791階 VSテレサ
アーノン&フリップVSテレサ
「久しぶりの再会に水を差されたくはねえよな・・・って、そろそろ昔話に花を咲かせている場合じゃねな」
「・・・一言も喋ったつもりはないけどな」
「目は口ほどに物を言うって言うだろ?雄弁に語ってたぜ?色々とな」
テレサと対峙してからどれくらいの時間が過ぎただろうか
覚悟を決めてきたっていうのに実際に会ったら戦う気は起きずただジッと見つめている事しか出来なかった
フリップはどうなのだろうか・・・長くパーティーメンバーだったテレサ・・・そのテレサを前にして何を思う?
「・・・ここだけの話だ・・・俺もテレサに惚れていた」
「・・・そうか・・・」
「反応薄いな、知ってたのか?」
「テレサはギルド中から好かれてたからな・・・一番長くそして近くに居たお前がテレサに惚れてても驚かない・・・むしろさっさと街を出て行った事の方が驚きだった」
「・・・怖かったんだ・・・認めるのが。お前と違って俺はテレサの最期を見てねえ・・・だから実感がなかった。認めたくねえ・・・だから現実逃避した・・・街を出れば想像出来るだろ?テレサがダンジョンからひょっこっと戻って来てお前がテレサと抱き合うシーンが」
「そのシーンを再現するか?相手役はお前で」
「勘弁してくれ・・・いい蹴りしてたぜ・・・テレサのやつ」
テレサを前にして会話を続ける
まるでパーティーを組んでいた時のようだった
変わらない・・・私とフリップが言い合いや馬鹿話をしているのを微笑みながら見つめるテレサ・・・ただ今のテレサは私達を見ているようで見ていない虚ろな目・・・ただそれだけがあの時と違っていた
「・・・さて・・・そろそろケリをつけるか・・・」
「フリップ・・・待ってくれ・・・まだ私は・・・」
「待ってもお前にゃ無理だ。テレサを骨の髄まで愛し・・・そして愛されてたからな・・・ったく少しくらい俺が入る隙くらい作っとけってんだ」
「・・・」
「安心しろ・・・あっちゅー間に終わらせてやる・・・テレサが痛い思いをしないくらいに・・・お前の涙が地面に落ちる前に・・・終わらせてやる」
そう言われて初めて頬を伝う涙の存在に気付いた
これは何の涙だ?
懐かしさから来るものか
もう別れの時だと思っての涙か
それとも・・・
「魔人が元の人間の強さに依存するならテレサはそんなに強くねえはずだ・・・ヒーラーとしては優秀だったが戦闘はからっきしだったしな・・・まあなんつーかそこが庇護欲をくすぐるって言うか・・・チッ・・・これ以上は俺の斧も鈍りそうだ・・・一気にケリを・・・つけてやる!」
違う・・・違うぞフリップ・・・彼女は強かった・・・誰よりも・・・強かったんだ・・・
大きく右足を出すとその足で一足飛びに間合いを詰める。本気でその一撃で終わらせるつもりだ・・・足の悪いフリップは自らの退路を断ち切りテレサの元に飛び込んだ
ダメだ・・・ヒーラーの・・・しかもダンジョンの聖女とまで言われた彼女に無闇に近付けば・・・
テレサの目が見開くと焦点の合わなかった虚ろな目が獲物を見る獣の目へと変化する
「くっ!・・・間に合え!」
指を2本立て上に突き上げる
イメージは噴水・・・フリップさえも持ち上げる強力な噴水
「どわあああ!?て、てめえ何しやがる!」
地面から湧き出た水が勢い良くフリップを持ち上げ空へと放り出した
間に合った・・・と、このままだとフリップは真っ逆さまに落ちてしまう
イメージはベッド・・・あの巨漢を受け止めるベッドだ
落ちて来るフリップの位置に合わせて地面に水のベッドを作り出す。そこに見事に着水しフリップは事なきを得た・・・はず
「おいアーノン!てめえいきなり何しやがる!」
「その話は後だ・・・来てるぞ!」
落ちて来たフリップにテレサが迫る
イメージはブレス・・・ドラゴンが吐くブレスが如く全てを吹き飛ばすブレス
「ウォーターブレス!」
手のひらから放射線状に広がるブレスは2人を離す事に成功した
本来ならテレサだけを狙うべきだが・・・
「ア~ノ~ン~!」
威力は最小限に抑えたからか怪我はしていないみたいだ
しかし魔法を当てられた怒りで我を忘れたフリップが戦斧片手に私に迫る・・・テレサの存在をも忘れて
「文句は後で聞く!今は・・・」
「分かってる・・・よ!!」
フリップが振り向くと既に背後まで迫っていたテレサがそのか細い手を握り締めフリップに突き出した
気付いていたフリップは振り返りざまに戦斧でその拳を受けた
「ぐぬぬっ!その細い腕でなんて力だ・・・てかちょっとくらい手加減しろよな!テレサ!!」
「おいフリップ!!」
フリップはあろう事か前蹴りをテレサに放った
テレサは腹部を巨大な足で踏まれくの字になって飛んで行く・・・一瞬フリップに殺意を抱くが首を振り冷静になり戻って来た彼を迎えた
「クソ野郎」
「おまっ・・・魔法で吹き飛ばされた後に魔人から命からがら逃げ延びた親友に言うセリフか?コラ!」
「・・・テレサが蹴られた姿を見たらついカッとなって・・・悪かったクソフリップ」
「・・・重症だなこりゃ・・・まあいい・・・ムカつくが許してやる・・・ただひとつ教えろ」
「・・・なんだ?」
「なぜテレサはあんなに強い?元の強さに依存するんじゃなかったのか?」
