816階 掌
俺がウロボロスの前に出ても無表情のままのアネボロス・・・いったい何を考えているのやら分からないのが不気味だな。負けるつもりはないが勝てる気がしないってのが正直な話だ・・・底知れない強さを感じる・・・いや強さってより『闇』か
《・・・愚かな・・・》
「『愚かな』・・・しか言えないのか?しかも仏頂面で・・・どうせなら『愚かなぁ』とか『愚かなー』とかパターンを変えて・・・っ!」
顔真似が気に食わなかったのかアネボロスは魔力で攻撃してきやがった
指先から一筋の魔力が俺の頬を掠める
・・・見えなかった・・・こりゃ本当にヤバいかもな・・・
《腹は膨れています。もう必要ありません》
あん何だって?腹は膨れている?
《アナタから出る魔力はもう要らないって事よ》
「ウロボロス?・・・俺から出る魔力って・・・」
負の感情が魔力を生み出す・・・負の感情・・・この場合は・・・恐怖か
「さすが魔力の塊・・・顔だけで俺を怖がらせるとはな」
《ちょっと!その顔私でもあるんですけど!?》
「・・・」
《な、なによ!言いたいことがあるなら言いなさいよ!》
ウロボロスのお陰で少し恐怖が薄れたか・・・戦う前に負けてたら世話はない・・・呑まれるな・・・たかが魔力だ
〘されど魔力だ。見誤るな・・・ソレはヤツではない〙
あん?
〘インキュバスよ。直接言え・・・宿主は自分の手より頭が良くないようだからな〙
おい
〘・・・ここはどこだ?〙
いきなり記憶喪失!・・・って違うか・・・ここは・・・そうか!
「そういやそうだったな」
《?何がですか?》
見た目ウロボロスの姿を見たからてっきりコイツがアネボロスかと思ったがそうじゃない・・・倒すべきはコイツじゃなく・・・
「アネボロス」
《その呼び方は不快です》
「・・・なんて呼べばいい?」
《なんとでも》
「・・・」
俺はコイツが不快です
「あー、ウロでいいか?後ろのがボロスで」
《異議あり!私の方がウロで!》
「却下!」
《なんでよ!》
「だって姉なんだろう?先に生まれたんだ・・・名前も先の方が姉のもんだ・・・だろ?ウロ」
《姉も妹もありません。同時に生まれたのですから・・・ただあの子が勝手に姉と言っているだけです》
「へぇ・・・でも姉っぽいよなウロは・・・バカっぽいところが」
《・・・それでなんですか?素直にエサとなる気になりましたか?》
「なるか!・・・ものは相談なんだけど・・・まとまってくれない?」
《?》
「いやほら・・・倒すにしてもデカ過ぎてさ・・・いいんだよ?俺が怖いならこのままで・・・でも倒すのに時間がかかりそうだからこう・・・ギュッとひとつになってくれると倒しやすいんだけど・・・」
ここはアネボロス・・・もといウロの腹の中・・・目の前にいるのはほんの一部のウロだ。倒してもイボがポロンと取れたくらいのダメージにしかならないかもしれない
《なるほど・・・挑発し思い通りに動かそうという魂胆ですか》
「バレバレ?」
《・・・良いでしょう。人間ごときに必要ないと思っていましたが・・・見せてあげましょう》
「こっ・・・マジか・・・」
辺りは真っ暗なまま・・・だけどその暗闇を吸収したかのようにウロの闇は深まる
深淵・・・脳裏に何故かその言葉が浮かんだ
「・・・ははっ・・・少し色黒になったか?でもまだ腹の中みたいだけど?」
《魔力の中から全てこちらに移しました》
「・・・何を?」
《ボロスをよ》
代わりに答えたのは後ろにいるウロボロスのボロス・・・けどコイツまだ名前に拘ってるのか・・・混乱するからやめろ
「・・・ウロをか?」
ボロスが言う『ボロスをよ』は『ウロを』って事のはず・・・つまり魔力の中のウロ成分を全て目の前の体に移したってことか
《・・・ええ、そうよ・・・どうしてもここから出したくないみたい・・・出したら困る事がある・・・のよね?》
《・・・》
俺達を出して困る事?なんだ?
