822階 別れ
ほほう・・・そう来たか
ウロボロスの発言にあまり驚かない自分がいた
なんとなくそんな気はしていたから
「物騒な話だな・・・街中でする話でもないし」
「宿屋にでもしけこむ?」
「言い方・・・ちなみに聞いていいか?」
「質問するのはアナタの勝手、答えるのは私の勝手」
「答える気はないってか・・・そんなんで俺にお前を背負えと?」
「背負う?・・・そうね・・・アナタなら私を背負えると思うわ。資格も実力も充分・・・だから・・・」
「断ると言ったら?」
「人類を救った英雄が一転人類を滅亡させる原因を作った人間に変わるかもね」
「脅しのパターンがあといくつあるか興味あるな・・・まあ言葉は違うがやる事は一緒だろうけど」
「まあね・・・で、どうする?今なら特典でウロも付いて来るわよ?」
あの時おれが止めた方法で消してくれって事か・・・ウロボロスが全ての魔力・・・ウロを集めて2人まとめて・・・うん?
「そう言えば失敗してなかったか?あの時お前ウロを吸収しようとして弾かれてたような・・・」
「あー・・・あれはウロに異物が紛れていたからよ」
「異物?」
「サキュバス・・・心当たりあるでしょ?」
サキュバスが異物?・・・あ、もしかして・・・
「フェンリルが吸収していた?」
「そういうこと」
フェンリルとウロを引き離した時、サキュバスはてっきりフェンリルの方に付いて行ったと思ったらウロの方にいたのか・・・それで・・・
「元々この体の中にいた姉ならともかくサキュバスをこの体の中に取り込むのは無理なのよ」
「なるほど・・・でもオッサンAの中にはすんなり入ったような・・・」
「空っぽだったからね。この体には私がいるから弾かれたけど空っぽの体だと入れたみたいね・・・ちょうど私とウロがひとつの体に入ってたみたいに」
って事は俺は知らず知らずの内にサキュバスも一緒に倒してしまったって訳か・・・いやまあフェンリルの中にいたかウロの中にいたかの違いだけど・・・何だか申し訳ない気分になってきた
「どうせフェンリルに吸収された時点で元には戻れなかったし気にする事じゃないわ」
「慰めているつもりか?」
「どうかしら?それよりこれで分かったでしょ?今度は成功する・・・全ての魔力を・・・ウロを吸収すれば・・・」
「・・・断る」
「ちょ・・・私はやると言ったら本気でやるわよ?オッサンAをいっぱい・・・いえ趣向を凝らしてアナタの知り合い・・・サラなんてどうかしら?見た目サラの器にウロが・・・って冗談よ・・・殺されるのは歓迎だけどその殺気は嫌いなの」
・・・ふぅ・・・危うくウロボロスを公衆の面前でボコボコにするところだった
ウロボロスの事を知らない人がそれを見たら通報ものだよな・・・中身は超ババアなのに見た目は若いし魔族なのに人間にしか見えないしな。けど・・・
「次その冗談を言った瞬間にもっとお前が嫌がることをしてやるよ」
「・・・例えば?」
「体の中身が大好きな小さい虫をお前の腹の中にたんまり入れてやる。死なないお前は延々と食い続けられるだろう・・・肉体的には死なないけど精神的に死ぬかどうか・・・見ものだな」
「・・・人間の想像力って残酷よね・・・そんな事を思い付くなんて」
「試してみるか?」
「ちょっと興味あるわね」
「あるんかい」
俺なら絶対遠慮したい・・・自分で言ってて寒気がしたくらいだ
「・・・精神的に死んだら姉のようになれるかしら」
「無理だろうな」
「・・・」
俺が即答するとウロボロスは黙り込んでしまった
日も暮れてもまだ忙しない人々・・・その中をしばらく無言で歩いていると突然ウロボロスは立ち止まる
「交換条件はどう?」
