表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン都市へようこそ  作者: しう
三部
779/856

797階 教会前にて

勇者──────魔王を倒せし唯一の存在、人類の希望


もしその勇者が魔人となったら?


魔王を倒せる程の強さを持つ勇者が・・・この大陸で最も強いとされる勇者が魔人となったら止められる者など皆無・・・人類にとって最も脅威となり魔族にとっては最も強大な武器となるであろう


妾の仮説が正しければ・・・フェンリルは遥か昔から魔人を集めていた。ここ最近冒険者が行方不明になると聞いて犯人がフェンリルと分かると勝手に最近活動し始めたと勘違いしておったがおそらく虎視眈々と準備していたに違いない・・・この日の為に


「は、はあ!?勇者って・・・なんで勇者が魔人になってんのよ!」


「それは分からん。だがフェンリルはよく言えば慎重であり悪く言えば臆病な魔族だ。他の魔族なら街の住民を逃がしたりせず魔物や魔人を使い一網打尽にしてしまっていただろう。だがフェンリルはいずれ来る未来・・・大陸を掌握した後、生き残った人との戦いを想定し街を大陸に見立て我らと戦う事にした。そんな魔族であるフェンリルがただの魔人を増やしたところで安心すると思うか?」


「だからって・・・てか勇者をどうやって魔人にするって言うのよ!魔王討伐の旅に出たばっかりの勇者ならそれほど強くないだろうけど魔人になんかされたら大騒ぎだろうし魔王討伐後ならそんなに騒がれないかもしれないけど・・・魔王を倒せる程の勇者って事でしょ?ただの魔族なら敵う訳が・・・」


シーリスの言う通りだ


魔王を討伐していない勇者ならただの魔族でも勝てるやもしれん。だがそんな事をすればその時代の人類の希望は失われ魔王が大陸を支配しているだろう


もしかしたら人類の歴史が始まる前の出来事なら考えられるがそれはない


人類の歴史は度々アバドンの手によって終焉を迎え新たな歴史が始まるらしいがそれならフェンリルも魔人もアバドンにやられているはずだ


となると魔王討伐後の勇者・・・絵本などで描かれる勇者の物語は大抵魔王討伐までの話・・・その後はほんの少しだけあるかない場合がほとんどだ。確かに魔王を討伐した後など描いても面白くないかもしれぬ・・・だから勇者が魔王討伐後にどこで何をしているか誰も興味を持たないのだ


ジークのように王になっていれば話は別だが余生を人里離れた所で過ごす勇者がいてもおかしくはない・・・魔王討伐に疲れ果て憩いの場を求めるのは分からなくはないからな


そんな勇者の前にフェンリルが現れたとて不思議ではない・・・更に言えば・・・


「『幻想』のフェンリル・・・対人間に特化した魔族らしいからのう・・・魔王を討伐した勇者とて遅れをとってもおかしくはない。それに顔は似ていないが雰囲気はジークに似ておる・・・あの古臭い格好もまるで絵本から出て来たような格好・・・お主の攻撃が効かぬくらい恐ろしく強く古びた格好をし雰囲気がジークに似てるとくれば勇者以外の他あるまい」


「他あるまいって・・・もし本当にそうだとしたらあの魔人・・・フェンリル超えちゃってない?」


「多分のう・・・そしてベルフェゴールさえも・・・」


あの魔人が魔王討伐後の勇者であるならば魔王より強かった人間が魔人になったって事になる。そうなると元々魔王の配下であったベルフェゴールより人間の時から上・・・そして魔人になった今は遥かに・・・強いはずだ


そうなると我らでは全く歯が立たぬ・・・普通の魔人ならまだしも勇者魔人など・・・


「そっか・・・勇者が魔人に・・・面倒な事になったわね」


「ったく・・・攻撃せねば大人しかったものを」


「仕方ないでしょ?あの魔法は途中で止めたら暴走しちゃうんだから」


魔法はマナを変化させたものである。マナを変化させるには変化させたいものを想像するのだがその時にどう動くかも想像しなくてはならない。石の槍を想像してもそれだけではマナで形作ったただの石の槍のまま・・・だからこそ『石の槍が敵に向かって飛んで行く』と想像するのだ


初めから『石の槍を意のままに操る事が出来る』と想像しておけば狙いを外すのも可能だがそうでなければ途中で止めてしまうと行き場を失った魔法は暴走してしまう


ラディルから散々注意されたからのう・・・それは分かっているのだが・・・


悪いのはシーリスではない・・・もう少し早く気付けなかった妾だ。ベルフェゴールに言われた直後に気付いておれば・・・


「何をしているの?・・・とにかく貴女はここから離れなさい」


「・・・なに?」


「ハア・・・貴女はこの国の王・・・こんな所で死なせる訳にはいかないのよ・・・分かるでしょ?」


いつもの冗談を言っている感じではない・・・シーリスは本気で言っている。そして分かっているみたいだ・・・妾がこの場を離れた後、どうなるか、を


くっ・・・冷静になれ・・・ここで妾が残って何になる?シーリスのようにマナも豊富ではなくミケのように戦えずゼガーのように回復も出来ない・・・もし3人が妾を庇うような事になれば戦力にならないだけではなく足でまといになってしまう・・・ならばシーリスの言う通りこの場から離れた方が・・・