困る事・・・外に出れば仲間がいる・・・もしかして仲間との共闘を恐れている?・・・いやそれはないな・・・逆に俺が仲間が手を出そうとしたら止めるレベルだ。となると・・・まさか・・・
「まさか俺がレオンに手をかけると?」
《人間ならやりかねませんので》
選択肢に全くなかったから気付くのが遅くなったが・・・確かに唯一魂が馴染むレオンを亡きものにすれば困るのはウロだ・・・でも
「人間舐めんなよ・・・魔力」
《これまで見て来た結果ですよ・・・人間》
んな事するか!・・・絶対に・・・おそらく・・・多分・・・
《悩んでるわね》
「悩んでなんか!・・・ただ『今は』ってのがつく・・・言っただろ?誰かを守る為の犠牲なら話は別だって・・・もしサラが、子が、他の誰かが人質に取られて『レオンを殺せ』と言われたら・・・俺はどうするんだろうな?」
《知らないわよ・・・だからさっさと私に任せておけば良かったのに・・・》
「・・・そうかもな」
と言ってはみたがおそらく失敗に終わっただろうな。ヤツは何かを隠している・・・無表情だから表情が読めないけど確実に
それはともかくどうしたもんか・・・一発で倒す為に煽ってみたが予想以上に強くなりやがったぞ?エモーンズから徒歩で王都に行けと言われてたら今度は泳いでサタン大陸まで行けって言われたレベル・・・ゲートを使えば一瞬だけど・・・
《死になさい》
「ってことでゲート!」
躱すのは無理なのでゲートを開き何とか魔力を別の場所へと送り込んだ・・・いやマジで見えないのですが・・・
《『ってことで』ってどういう意味?》
「冷静に聞くな!お前も手を貸せ!ウロボロス!・・・じゃなくてボロス!」
《言い直さなくていいわよ!てか忘れてない?》
「何を!?」
《私観る専門なのよね》
「・・・ボロスコロス!」
《あら語呂がいいこと》
んにゃろ・・・こんな時に何が観る専門だ・・・
〘今更であろう?〙
だけどさ
〘回復くらいはしてくれるだろう・・・消滅さえしなければな〙
アバドン・・・怖いこと言うな
ウロボロスが回復してくれようとしても多分ウロに邪魔されるだろう・・・食らえば終わり・・・うんいつも通りだな
「んっ!おっと!」
また魔力を放って来たけど何とか今度は躱せた
見て躱したのではなく視線と指先を見て予測して躱しただけ・・・フェンリルと同じく攻撃は単調で単純だ・・・同じように躱せなくはないけどかと言ってずっと躱せるもんでもない
一か八かの勝負に出るか・・・
〘・・・ここはどこだ?〙
また記憶喪失・・・さっき思い出してまだ忘れてねえよ!ウロの腹の中だろ?
〘違う。ここはどこだ?〙
・・・アバドン解説
〘・・・インキュバスめ・・・フゥ・・・今いる位置ではなく場所を指しているのだろう〙
場所?だから場所は腹の中・・・いや・・・そうか・・・
「すっかり忘れてた・・・ここはお前の腹の中・・・けどこの場所は・・・」
《?》
「俺のダンジョンだ」
忘れていたけどこの場所は俺のダンジョン・・・腹の中と思っていたけど魔力に覆われているだけで結界でも何でもないなら・・・
《・・・小癪な・・・》
思った通りダンジョンと同じく壁を作り視界を遮ったり魔物を創る事も出来そうだ・・・これなら何とか戦える!
ウロを取り囲むように壁を出し俺はその壁の外側を移動する。腹の中だから地の利は向こうにあるように思えた・・・が、さっきまではどうか知らないけど今はウロと周囲の魔力は完全に別物らしく奴は実体化した目で俺を追うしかないみたいだ
逆に俺は目を閉じれば見たい所を見れる・・・街全体をダンジョン化してくれたフェンリルに感謝しないとな
《隠れるか・・・ならば全てを破壊すれば良いだけ》
ヤバイ!体全体から魔力を放出させてここら一帯を吹き飛ばす気だ
一点集中よりは威力は下がるだろうけどどれだけ威力があるか分からない・・・一旦ゲートで遠くに逃げるか?・・・でもそうなると俺は無事でも外にいるみんなは・・・うん?みんな?
「いいのか?外にはレオンがいるぞ?」
《・・・》
肉体を奪おうとしているレオンを傷付けるのは避けたいはず・・・これまで魔力として漂っているだけだったウロは戦いを見て来てはいるが実際に経験するのは初めてなのだろう・・・戦い方がまるで素人だ。そんな素人が力の加減なんて出来るはずもなくウロは放出しようとしていた魔力を抑え始めた
何とか吹き飛ばされずに済んだがこれで優位に立てた訳じゃない・・・時間が経てば経つほど厄介な相手になりそうだしレオン効果もいつまで続くか分からない・・・面倒くさいなってレオンごと俺達を消し去る可能性だって充分ある
一撃・・・たった一撃でいいから奴に叩き込めれば・・・だがその一撃が遙か遠くにあるように思えた
〘使えるものは使え〙
アバドン解説!
