805階 悲劇
やはり侮れないな・・・人間は
ワシの第一作目であり失敗作の中でも最も強い魔人が破壊された・・・3人の人間の手によって
苦労して手に入れた元勇者の体だったが失敗作なりに役には立った・・・人間の強さを再認識させてくれただけでも充分だ
「・・・まだやらないのか?暇なんだが」
ワシを倒すと嘯く輩が居たのをすっかり忘れて見入ってしまったようだ
《随分と余裕だな・・・ロウニール。あの3人に加勢するかと思いきや結局見ているだけか》
結果的に奴らは失敗作を倒せたものの強さはワシが見る限り3人合わせても失敗作と五分・・・いや、それよりも低かった
当然この人間もそれは分かっていたはず・・・それなのに動かず見ているだけとはどういう了見だ?
「お前が黙って見てるだけって知ってたら俺が相手したけどもう任せた後だったし・・・逆にお前は何で助けなかったんだ?まさか最後の最後まで勝つと疑わなかったとか?」
・・・笑わせる
《助ける?貴様は道具を助けると言うのか?》
「・・・」
《元々失敗作だ・・・どうなろうと知った事では無い。壊れるまで使おうとしたら今壊れた・・・それだけだ。元勇者ならもう少し使えるかと思ったが、な》
「そりゃ残念だったな」
言葉とは裏腹に怒りが滲み出ている・・・今にも噛みつかんばかりの怒り・・・人間を理解しているつもりだがまだまだ足りないようだ
《なぜ貴様が怒るか分からんな。魔人も魔物もただの道具・・・違うか?》
「そう思いたきゃ思ってろ・・・ペットを飼う予定はないから躾ける気はないし」
《・・・ほざくじゃないか人間》
「吠えるじゃないか犬っころ」
《・・・》
「・・・」
《・・・クックッ・・・クッカッカッ!・・・分からぬ・・・心底分からぬな・・・貴様がなぜそこまで余裕なのか・・・このワシを目の前にしてなぜそこまで嘯く事が出来るのか・・・もしやワシに勝てるとでも思っているのか?》
「思ってちゃ悪いか?」
そう言って人間は不敵に笑う
この人間・・・本気で・・・
と、その時人間共が敷地内に入って来た
「おっ、やっぱりそうか・・・だと思ったぜロウ」
「ヒューイさん・・・それに・・・」
「レーストだ」
「そうそうレーストレースト・・・お前も無事だったんだな」
ダンジョン前にいた人間2人
「どうやら間に合ったみたいですね」
「あれぇ?街の外で見た姿と違うんだけど」
「面白ぇな・・・今度やってみっか・・・『早替わり』・・・まあ黒から白じゃ面白味はねえけどな」
「お主の奇術もな」
「ブル・・・その喧嘩買ってやる」
「まあまあ2人共・・・ちょ、オードさん蹴らないでくれよ」
「ガートンを虐めんなって・・・てか本当にいやがったか・・・ロウ」
「わふっ」
遅れていた人間共もやって来た。何故か成功作と共に
「みんな無事だったか・・・よく悪レオンに殺されなかったな」
「悪レオン・・・まあ君には感謝しているし許してあげよう。これで貸し借りなしだ」
「・・・安い感謝だな」
成功作がロウニールに感謝?
そう言えば成功作からマナを感じる・・・魔人ではなくなった?・・・いや、そんなはずはない・・・ワシは確実にあの人間の核を握り潰し粉々にした。いくらウロボロスでも無からは再生させる事など出来ないはず・・・いや待て・・・無から?
