798階 ヒューイとレースト
アケーナダンジョン前
「ジットは基本『待ち』だ!仲間を守る為に自らは動かない。今は仲間がダンジョンだ!ダンジョンに近付こうとすると守ろうとする『要塞』だ!」
「・・・仲間がダンジョンだと?」
「細けぇ!四の五の言わずに黙って聞いてろ!・・・タンカーにとっての敗北は仲間が倒される事だ。つまり勝敗は俺っちがダンジョンに入れるか否かで決まるって訳だ」
「倒せばいいのでは?」
「時間がありゃそれでもいい。だが相手はジットだ・・・守りに徹しているタンカーを倒すのは至難の業・・・ダンジョンに入れさえすれば勝ちなんだから無理することはねえ」
俺っち1人でジットに勝てるとは思ってなかった。だから何とかジットを潜り抜けダンジョンに入るつもりだった。レーストが残るって言った時に倒す考えも過ぎったが時間が無限にある訳じゃねえし現実的に考えたらジットを越えてダンジョンに入るのがベストだろう
「それで・・・どうやって『要塞』をこじ開ける?」
「まだジットがどういう動きをするか不明だ・・・とりあえず俺っちが近付いて一旦様子を見るからここで大人しく待ってろ」
こちらを見ず虚ろな目で突っ立ているだけのジット・・・もしかしたらすんなり通れるかもしれない
恐る恐る遠回りで近付きそのままダンジョンに向かおうとすると突然ジットがこちらを向き両手に持つ盾を体の前で合わせた
まるでその姿は強固な城門・・・招かざる者を拒む城の門そのものだった
「チッ!やっぱダメか・・・っておい!」
襲って来ないとは思うが閉じられた瞬間に飛び退くと俺とすれ違うようにレーストが剣を手に持ちジットに向かい突っ込んで行く
「閉じられたのならこじ開ければいい」
そう言うとバカ正直に閉じられた二枚の盾に向かって剣を振る・・・が、当然剣は簡単に受け止められてしまう
「すぐに離れろ!押されるぞ!」
「押される?・・・ぐあっ!」
あのバカ・・・ジットは常に重い盾を持ち歩く。しかも二枚もだ。つまり歩いているだけで鍛えられその膂力はこの街一番と言っても過言ではない
ダンジョンでは巨大な魔物の一撃を防ぎ更に押し返したりする男だ・・・そのバカ力で盾ごと押されれば吹っ飛ばされるのは当たり前・・・レースト程度の体重なんて巨大な魔物に比べたら紙切れみたいなもんだしな
「大丈夫か?」
駆け寄り声を掛けると飛ばされて尻もちをついていたレーストはスっと立ち上がり何事もなかったように手で土を払う。やっぱり連携なんて無理だよな・・・1人で攻略した方がまだ望みはありそうな気がするぜ
「だから言ったろ?これに懲りたら俺っちの言う事を聞け。じゃなかったらとっととディーンの後を追いな」
「・・・騎士に二言は無い。指示を頼む」
『二言は無い』ねえ・・・さっき共闘の条件は俺の指示に従うって言ったばかりなのに・・・ん?そういやコイツ返事してなかったよな・・・なるほど・・・さっきは元から従うつもりはなかったってわけか。でも今は・・・
「今経験したから分かっているだろうけど正面からの強行突破は不可能に近い・・・守りに徹したジットは正しく『要塞』だ。となると手段はひとつ・・・ジットをあの場から動かす」
スミやセンのような火力があるなら別だが今の攻撃を見るとレーストは力押しでやるタイプじゃねえ・・・技を駆使するタイプの剣士だ。となるとジットとの相性は良くない・・・けど最悪って訳でもねえ
「具体的には?」
「簡単だ。ヒットアンドアウェイ・・・攻撃を当ててすぐに引く・・・先ずはそれを繰り返す。ジットがその場から動き追って来るようならその隙に俺っちはダンジョンに突入する」
「動かなかった時は?」
「・・・あまりいい作戦とは言えねえが・・・ジットに攻撃をさせる」
「?なぜいい作戦とは言えないのだ?」
