806階 二つの決着
暗闇の中、一筋の光が見えた
その光は今にも消えそうで必死になって光を大きくしようと試みた
しかし闇は光を塗り潰そうと押し寄せる
藻掻いても足掻いても・・・闇は光を塗り潰そうとし遂には消えそうになる
だが、その消え入りそうな光が最後に見せた見せた光景は許し難い光景だった
《くっ!・・・何故だ・・・》
小さい背中に向けられた凶刃は何とか彼女に届く前に止められた。だが闇は更に力を入れて彼女の肌に食い込まんと迫っていく
《貴様は完全に消滅したはずだ!》
貴様とは私の事かな?
生憎と私は消滅してなどいない・・・ただ闇の中に閉じ込められていただけ
まあ先程までは消滅していたのと同じようなものだったからあながち間違いではないのだが・・・彼のお陰で戻って来れたのだ・・・君の思い通りには・・・
「させないよ」
彼女に届く寸前で剣を跳ね上げると意識を集中する
閉じかけた光が渦巻き闇を引き裂く・・・イメージ的にはそんな感じかな?
《や、やめろ・・・私がレオンだ!!》
「違うよ・・・私がレオンだ」
《こっ・・・》
レオンを名乗っていた闇は光に押し潰され消えて行く
あれが魔力・・・いや、私の本性か?・・・なんにしてももう二度と会いたくはないな
「・・・レオン?」
振り返り私を目をまん丸にして私を見つめるニーニャ
その姿を見て改めて感謝する
彼がいなければ今頃彼女を・・・
くっ・・・意識が途切れそうだ・・・その前に・・・
「ただいまニーニャ・・・彼を・・・頼む・・・」
そう言って振り返り倒れているガートンを指差すと私の意識は途絶えた──────
「レ・・・レオ・・・レオン・・・」
先程とは違う目覚め
目を開けるとそこには泣きじゃくるニーニャが居た
「・・・ニーニャ・・・それに・・・」
起き上がり周りを見ると心配そうに私を見つめる顔がいくつも・・・その中には彼女らもいた
全員連れて行かれてしまったと思っていたがよく・・・
「久しぶりだねウェル・・・名前を聞いて思い出すべきだった・・・どうやら私の中では時が止まっていたらしい・・・成長した姿と村を出た時の姿が結び付かず・・・気付いてやれずにすまなかった」
冒険者になる為に村を出る時のウェルの幼い姿が今の姿と重なる
生きていてくれた・・・その事実が胸を熱くする
「本当に・・・レオン兄?」
「ああ・・・闇に支配されていたが・・・今はレオンだ。ハッシュ村の、ね」
村の名を言った瞬間にウェルがその大柄の体を揺らし抱きついて来た。その後ろでナルは居心地悪そうにモジモジしていた
「あ・・・レオン兄は知らないと思う・・・けどナルもハッシュ村の・・・」
ウェルが言うのだから間違いないのだろう。私以外で生き残った2人・・・その内の1人であるナルに向けて手を広げると彼女は笑顔になり私の元へ飛び込んで来た
「・・・うぅ・・・」
「ニーニャ、今は我慢しろ。てか、本当にレオンなのか?」
私に抱きつく2人を見て膨れっ面になるニーニャを窘めオードが私に尋ねる
「・・・厳密に言うと先程までも私は私だった・・・先程との違いは魔力に支配されているかいないか、かな?」
「あん?」
自分がなってみてよく分かった
魔人とはどういう存在なのかが
「魔人とは魔力に蝕まれた人の末路・・・その魔力は人の心すら蝕む。そのせいで正気を失い暴れ回る者が魔人と呼ばれていた。そういう意味では私は失敗作となるだろうね」
「・・・成功したとか言ってたけど?」
「本来の魔人という意味なら失敗だよ・・・自我のある魔人なんて聞いた事がないだろう?」
「確かに・・・んで、どう違うんだ?」
「魔人になるのは体内にある核が傷付き魔力が漏れたり今回の私のように核が意図的に抜かれたりした時に魔力をマナに変えられずに起こる魔蝕が原因だ。人間の体は魔力に適さないが適すよう強引に作り替えられてしまう・・・その過程で心をも蝕み消し去ってしまうのだが私の心は魔力に適してしまったみたいでね・・・そのせいで自我を持ったまま魔人になったというわけだ」
「・・・ちょっと待て・・・ならどうやって魔人から元に戻れたんだ?」
