801階 黒い柱
レオンVSタートル&ウェル&ナル
それは圧倒的な差であった
ニーニャが素早い攻撃を繰り広げ、オードが奇を衒った術を放ち、ブルが攻防回復一体の活躍を見せる
ウェルとナルの入る隙間のないほどの完璧な波状攻撃の前にレオンは防戦一方となる・・・はずだった
《ニーニャ、いつも言ってるだろ?流れのまま攻撃出来ないならそれは速い攻撃とは言えない。力みを捨て無心のまま振ることが出来なければそれはただの雑な攻撃に過ぎない》
「にゃ!」
《オード、君は何もかも中途半端だ。殺意を滲ませるのならもっと威力を・・・そうでないのなら派手に魔法を使ったらどうだ?どちらも中途半端で初めて会った時の方が幾分マシだと思える程だぞ?》
「魔法じゃねえ!奇術だ!」
《ブル、『殺生もやむ無し』と燃えていた頃の君はどこにいった?2人を支えバランスを取ろうとしているのは分かるけどそれでは戦えるヒーラーであるモンクの良さを発揮出来ない・・・君らしくないのは自分でも分かっているのではないかな?》
「・・・南無・・・」
戦いながらアドバイスを送るレオン。3人の連携の取れた攻撃もレオンは平然と防いでいた
「チッ!ワイだって・・・」
「入って来んなぁ!ニーニャ達に庇ってる余裕なんてないんだから!」
「庇っ・・・誰も庇ってくれなんて言ってないだろ!」
「・・・レオンにとってニーニャ達はどうやら価値があるみたい・・・でも・・・」
「その通り・・・3人は是が非でも生きたまま連れ帰るつもりですが君達は違います・・・少しでも長生きしたいのなら動かない事をおすすめするよ」
「ぐっ!・・・このっ・・・」
ニーニャに言われるならともかくレオンにまで言われ怒りで打ち震えるウェル。しかしウェル本人も足でまといは重々承知・・・今は拳を握り耐えるしかなかった
「っ・・・ナル?」
服の裾が引っ張られ振り向くとナルが真剣な眼差しでウェルを見つめ小さく頷く
『今は我慢してチャンスを待て』
そう目で訴える幼き瞳にウェルは無言で頷き返すと爪がくい込み血が滲んでいた拳を緩める
「・・・そうだな・・・ワイらにだってやるべき事は必ずある・・・その時が来るまで・・・」
冷静さを取り戻し戦況を見つめるウェル
3人の決死の攻めはやはりレオンに一切通じていない。しかも最初の頃より動きは徐々に鈍くなり技や術も精彩を欠いてきているようにも見えた
先程の決意を思い出し冷静さを保とうとするがそれが無駄な努力ではないかと疑心暗鬼になり拳を握る強さが次第に強くなっていく
《そろそろ終わりにしよう・・・君達もなってみれば分かるさ・・・魔人の素晴らしさが》
「レオンッ!!」
聞きたくない言葉に耳を塞ぐようにニーニャは怒涛の攻めを展開する
もうこの攻めで全てを使い果たしても構わないという覚悟の元で
しかしレオンはそれすらも軽く受け流し、とうとう力尽きたニーニャの頭を掴むと地面に勢い良く押し付ける
《無駄だよニーニャ・・・人間の力ではそれが限界・・・世界を変えるなど・・・出来やしないのだ!》
村を起こしそこから世界を変える・・・魔人になる前にニーニャに語っていたレオンの言葉
その言葉を魔人となったレオンから聞かされニーニャは石畳の地面に爪を立て押さえ付けられた頭を少しだが浮かせる
「レ・・・オン・・・そんな・・・力で・・・変えて・・・どうなる!」
《何を言っているんだい?ニーニャ・・・力で何かを変えるのは『タートル』の本質だろう?リガルデル王国を使い、剣奴を使い王都を混乱させその隙に王族を殺そうとしていたのと何が違う?この国は・・・この大陸はもう既に腐っている・・・全てを滅ぼし無に帰す事しかもはや救いは無い!》
「変えるんじゃ・・・なかったの?」
《変えるさ・・・生まれ変わるのだよ・・・全てを無にし新たに作り変えるのだ!》
「そんなの・・・レオンじゃない!オード!」
ニーニャの叫びに応えオードは手のひらをレオンに向けた
「一世一代の奇術だ・・・とくと味わえレオン!!」
それは奇しくもレオンの教え通りに最大に威力を高めた奇術であった
普段は威力度外視で魅せる為に数多く散りばめる奇術のタネ・・・それを一点に集中しレオンの前で弾けさせる
近くにいるニーニャをも巻き込む大爆発が起きると戦況を見守っていたウェルは爆風に顔を歪ませながらも見守り続けた
致命傷に至らないまでも少しでも傷付き隙を見せれば飛びかかるつもりで
しかし
《やはり君達は魔人に向いている。味方をも犠牲にしてまで相手を倒そうとする覚悟は、な》
「・・・クソが・・・」
レオンは無傷で不敵に笑い爆発に巻き込まれ瀕死になっているニーニャを頭を掴んだまま持ち上げる
ウェルはその光景を見て膝を落とした
「もう無理だ・・・レオン兄を倒す事なんて出来・・・・・・・・・なんだあれは・・・」