「・・・ギルド長になったんならもう少し勉強しておけ。ヒーラーは促進、活性化、修復の3つの力を使い分けるのは知っているな?」
「うん?・・・あ、ああもちろんだ」
これは・・・知らないな・・・
「まあいい。その3つの内最も適した力を使い治療する訳だがテレサはダンジョンの聖女とまで言われた実力者・・・お前の言う通り肉体的な強さはパーティーの中で一番低かったかもしれないがマナを操る能力は一番高かった。欠損部分を再生したりは出来なかったがそれ以外ならどんな傷でも治してしまう・・・だから聖女ではないのに聖女と呼ばれていたんだ」
「・・・彼女自慢は終わったか?」
「聞け!・・・強さってのは何も力が強いだけで決まる訳じゃない・・・テレサのようなマナの扱いが長けているのも強さなんだ。その彼女が魔人化した・・・今はマナではなく魔力を使っているが魔人は元の人間の強さに依存するならテレサは・・・」
「魔力の扱いに長けた魔人?」
「そういう事だ。そして今彼女が使っているのはヒーラーの3つの力の内の1つ・・・活性化だ」
「・・・ほう」
「・・・活性化はスカウトが使う強化に似たような力を発揮する・・・仲間を活性化させれば普段より力も上がり高く飛べ素早く動ける・・・マナによる外的強化ではなく自らの肉体の力を増幅すると考えればいい。もし本当に元の人間の強さに依存するならば・・・テレサは魔力の扱いに長けその魔力を使って自らを活性化させる事が出来るって事だ。魔力でどれくらい活性化させられるか分からないがダンジョンの聖女であるテレサが使うならおそらく・・・」
向こうの方でテレサが立ち上がるのが見えた
やはり無傷・・・平然とフリップが蹴った腹部についた土を叩き落とすとこちらを向き首を傾げる
「来るぞ・・・おそらくこの世で最も魔力の扱いに長けた魔人が、な──────」
アケーナ教会
《クッカッカッ・・・欠陥品にしてはなかなか・・・二番目くらいにはなるか?少し勿体なくなって来たな・・・潰してしまうか・・・あの人間達》
《・・・一番ではないのですね》
アーノン達と戦うテレサの映像を見てフェンリルは目を細めて笑う。すると横に立つレオンは同じく映像を見ながらフェンリルに尋ねた
《ん?ああ・・・貴様には見せてなかったな。試作品第一号・・・と共に欠陥品第一号を》
《フェンリル様が初めて作られた魔人ですか・・・それは興味がありますね》
《興味があっても近付かぬ方がいいぞ・・・アレは欠陥品だから近付けば攻撃してくる・・・貴様とてタダでは済まぬぞ》
《・・・それは益々興味をそそられますね・・・一体誰が元なのですか?》
《さあな・・・その辺に転がる石ころだ・・・少し他の人間より大きいが、な》
《・・・》
フェンリルはレオンに答えながら口の端を上げニヤリと笑う
レオンはそれ以上聞いても答えは返って来ないと諦めもうひとつ疑問に思っていた事を口にする
《フェンリル様・・・なぜ私は他の魔人と違い思考する事が可能なのでしょうか?》
自分が明らかに他の魔人と違う事は認識出来ている。同じタイミングで魔人となったジットはこれまでの魔人と同じく思考している様子はなく命令されるか反応のまま動くかしか出来ない様子だった
《ふむ・・・まだ仮説の段階だが貴様は魔物や魔族に近い存在だったのかもしれないな》
《と言いますと?》
《人間が魔人になる際、魔力が人間の体を強化し脳を蝕む・・・体は耐え切れず肥大化し脳を破壊しこれまでのような魔人となる。ワシは研究の結果見た目を変えず魔人化させる事に成功したが何度やっても中身・・・脳は破壊されてしまった。時間を掛けてゆっくり浸透させても魔力をいくら弱めても無駄だったのだ。だからこれまで成功例は一度もない・・・ただの一度もな。だがこれまでと同じやり方で貴様は成功した・・・となると答えは『個体差』・・・そして考えられるのは魔力に元々馴染む人間だったと考えている》
《・・・魔力に馴染む人間・・・マナはただのエネルギー・・・使う者が手を加えなければならないエネルギーの塊。逆に魔力はそれ自体に攻撃性を持ったエネルギー・・・人間にはとても扱えない凶悪な攻撃性を持っていると聞いてます。なので魔力に蝕まれた人間は耐えられず魔人と化してしまうと。その魔力に馴染むという事は私が攻撃性の高い人間だった・・・という事でしょうか?》
《ふむ・・・大方合っているが攻撃性を持った人間と言うよりは強い意志かも知れぬ》
《強い意志・・・ですか?》
《人間は総じて意志が弱い。それは想像力が迷いを生じさせるからだ。ワシはそれを利用して人間に幻を見せるのだが魔物や魔族は迷いがないので幻には掛かりにくい。思い返してみれば貴様も掛かりにくかった・・・マナが滞留する水であるのなら魔力は激流・・・迷いのある人間など簡単に呑み込んでしまう。だがもし迷いのない人間なら?・・・魔力の激流に逆らうことなく身を任せ上手く利用出来るかも知れぬ》
《・・・フェンリル様》
《なんだ?》
《もし私のような魔人をまだお望みならご用命下さい》
《ほう・・・心当たりがあるのか?》
《はい・・・きっと満足していただけると思います──────》