「唐突だな・・・何と何を交換するんだ?」
「私の死と・・・サラ・セームンの永遠の命よ」
聞いた事ない交換条件だな。かなり魅力的に聞こえるが・・・
「なるほど・・・お断りだ」
「なんで!?アナタは死なない・・・けどサラはいずれ死ぬのよ?だから・・・」
「サラが死なないようにするのは俺でも出来る。俺と同じように核を飲ませ同化させればいい・・・けどやらない」
「だからなんでよ!・・・もしかして自信が無いの?ずっと仲良く出来る自信が」
「ない・・・と言いたいところだが実はある」
「・・・だったらなんで?」
ダンコ達と同化する前から俺が不老になった事は聞いていた。だからずっと考えていたんだ
どうやって生き続けるか、を
サラよりも・・・自分の子よりも長生きするなんて考えたくもなかった。だってそれは『別れ』を意味する事だから
でも考えなくてはならなかった
『別れ』を終えた後も人生は果てしなく続くのだから・・・
「・・・サラに同じ事で悩んで欲しくなかった。どちらを選んでもイバラの道だからな」
「・・・2人ならば別の道もあるかもしれないわよ?」
「だろうな。アツアツの2人が仲良しこよしで数百年数千年と生き続ける・・・そんな未来も思い描いたのは事実だ。けど俺は不老であって不死じゃない。サラも然りだ。もし仮にその3番目の道を選んだとして途中で片方が死んでしまったら?俺なら耐えられない」
不老不死なら考えなくもないかな?けどそれでも悩むところだけど
「・・・そう・・・で、アナタはどちらの道を選んだの?」
「ウロと同じ道」
「・・・そうよね・・・それが賢いわ」
道はふたつある
ひとつはほとんどの者が選ぶ道だ
「何も考えず感情を押し殺しただ時間が過ぎるのを待つだけ・・・人との関わり合いも避けさながら樹海の奥にある誰も目に触れることのない場所に佇む大木のような存在になる・・・それが俺の選んだ道だ」
その道の究極がウロだな。何も考えず浮遊しているだけ・・・シアや魔族達も同じだ。まあシアは辛い経験をして辿り着いたのと魔族達は元からそういう生き方・・・っていうかそういう生物って違いもあるが
て言うか魔族の感情の起伏のなさは自己防衛の為とか?怒ったりするけどあまり感情が動かないのは長生き故なのかもな
「もうひとつの道も考えたし本当は行きたかったんだがな・・・」
ふたつ目はウロボロスが選んだ道だ
感情の赴くままに生き続ける・・・それがどんなに難しいかは今のウロボロスを見れば分かる
感情の赴くままに・・・欲望のままに行動し続ける難しさ・・・最初はいい・・・けど次第に何を見ても何をしても何も感じなくなる・・・そりゃそうだ何事も慣れてしまえば初めは面白くても次第につまらなくなるものだからな
新鮮に感じていたものが古く感じ、刺激を感じていたものが当然になっていく・・・そうなると常に新しいものを求め、更に強い刺激を求めるようになる・・・ウロボロスのように
「本当は『普通』でいられれば良かったのだけどね」
「それは無理があるだろ・・・『普通』でいられるのは自分が『普通』である必要がある。ある程度は平気だが歳を取らないってのは『普通』じゃないからな」
ウロボロスの『普通』ってのは俺も考えた・・・けどどうしても無理がある。『普通』って言うのは言わばこれまで通りに過ごすって事だ。俺の場合だとエモーンズで家族と・・・仲間達と何気ない毎日を過ごす・・・そんな普通な生活の事
今の人達が生きている間は問題ないはず・・・けど今の人達がいなくなったら?最初は受け入れられるかもしれないがいずれ関係に歪みが生まれ普通の関係ではいられなくなるはずだ
要は不気味がられる・・・かな?
