799階 似た者同士
レーストは耐えられて後一回・・・後一回食らえば最悪死んでしまう
それでも彼は歩みを止めないだろう・・・クソッ、イヤになるぜ・・・これまで俺らを苦しめて来た奴の事ばかり考えちまう
あのクソ貴族の言いなりになり冒険者を見下し下手したら自ら手を下していた可能性もある・・・そんな奴を信用する気も信頼する気もサラサラなかった
強いのは知っていたからその強さを利用するくらい・・・それくらいで考えていた・・・が、彼は俺の考えた策を信じ命を削り続けた
俺の事を信頼して?・・・違う・・・彼が見てるのは常にディーンの背中だ・・・俺達がダンジョンに潜り最深部を目指し切磋琢磨していたように・・・レーストはディーンというダンジョンに潜り続けもがいているんだ
・・・ハッ・・・まさかあのレーストと俺が似た者同士なんてな・・・
ジットと俺はアケーナの二大組合長なんて言われていた
若くして組合長となった新進気鋭の俺と古くから皆に親しまれていた組合長ジット
俺はダンジョン攻略を目指しダンジョンを攻め続けジットはのんびりと新人の育成なんかに精を出していた
そうなると俺の組合の方が稼げると噂になりランクの高い奴らが集まり、ジットの方にはランクの低い奴らが集まり始める・・・組合の力の差は歴然であり差は広がる一方だった
ところが国が突然徒党を組むのを禁止にした事により組合は解散となってしまう
組合員は散り散りとなりそれぞれ気の合った仲間とパーティーを組む事に・・・俺も誘われてパーティーを組んで冒険者生活を満喫していたが気に食わない事がひとつあった
それはジット・・・組合は解散になったのに奴の周りには常にパーティー以外の冒険者が集まっていた
俺だって元組合員と挨拶くらい交わす・・・けどジットは組合が解散になったにも関わらず『組合』を続けていた
はっきり言ってバカにしていた
『組合』ごっこを続けている、と
どうせそのごっこはすぐに飽きる・・・そう思っていた
だが、ごっこは続いた
まるで俺に見せつけるようにジットの周りには人が集まり、俺の周りには一人また一人と人が離れていく
別に離れたからといって冒険者稼業に支障が出る訳でも無い・・・けど言い知れぬ敗北感がジットに対する劣等感を生み出していた
バカみたいにギルド長に抗議したこともあった
『あれじゃ組合を解散した意味ねえ』と
けど組合を解散するよう言われてはいるが集まるなとは言われていないと一蹴された
気に食わない・・・アケーナギルド内で確固たる地位を築き双璧とも言われた俺とジットの間にどうしてここまでの差がついたのかと悩み恨みにも似た感情さえ芽生えてきた
けど・・・実際はその理由は分かっていた
俺はダンジョン攻略や効率のいい稼ぎ方を追求しジットは人材育成に重きを置いた
もし組合が存続していたらいずれ俺の組合はジットの組合に抜かれていたかもしれない・・・それでも当時は俺の方が優位に立っていた。そして組合が解散となり俺の優位のまま終わったと思っていた・・・なのに・・・
ライバルと思っていたはずのジットに・・・いつの間にか憧れちまっていた
それを認めたくなくて一時期敵視とまではいかねえが冷たくしたり無視したりしていた
レーストも同じだ
似てるからよく分かる・・・俺達はライバルだったり目標だったり憧れだったり・・・相手を思う気持ちは複雑だけど結局のところは簡単だ
ただ横を歩いていたいだけなんだ
それを認めればいいものをチンケなプライドが邪魔して素直になれない・・・お前さんは道を逸れ、俺は変な対抗意識を燃やして回り道して・・・でも結局は同じ道に辿り着く・・・その時に遅れないように・・・背中を見ずに済むように駆け足で・・・無理をしていた
とっくに気付いているんだ・・・器の違いに
それを認めたくないから足掻く・・・足掻く・・・誰にも気付かれないように・・・自分すらも騙せるように
「・・・お、い・・・信じていいんだな?」
「ああ・・・俺はジットを超える・・・だから信じろ・・・『千里眼』のヒューイを」
「・・・分かっ、た・・・私は・・・どうすれば・・・いい?」
「俺の合図で頭だけでいい・・・下げるか横に躱せ・・・頭一つ分・・・それだけでいい」
「・・・簡単・・・だな」
「ああ、簡単だ」
言うほど簡単じゃねえ。何せ俺は後ろにいる・・・背後から何があるか分からないのに合図と同時に何かを躱す・・・長年パーティーを組んでいたとしても成功確率は低いだろう
たとえ俺が成功させたとしてもレーストが躱せなければ全ては水の泡・・・余程の信頼関係がないと成り立たない事を今からしようとしている
「準備は・・・いいのか?」
「大丈夫だ。それとレーストは合図があるまでさっきまでと同じように行動してくれ・・・決してジットに何かしようとしていると悟られるな」
「・・・」
無言で頷きレーストはいつもの場所へ向かう
レーストが辿り着けばジットはいつものように盾を左右に開きマナを含んだ叫び声で彼を吹き飛ばすだろう
至って単純な流れだが単純が故に付け入る隙のない完璧な流れ・・・だけどもしその流れに無理矢理割り込めたら?
