824階 物語
──────1ヶ月後
「お前だったのか」
「ええ、私でした。お久しぶりですローグ公爵閣下」
「やめろやめろ・・・下手な芝居は」
「芝居?まさか・・・ちゃんと礼節を持って接しますよ?お金の匂いのする方には」
俺の代わりとしてスウが寄越したのはジース・バクアート・クルアク・・・元・・・いや、今も繋がっているだろうけどレオンの後ろ盾だった男でありセンジュの兄だ
「金の匂い?そんなにスウから貰ったのか?」
「ええ。それはそれはたんまりと。村がひとつ出来てしまう程に」
やっぱり繋がってやがる・・・まあいいけど
「じゃあレオンは村を?」
「まだですね。村が出来たとしても活動資金がなければ餓死して終わりですから。当面の食事は外部に頼らざるを得ません・・・それこそ一年分くらいは」
「そんなの幾許もしないだろ?贅沢しなけりゃ」
「それが実は住民になりたいと申し出て来た人達が予想以上に多くまだ足りてないのです・・・しかもこうしている間にも人は増えているようで・・・」
「そんなにせっせと勧誘しているのか?」
「女王陛下が公的に認めて下さったのでそれが拡がって・・・今では希望する人の窓口すらある程です」
いつの間に・・・てか公的に認められたってだけで集まるって事はそれだけ潜在的に居たって事か・・・生きにくいと思っていた人達が
「村じゃなくていきなり街規模になりそうだな」
「そんなことになりましたらそれこそ天文学的な費用が・・・レオンも全てを受け入れるつもりはないようで今は面接に勤しんでいます」
「レオンなら全て受け入れそうなもんだけどな」
「数が多いと中には冷やかしで来る者も増えて来るので・・・新しく村が出来るのは大変珍しく住む人達は色々な場所から来るので住んでいた場所を追われた者などには都合が良いのでしょう・・・まだ警備なども不十分と考え犯罪目的で入り込もうとする輩もいるみたいです」
「なるほど」
村を仕切るのが元『タートル』を率いるレオンと知ったら来ないだろうけど・・・逆に本当に生きにくいと感じている人達も来なくなっちゃうしな・・・
「そのような輩を弾いても予想を上回る人達が入村を希望しております・・・なので公爵閣下」
「ん?」
「お願いがあります」
「金か?」
「はい・・・と言っても直接的な援助ではなく別の形で頂きたいのです」
「と言うと?」
「これより1年間エモーンズは私が管理します。その1年間管理して得た収益の昨年の分を差し引いた額を頂きたいと」
「昨年の分を引いた額?」
「はい。それなら閣下にも損はないかと」
「・・・収益が昨年より減ったらどうするんだ?」
「増えなかったり減ったりしたら頂きません。まあ減る事はないかと」
「・・・えらい自信があるみたいだな」
「それなりに考えて来ましたから」
昨年の分を差し引いた額ならこっちに損はない。どうやって収益を上げるか分からないがそれが長期的に収益を上げる方法だったらむしろプラスになるだろう・・・だが
「構わないが条件がある」
「何なりと」
「住民が不幸になる施策は却下だ」
「もちろん心得ております。他には?」
「ない・・・ちなみにどうやって上げるんだ?」
「商人にかける税収を減らします」
「?・・・それだけか?」
「はい。ただ税を下げた分販売価格を下げさせます。もちろん全額とは言いませんが今の価格よりは下がるでしょう」
「・・・トータル的に収益は変わらないような・・・むしろ減る可能性もあると思うが・・・」
「いえ・・・かなりの収益増が見込めると思います。商人にかける税金は純利益に対してです。仕入れや人件費、そして経費を差し引いた額に対して税金をかけるのですがずる賢い商人は上手いこと純利益を減らし税金を納める額をなるべく減らそうと努力します。その中には違法な事も含まれているのです」
「それを摘発してちゃんと納税させれば良いんじゃないか?」