「それは・・・彼・・・ロウニール君のお陰だ」
「ロウニール?・・・でもアイツは・・・」
「そう・・・ダンジョンの奥底で捕らえられていた・・・けどどうやってかそこから抜け出してここに来たんだよ。そして私に核を・・・フェンリルに抜かれた核の代わりを私の体内に埋め込んだんだ」
「・・・は?核を?」
「今私の体内にある核は元々あった核じゃない・・・元々の核はフェンリルに抜かれて間違いなく砕かれたからね」
「・・・」
全員が私の話を聞いて言葉を失う
「まあ信じられないのも当然か・・・これまで核を失い生きている者は一人もいない。魔人になって討伐されてお終いだからね。私ももし心が蝕まれていたらいくら核を新しく入れたとしても・・・」
「いやいや待て待て・・・その『核を新しく入れた』って普通に言うが・・・核って人それぞれ一つしかないんじゃないのか?」
「だね」
「『だね』じゃねえよ!おかしいだろ!・・・もしかして他人の核を?」
「いや・・・彼の事だからおそらく・・・新しく創ったのだろう」
「創ったって・・・まああのロウニールならありえるか・・・」
「・・・そう彼なら・・・」
私とオードの会話を聞いて目をまん丸にして驚くウェルとナル・・・彼との付き合いが短い2人なら驚くのも無理はない。いちいち驚いていたらキリがないという事にいずれ気付くだろう
「そろそろ・・・離れろぉ!」
ニーニャが私達3人の間からニュっと顔を出すと腕を突っぱね強引に引き離す。そして満を持してと言わんばかりに私の胸に飛び込んで来た
「・・・レオン・・・レオン・・・」
「ヨシヨシ・・・さてと」
「えぇ!?早い!」
頭を数回撫でて脇に手を入れ持ち上げると地面にポンと置き振り返る
どうやらガートンは無事なようで治療に当たっていたブルが目が合うと頷いた
ニーニャはまだ甘え足りないと文句を言うが甘えるのは全てが終わった後だ
まだ今回の元凶であるフェンリルは生きている
「フェンリルは単なる『幻想』という厄介な能力を持つ魔族ではない。下手したら負けるかもしれない・・・魔王やアバドンを倒したロウニール君でさえ、ね──────」
勇魔人・・・いやアークと言ったか・・・もはや抜け殻だと言っておったが名はどこに宿るか分からんからな・・・
「ディーン!シーリス!任されたからには勇魔人ことアークを我らで討ち取るぞ!それが元勇者であるアークへの何よりの弔いとなる!」
「はっ!」
「・・・どうやって?」
ディーンの小気味良い返事と共に聞こえて来たのはシーリスの低い声・・・
「・・・シーリス・・・その地味ぃに勢いを削ぐのはやめてくれんか?」
「勢いだけで勝てるならいくらでも『はっ』って言うわよ・・・けどそれじゃ勝てないから聞いているの。任されたのならあるんでしょ?逆転の一手が」
「・・・」
そんなものはない
この流れと勢いなら何とかなるかなぁ~くらいの感覚だ。けどそれを言ったらお終いのような・・・
「・・・ハア・・・そんな事だろうと思ったわよ。派手な服装を好む人は頭は空っぽってよく言うけど本当だったみたいね」
「・・・そうなのか?」
「アタシの中ではね」
「・・・それを『よく言う』とは言わぬだろう」
「いずれ定説になるわ・・・それよりも一つだけ作戦があるのだけど・・・」
「それを早う言え」
「だから・・・まあいいわ。よく聞いて・・・今のままではこちらの体力やマナを削られるだけ・・・将軍は身内びいきの目で見ても互角・・・アタシの魔法は効かないしスウは・・・まあ、うん」
「面目ありません」
「おい」
妾だって必死に・・・まあ通じてないのは認めるが・・・
「魔人は魔力がある限り無限に近いくらい動ける・・・となると今のアタシ達は圧倒的に不利な状況よ・・・ここらで終わらせないとバカ兄貴に泣きつく事になる・・・『やっぱり出来ませんでした』ってね」
「・・・それは・・・キツイのう・・・」
「でしょ?だから賭けに出る・・・賭けるのは将軍・・・貴方の命よ」
「シーリス!?」
「無論承知の上です」
「ディーンまで!・・・賭けるならせめて全員の命であろう?」