「食らって分かっているだろ?守りに徹しているジットは敵を前にした城門みたいなもんだ。頑丈で決して誰も通さないってな感じ・・・で、その城門が開くとどうなると思う?」
「通れるようになる」
「・・・俺っちの話聞いてたか?敵が目の前にいるんだぞ?なのに開けるって事は・・・」
「なるほど・・・守りから攻めに転じる・・・仕留める算段がついたということか」
「そういうこと・・・城門を閉めておけば突破される事はないのに自ら門を開けるって事は勝てると思ったから・・・つまりジットに勝てると思わせないと開かない・・・攻撃して来ないって事になる」
「ようやく合点がいった・・・しかし先程のではダメなのか?」
「あれは攻撃じゃねえ・・・ただ押しただけだ。誰かさんは派手に飛んでたけどな」
「・・・」
「城門を開くって表現と同じようにジットが攻撃に転じる時は盾を開く」
「そう言えば両手に盾を持っていたな・・・開くと言うのは分かったがそれでどんな攻撃をしてくるのだ?・・・あまり蹴りは得意そうには見えないが・・・」
足の長さを見て言うな
確かに両手は盾で塞がっているし足は・・・まあ蹴りが得意そうな足ではない。盾を使って攻撃しようにも盾は攻撃には不向きだ
ジットもそれは重々承知・・・だから考え編み出した・・・恐ろしい技を
「・・・あまり人の秘技をベラベラ喋るもんじゃねえからな・・・この話の続きは動かなかった時に・・・」
「二段構えの作戦も構わぬが次策に移るのは早い方がいい・・・話すなら今話せ」
・・・確かにそうだな・・・こうして話が出来るとも限らないし・・・
「『声』だ」
「なに?」
「ジットは『声』にマナを含め攻撃する。衝撃波と言った方がいいのか分からないが・・・とにかく魔物を吹き飛ばすくらいの威力は出る」
「ほう・・・タンカーにしておくには勿体ない技だな」
「だろ?まあ性分ってのもあるんだろうな・・・それに弱点もある」
もしかしたら俺は覚悟が足りないのかもしれない・・・ジットを失ったと思う覚悟が
魔人になった人間は元には戻らない・・・その事を知っているはずなのに心のどこかではまだジットが元に戻って来るよな気がしていた
もうジットは戻って来ない・・・だから・・・
「弱点は声が枯れたら出せないってところだ。つまり数発出させれば声が枯れ出せなくなる」
「なるほどな。つまり何発か食らえ、と?」
「そうなるな。威力はどれくらいか食らった事はねえから分からないが死ぬ事はねえと思うぞ?」
「・・・動いてくれる事を祈ろう」
「同感だ・・・じゃあ早速・・・」
「待て」
「・・・なんだよ」
「作戦を立てる者が共に戦う者の技を知らなくて良いのか?」
「共に戦う者・・・ってそりゃ・・・」
「私は何も教えてないぞ?それとも『千里眼』はそこまで見抜けるのか?」
「いやだって・・・あんまりそういうもんはベラベラ喋ったりするもんじゃねえだろ?」
「・・・『千里眼』・・・貴様は色んなものを見通せるかも知れないが未来まで見通せるのか?」
「そりゃさすがに無理だ・・・見通せりゃ楽かも知れねえが見れるわけ・・・」
「なら今を全力で見ろ。何がなんでも未来を掴む為にがむしゃらになれ。遠慮など以ての外だ」
・・・意外と熱い奴なのか?・・・でも確かにそうだ・・・俺は相手を気にしたり共に戦うレーストを気にしてしまっていた。本気でダンジョンに入ろうとするならジットを・・・障害を越えなければならないって言うのに・・・
「・・・得意技とか必殺技みたいのあるのか?」
「そういうものはない」
「おい」
「だが奴に届かせようと研鑽してきた剣技がある」
「へぇそりゃ・・・聞いても聞かなくても変わらねえ情報をありがとよ。・・・期待して損したぜ・・・」
何かあるかと思ったらねえのかよ!なら聞かせるな!