「言ったはずです『ずる賢い』と。簡単には見つからないよう偽装工作をするでしょう・・・となるとこちらもかなりの人員を調べるのに費やさなければなりません。その分経費が嵩み結局は増えるどころか減る可能性があるのです」
「・・・減らすとどうなるんだ?」
「商人からの税収は当然減ります・・・が、その分を補って余りあるくらいの税収が期待出来ます・・・ここエモーンズなら」
「・・・ふむ」
「簡単に言えば住民を増やし税収を増やす・・・ただそれだけです。物が安ければそれだけ人も増えます。まだまだ発展の余地があるダンジョン都市エモーンズ・・・その都市が更に物価も安いとなれば住みたいと思う人達は大勢いるでしょう。人が増えれば税収も上がる・・・単純にそれが狙いです」
「長期的に見ればそうかもしれないけど1年だぞ?そんなに上がるか?」
俺の質問にジースはニコリと笑うだけで答えなかった
それだけ自信があるって事か・・・まあこちらに損はなさそうだし・・・
「分かった。増えた分は持って行け」
「ありがとうございます」
──────まさかこの件で散々怒られる事になるとはこの時は思わなかった。ジースは俺が条件を飲むと見込んで王都やら周辺の街から人を大量に引っ張って来てエモーンズに住ませる・・・当然人口が減った街からは避難されスウからも怒られた。その時ジースは倍増した収益を持ってレオンの元へ戻っており全て俺の責任に・・・あの野郎・・・確かに住民は不幸にはなってないが俺と収益の減った街の領主達が不幸になってんじゃねえか・・・考えてみればそれだけだし、まっいっか──────
ジースとの引き継ぎが終わった後、俺とサラとアースは何も持たずにとある場所に向かっていた
もちろんその場所とはこれから1年間住む家・・・墓地がある為に近くに店がないのは不便だが静かで住むにはいい場所だ
「おお・・・外観も結構いじったんだな」
ジケットから『完成した』と連絡が来た
今日も来るのかと思ったけど『そんなに暇じゃねえ。平民バカにすんな』と言われた・・・別にバカにしたつもりはないのだけど・・・
家は二階建てから平屋へと変更されていた。これはアースがまだ2階に上がれないからという配慮だろう。その分余っている土地を使い前より大きくなっている。壁の塗装も新たにされており墓地に合わせたのか真っ黒だ・・・そこは合わせなくても良かったのだが・・・
「入る?」
「ああ・・・そうだね」
外観は満足だが肝心の中身はどうだろう?
細かいことは伝えずに『赤ん坊と大人2人が暮らして支障がない家』っていうのがリクエストだったけど果たして・・・
「・・・こら平民」
ドアを開けると何故かジケット達4人が待ち構えていた
「どうだ?公爵のお眼鏡にかなったか?」
得意気に言うジケットは家を見ろと言わんばかりに手を広げた
広々としたリビングにこれまで置いてなかった大きめのソファー、机などは置いておらず地面には柔らかい厚めの絨毯が敷かれていた
壁は外観の真っ黒な色と違い白い壁に下手くそな・・・けど心温まる絵が一面に描かれていた
天井には石が埋め込まれており部屋を明るく照らしている
「・・・一体いくらかかったんだ?」
「出世払いでいいぜ?」
「王にでもなれってか?・・・にしても凄いな・・・1ヶ月でここまで出来るもんなのか?」
「そりゃもう寝ずに・・・ってマグの親父さん達にも手伝ってもらったけどな」
「なるほど・・・この壁の絵は?」
「ふっふっふっ・・・よく気付いたわね!」
満を持して登場とハーニアが腰に手を当てニヤリと笑う
「いや普通気付くだろ」
「そう!これは私が!この私が子供が見て楽しめるように描いたの!上手いとは言わないわ・・・ええ・・・けど!この味が貴方なら分かるはずよ!ロウニール!」
「・・・さっぱりだ」
「・・・」
「いや!その・・・味があるというか・・・下手上手い?」
「センスないわねロウニールは・・・サラさんはどう?」
「いいわね。とても温かみがある絵だわ」
「でしょ?ほらみなさい・・・朴念仁には分からないのよねこの絵の良さが」
いや心の中ではサラと同じように褒めてたから!