「そうね。私も何年も同じ村や街に居たことはあるけど大きい街ならともかく小さい村なんかはすぐに気味が悪いと言われたわ・・・魔女なんて囁かれたのも一度や二度じゃないしね」
「そうなるとその場所には居られなくなる・・・他人との接点は徐々になくなっていく・・・それに反して欲望はどんどんと膨らんでいく」
「その通りよ。アナタがもしこの道を選んだとして何を求めるか分からないけど私は命の輝きを見たかった・・・命が最も輝く時は死ぬ時・・・その輝きを見る為に私はあらゆる手を尽くした・・・自分の手の届かない輝きを羨ましそうにただ見ていたのよ・・・ずっと」
「んで、俺なら『自分も輝ける』そう思って頼みに来た、か」
「そう・・・でもアナタは・・・。何故なの?理由を教えてちょうだい?」
「そんなの決まっているだろ?」
「?」
「単なる俺のワガママだ」
「・・・アナタねぇ・・・」
「一応俺は今の知り合いが居なくなったら静かに暮らそうと思っている・・・けど俺と同じように長生きする奴が1人でも多くいれば良いなぁとも思っている。その方が俺の精神は保たれるかもしれないしな」
「・・・なるほど・・・確かにワガママね。そして残酷・・・私の状況を理解してなお生きろと言うの?アナタの為に?」
「これまで我慢出来たんだ。どうしても今すぐって訳でもないんだろ?もう少し俺に付き合えよ」
「人間が何世代続く『少し』かしら?」
「さあな」
これまで生きて来た年月に比べたら人間の寿命くらいの時間なんて些細なもの・・・下手したら数百年でもあっという間なのかもしれない。俺はそんな時間の感覚の中を生きていく事になるんだよな・・・考えるだけでゾッとする
そしてその中で知り合った人達は徐々に居なくなる・・・死に別れを何度も経験することになるんだ。幸い俺の周りには俺と同じ時間を生きる人達がいるから何とか耐えれそうだけどな
死に別れなんて少ないに越したことはないし関係が深ければ深いほど精神的なダメージは大きくなる。だからなるべく同じ時間で生きる人達とだけ関わるつもりだ・・・ある時が来るまでは
「・・・ハア・・・諦めてたのに希望が見えてまた諦めないといけないのね」
「悪いな」
『零』が使えないと思っていたから諦めていたけど使えると分かり希望が見えた・・・けど俺が拒否したからまた希望は潰えた。そんな感情の浮き沈みにウロボロスは疲れた表情を見せていた
「今更感情を無くすなんて出来ないしね・・・ハア・・・」
「・・・まあ、たまには悪さしてもいいんじゃないか?ウロ以外でな」
「・・・本当?」
「あまりにも酷くなければな」
「・・・なら我慢してあげる」
「そりゃどうも」
やったー我慢してもらったぞ!・・・ってなんだそれ
「じゃあ私はこれで・・・あっ、少しの間は大人しくしているから安心していいわよ」
「少しの間ってどれくらいだ?」
「それは・・・内緒」
「あのなぁ」
魔族の時間の感覚から言うと『少し』は人間にとって『かなり』の意味になる。特にウロボロスは悠久の時を過ごして来たのだから尚更だ
けど彼女は気まぐれだ・・・多分曖昧にしたのは『暇になったら動き出す』からだろう。面倒だからどこかに幽閉でもしとくか
「そんな怖い顔しないでよ・・・邪魔はしないから」
「邪魔?」
「サラが生きている限りは手を出さないってこと。人間としての生を全うさせてあげるわ・・・後で後悔して泣きついて来ても遅いからね」
「・・・後悔はするだろうな。それが正しい選択だったとしても。それが人間だ」
「・・・あっそ・・・まあいいわ・・・じゃあね・・・またいつか」
「ああ・・・またいつか」
ウロボロスは微笑むと俺の腕を掴んでいた手を離し振り返らずにそのまま立ち去った
後悔・・・か
するんだろうな・・・間違いなく
サラと共に永遠の時を歩む・・・甘美な響きだが理想と現実は違う
きっと後悔するだろうし心にポッカリと大きな穴が空くだろう・・・けど間違ってないはずだ・・・俺の選択は
ウロボロスが見えなくなるまで見届けると振り返りウロボロスとは反対の方向に歩き出した
反対に進んでもまた彼女と交わる時が来るだろう・・・目の前に広がる長い道のりは確実に彼女とどこかで繋がっているのだから
「さて・・・帰るか」
もう何年も会ってない気がするほど色々あった
早く会って話したい・・・今日あったこと、これからのこと全て
逸る気持ちを抑えながら目の前にゲートを開き俺は我が家へと足を伸ばした──────




