806階 喜劇
取ってつけたような小さい体とそれに不釣合いな大きさの頭が得意気に名を名乗る
格下相手に狼狽する自らに気付いたフェンリルは牙を剥き魔力を全身から迸らせた
《そんなものはとうに知っている!まさか貴様だから・・・ロウニール・ローグ・ハーベスだから出来る芸当とでも言うのか!!》
「いや?そうでもない」
《・・・》
「まだ分からないのか?」
《何がだ》
「ふむ・・・」
ロウニールはギリギリ届く顎を触りながらグルグルとフェンリルの周りを回り始める
鋭い視線で歩くロウニールを追うフェンリル。しかしロウニールはその視線を気にすることなく歩き続ける
「どうやら想像力が足りてないようだな・・・魔族と魔族の組み合わせだからかそれとも単にお前の頭が悪いのか・・・それともその両方か・・・」
《・・・》
「ああっ!おまえなんて事を・・・」
フェンリルは苛立ちをぶつけるように魔力を無言で立ち尽くすロウニールの体に向けて放った。すると胸に大きな穴を空け倒れる体・・・それを見てロウニールは立ち止まり頭を抱える
《胴体が本体かと思いきや違うのか・・・それとも両方同時に処理すれば消えるのか?もう貴様の茶番に付き合うのは飽きた・・・全て消し去ってくれる!!》
「や、やめろ!そんな事をすれば・・・」
《もう遅い!貴様も貴様の仲間も・・・魔物ごと街ごと消し去ってやる!!》
フェンリルの体内にある魔力が暴れ狂う
そして迸る魔力はフェンリルが手を振るだけでレオン達を、街を、魔物までも巻き込んで吹き飛ばしていく
「バカヤロー!やめろー!!」
《クッカッカッ!!死ね!死ねぇ!!》
「や・・・うわぁぁぁ!!」
フェンリル以外の生きとし生けるもの全て・・・そして建物までもが消え去り静寂が訪れる
《・・・もしかしてウロボロスまで死んだか?・・・まあいい、どうせ生きていたとしても毒にも薬にもならん・・・今のワシには、な》
独り呟くフェンリルは口の端を上げニヤリと笑う
そして全てが無になったこの地を離れようと歩き出した瞬間、ある異変に気付いた
《・・・まさか、な》
何かが動いた気がしたが見間違えだと首を振り再び歩き出す・・・が、数歩歩いた後で立ち止まり振り返ると先程異変を感じた場所へと進路を変えた
《流石は『再生』の能力を持つだけある・・・貴様なのだろう?ウロボロス!》
フェンリルが腕を振ると風圧で土煙が巻き起こる。すると土煙の中からとある人物が現れた
その人物はフェンリルの言うウロボロスではなく全く予想だにしなかった人物でありそれを見たフェンリルは思わず後退る
《・・・何故だ・・・何故貴様がここに居る!?ヴァンパイア!!》
姿を現したのはヴァンパイアだった
《何故と言われても・・・それよりもその口の利き方はなんだ?ペットの分際で》
《・・・》
《今度は無視か?暫く会わぬ内に偉くなったものだ・・・昔は従順だったのに・・・なあ?犬よ》
遥か昔、フェンリルはヴァンパイアの配下であった。『魔眼』を持ち人間を支配するヴァンパイアと『幻想』の能力で人間を無効化するフェンリルは相性が良かった為に半ば強引に配下にされていた
フェンリルの脳裏にその時の記憶が蘇る
辛くそして屈辱的な日々の記憶
来る日も来る日もそれこそ犬のような扱いを受け続けた日々
《くっ・・・消えろ・・・ワシは犬ではない!消えろ!消えてしまえ!!》
蘇った恐怖に抗うように無我夢中で魔力を放つ
目の前に現れたヴァンパイアは呆気なくフェンリルの放つ魔力により掻き消された・・・だが
《何故だ!何故・・・》
消えたヴァンパイアが再び現れる
しかも一人また一人と増えフェンリルはヴァンパイアに囲まれてしまう
《何なのだ・・・何の冗談だ・・・こんなの悪夢・・・夢?・・・いや・・・まさか・・・》
「ようやく気付いたようだな『幻影』のフェンリル」
《この声は・・・ロウニール!?》
「楽しめたか?」
《貴様・・・まさか・・・》