「悪かったね朴念仁で・・・んでさっきも聞いたけどいくらかかったんだ?これだけ手間暇かけてんだ・・・かなりの額になったんじゃないか?」
「かかってねえよ」
ジケットは首を振りながら言うがどう見てもかなりの額かかってそうなんだけど・・・
「そうなのか?」
「ああ、材料はマグんとこの廃材にするやつを譲ってもらったし手伝ってくれたのも無給でいいとよ」
「そっか・・・で?いくらなんだ?」
「タダに決まってんだろ?結婚祝いも出産祝いも大したこと出来なかったからな・・・俺ら4人からの祝いとして受け取ってくれ」
「いやでも・・・」
「最初っから取る気なんかさらさらねえよ。偉くなっても普通に接してくれる・・・それだけで充分だ。それに武具も貰ったしな・・・まああの時はローグからだったけど」
「・・・ジケット・・・」
「後世に語り継がれる絵なんだからね・・・壊したら承知しないから」
「ハーニア」
「うむ」
「・・・マグ・・・」
「もし手が必要だったら何時でも声をかけて?花嫁修業には子育ても含まれているから大歓迎よ・・・あまり長い時間は無理だけどね」
「エリン」
エリンの言葉が一番嬉しい・・・じゃなくて全員の言葉にジーンときた
友達っていいもんだな
4人はひとしきり家の説明をした後『ごゆっくり』と言って帰ってしまった。どうせならここで『モッツデリバリー』を頼んで完成披露パーティーでもと思っていたけど・・・まあ仕方ない
「アースは・・・よく寝てるね」
「ええ」
「ジケット達が案内してくれた中で気になる部屋があったんだけど・・・」
「へえ」
「アースは・・・よく寝てるね」
「さっきも言ったわよ?」
思い切って誘うべきか・・・それとも気付いてもらうまで待つか・・・いやサラは気付いているはず・・・そして待っているはずだ!俺の一言を!
「サラ!今の内に2人で・・・」
「ロウニール!!」
下半身をおっ立ててサラににじり寄っていたその瞬間、玄関が勢いよく開きむさいオッサンが現れた
「・・・なんだフリップ・・・今忙しい・・・って言うか俺は今領主お休み中だ。問題があるなら屋敷にいるジースに・・・」
「バカヤロウ、領主に用があるんじゃねえ・・・お前に用があるんだよ」
「・・・なぜ?」
「なぜってお前・・・忘れたのか?」
「?」
「組合復活した際に問題が起きたらお前が解決するって約束したろ?だから女王も組合復活を許したんだ・・・んで、その問題が起きた」
「・・・」
「ふたつの組合が取っ組み合いの大喧嘩・・・死者が出る勢いだとよ・・・てかなんで俺が伝言役やんねぇといけねんだよ・・・ったく」
「・・・分かった・・・小一時間程後で行く」
「今すぐだ」
「・・・30分後に・・・」
「今だ!さっさとゲートで行って来い!」
涙目になりサラを見ると彼女は微笑んだ
「行ってらっしゃい」
泣く俺、そしてフリップの大声で起きて泣くアース
ああ・・・休みってなに?
「・・・くそっ・・・どこのバカ達だ暴れてんのは!!」
「マーベリルの街の冒険者達だ。行ったことは?」
「この大陸で行ったことない場所なんてあるもんか・・・すぐに行って全員ギッタギッタにしてやる!」
「いや普通に喧嘩を収めろよ・・・とにかく任せたぞロウニール」
フリップはそう言い残すと去って行った・・・流石に無視して行かないわけにもいかず泣く泣く準備をしようとするとアースを抱きかかえたサラが身を寄せ頬にキスをすると耳元で囁く
「続きは帰ってから、ね」
「・・・」
俺は力強く頷くとゲートを開いた
「行って来る・・・サラ・・・アース・・・それに・・・」
2人を順に見て最後に窓の外に目をやった
ジケット達が気を利かせて家の中から見える位置に窓を作ってくれたお陰ではっきりと見える・・・ローラの墓標が
再び振り返りサラとアースを見た
すると偶然か意図してかアースは手を振り俺に『行って来い』と告げる
暫くは・・・いやサラや子供達・・・それに仲間達がいる間は先の事を考えるのをやめよう
今だけを感じて今だけを思い今だけを生きる
その後の事は・・・何とかなるさ
「じゃあまた後で」
「ええ・・・また後で」
笑顔で言うと笑顔で返ってくる・・・今はそれだけで充分だ
そう思い俺はゲートの中へ飛び込んだ──────
幾つもある物語のほんの一部
それを今は満喫しよう──────