まさか・・・
《核を・・・創ったか》
「御明答・・・核を創ってレオンの体の中にねじ込んだ。まだ残っていたからな・・・戻って来れるかは五分五分だったけどね」
成功作・・・失敗作の魔人とは違い自我のある魔人・・・つまり魂が魔力に喰われず残っている魔人だ。確かに核があれば再び魔力をマナに変え戻る事が出来る可能性はある・・・だが・・・
やはり人間は侮れぬ・・・そのようなワシならそのような発想は浮かばぬ。まあ元に戻そうとしないからかも知れぬが・・・
・・・にしても癪に障る
大陸を・・・世界を・・・人間を統べる予行演習だった
どれだけ魔人を消費しようと構わない・・・また補充すればいいだけ
だが魔人は全滅、唯一の成功作すらこの始末・・・対して人間側は大して被害は出ておらずこの有様だ
人間ロウニールを中心にワシを見る目は希望に満ちている・・・想定内ではあるが・・・その目は癪に障る・・・
「あれ?もしかして怒ってるのか?」
《・・・怒っているかだと?そう見えるか?人間》
「ロウニールだ。ペットでもご主人様の事は覚えるぞ?ペット以下か」
《・・・想定内・・・いや、全て予定通りだ》
「あん?」
《弱い人間を相手にしても意味はない。人間の持てる力全てを見たかった・・・それが少々想定を上回っただけで全て予定通り・・・》
「なるほど・・・で?次の予定は?」
《ない。力を見れた時点で終わりだ。確信が持てた時点で、な》
「へぇ・・・どんな確信なんだ?」
《想定を少々上回ろうとちょっとした誤差に過ぎぬ。どう抗おうと結果は変わらず人間はワシに平伏すか排除されるしか道はない。たとえ貴様がいたとしてもな》
「まだ戦ってもいないのに俺に勝てると?」
《戦うまでもない。戦う価値もない。今の貴様など寝てても勝てる・・・だが貴様も人間だ・・・もしかしたら思わぬ力を発揮するやもしれん》
「・・・」
《そこに少し興味が湧いた・・・人間が力を発揮するには貴様の言う通り絶望一歩手前・・・僅かでも希望が残っている時だ。だがもうひとつ・・・人間が思いもよらぬ力を発揮する時がある》
「・・・それはどんな時だ?」
《・・・大事なものが壊された時だ》
対峙して分かった
ロウニール・ローグ・ハーベスはワシより弱い
それはサキュバスを喰らった者同士でもベースが違った時点で分かりきっていた事だった
ロウニールのベースは人間、ワシのベースは魔族だ
人間と魔族が同化したところで魔族と魔族が同化した者に敵わぬのは道理・・・当たり前なのだ
しかし少しだけ興味がある・・・人間の思いもよらぬ力がどこまで彼奴を強くするか
それを引き出す為に必要なものがある
それは・・・
《生贄》
「なに?」
《どう足掻いても貴様はワシには勝てぬ・・・だが見せてみろ・・・人間の力というものを》
彼奴を始末するのは簡単だ
そして始末しなくてはならないのも分かっている
だが少しくらい・・・楽しんでもよいだろう?
「っ!待て!お前の相手は・・・」
《相手に相応しくなってから言え・・・人間》
サキュバスと同化した事で得た力を解放する
溢れ出る力・・・今ワシは・・・インキュバスも・・・アバドンすらも超えた
《さて誰から喰らってやろうか・・・先ずは順番に・・・》
「フェンリル!!」
「・・・え?」
《弱い者から喰らってやろう。いずれは辿り着くだろう・・・貴様が力を発揮する為に必要な生贄が》
成功作と共に来た人間の中で特段弱そうな男の背後に立つと背中から貫き心臓を抉り出す
核を抜けば魔人へと変わるだろうが今はそれよりも彼奴を怒らす事を優先しよう
「フェンリル!お前!!」
《コレではなかったか?では次だ》
男の隣にいた小さな女の頭を一振で薙ぎ飛ばすと次に大きな女の腹に穴を開ける
それでも彼奴は怒りこそすれ力の発揮には至らぬようだ
《そこまで深い仲ではなかったか・・・手間がかかるまとめて喰らってやろう》
ここはワシのダンジョンだ
そして魔力も充分にある
ならばワシ自らが手を下さぬとも・・・やりようはある
《出てよ魔物達》
サキュバスの中に流れるイメージを全て創り出す
魔力はそのイメージ通りに形作りこの場を埋め尽くした
「フェンリル!!!」
《なんだ?人間。良いのかワシを相手にしてて・・・喰い尽くされるぞ?貴様の大事な大事な仲間達が》
