793階 怒り
教会前
ようやく教会に辿り着いた
今更ながら壁の向こうに残して来た者達の事が気掛かりになるが考えても仕方ない・・・フェンリルさえ倒せば全てが終わる
「何よ・・・緊張しているの?」
「別に・・・ここに来た時点で我らの役目は終わったようなものだ・・・今更緊張も何もないだろう?ベルフェゴールよ、手筈通り・・・む?」
作戦は単純だ
フェンリルを相手するのはベルフェゴールのみ
我らは近くで待機し不測の事態に備えるだけ・・・だったはずなのだが・・・
教会の扉が開くと中から見知った者が姿を現す
「さて・・・お主はどっちだ?・・・レオン・ジャクスよ」
教会から出て来たのはレオン・・・フーリシア王国史上最も凶悪な犯罪を犯した者の名でもある
正気なら心強い味方となるが敵だとしたら・・・いや、教会から出て来た時点で答えは決まっておる・・・残念だが全力で・・・
《名前を覚えてもらい光栄です・・・女王陛下》
「なに?お主・・・」
《ああ、まだ答えてませんでしたね。見ての通り私はフェンリル様側です》
いやそれは分かる・・・だが・・・なぜ喋れる?
魔人は唸り声のようなものを出すものの喋る魔人など今までいなかった・・・人のまま裏切ったのか?いやしかし・・・
《お下がり下さい。あの人間は・・・魔人です》
ベルフェゴールは妾の前に立ちレオンを牽制する
「魔人・・・しかし他の魔人とはあまりにも違うぞ?」
《・・・分かりません・・・ですが魔人なのは確かです》
ベルフェゴールが分からぬとなると我らでは分かりようがないな。レオンが特別なのか?フェンリルが何かしたのか?・・・とにかく今分かるのは・・・他の魔人より危険だという事だ
《そう構えずとも貴女方と戦う気はありません。私はただ仲間に会いに行くだけです》
「仲間だと?」
《ええ・・・ちなみに女王陛下への贈り物はあちらにあります。ゆっくりと御堪能下さい。それでは》
そう言ってレオンは一礼すると私達の横を通り過ぎて行ってしまった
追う事も考えたが今はフェンリルが先・・・だが・・・厄介な贈り物をくれたもんだ
《ここはワタクシが・・・》
「いや、ベルフェゴールは先に教会の中へ・・・あやつらは我らで対処する」
教会の前にいつの間にか陣取る魔人達
ベルフェゴールは魔人達の相手を買って出るがどうも嫌な予感がする
壁の件といい教会前に魔人を陣取らせる事といい・・・やはり時間稼ぎをしているようにしか思えん
《お断りします》
「・・・なぜだ?」
《ワタクシはアナタを守る為にここにいるのです。決してフェンリルを処理する為にいる訳ではありません》
「頑固だのう・・・どうせ我らはフェンリルに近付けぬのだ・・・お主がフェンリルと相対している時に我らが魔人達の相手をしておればいいだろうに」
《・・・》
ベルフェゴールは言う事を聞く気はないようで妾を無視して魔人達の元へと歩み出す・・・しかし
「さっさと行きなさいベルフェゴール。貴方のやるべき事はスウを守る事じゃないわ・・・フェンリルを討つ事よ」
《・・・しかし・・・》
「口答えしない!早く行きなさい・・・スウはアタシが守るから安心して・・・それともアタシじゃ不安?」
《・・・畏まりました・・・では、すぐにフェンリルを処理して来ます》
「おい」
納得がいかぬ・・・なぜ妾の言葉は無視してシーリスの言う事は素直に聞くのだ?
