812階 『1-1』
《バカな・・・何故・・・》
フェンリルは目を見開きその姿を見つめた
自らが放った魔力を受け止めるインキュバスとアバドンの姿を
《何故だ何故だ何故だ!!アナタ方はその人間に倒されたはず・・・ワシの味方をするならともかく何故人間の味方をするのですか!!》
フェンリルの叫びを聞き二人は同時にフェンリルを見つめると微笑み姿を消した・・・フェンリルの放った魔力と共に
《ふ・・・ふざけるなー!!》
怒りをぶつける相手を失い空に叫んだ
「うるさいな。バカでかい声出すんじゃねえよ」
消えた魔力の奥から小指で耳を塞ぎ顔を顰めながらロウニールが姿を現すとフェンリルはギロリと睨みつける
《何をした・・・何をした人間!!》
「知らねえよ。勝手に出て来て勝手に魔力を消滅させて勝手に消えて行った・・・ただそれだけだ」
《・・・何故だ・・・何故貴様の味方をする・・・答えろ人間!!》
「話聞いてたか?知らねえよ・・・まあなんだ・・・多分お前より俺の方がマシだった・・・そんな感じだろ?」
《ワシより貴様の方がマシだった?どこがだ!ワシのどこが貴様に劣っていると言うのだ!!》
「うーん・・・全部?」
《っ!》
あっけらかんと答えるロウニールに怒りに任せ地面を蹴るフェンリル
2人が激突すると大地が揺れ空間が歪む
「怖いなぁ・・・そう怒るなよ」
《何なのだ・・・貴様は・・・何なのだ!!》
叫びながらの猛攻・・・だがロウニールは先程とは違い余裕を持ってその攻撃を捌く
「俺か?俺は・・・お前だ」
《訳の分からない事を!》
「もし俺に心優しい両親や捻くれた妹・・・」
「おい」
「・・・心許せる友に愛し合う人が居なければ・・・俺はお前になっていたかもしれない。いやきっとなっていただろう」
《・・・》
「お前は俺だよフェンリル・・・んで俺はお前だ」
《・・・境遇が変わっていればワシも・・・》
「違う違う・・・ここは俺を褒めるところだ。同じ境遇にあっても腐らずに過ごし良い出会いを得た俺を」
《・・・》
「方や腐らずコツコツ頑張ってダンジョンを作り色んな出会いを経て子まで授かり、方や腐ってウジウジしてダンジョンの中で魔人作りに励み何やるかと思いきや全部誰かの二番煎じ・・・お前を見ているとつくづく思うよ。頑張って来て良かったなって」
《・・・》
「確かにお前は強い・・・戦って来た中で一番強い・・・けどどうも小物感満載に感じたのは俺に似てるからだろうな・・・まあ・・・その・・・ドンマイ」
《・・・》
戦いながらの会話だったがいつしかフェンリルの動きは止まり俯く
そして肩を震わせると魔力がうねりを上げた
「・・・もしかして怒った?」
ロウニールは振り返りシーリスに尋ねると彼女は肩を竦め首を振る
「もしかしなくてもよ・・・バカ兄貴」
怒りに呼応するかのように魔力は上昇しやがて天を貫く
「・・・怒らせて何を企んでるの?」
「うん?・・・悔いのない負け」
「はぁ?」
「もちろん負けるのは・・・フェンリルだ」
天を貫いていた魔力がフェンリルの両手に集まる
するとロウニールを睨みつけ両手を前に突き出した
《死ねぇ!!》
「死ぬかよ・・・右手に『創造』左手に『破壊』・・・」
「ちょっと!来るわよ!!」
フェンリルの突き出した両手から真っ直ぐ伸びる魔力に対しロウニールは同じように両手を突き出した
「えっと・・・浮かばん・・・『無し』!!」
ロウニールの突き出した両手とフェンリルの放った魔力が激突する
ロウニールの背後にいたシーリスは衝撃に備えて目を閉じ顔を背ける・・・が衝撃や音すらしない事に疑問に思い目を開けて兄の背中を見た
「・・・えっと・・・何したの?フェンリルの攻撃はどこ?」
「無くした」
「はあ?どうやって??」
「よく分からん・・・やったら出来た」
「・・・」
「そんな事よりも技名を考えないと・・・うーん・・・『創造』と『破壊』が合わさると発生する力・・・新しいものを創り出す力と古いものを壊す力・・・むむ・・・うーむ・・・・・・・・・閃いた!」
「期待しないで聞くけど・・・なんて名前?」
「聞いて驚け!今の技名は──────」
ロウニール達より少し離れた場所
そこで戦況を見つめていたスウ達は驚きを隠すことなく騒ぎ立てていた
「ど、どういう事だ!?フェンリルの奴が放った魔力が消えおったぞ!?」
「ゲート・・・ではないみたいですね・・・一体どういう・・・」
スウの疑問にディーンは答えるが実際目にしても不可思議な現象に首を捻る
「ディーン君の言う通りゲートではないね。あれは他の場所に繋いで通すだけ・・・今みたいに一瞬で消えたりしない」
「レオン殿・・・なればあれはなんだと思いますか?」
「さあ?けど・・・ロウニール君のやる事だから」
「・・・それで納得してしまいそうだ。ふむ・・・ディーンでもレオンでも分からぬとなると・・・」
スウは顎に手を当て考えながら視線をある人物に向けた
「お主ならどうだ?ベルフェゴールよ」
一番重症だったベルフェゴールが起き上がれるまで傷が回復したのを見て尋ねる