もし割り込めるとしたら『千里眼』を持つ俺くらいだ
相手の呼吸を・・・力の流れを・・・癖を・・・全てを見通し完璧なタイミングで割り込んでやる
短剣を握る右手に力が入る
手汗が吹き出て湿りを感じ滑らないように更に力を入れる
後二歩であの場所に辿り着く・・・今になってレーストにもっと細かく伝えておけば良かったと後悔するがもう遅い
それに僅かな変化がジットの行動にどう変化をもたらすか分からない・・・これまでレーストが何度も見せてくれたからこそ出来る策・・・もし少しでも違いが出たら全ての計算は狂ってしまう
後一歩・・・弱気が心を締め付ける
短剣を握る手が一瞬緩み、そのまま落としてしまえば楽になると告げるがその誘惑を振り切り再度強く握り締める
そして・・・
「・・・今だ!」
俺はレーストの後頭部に向かい短剣を投げた
この策は3つの奇跡が重なる必要がある
1つ目はレーストが俺の投げた短剣を躱すこと
「よしっ!」
1つ目の奇跡・・・レーストは屈むと紙一重で短剣は彼の頭の上を通り過ぎる
2つ目はジットがこれまでと同じように壁を左右に開き声で攻撃して来ること
その奇跡も見事クリアー・・・レーストに隠れていた短剣の存在に気付かずジットは盾を左右に開きその姿を現した・・・そしてジットは既に魔力を含んだ声を出す準備を終えている・・・後は発声するだけとなる
3つ目の奇跡は技術や経験など一切ない未知の領域・・・ジットがジットであるかどうかに懸かっていた
通常タンカーは魔物からの攻撃を躱したりしない。もちろん時と場合によるが基本躱してしまうとタンカーの背後にいるであろう守っている者に魔物の攻撃が当たってしまうからだ
それと同じような理由で攻撃を弾き返したりもしない。弾き返せば仲間に当たってしまうかもしれないから・・・となると攻撃に対する行動はひとつ・・・受け止める、だ
今、俺の投げた短剣がレーストが躱した事によりジットに向かって飛んでいる
いつものジットなら当然開いていた盾を再び閉じて短剣を受け止めるだろう・・・だが魔人となったジットがどう出るか・・・もし変わってしまっていたら奇跡は起きなかったという事になる・・・けどもし魔人になったジットも『要塞』ジットであるならば・・・
奇跡は起きた
「・・・だよな・・・それでこそジットだ」
ジットは短剣の存在に気付くと左右に開いていた盾をまた元に戻す。堅牢な要塞の出来上がり・・・だがその堅牢な要塞も外側からの攻撃には強くても内側からなら?