《・・・左端の一番奥にいる魔人にはお気を付け下さい・・・魔力が常人を遥かに超えております》
「左端の一番奥?・・・分かったわ」
ベルフェゴールが指し示した方向に視線を送ると何やら一人だけ毛色の違う魔人が立っていた
まるで絵本から抜け出して来たような出で立ちにどこかで見た事があるような顔立ち・・・ふむ・・・どこで見たのか・・・そんな昔ではない・・・ごく最近見た気がするのだが・・・にしても・・・
「どういう事だ?いつから王より宮廷魔術師の方が発言力は強くなったのだ?」
飛び上がり魔人達を越えて教会へと入って行ったベルフェゴールを見送りながらシーリスに尋ねると微笑みを浮かべ目を細めた
「発言力の問題じゃないわ」
「薄気味悪い顔をしおって・・・ならどういう理屈なのだ?」
「そんなの決まっているじゃない・・・可愛さ、よ」
「風よ風よ妾の願いを叶え給え、自由な風よその姿を龍に変えその息吹をもって敵を殲滅せよ『ドラ・・・』」
「マナの無駄使い!」
「ゴフッ!」
喉はやめろ喉は
鋭い手刀を食らい詠唱を終え後は放つだけだったのに魔法は霧散してしまった
「バカじゃないの?頭の中空っぽなの?王冠を着けないのは頭が空っぽで軽くて重みでもげちゃうから着けないの?」
「ア・・・ホ・・・我が国では・・・女王は・・・ティアラと・・・相場が決まってる・・・」
「あっそ・・・てか『ドラゴンブレス』なんて使うとか頭大丈夫?頭ロウニール?」
「このっ!」
「怒らない怒らない・・・簡単な理由よ。ベルフェゴールはバカ兄貴の眷属・・・んで、アタシはバカ兄貴の親族・・・系譜としては一応上になるみたいなの。だからさっきまでスウを守りながらアタシの事も気にしていた・・・バカ兄貴の為にアタシを守ろうとしてたのよ。それに気付いたからわざと命令口調で指示したら従ったってわけ。おそらくバカ兄貴が不在だから代理みたいなものになってるのかもね・・・ベルフェゴールの中では」
そう言えばシーリスを気にしている素振りを見せていた・・・しかし自慢げに言っておるが気付いておるのか?常日頃から『バカ兄貴』呼ばわりしているロウニールの恩恵を受けておるのだぞ?・・・まあ本音は皆が知るところだが・・・
「何よ」
「何でもない・・・さて、頼れるベルフェゴールを行かせたからには相当な自信があるのだろう?見せてもらおうか」
「いやいや・・・アンタが行かせようとしてたんでしょ?アタシは派手子の代わりに・・・」
「ふむ自信がない、と。ならば待つとするか」
「誰を?」
「お主にはいるであろう?頼れる兄が」
「・・・」
「自信がないと言うのであれば仕方がない・・・ヒューイが助け出すまで待とうではないか。のう?シーリスよ」
「・・・やる」
「なんと言った?」
「やってやるって言ってんのよ!バカ兄貴を待つですって?冗談じゃないわよ!・・・宮廷魔術師シーリス・ローグ・ハーベスを舐めんじゃないわよ!」
・・・心情は『愛しの兄の負担にならないようにしなきゃ』か?それとも『兄様に認められる為にも魔人を倒さなきゃ』か?・・・どちらにせよ扱いやすいことこの上ないな・・・それで良いのか宮廷魔術師
「見てなさい!全てをぶっ壊してあげるから!」
「やめれ」
お返しと言わんばかりの手刀をシーリスの喉に突き刺した
「ゴフッ!・・・な、何すんのよ!」
「やる気になるのは構わぬが辺り一帯を吹き飛ばすのはやめておけ。とりあえず・・・ぜガー!ミケ!」
「はい」
「はいなぁ」
「なんとも気が抜ける返事だのう・・・まあ良い。これよりこの4人でパーティーを組む。前衛はミケ、その後ろにゼガー・・・妾とシーリスは後衛だ。ぬかるでないぞ・・・ベルフェゴールがフェンリルを倒すまでに目の前の魔人共を殲滅する──────」
教会内部
《久しいな・・・やはり貴様が来たか・・・ベルフェゴール》
フェンリルは椅子に座ったまま教会の扉を開け入って来たベルフェゴールを見てニヤリと笑う
《・・・》
《ワシとは話す気にもなれないか?そうだよな・・・サタンに次ぐ実力者でありインキュバスの側近中の側近が創られた後で使えないと捨てられた者とは話す気になれないのは分かる・・・だがもし少しでも話をする気になったのならこの椅子に座って欲しい》