「ほら早く!来るわよ!」


ふっ・・・悠然と歩く姿は絵本のままだのう・・・子供の時に読んでて興奮したのを覚えておる・・・勇者になれずともその横を歩く存在になりたいと思ったものだ。その思いは叶わなかったがまさか対峙する事になるとは夢にも思わなかったのう


「派手子!」


「ギャンギャン騒ぐな煩いのう・・・妾とて宮廷魔術師候補にまでなった魔法使い・・・決して足でまといにはならないはずだ」


すまんシーリスよ・・・王としての矜恃とかそういうものではなくただ妾個人のワガママ・・・お主らを見捨てて逃げるなど我慢ならんのだ


「このっ・・・わからず屋!どうなっても知らないからね!」


「承知の上だ。お主らも妾を庇おうなどと思わずとも良い・・・ここにいる妾は王ではなくただの魔法使い・・・分かったな?」


もはや魔人はただ一人・・・この魔人さえ倒してしまえば後はベルフェゴールとフェンリルの決着を待つのみ・・・フェンリルがこの街を大陸の縮図と見立てるのならば妾はこの街を我が国の縮図と見立てよう。ここで負ければ我が国は滅びる・・・その覚悟で挑まねばならん


3人が妾の言葉に頷くのを確認しゆっくりと歩く勇者を指差した


「指揮は妾が執る・・・勇者魔人・・・は長いから勇魔人と呼ぶとするか・・・勇魔人は魔王に匹敵・・・いや、それ以上の強さを持つと知れ。敵わずとも時間を稼げばきっと勝機は見えてくるはずだ」


「なるほどね・・・援軍待ちってわけ?」


「そうだ・・・時が経てば必ず来る・・・そう・・・」


「バカ兄貴が」「ディーンが」


「・・・」「・・・」


互いに同時に違う名を口にして顔を見合わせる


こやつは本当に・・・口では散々言っておいて・・・


「ち、違うの!そうかなーって思ったけど思わず口が滑って・・・」


「・・・よい。気にするな・・・それよりも話している内にすぐそこまで来ておるぞ?ミケは勇魔人の攻撃を何とか引き付けよ!ゼガーは後方で待機し万が一ミケが傷付いた時に備えよ!攻撃は妾と兄大好きシーリスで行う!」


「ちょっと!」


「グダグダ言うておる暇はないぞ?・・・ミケ!」


「はぁい!」


文句を言おうとしたシーリスの言葉を制しミケに指示を出す


するとミケは両手の人差し指を立てたまま目の前で組み叫んだ


「分身の術ぅ!」


ミケの体から白いモヤが複数飛び出すのその形をミケの姿へと変えていく


「さぁて・・・貴方には分かるかしらぁ?本物のミケがどれか・・・分かるなら当ててご覧なさい!」


勇魔人に一斉に飛び掛るミケ達


すぐさま勇魔人はミケに反応し背中から使い古した無骨な剣を抜くと襲い来るミケ達に向けてその剣を薙ぎ払う


ミケ達は消えていき最後に残ったミケが更にミケを増やす・・・明らかに偽ミケと本物は違うのだがおそらく勇魔人はミケのマナに反応しているのだろう・・・何の疑いも持たずまたミケ達に立ち向かう


対魔人でこれ程有効な陽動はないのう・・・上出来だ


「シーリス!」


「ええ!土魔法『串刺し』!」


「風よ風よ妾の願いを叶え給え、自由な風よその姿を龍に変えその息吹をもって敵を殲滅せよ『ドラゴンブレス』!」


シーリスの魔法がその魔法の名の通り勇魔人を串刺しにし妾の魔法が吹き飛ばす


だが先程の石の槍と同じくシーリスの魔法はその硬い肌を貫けず妾の魔法も体を吹き飛ばしただけ・・・おそらく大したダメージは与えておらぬだろう


だがそれでいい


無理に攻めずに時間を稼ぐ・・・そうすればヒューイをダンジョンに送っているディーンが駆け付けてくれるはずだ


「まったく・・・いきなり大技なんてマナは平気なの?」


「出し惜しみしてやられては元も子もあるまい。それにあれくらいでなければ時間稼ぎにもならんだろう?」


妾の使える魔法で最大の威力は今使った『ドラゴンブレス』・・・妾のマナ量ではあと一回が限度か・・・だが少しでも時間を稼げるのであれば・・・なぬ?