「『ない』事が分かっただろう?」
「・・・そうだな・・・」
確かにレーストを知る事が出来た。作戦ってのは仲間を知ってこそ立てられるってのに俺はそんな事も忘れて・・・
「ねえなら予定通りだ・・・ヒットアンドアウェイで先ずは動かす・・・動かなきゃ次に門を開けさせる」
「開けさせるには?」
「お前さんの剣が届かないところで油断してくれ。そうすりゃ勝手に開いてくれるさ」
「間合いの外で隙を見せるか・・・なかなか度胸のいる話だな」
「怖いか?」
「まさか」
「なら・・・行くぞ!」
俺の予想じゃ十中八九ジットは動かない
おそらく命令か何かされてんだろう・・・『ダンジョンに侵入させるな』とかな
だとしたらやっぱり攻撃させるしかねえ・・・声が枯れりゃこっちのもんだ・・・ただいつ声が枯れるか・・・それまで俺らの身が持つかが問題だな
今度はちゃんと指示通りに動くレースト
攻撃をしては飛び退くを繰り返すがやっぱりその場に貼り付いているみたいに動かねえ。数度とそれを繰り返すとレーストはこっちを見た
チッ・・・仕方ねえ・・・
「『次』だ!」
俺の指示に頷くとレーストは構えを解くと剣を納める
完全なる無防備状態・・・これならジットも・・・
「っ!開いた!来るぞ!」
盾がゆっくりと左右に動く
そして次の瞬間・・・レーストはさっきより激しく吹っ飛んだ
声にマナを含めた衝撃波のようなもの・・・だが俺が見た事のあるものと違う・・・ここまでの威力はなかったはずだ
「レースト!・・・こりゃ耐えられる自信がねえな・・・」
駆け寄るとボロボロになって気を失っていた
交互に食らって数回で終わる・・・そう思っていたが一撃も耐えられそうにない・・・けど他に策は浮かばねえしやるしか・・・
「・・・おい・・・何をしている・・・」
「っ!気付いたか・・・何って吹っ飛ばされに行くに決まってんだろ?まさかお前さん1人でやるつもりだったのか?」
「・・・その『まさか』だ。貴様はこの後ダンジョンに行くのだろう?・・・ならば下がっていろ・・・これは私の役目だ」
そう言って立ち上がると俺の肩を持ち力無く押した後、足を引き摺りまたジットの元へ
俺は止めようと手を伸ばすがどうしても声が出なかった
食らう事への恐怖かそれとも覚悟を決めた背中に言葉が出なかったか・・・
数秒後、またレーストは吹き飛ばされ俺の横を通り過ぎていく
こんなはずじゃなかった・・・ここまで威力が高いなんて・・・
「・・・退け・・・」
また立ち上がりジットの元へ行くレースト
他の作戦を立てるべきか
それともやっぱり俺とレーストで交互に受けるべきか
悩んでいる俺の横をまた彼が通り過ぎる
「レ、レースト・・・」
「・・・」
無言で立ち上がりまたジットへと歩き出す
あぁ・・・もういいんだ・・・もうやめてくれ・・・このままやっても声は枯れないかもしれない・・・枯れる前に命が尽きるかもしれない・・・俺の作戦が悪かったんだ・・・だからもう・・・やめて・・・く・・・
恐怖で澱んだ目でフラフラになって尚も歩くレーストの背中を見た
彼はなぜ立ち上がるのか・・・彼はなぜ歩き続けるのか・・・
意地?ディーンの旦那に追い付きたいから?・・・違う・・・旦那に任されたからだ・・・ディーンの旦那は信頼しレーストにこの場を任せた・・・その信頼に応えようと彼は歩み続ける・・・今まで通りに
また扉は開き弾無き大砲がレーストを吹き飛ばす
俺の横を通り過ぎ地面に落ちるとまた立ち上がり突き進む。今聞こえたジットの声は最初に聞こえた声と変わりはなかった。後何回かで枯れるなどとは到底思えない。作戦は失敗だ・・・このままだとレーストは無駄死になるだろう
そうはさせない絶対にさせない
彼の努力を無駄にはさせない
彼が全力で期待に応えると言うのなら・・・その思いに俺も全力で応える!
諦めるな!悩め!見つけ出せ!何の為の千里眼だ!ジットに弱点なんてない・・・なら作り出せ!
「・・・なん、だ?」
また俺の前をフラフラになりながら通り過ぎようとするレーストの肩を掴んだ。するとレーストはこちらに振り向くことなく不満気な声を漏らす
「作戦変更だ。思ったより声帯は強いらしい・・・それかお前さんが脆弱だったか・・・」
「・・・それは・・・悪かったな・・・」
「気にすんな。んでまだ動けるか?」
「・・・ああ・・・当然、だ」
「そいつは良かった。やって欲しいことがある・・・出来ないなら1人でやるが・・・」
「・・・聞きもしないで・・・出来るとは言い難いが・・・出来る」
「だと思ったよ・・・作戦はこうだ。俺があの盾の門をこじ開ける・・・そしたらジットを斬ってくれ・・・それだけだ」
「・・・簡単、だな」
「ああ、簡単だ。最後にひとつ・・・」
「・・・まだ・・・あるのか?」
「俺を信じろ・・・それだけだ──────」