「経験したからこそ分かる・・・どうやって抜け出すのかは。『気付き』・・・そこがそうであると気付く事で抜け出せる・・・そうだろ?『幻影』のフェンリル」
《・・・貴様が・・・貴様がやったのか!一体どうやって・・・》
「やったら出来た」
《くっ・・・いつからだ・・・いつから・・・》
「ちょうどレオン達がここに着いた辺りからかな?それまでは現実でその後は・・・『幻』だフェンリル」
その言葉を聞いた瞬間に場面が変わるように景色が一変する
そしてロウニールが言ったように戻って来た・・・ロウニールが仕掛けた『幻』が始まる前に
魔物は消え去り建物は元通りに・・・そしてロウニールの仲間達は無傷の状態でことの成り行きを見届けていた
《・・・おのれ・・・このワシに・・・『幻影』のフェンリルであるこのワシに・・・》
「先に仕掛けたのはお前だろ?」
《黙れ!・・・許さぬ・・・許さぬぞロウニール!今までの事が幻と言うならば・・・ワシが現実に変えてやろう!出でよ魔物達よ!》
幻の中で起きた事を現実に・・・フェンリルは魔物を創造しここにいる人間達を襲わせようと試みる・・・が
《・・・出でよ!・・・》
魔物をイメージし創造するが一向に出て来ない魔物・・・再び叫ぶが何も起こらずただ時が流れる
「どうした?調子悪いのか?」
《・・・貴様・・・何をした・・・》
「さあ・・・何だろうな」
魔物が出ない理由はロウニールにあると考えたフェンリルはロウニール対する考えを改める
ウロボロスにロウニールの話を聞き警戒していたが実際に会ってその警戒は緩めていた
所詮元は人間
そう思うようになっていたが考えを改め警戒を強める
《・・・流石インキュバスとアバドンに勝った者だ・・・認めよう・・・貴様はワシにとって最大の障壁となりうると》
「そりゃどうも」
《貴様の相手は万全を期してからだ・・・それまで地下奥深くに閉じ込めてやる!》
地面に手を当て叫ぶフェンリル
ダンジョン化している街を自由に操れるフェンリルはロウニールの足元を消し去り地下に閉じ込めようと試みる・・・が
《・・・何故だ・・・何故何も起こらない・・・》
「さっきから『何故』が多いな。その足りない頭でもう少し考えたらどうだ?」
《何を・・・いやまさか・・・貴様・・・上書きしたのか!》
「なんだ・・・空っぽかと思ったら少しは入ってるみたいだな」
《よくも・・・ワシのダンジョンを!!》
「勘違いするな。元々街は人間のものだしダンジョンだってサキュバスの・・・ひいてはインキュバスのものだった。インキュバスを倒したのは俺だからインキュバスのものは俺のものって事でダンジョンも俺のもの・・・つまり先に奪ったのはお前の方・・・俺はただ取り返しただけってわけだ」
《黙れ!・・・人間ごときが・・・っ!》
フェンリルは怒りに我を忘れ牙を剥き出しにする・・・が、ロウニールの余裕に溢れた表情を見て動きを止めた
侮ってはいないとはいえ格下である人間に見下された事により血が上っていた頭は急速に冷え冷静さを取り戻す
「・・・どうした?」
《・・・クッカッカッ・・・ワシの『幻影』を使いダンジョンまでも奪うか・・・サキュバスとの同化が貴様にそこまでの力を与えた・・・警戒して正解だった》
「警戒していた割にはお粗末だな」
《いやそうでも無い・・・幻を見せるなら見せるがいい・・・ダンジョンを使ってワシを閉じ込めるなら閉じ込めればいい・・・結局最後はワシが勝つのだからな》
「へぇ・・・どうやって?」
《・・・力で、だ》
「へぇ・・・へ?」
フェンリルの足元の地面が弾けるとロウニールはフェンリルの姿を見失う。見るのではなく気配を察知しようと試みるが時既に遅く首筋に生温かい空気を浴びせられようやく背後を取られた事に気付いた
「・・・速くない?」
《そうか?》
「くっ!」
背後から迫り来る爪に対して咄嗟に身を捩り腕で受けるがその腕はごっそりと削られ鮮血が舞う
《クッカッカッ!どうした?幻を見せてみろ!ダンジョンを使ってみろ!出来るものなら・・・やってみろ!》