既に発せられる寸前だった声による攻撃・・・それが単なる声なら口を閉じれば済む話だが魔力が含まれているならどうなんだ?・・・そうだよな・・・そうおいそれと止められるはずもない
閉じられた門・・・その門が内側からの圧力に耐えかねて勢い良く開く
自ら発した魔力を含んだ声が盾を吹き飛ばした事により開いたのだ・・・ジットへの道が
「レースト!今・・・だ?」
先程の場所で倒れ込むレーストにようやく気付いた
そしてもうひとつ気付く
ジットを倒すには3つの奇跡では足りなかった事に
もうひとつ・・・4つ目の奇跡が必要だったのだ
「くっ!」
予備の短剣を抜き構える・・・が、既に開いた門は閉じようとしていた
これが閉じれば為す術はなくなる・・・かと言って俺が予備の短剣で飛び込んだところでジットを倒せるはずもない
最初から無理だったんだ・・・奇跡なんてそう簡単には起こらない・・・ここからレーストが起き上がりジットに向かって行く奇跡なんて・・・起きはしないんだ
そんな奇跡頼り人頼りの愚策を練った事を後悔している間に門は完全に閉じてしまう・・・が、何故か再び門は開いた
そして気付く・・・レーストがまだジットの射程圏内にいることに
どうする?
もうレーストは動けないだろう・・・なら無理に助けず次の一手を考えるべきか?
って言うかそもそも無理してダンジョンに向かう必要があるのか?ディーンの旦那にフェンリルと同じ魔族のベルフェゴールって奴もいる・・・もしかしたらロウはフェンリルを倒した後で助けに行った方がいいんじゃないか?
そうだ
別に俺が無理する必要はない・・・それにレーストはクソ貴族の言いなりになって色々やってきた男・・・もしかしたら冒険者も何人かその手にかけたかもしれない・・・見捨てても誰も文句は言わないだろう
それに俺が必死になって助けて何になる?2人とも死ぬだけだ・・・ならいっその事・・・
「・・・クソッタレ!」
体が勝手に動き倒れているレーストの前に躍り出ると右腕と肘から先が失くなった左腕をめいいっぱい横に広げる
柄にもないことをしていることは自分でも分かっている・・・けど何故か・・・そんな自分が誇らしく思えた
だが・・・
「・・・ど・・・け!」
背後から首根っこを掴まれると景色が突然変わる
何が起こったか理解出来ず辺りを見回していると俺の前でレーストが吹き飛ばされた
ようやく理解出来た
レーストを庇うように立っていた俺を彼は俺の首を掴み放り投げたのだ・・・そしてジットの・・・
「レースト!!」
脇目も振らず飛ばされたレーストへと駆け寄る
もう何度目だ?さっきまで虫の息だったのに・・・俺の短剣を躱した後、倒れていたはずなのに・・・いや・・・もしかして躱したのではなく限界を迎え倒れただけ?・・・違う・・・そんな訳ない・・・そんな訳・・・
「レースト!!」
「・・・耳、元で・・・騒ぐ、な」
「よ、良かった!・・・てかなんでお前さん俺を・・・」
「知ら、ん・・・勝手に・・・体が・・・動、いただけだ」
「何言って・・・とにかくもう喋んな!・・・今から聖者の奴を連れて・・・っ!」
「つ、ぎの・・・策は?」
「は?お前さんこんな状態で何言って・・・」
レーストは倒れて起き上がれもしないのにかなりの力で俺の腕を掴んだ
「次の・・・」
「だから無理だってぇの!見たろ?策は見事にハマったが門が開くのは数秒・・・その間に突っ込んでジットを倒すにはお前さんの力が必要なんだよ!けどもう・・・」
「・・・また・・・私は・・・」
コイツ・・・この期に及んでまだ・・・
無理だ・・・無理なんだよ・・・レーストの中じゃここで活躍すりゃ胸張ってディーンの旦那の横を歩けると思っているのかもしれねえ・・・けどもうそれは無理なんだ・・・
まだ息のある内に聖者を連れて来て回復を・・・
「・・・俺がジットを突破するまでくたばんじゃねぇぞ」
何言ってんだ・・・何やってんだ俺は!
クソッ・・・コイツの気持ちが痛いほど分かっちまう・・・
ここを逃せば次いつ来るか分からねえ・・・いやもう来ないかもしれねえ・・・俺みたいに・・・だから・・・
似た者同士ってのはこういう時厄介だ・・・本当に・・・厄介だ
「俺がジットを突破したら俺らの勝利だ・・・しっかりと見届けろ・・・クソッタレ──────」