するとベルフェゴールは視線を一瞬ロウニールに向けると口の端を上げ笑みを浮かべた
《見てませんでしたが今のロウニール様を見れば大体察しがつきます》
「ほう・・・教えてくれ・・・ロウニールは一体何をしたのだ?」
尋ねられベルフェゴールは再びロウニールを目を細め見つめる
《右手にインキュバス様が・・・左手にはアバドンがいます。おそらく御二方の力を使ったのでしょう》
「なに?・・・インキュバスとアバドンが・・・いる?」
《理解し難いのは無理もありません。ワタクシも理解出来ておりませんので・・・目に見えた事実をお伝えしただけです》
「う、うむ・・・それでインキュバスとアバドンがいるとどうなるのだ?いきなりフェンリルの魔力が消えたのだが・・・」
《・・・そうですね・・・簡単に説明しますと・・・》
そう言うとベルフェゴールは地面に転がる石を二つ拾い上げる
《先ずは違いから説明します》
「違い?」
《ロウニール様がアバドンを仕留めた・・・おそらくインキュバス様をも倒した技と今回の違いです。ロウニール様はマナと魔力を衝突させその衝撃で生まれる力でアバドンを倒しました。原理的にはこうです》
ベルフェゴールは突然石と石をぶつける。すると二つの石は砕け散り粉々となった
《相反する力を衝突させその衝撃波でアバドンを仕留めたのです。そして今回は・・・》
するとベルフェゴールはもう一つ石を拾いスウ達に見せた
《これが・・・こうです》
そう言いながら手のひらに置いた石をもう一方の手で取る。もちろん石を乗せていた手のひらには何も無くなる・・・が
「???『こう』と言われてものう・・・」
《相反する力が衝突すれば先程のように反発しその反発が力を生み出します。ですがインキュバス様とアバドン・・・『創造』と『破壊』のように相反する訳でもはなく異なる力の場合は別の結果を生み出します。複合魔法などが良い例ですね》
「う、うむ・・・」
《・・・なるほど・・・なかなか説明のしがいがあるようですね》
「仕方なかろう!・・・誰か理解した者はいるか?ディーン!」
「はっ!少々別の事を考えておりまして・・・」
「嘘をつけ!・・・むぅ・・・この中で理解しておりそうなのは・・・」
順繰りに皆を見回すが誰一人としてスウと目を合わせる者はいなかった
こんな時にシーリスがいればと諦めているとレオンがベルフェゴールの前に進み出て手に持っていた石を受け取る
「なるほどね・・・そういう事か」
「レオン!お主理解したのか?」
「・・・数字に変えると分かりやすいかもね。『創造』で石を生み出し『破壊』で石を壊す・・・順番にやればただ創った石を破壊しただけとなる・・・けどそれを同時に行えば?・・・『創造』が石一つだと数字の『1』・・・で、『破壊』はその石を壊すのだから『-1』・・・つまり『創造』と『破壊』を同時に行うと『1-1』となり答えは──────」
「──────『零』だ」
「ぜろ?・・・意味は分からないけど期待してなかった分マシに聞こえるわね・・・で?その『零』はどんな技よ?」
「・・・さあ?」
「ちょっと!分からないのに煽って攻撃させたの?バカじゃないの?」
「いや何となくは分かるんだけど口で説明するのがちょっと・・・」
「呆れた・・・で?なんで怒らせたの?まさかその技を試したいからじゃないでしょうね」
「ち、違うぞ!・・・それもあるけど・・・怒らせたのには理由があるんだ・・・ちょっと飼いたくなって・・・」
「・・・は?飼いたくなった?・・・何を?」
「ペット」
「ぶっ飛ばすわよ?まさかフェンリルを飼うなんて言わないでしょうね」
「惜しい・・・って魔法を唱えようとするな!」
「・・・正気?街を無茶苦茶にして冒険者を・・・ジットさんを魔人にした奴なのよ?それをペットなんて・・・」
「・・・ダンジョンは常に平等・・・死ぬ覚悟がなけりゃ入らなきゃいい。けど入れば得るものはある・・・財は手に入るし名声も・・・」
「けど!フェンリルなんて魔族がいると知っていれば・・・」
「入らなかった?ならシーリスは冒険者がダンジョンに何が出るか全部知ってて入ると思うか?」
「・・・思わないけど・・・」
「フェンリルが出るちょっと特殊なダンジョンだっただけ・・・他のダンジョンでも魔族は出るし死んだ冒険者は運が悪かっただけだ」
「・・・それでもアタシはフェンリルを許せない・・・ジットさんとは宮廷魔術師候補になって王都に向かう途中までの間だけだったけどアタシに良くしてくれたし・・・」
「別に許すつもりはないぞ?俺にとってもスラミとシャドウセンジュの仇だ・・・ジットともパーティーを組んだ仲だしな」
「だったら!」
「ペットにするのは転生した後だ・・・今のフェンリルは倒すさ」
「・・・ペットって言われて頭から抜けてたけど怒らせる理由は何?」
「それは・・・内緒」
「もぐわよ」
「どこを!?」
「・・・まあいいわ・・・勝てるのよね?」
「もちろん」
ロウニールはシーリスの問いに片手を上げて答えると未だ魔力が突然消えた事に呆然とするフェンリルに向かい歩き出す
決着をつける為に──────