フェンリルが言う『この椅子』というのは存在しなかった・・・が、突如として椅子はベルフェゴールの前に現れる。それは魔法で作り出したのではなく創造で創り出したもの・・・ベルフェゴールは目を細めその椅子を見つめると黙って座った
《話をする気になった・・・そう思っても?》
《ワタクシが興味を持つ話なら》
《無論くだらない話をするつもりはない・・・どうだベルフェゴールよ・・・ワシの元に来ないか?っと!》
ベルフェゴールが指を鳴らすと彼の背後に無数の炎の槍が現れる。それを見たフェンリルの頬に冷や汗が伝う
《お、落ち着けベルフェゴール・・・先程のを見ただろう?創造の力を。ロウニールと同じインキュバスの能力を》
《インキュバス『様』ですフェンリル・・・そしてロウニール『様』です》
炎の槍を背後にベルフェゴールは2人への様付けを強要する。だがそれを聞き落ち着きを取り戻したフェンリルは椅子から身を乗り出した
《まだ分からないのか?人間がたまたまサキュバスの力を得ただけの者と魔族がサキュバスの力を得た者・・・どちらがインキュバスに近いか・・・聡明なお主なら分かるはずだ》
《・・・『得た』ですか・・・奪ったの間違いでは?》
《どちらも変わらぬ・・・あえて言い換えるならワシの糧となったと言うべきか・・・間もなく完全にサキュバスとの同化が終わる・・・そうすればワシは・・・》
《なるほど・・・時間稼ぎはその為ですか》
《・・・聞けベルフェゴールよ・・・確かにワシはサキュバスを無理矢理呑み込んだ・・・ウロボロスにロウニールが如何にして人間の身でインキュバスやアバドンを倒したかを聞きそしてワシも実行した・・・インキュバスがサキュバスを自らの分身のように可愛がっていたのは知っている!それでお主が怒るのも分かる!だが冷静に考えてみよ!ロウニールはサキュバスを呑み込み魔族となったかもしれぬが所詮は元人間・・・だがワシは違う!魔族であるワシがインキュバスの能力『創造』を手に入れたのだ!仕えるには充分過ぎる理由になるのではないか?・・・過去の遺恨はすべて洗い流そう・・・ヴァンパイア以外の魔族をワシは仲間だと思っている・・・だからこの手を取れベルフェゴール!共にこの世を支配するのだ!》
立ち上がり手を差し伸べるフェンリル
それを見てベルフェゴールは目を細めた
《ひとつ聞きたい事が・・・ロウニール様には二体の魔物が付いていたかと・・・その魔物の反応が突然途絶えたのですが・・・》
《ああ・・・スライムにシャドウの事か。そいつらなら反抗的だったのでな・・・魔核を抜き去りその場で砕いてやったわ。それがどうした?たかだか魔物の一体や二体どうって事なかろう?そんな事よりも早くワシの手を取れベルフェゴール!》
人間は核を抜かれてしまうと魔力が体全体を蝕み魔人と化してしまう。魔物は魔核を抜かれると体そのものが消滅してしまう・・・何故なら魔物にとって核は人間にとっての心臓と同じ役割をしているからだ
人間の心臓が体全体に血を巡らせているように魔物の核はマナを巡らせる。それによって魔物は体を維持していた
つまり核を抜かれたスライムとシャドウ・・・スラミとシャドウセンジュは・・・
《残念ですがその手を取る事はありません・・・アナタでは・・・ワタクシの知識欲を満たす事は出来ませんので》
ベルフェゴールは立ち上がると手をフェンリルに向けて突き出した
それは差し出された手を握る為ではなく、静かに燃える心の内の炎をフェンリルにぶつけるため
《本当に残念だよ・・・『探求』のベルフェゴールよ》
《ええワタクシも残念です・・・出来ればサキュバスと同化したアナタを見てみたかったのですが・・・目障りなので今すぐ死んで下さい》
ベルフェゴールVSフェンリル・・・開戦──────
ダンジョン180階
魔核を抜き去られたスラミとシャドウセンジュは物言わぬ屍と化していた
人間であるヒューイを逃がす為に命を賭し、そして命を落とした2人は消えるように地面へと吸い込まれていく
奇しくも折り重なるようにして亡骸は混ざり合い深く深く・・・吸い込まれていくのであった──────