「何言ってんの?命を多く賭けたら勝てるならそうする・・・けど今はそうじゃないの。賭けるのはディーン将軍1人の命・・・それがイヤなら今からでもバカ兄貴に頭下げて来なさい」
「くっ・・・頭くらい下げるのは構わぬが・・・なぜディーンのみなのだ?」
「危険なのが将軍だけだからよ。それと失敗したらアタシは貴女を連れて逃げる・・・そうでも言わないと将軍も命を張れないでしょ?」
「よく分かってらっしゃる」
「むぅ・・・しかし・・・」
「まあやるかやらないかは聞いてから決めて。アタシだってあまり気乗りしないし・・・」
「・・・どういう作戦なのだ?」
「それは──────」
シーリスから聞かされた作戦の内容に絶句する
あまりにも危険な賭け・・・だがもし成功すれば・・・
「やらせて下さい陛下」
「ディーン・・・だが・・・」
「信じております・・・必ず成功すると」
真っ直ぐに妾を見つめるディーン
その目に一点の曇りもない
「どうする?アタシは出来ると思うけど・・・」
こっちの目は曇りきっておるな・・・他人の命が掛かっておるのにコヤツと来たら・・・
これまで一度も試した事がなくしかも失敗すればディーンの命が危険に晒される・・・いや、おそらくディーンの事だ・・・中途半端な事はせぬだろうからきっと・・・
「陛下・・・一人一人の力が及ばずとも皆の力を合わせれば乗り越えられる・・・それは今後のこの国の行く末と似ているやも知れません。1人では解決不可能な困難が立ち塞がった時・・・陛下はどうされますか?皆で力を合わせて乗り越えますか?それとも・・・」
ディーンの目線の先にはロウニール・ローグ・ハーベスがいた
シーリスやディーンが言うようにロウニールに頼れば問題なく解決してくれるだろう。しかしそのままで良いのか?それなら妾はなぜ王を名乗る?それならいっその事・・・
「言っとくけどバカ兄貴は王の器じゃないからね?大陸を統一したいって言うなら別だけど」
「・・・おかしな話だが納得だ」
いっその事ロウニールが王となれば・・・そう考えたがシーリスの言う通りそれは大陸を統一するという意味になるだろうな
今でこそ六ヶ国は対等な立場・・・しかしロウニールが一国の王になれば対等ではなくなるだろう。一国だけ急速な発展を遂げ他の国はこれまで通り・・・そのような事が起きるのは目に見えているからだ
それにこれまでは他国に手を差し伸べていたロウニールも自国に付きっきりにならざるを得ないだろうし・・・ロウニールがもし他国の王になった場合、民の事を考えると・・・その国に帰順・・・いや、吸収された方が良いと考えるだろうな
敵対する事はまずなく民にロウニールがもたらす恩恵を受けさせるにはそれしかない・・・今の六ヶ国の王達もそのように考えるはずだ
「バカ兄貴は良い王に恵まれているのよ・・・バカ兄貴が個人的に他国に手を貸しても文句一つ言わない良い王にね・・・まあ頭が空っぽなだけかも知れないけど」
「おい」
シーリスが言うように妾はロウニールが個人的に他国に手を貸すのを忌避したりはしない。もし兄上達が王になっていたとしたらおそらく手を貸すのを咎めていただろうけど
それが良王と呼ばれる理由になるかはともかく愚王ではないはずだ。自国の民の事だけを考えるのは愚かな行為であるはずだから
もう毒王国などと陰口を言わせはしない・・・聖王国フーリシア・・・そう呼ばれるよう努力するだけ・・・それがロウニールという規格外の力を持つ者の力を借りたとしても
だが借りる一方ではダメだ・・・出来ることは自らの手でやってこそ・・・となれば・・・
「・・・ディーン・・・決して死なせはせぬ」
「はっ!信じております陛下・・・そしてシーリス殿」
腹は括った
もし万が一失敗しディーンを失ったら・・・妾は王を辞そう・・・それくらいの覚悟を持ってやるべきだ
「どうやら決まったみたいね・・・じゃあ将軍は勇魔人・・・アークの間合いギリギリの所で待機してて」
「はっ!」
ディーンはシーリスに言われた通り慎重に進みつつアークの間合いギリギリの所まで歩み寄る
しかし腹は括ったとはいえ不安だのう・・・果たして本当に出来るのか?