絶望するウェルが見たものは天まで届く黒い柱のようなもの
それは更なる絶望か吉兆か
訳も分からず見入るウェル。次の瞬間視界の端で同じように黒い柱を見て僅かに口を歪めるレオン
その意味を理解するのにあまり時間は必要とはしなかった──────
ヒューイVSジット
ヒューイは攻めあぐねていた
『要塞』のこじ開け方は先程と同じく内側から強制的に開けさせる・・・だがそれに至る過程はレーストの協力があってこそ成り立つものであり1人では限界があった
先ずは攻撃を誘発し開いた瞬間にタイミングを見て短剣を投げる。ただそのタイミングはジットが声を出す直前でなくては意味がない
しかもレーストという隠れるものがなくなった今、短剣を投げる予備動作すら許されぬ状況なってしまっていた
投げられると分かっていたら声を出さずに門を閉じるだけ。となるとヒューイは声に吹き飛ばされるかもしれないという状況で短剣を構えず身をさらけ出し門が開いたと同時に声が門を越える前に短剣を投げ門を閉じさせる必要があった
タイミングが早ければ単純に門は閉められ短剣は弾かれるだけ・・・だがタイミングが遅ければ声は門を越え短剣ごとヒューイを吹き飛ばすだろう
「早く投げりゃ死ぬことはねぇが・・・もう時間もねぇ」
横たわるレーストを見て呟く
「ハァ・・・頭がどうにかなりそうだぜ」
これまで敵対していた者の為に憧れの者を倒す・・・その状況に頭を悩ませながらもヒューイは右手で頬を叩き気合を入れた
「うしっ・・・タイミングは・・・若干遅めで狙ってやる!」
おそらく気持ちが急いて早めに投げてしまうだろうと考えたヒューイはわざと遅めに投げる事を決意し歩き出す
そしてジットの間合いに入ると大きく息を吐きジットを睨みつけた
「閉じこもってねえでさっさと攻撃して来いジット!お前なんて怖くも何ともねえ!」
意味がないと分かっていても挑発し攻撃を誘発する
すると盾はまるで門が開くように左右に動き始めジットが姿を現した
「・・・まだだ・・・まだ・・・・・・今っ!」
ジットは声が通るくらいの幅まで盾を動かした。その動きが止まる直前、ヒューイは腰に差していた短剣を握るとろくに狙いも定めずにジットに向かって短剣を投げた
「くっ」
タイミングは微妙・・・丁度良ければヒューイは自らの声に盾を弾かれ無防備になったジットに向かって行かねばならない
しかし遅いと短剣は声に弾かれヒューイは吹き飛ばされる・・・一瞬その光景が頭に浮かび二の足を踏んでいると短剣よりも先に声が発せられてしまう
閉じかけた門をすり抜け声はヒューイに襲いかかる
咄嗟に右腕と肘から先を失った腕を交差させ防御の姿勢に入るも関係ないと言わんばかりにヒューイを弾き飛ばす
体がバラバラになるような衝撃・・・ヒューイは途切れ途切れになる意識を集中し繋ぎ止めるも体は無情にも地面に強く打ち付けられ全身が悲鳴をあげる
「ぐっがっ!・・・ガハッ!」
全ての骨という骨が木っ端微塵になってしまったかのような衝撃と痛み
喉の奥から押し出された血を吐きながらもんどりを打つ
フッと意識が途切れそうになるのを再び繋ぎ止めるだけで精一杯となり思考は停止してしまう
立ち上がればまたこの痛みが襲って来るかもしれないという恐怖が痛みと共に押し寄せ無意識の内に立ち上がろうとする気力を奪っていった
だが
「こ、これを・・・何発も・・・耐えたってか?・・・ったく・・・」
何度も立ち上がるレーストの姿が脳裏に浮かぶと不思議と足に力が入りふらつきながらも何とか立つ事が出来た
「・・・っつ!・・・こりゃいいや・・・痛みのおかげで・・・気を失わないで・・・済む・・・」
足を引き摺るようにまた同じ場所へと向かうヒューイ
手探りで確認すると予備の短剣はあと1本。次を外せば打つ手はなくなる
その時のヒューイは気付いていなかった
最後の一本を投げてしまえばたとえタイミング良く門を開けさせたとしても武器が手元に無くなってしまうことに
もはや考える余裕はなく歩くその姿を少し頭を起こして無言で見つめるレースト
僅かに指先が動く程度だったがその指先を操り拳を握る
死に体の2人・・・それでも先に進もうとするのは意地かプライドか
ヒューイがジットの間合いへとあと一歩の所まで辿り着く
片足を踏み入れもう一方の足を上げた瞬間、『ソレ』は起こった
けたたましい爆音と共にジットの背後のダンジョンが一瞬で消滅してしまったのだ
驚き尻もちをついたヒューイは驚きの表情を浮かべ見上げる
ダンジョンを破壊し天まで上る黒い柱を
「・・・なんだ?・・・一体何が起きたんだ?・・・この黒い柱?・・・いや、これは・・・」
黒い柱の正体に気付き息を飲むヒューイ
向かい風という逆境をただ歩くしかなかった2人だが今
風向きが・・・変わる──────