溢れる魔物達はワシの意を汲み人間達に襲い掛かる
初めは抵抗していた人間も徐々に劣勢に立たされ一人また一人と喰われていく
腕を喰いちぎられ絶叫をあげる人間
炎で焼かれ地面を転げ回る人間
魔物達に四肢を掴まれ引っ張られ叫ぶ人間
生きたまま内蔵を食い散らかされる人間
唐突に起きた悲劇に抗う事など出来ずその儚い命を散らしていく
それでも彼奴は力を発揮しようとしない
人間達を助けようと右往左往するばかり・・・ふむ・・・
《もしやここにいる人間とは関係が気薄なのか?アレとは親しい間柄に見えたが・・・》
彼奴を『バカ兄貴』などと罵っていたようだが血の繋がりがあるのだろう。その女を魔物達は担ぎ上げこれみよがしに彼奴の前で切り刻む
「やめろ!!やめてくれ!!」
「・・・バカ・・・兄貴・・・」
懇願する彼奴を無視し魔物は大きな口を開け噛みちぎる
残った半身は地面に叩きつけ口に含んだ半身をボリボリと噛み砕く
「・・・あ・・・あ・・・」
彼奴から怒りを感じない
感じるのは恐怖そして絶望
失念していた・・・人間はあまりにも強大な力を目の前にすると無力になる事を
《少々やり過ぎたか・・・いや、ワシが存在する時点で貴様には希望など一片もなかったと言うことか・・・これ以上続けても無意味・・・もう終わりにしよう》
地面にへたり込み呆然と悲劇を眺めるロウニール
ワシが近寄っても見向きもせず小さく呻き声を上げていた
《残念だ・・・同じ境遇を持つ者同士少しは語り合えると思ったのだが・・・残念だ》
インキュバスとアバドンがいない今、対等とは言えずとも少しは渡り合える者がいるとしたらこの人間だけだった
だが結果は人間の脆い部分を晒して終わり・・・暇潰しにもなりはしない
《終わりだ・・・悔しければ輪廻にて戻って来るがいい・・・それまでに人間が残っていればの話だが、な》
人間が全ていなくなれば輪廻は出来ない。ワシが人間を滅ぼすが先かロウニールが戻って来るのが先か・・・インキュバスの気持ちが少し分かるな・・・少しだけ・・・期待してしまう
目の前で魔力を発してももはや反応はなかった
つまらない
これ以上長引かせても意味はないとワシは魔力をまとった腕を振り抜きロウニールの頭を弾き飛ばした──────
そう言えばウロボロスのヤツはどこに行った?
まさかこの惨状を見てまだ人間に味方するとは思えぬが・・・
ヤツは原初の魔族の中で生き残った魔族・・・脅威とは思えぬがヤツの能力は少々厄介だ・・・今の内に始末していた方がよいだろう
魔物で溢れかえる場を見渡しウロボロスを探す
しかしどこにも見当たらない
逃げたか・・・そう思ってもう一度辺りを見渡した時、不思議な光景を目にした
弾き飛ばしたロウニールの頭から小さな体が生え起き上がったのだ
「・・・あ」
ワシと目が合い固まるロウニール
何とも不気味なその生物はバツが悪そうな表情を浮かべた後、何事も無かったように体がある場所に向けて歩き出した
《ま、待て!》
「・・・な、なんだよ」
《なんだではない!なぜ生きている!いやそれよりもそのふざけた姿はなんだ!それに何をしようとしている!》
「生きててもいいだろ?別に。それに何をしようしているって決まっているじゃないか・・・体に戻るんだよ」
《体に・・・戻る?》
理解が追い付かない
首を飛ばされれば魔族であろうと死んでしまう
いや生きていたとしてももはやどうする事も出来ずにただ魔力が尽きて死ぬのを待つのみ・・・まさか意識があり創造したと言うのか?頭を運ぶ為の体を
「・・・もういいか?早く戻りたいんだが」
《ふ、ふざけるな!そんな事が出来てたまるか!》
気味の悪い頭を魔力を放ち破壊する
彼奴の頭は粉々に砕け散った・・・二度とふざけた事が出来ないはずだ
はず・・・なのに・・・
散り散りになった頭の破片が地面を這いずるように集まっていく。そして一つの個体になるとまた小さな体を生やしこちらに振り向いた
「酷いじゃないかフェンリル。さすがの俺も死ぬかと思ったぞ」
《・・・な、なんなんだ貴様は・・・なんなんだ!!》
「まだ覚えられないのか?いいかちゃんと覚えておけよ?俺の名は・・・ロウニール・ローグ・ハーベスだ──────」




