・・また1年延長出来るかも分かりませんし・・・」
「今回も延長出来るか決まっておらんのじゃろ?」
「それも多分大丈夫かと・・・お金を最初から出さなかった理由はヴェルトの目的を使者殿とケイン様に見せる意味もありました。これでもし延長が通らず騎士団が帰ってしまえば・・・騎士団は護るべき国民を護らず帰って行った事になるからです」
「なるほど・・・国からの使者はその現場にいた・・・国が延長を拒み騎士団に帰還命令を出したとしても、そのまま帰れば騎士としてのケイン殿は終わる・・・か」
「はい・・・それに延長が出来なかったとしてもローグ殿は約束してくれました。私兵が集まるまで組合『ダンジョンナイト』が組合員を動員し街を守ってくれる、と」
「口約束だけなら何とでも言えるぞ?それこそ無防備になった時を狙って・・・」
「私もバカじゃありませんよ。と言ってもローグ殿から言って下さったのですが・・・ローグ殿は組合長をしているらしく組合『ダンジョンナイト』はギルド公認らしいのです。なので次の日に冒険者ギルドに赴きギルド長に話したら、その話は聞いていると言ってくれました・・・何ならギルド長が証文を出してもいいとまで・・・まあ断りましたけどね」
ちゃんとサラさんはギルド長に伝えてくれたみたいだな
「そうか・・・だがまだ安心出来んぞ?ヴェルトは街に居るのじゃろう?」
「ええ・・・なのでローグ殿はこんなものまで・・・」
「それは?」
「『簡易ゲート』と呼ばれる物らしいのです。割ればダンジョンの入口に繋がっているゲートが出るとか・・・もし襲われ逃げ場がなければ使えと・・・家族と使用人の分まで・・・」
「至り尽くせりじゃな・・・どうしてそこまで?」
「彼は言ってました・・・『エモーンズがエモーンズで在り続ける為』と・・・私はその言葉で全てを信じようと思ったのです。私の想いと同じだったので・・・」
「・・・そうか・・・で?いつまでその『簡易ゲート』を出しておくのじゃ?」
「これは父さんの分です。言ったでしょ?家族の分もくれた、と──────」
「ふっ」
「ぬわああああ!!?」
あ、危ない・・・咄嗟に控え室に繋げたゲートを閉じたから向こうには聞こえてないと思うけど・・・誰だ突然僕の耳に息を吹きかけたのは!
「ねえ門番ちゃん!さっきから待ってんですけどぉ」
「門番ちゃんって・・・」
あ・・・そう言えば仕事中なのすっかり忘れてた!
見ると僕よりも随分若そうな・・・15にもなってないんじゃいかって位の女の子が立っていた
健康的な褐色肌に幼い顔・・・それに身長もかなり低いし・・・やっぱり・・・子供だよな?でも・・・
その幼い顔に似合わないモノを2本背中に背負っていた
「ニーニャだよ!よろしくぅー」
ギルドカードを提示され、確認の為見ると名前の欄にニーニャ・ブロッサムと書かれており、ランクは・・・嘘だろ・・・こんな子供が・・・Cランク!?
ニコッと笑う幼く見える少女
そして、その後ろにはいつの間にか3人の男が立っていた
始まりの鐘が鳴る──────