「はい」
「ん?なんだ?」
シーリスは横に並び突然妾に手のひらが見えるように手を前に突き出した
「『なんだ?』じゃないでしょ?これからやる事分かってる?」
「分かっておる・・・だが・・・」
「いいから貴女も同じように手を伸ばしてアタシの手を握って」
「・・・」
シーリスに言われた通り、妾も手を伸ばし手のひらを合わせて手を握る
「・・・手汗凄っ」
「うるさい!それで・・・どうすればいいのだ?」
「アタシが貴女に合わせる・・・『グラビティ』の魔法は理解してる?」
「うむ」
土魔法・・・いや、地魔法だけでも普通の魔人程度なら足止めが出来る・・・だが本来の『グラビティ』はそれに風魔法を加える・・・
「アタシが最初に全力で『グラビティ』を放つ・・・けどそれはベルフェゴールの言う真の『グラビティ』じゃない・・・真の『グラビティ』を放つには・・・」
「全ての魔法を強化する風魔法が必要・・・だがお主の全力には・・・」
「だからアタシが合わせる・・・けど貴女に合わせて威力が下がったらアークは止められないかもしれない・・・そうなったら・・・」
「・・・分かっておる・・・お主が妾に合わせて力を緩めぬくらい全力で放ってやる」
「出来るの?」
「舐めるな・・・これでも宮廷魔術師候補だ」
「アタシはその宮廷魔術師だけどね」
「黙れ地味子・・・そんなもの分かっておる」
マナの量は雲泥の差・・・だが妾とて魔法しか生きる道はないと真剣に励んだ矜恃がある・・・宮廷魔術師として研鑽を重ね続けたシーリスには及ばぬとしても・・・それでも・・・
「安心せい・・・お主の全力に妾が合わせてやろう」
「言ったわね・・・なら任せるわよ」
先に仕掛けた方が合わせるとどうしても弱くなる・・・後から仕掛ける妾が合わせられればきっと・・・
「魔法が発動した瞬間、ディーンは防御を捨て斬りかかる・・・全ての力を込めた一撃・・・つまりアークが『グラビティ』を受けても動けてしまったら・・・」
「みなまで言うな・・・届けさせる・・・必ず」
「・・・じゃあ行くわよ・・・『グラビティ』!!」
結んだ手から強烈な魔法が放たれるのが伝わって来た
これがシーリスの本気・・・この本気に合わせなければ・・・
視線の端でディーンが動き始めているのが見えた
それに合わせてアークも迎撃に向け動き始める
やはり地魔法のみの『グラビティ』では通用しないか
「スウ!」
「分かっておる!・・・『グラビティ』!!」
複合魔法など使ったこともない
しかも初めて使う複合魔法が1人ではなく2人で・・・そんな魔法など聞いたこともない
それでもやるしかない!ディーンの・・・いや、我らの勝利の為に!
「もっと上げて!」
「やっておる!」
マナはとうに底を尽きていた
それでも体内にある核が急ピッチで魔力をマナに変換する。そして結んだ手の中でシーリスのマナと混ざり合う・・・まるで妾の全てが吸われるような感覚・・・それでも・・・
「ダメ!アークが・・・」
アークが動く
ディーンは既に剣を振り下ろしている・・・このままでは・・・
ふとシーリスから伝わるマナが弱くなるのを感じた
おそらく妾に合わせて出力を弱めようと・・・ダメだ・・・それで抑えられなかったら・・・だが・・・
「・・・スウ!アタシに・・・」
「ダメだ!そんな事をすれば抑え込めぬ!」
「だからと言って・・・」
どうすればいい・・・妾のマナではやはり足りぬ・・・いや・・・だったら・・・
「シーリス!」
「なによ!」
「お主のマナを借りるぞ!」
「・・・は?・・・ちょっ、ちょっと・・・何を・・・」
混ざり合うマナ・・・その全てを使えばいい
半分ずつ出し合うのではない・・・妾とシーリス・・・2人で一つのマナを使い2人で一つの魔法を完成させる
「全てを出せ!シーリス!」
「・・・どうなっても知らないからね!」
今までより更に激しいマナを感じる・・・この・・・やはり力を抑えていたか
まあいい・・・この全てのマナが・・・妾のものでありシーリスのもの・・・そして・・・
「行くぞシーリス!」
「ええ!」
もはやどちらのマナであるとかは関係ない・・・全ては一つの魔法を完成させる為だけのマナ
合わせるのではない・・・ただ唱えるのだ・・・勝利の為に
「『グラビティ』!!」
意図せず同時に叫ぶとアークの体は動きを止め沈み込む
そして次の瞬間、全ての力を込めたディーンの一撃がアークへと届く
「これで終わりです!!」
ディーンの一撃がアークを斬り裂く
するとアークは声なき声を上げその場にうつ伏した
「勝っ・・・た?」
「どうだろうのう・・・」
ディーンは剣をしまうとしゃがみ込みアークの状態を確認する。そして・・・こちらに振り向くと力強く頷いた
「どうやら大丈夫みたいね・・・ハア・・・もう何が何だが・・・」
妾も途中からは無我夢中でよく分からん・・・他人のマナを自分のマナのように使い・・・しかも複合魔法を唱えるなど・・・果たして誰とでも出来るのか?もしかしたら妾とシーリスだけが出来る・・・
「・・・いつまで握ってんのよ」
「・・・お主が離さぬからだろう?」
「はあ?手汗ビッショリのあんたが離しなさいよ!」
「手汗は関係なかろうが!」
いや・・・それはないな
妾とシーリスだけが唯一使える魔法であるはずがない
「助かりました・・・さすがお2人です・・・息ぴったりですね」
「どこが!」
また意図せず同時に叫んでしまい睨み合う
「・・・そんなところがです」
ディーンは呆れ気味に言うとすぐに真顔になりロウニール達を見る
そうだ・・・まだ終わってはいない
フェンリルを倒すまでは
「早く離しなさいよ派手子」
「・・・お主が離せ地味子」
その前に決着をつけてやろうか・・・シーリスめ──────