立ち上がるのは想定内、傷一つないことも驚きはせぬ・・・だが・・・あれはないだろう・・・



妾に吹き飛ばされた後、立ち上がった勇魔人の体からは魔力が立ち込める。その魔力は背後にある教会のてっぺんにまで届きそうな勢いだった


《・・・ガァ!》


「くっ!」


勇魔人がその立ち込める魔力を解き放つと空気を伝わり魔力が凶悪な風となり押し寄せる


その風はミケの分身を掻き消し我らの心を蝕む


時間稼ぎ?とんでもない・・・それすらも過信と思える程の実力差・・・あの魔力がこちらに牙を向けば我らなど簡単に消し飛んでしまう


「・・・ハハッ・・・上等じゃない・・・やってやるわよ・・・」


「よせシーリス!ここは一旦離脱しディーンと合流してから・・・」


「逃がしてくれる訳ないでしょ?スウの言う通り出し惜しみしている場合じゃなかった・・・アタシのこの攻撃を食らっても涼しい顔していられるか見てあげる!」


シーリスが両手を上げる


見上げるといつの間にか空には岩の塊が浮いていた


あのバカ!ここら一帯を吹き飛ばすつもりか!?


「土魔法『時間稼ぎアタッーク』!!」


嘘つけ!『メテオフォール』だろうが!


上げていた両手を振り下ろすと宙に浮いていた岩の塊が勇魔人向けて落ちて行く


魔法の名も嘘だが内容も嘘だ・・・シーリスはメテオフォールを時間稼ぎではなく倒す為に使いおった


確かにメテオなら奴を倒せる可能性はある・・・衝撃波だけで街を壊滅させる威力のある魔法・・・その魔法をまともに食らえば勇魔人とてタダでは済まぬはずだ



勇魔人は剣を構える事なく棒立ち・・・もしやメテオの存在に気付いていない?



メテオが勇魔人に落ちるほんの数秒・・・妾の中に少しだけ希望が生まれた


だがその希望は呆気なく崩れ去る



《ガァ!!》


メテオが当たる寸前・・・勇魔人が一声吠えると岩の塊は脆く崩れ砂ほどの粒になり消えていった


「・・・は?」


信じられないものを見て思考が停止する


この国一番の魔法使いと言っても過言ではないシーリスの最強の魔法がまるでロウソクを吹き消すように簡単に消えてしまった


「・・・か・・・陛下!」


「・・・」


「先程陛下が仰ったように一旦ここから離脱致しましょう!」


「う、うむ・・・それしかない・・・あれは我らの手には負えぬ・・・」


「・・・二手に分かれませんか?陛下達はダンジョンの方角に・・・私達は来た道を戻ります。ダンジョンの方角に向かえばディーン将軍と合流出来るかもしれませんし私達も他の方と合流が出来るかもしれません・・・それにもし追って来たとしてもどちらか片方が生き残れば伝えられます・・・決して勇魔人には手を出すな、と」


その通りだ


アレに手を出してはダメだ


その事を他の者に伝えるには誰かが生き残らなければならない・・・二手になればどちらか一方は生き残れる可能性が高いのは確か


なれば・・・


「ゼガーの言う通りに二手に分かれこの場を離脱する!妾とシーリスは北に!ゼガー達は南に逃げよ!」


もはや取り繕う気もしない


離脱など気取った言い方ではなく『逃げる』


奴から出来るだけ遠くへ・・・恥も外聞もなくただ『逃げる』


生き残れば未来に繋がる・・・だがここで全員死ねば未来は閉ざされる・・・奴とは戦ってはダメだ・・・ディーンとて・・・いやもしかするとロウニールさえ・・・


「ちょっ!・・・なんで!?」


共に走って逃げていたシーリスが突然叫んだ


それを聞き妾も振り返るとそこには奴と対峙するゼガー達の姿が・・・


なぜ残っておる・・・同時に別方向に逃げた姿は確認したのに・・・なぜ──────





「どうせこんな事だろうと思ったわ・・・あーあ、殿に叱られるなぁ」


「申し訳ない・・・付き合わせてしまって」


「別にぃ・・・ただ守れなかったってのが悔しいだけ・・・」


「充分守ってもらいました・・・私は・・・母国に帰り骨を埋める事を生き甲斐に生きて来た・・・その願いは半分叶い、残りの半分が少し早まっただけ・・・でも君は・・・」


「そうね・・・私は任務が終わったら普通に結婚して普通に子供産んで・・・って、任務の終わりって何時よって話しよねぇ」


「子供が産まれた時じゃないですか?」


「・・・そうなの?・・・なら私の願いも半分は叶ってたって事?・・・それは知らなかったわぁ」


「気付きませんでしたか?私は貴女を愛してます・・・結婚して下さい」


「・・・せめて教会の中なら良かったのにねぇ・・・まっ、それが私らしいっちゃ私らしいか・・・無宗派だしね」


「それで・・・応えてはくれないのですか?」


「うーん・・・考えておくわ」


「・・・」


「冗談よ冗談・・・結婚してあげてもいいわよぉ」



ミケがおどけて笑いゼガーが微笑む



夫婦となった2人の初めての共同作業は苛烈を極めた



何をやっても通じない魔人、吠えるだけで魔法を掻き消す魔人に挑む




教会の前で挙げた2人だけの結婚式は盛大にそして凄惨に幕を閉じた──────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