「んにゃろ・・・チッ!」
ロウニールが体勢を立て直す前にフェンリルは間合いを詰めまた爪を繰り出す。ロウニールはゲートを開き、剣を取り出すと爪を受け止めた
「そういや返しそびれてたな・・・『魔王殺し』」
ジークの持っていた聖剣『魔王殺し』
マナを帯びると強化されるその剣はロウニールのマナに反応しその力を発揮する
《ほう?面白い武器だ》
自らの爪を受けきった剣を見て感心するもフェンリルは動揺することなく攻撃を続けて来た
「おい!こら!・・・魔王すら殺せる剣だぞ!」
《その魔王すら超えているワシには効かぬわ!》
「なら・・・こっちはどうだ!」
再びゲートを開き取り出したるは『カミキリマル』
「神すら切る刀・・・『神切丸』ならどうよ!」
左手に『魔王殺し』右手に『神切丸』を持ち左手にマナを右手に魔力を器用に流す
《クッカッカッ!持っているだけで辛そうだぞ?ロウニール!》
爪にて削られた腕から血が滴り剣と刀を伝って地面に流れ落ちる。その血の量が次第に増えていくのを見てロウニールは覚悟を決めた
「光栄に思えよ?アバドンすら仕留めた技で・・・って!」
《そんなもの待つと思うか?》
フェンリルの前蹴りがロウニールの腹に突き刺さり身体がくの字に曲がる。更に目の前に晒された背中に容赦なく爪を打ち込んだ
「がっ!」
《さあこれは幻か?あまりに弱過ぎるから疑いたくなるな・・・もし幻だったら褒めてやろう・・・だが悲しいかなこれは幻ではない・・・現実だ》
そう言うとフェンリルは腕を振るいロウニールを投げ飛ばした
《何故幻ではないと言い切るか分かるか?それは今のワシには『隙』がないからだ。貴様が何故ワシの能力を使えるかは分からぬが本来なら魔族に幻は効かぬのに効いた理由はただ一つ・・・サキュバスと同化し『隙』が出来たからだ。だがその『隙』ももうない・・・『幻影』などという小手先の能力も必要としない・・・全てを統べるもの『魔帝』フェンリルとでも名乗ろう》
投げ飛ばされた後、立ち上がろうとしたロウニールだったがフェンリルの演説めいた話を聞き力が抜けたのか立ち上がるのをやめて地面に腰を落ち着けた
「・・・いきなり強者感出すなよ・・・笑わせて殺す気か?」
《・・・まだ余裕ぶるか?それとも本気で分からぬのか?それとも本気で分からぬのか?ワシと貴様の絶望的なまでの力の差が》
「絶望的・・・ね・・・感じるよ・・・どっちが上かは別としてね」
《貴様が上になる要素など一つもない。人間より遥か高みにいる魔族が魔族を喰らい同化したのだ。今のワシはインキュバスどころかアバドンさえ超える存在・・・それとも何か?サキュバスを喰らう前の貴様は魔族より強かったとでも言うのか?》
「・・・いや・・・彼女を喰らわなければこの場に立つことさえ許されない平凡な人生を送ってたはずだ。何者にもなってないただの人生・・・それはそれで楽しかったかもしれないけど・・・まあ大した人生じゃなかったはずだ」
《クッカッカッ・・・ならば分かるだろう?同じ魔族を喰らったならば元の強さがものを言う・・・戦わずして分かっていたはずだ・・・ワシの方が上である、と》
「・・・」
《ワシを幻で惑わせ、ワシの領域を侵した事は賞賛に値する・・・そこは素直に認めよう。だがそこまでだ。ワシは貴様に確実に勝てるまで表に出る気はなかった・・・そのワシが表に出たということは・・・》
「・・・確実に勝てると確信している」
《そういうことだ。これから貴様はワシに殺される。間違いなく、絶対に。希望など欠片もない・・・絶望の中で息絶えるといい》
「・・・絶望・・・ねえ・・・」
ロウニールはようやく立ち上がると握ていた剣を2本とも地面に突き刺し真っ直ぐにフェンリルを見据える
《どうした?諦めたか?》
「いや・・・ただ勝つだけじゃつまらないと思ってね」
《なに?》
「『絶望』を知らないお前が気軽にその言葉を使うなよ・・・本当の絶望ってやつを教えてやる・・・絶望を知れ──────》