〘・・・貴様のダンジョンは壁だけか?〙
・・・なるほど・・・んな訳ないよな
「んじゃまあ・・・始めるとするか・・・アケーナダンジョンにようこそ」
ただウロを取り囲んでいただけの壁はひとつの部屋を作り出す。四方を囲み扉を作り天井も忘れずに・・・これでウロはダンジョンに訪れたソロ冒険者になった訳だ
《・・・何がしたいのですか?》
「せっかく実体化したんだ・・・人間のようにダンジョンを楽しんでみないか?もしかしたら人間を好きになるかもしれないぞ?」
《なりません》
そう言って壁に向かい魔力を放ち壁に穴が空く・・・と、その穴から水が勢い良く飛び出して来てウロを水浸しにした
名付けて『ウォータースプラッシュ』・・・殺傷能力は皆無の嫌がらせ的な罠だ
《・・・》
「怒った?けどこれはほんの序の口・・・って!?」
ウロが手を横に振ると四方を囲んだ壁が一斉に破壊されてしまった・・・んにゃろ・・・力の加減を覚えて来やがったな・・・
《付き合い切れません。さっさと消え去りなさい》
「そんな事言わずにもう少し付き合えよ」
壁の先はまだ作り途中・・・仕方なく次なる刺客を急遽準備した
俺の隣にはダンジョンでの師匠とも言える存在『ドラゴンニュート』
敵うとは思わないが少しくらい時間を・・・
《これでお終いですか?》
あっさりとドラゴンニュートは頭を撃ち抜かれ消えていなくなってしまった。そして次に狙われるのは・・・
《では》
「チッ・・・ガッ!」
短く別れの挨拶を呟いた後、ウロの指先から放たれた魔力は俺の額のど真ん中を撃ち抜いた
《ロウニール!!》
ウロボロスの悲痛な叫びが木霊する
死んじまったな
ドラゴンニュートも
シャドウも
「すまない!後で必ずもう一度創ってやる!!」
ドラゴンニュートの隣に居た俺はシャドウ・・・俺に変身してウロを引き付けてくれた
2人が作ってくれたこの好機・・・無駄にはしない!
「終わりだ!ウロ!!」
《そうでしょうか?》
完全に裏をかいたはずだった
背後に回り気配を消し最後の最後まで油断したつもりはない
だがウロはまるで俺の居場所を知ってたかのように振り向くと腕を刃に変え・・・
「くそっ・・・たれ」
腹に大きな穴を開けやがった
《興味はありませんでしたが見ていたので人間のやりそうな事は大体分かります》
刃と化した腕を引き抜きながら無表情で俺を見下ろすウロ・・・あれ?身長は俺の方が高いはずなのになんで見下ろされてんだ?
ああ・・・そうか・・・
俺が膝をついているからか・・・
《では》
再び無機質な別れの言葉が耳に届く
最期の言葉にしちゃ味気ないな
《アネボロス!!》
《・・・》
ウロが刃と化した腕を振り上げた時、ウロボロスが叫ぶ
そしてウロに向かって手をかざすと視線を俺に向けた
《後はお願い》
ウロボロスは・・・魔力を吸い取るつもりだ・・・
『後はお願い』・・・それは吸い取った後のウロボロスを斬れって事だ・・・ダメだ・・・ダメだがくそっ・・・力が・・・抜けていく・・・・・・・・・いや!まだだ!!
「ぬあああぁぁぁ!!!」
ウロはウロボロスを見つめている・・・俺を倒していると油断しているんだ!
今ここでやらなきゃ・・・本気で終わる!
《まだ生きて・・・っ!》
「生きてて悪いかったなウロ!・・・これで本当に終わりだ!!『零』!!」
これで全てが終わってもいいと最後の力を振り絞り放った『零』
油断していたウロは躱すことなく『零』を食らい初めて表情を変えた・・・苦悶の表情・・・ではなく満面の笑み
「おまっ・・・」
《『創造』と『破壊』・・・まともに当たれば危険でした・・・まともに当たれば》
斬った場所は確かに無くなっている・・・だが無くなった部分は徐々に色を帯び始め最後には完全に復元した
「霧化・・・」
《に、近いかも知れませんね。人間は繋がりを重視しますが・・・繋がりなど枷にしかなりません》
・・・実体化はしたけど一体化はしてない・・・無数の個が集まりひとつになったのではなく無数の個のままそこにあるだけ・・・
俺はその無数の個の中の一部を斬っただけに過ぎない・・・してやられた・・・ウロは初めから・・・
《だから言ったでしょ!初めからこうしておけば良かったのよ!》
ウロボロス・・・ダメだ・・・
《・・・全ての魔力を集める気ですか?》
《聞いてたんでしょ?そうよ・・・全ての魔力を集め私の中で抑え込みロウニールに・・・》
《残念ですがたとえアナタでも異物があっては無理ですよ?》
《え?・・・なに!?》
手を伸ばし魔力を吸いこもうとするウロボロスの手が突然弾かれる
異物?・・・ウロに何かが混ざっている?・・・ともかくヤツは・・・
《なんで・・・なんでよ!》
俺とウロボロスの会話を邪魔しなかったのも・・・
《全てお見通し・・・ということです》
全部対応出来ると確信していたから
俺達は・・・ただヤツの掌の上で遊ばれていただけなんだ──────




