789階 安心しろ峰打ちだ
アケーナの街を疾走する3人・・・ディーン、レースト、ヒューイは既にダンジョンに迫っていた
「随分と派手にやってくれたな・・・あの宮廷魔術師様は。お陰でルートはかなり多い・・・最短で邪魔するものなくダンジョンに辿り着けるルートがな」
「最短だけを考えればいいものを・・・魔物など私とディーンがいれば取るに足らん」
「ああそうですか・・・けどディーンはともかくアンタは魔物と戦った事があるようには思えねえけどな。イカレ貴族と遊んでいるところしか見てねえが?」
「自殺願望があるなら先に言え・・・回りくどい言い回しなどせずにな」
「やんのかコラ」
「『やる』ではなく一方的に『やられる』だ。無論貴様がな」
「はいはい2人ともそこまで。まったく・・・これだから冒険者と騎士は仲が悪いと噂されるんだよ」
ディーンの言う冒険者と騎士は仲が悪いという話は周知の事実であった
冒険者は自由を求め騎士は国の安全を守り、冒険者は魔物と戦い財を得て騎士は人と戦い名声を得る
水と油のような立場にある冒険者と騎士は分かり合えるはずもなく互いに嫌っていた
「そもそもレースト・・・お前さんは騎士じゃねえだろ」
「騎士とは陛下に仕える者だけを言うのではない」
「悪徳貴族に仕えるのも騎士ってか?笑えるな」
「・・・どうやら死にたいらしいな」
レーストが剣の柄に手を掛けるとディーンがすかさず二人の間に入る
「そこまでだ。ヒューイもあまり言わないでくれ・・・誰に仕えていたとしても彼は根っからの騎士なのは間違いない」
ディーンがレーストを煽るヒューイを諌めるが当のレーストは感謝どころか仏頂面をディーンに向けた
「・・・ふん・・・覚えていなかった貴様が私の何を語る」
「思い出したって言っただろ?良いライバルだった・・・はず」
「・・・貴様・・・」
そんな会話を続けているといつの間にかダンジョンの前に辿り着く
周囲には魔物や魔人は居なかった・・・だが
「クソッタレ・・・いい性格してるぜあの魔族」
「・・・ジット・・・」
「『要塞』ジットか・・・通せんぼには打って付けだな」
ダンジョンの入口前で3人を待ち構えるのは魔人と化した『要塞』ジット
特に3人に気付いた様子もなくただ立っているだけであったがその存在感は凄まじく見えているはずのダンジョン入口が見えないような錯覚に陥る
「・・・私が行こう・・・残念だが魔人になった者は元には戻らない・・・せめてひと思いに・・・」
「待ってくれ旦那・・・ここは俺っちに任せてくれねえか?」
「ヒューイ?しかし・・・」
「ジットは俺っちを逃がす為に・・・その時助けに戻るって言ったのにこのザマだ・・・せめて俺っちの手で終わらせてやりたい」
「君なら当然知っているはずだ。ジットは『要塞』・・・魔人になる前から一線級の冒険者・・・その彼が魔人となればどれ程の強さになっているか・・・こう言ってはなんだが私ですら危ういかもしれない」
「分かっているよ・・・そんな事は俺っちが一番な・・・けどだとしても、だ」
「・・・ヒューイ・・・」
「そうだ貴様は早く行け。女王陛下達はもう教会に着く頃だぞ?ここでチンケな冒険者の身を案じる事と陛下を体を張って守る事・・・貴様はどっちを取るのだ?」
「嫌な2択を言ってくるね・・・うん?『貴様は』?」
「私は残る・・・口惜しいがあの魔族には私では力不足だ。ここで冒険者の相手をしている方が身の丈に合っている」
「お前なぁ!さっきから・・・」
冒険者をバカにされたと思い怒るヒューイをディーンは無言で手で制す。そしてレーストを暫く見つめると肩を竦めた
「分かったよ。ここは君とヒューイに任せよう・・・頼んだよ」
「おいディーンの旦那!」
「ヒューイ・・・君の気持ちも分からなくもない。ただ時間が無限にある訳ではないんだ。レーストの言う通り陛下が既に魔族の前に立っているかもしれない・・・かと言って君をダンジョンに送り届ける任務を達成した訳ではない・・・だから妥協案だ・・・レーストなら信頼出来る・・・君をダンジョンに送り届けてくれると信じている」
本来の目的はヒューイを無事にダンジョンに送り届ける事だった。その際に魔物や魔人がいればディーンとレーストの2人で処理する手筈だったのだが相手がAランクの冒険者であったジットだと話は変わってくる
その強さは未知数だがディーンでも手こずると予想される・・・そうなればスウ達との合流に遅れが生じてしまう可能性が高かった
ベルフェゴールがスウを守っているとはいえ敵はフェンリルだけではない。騎士として本当なら一時も女王から離れるべきではないはずだった
しかしダンジョンにヒューイを届けるのもまた重要な任務である。ダンジョンに未だ囚われているロウニールを救出しなくてはならないからだ
フーリシア王国の公爵であり救国の英雄でありこの状況を簡単にひっくり返せる人物・・・スウが居なければディーンはヒューイと共にダンジョンに行っていただろう
「・・・女王陛下はこの国の希望・・・自らの毒に侵されたこの国を救える唯一の方だ。私は陛下をお守りしなくてはならない・・・が、ヒューイ・・・君を見殺しにも出来ない。だから・・・」
「・・・分かった分かった・・・わがまま言ったな・・・悪かった。旦那はさっさと希望を守りに行け・・・俺っちは至高の騎士ご推薦の騎士様の戦いっぷりを見学してるからよ」
「何を言ってる?貴様も戦うのだぞ?」
「・・・は?」
「冒険者風情が私と共に戦える事を光栄に思うがいい・・・『千里眼』ヒューイよ──────」
《本当によろしかったのですか?置いて来ても》
「先に行くだけだ。後から行くと返事があっただろう」
現在教会に向かっているのはスウ、シーリス、ベルフェゴールとゼガーにミケの5名である
残りの8名は未だ壁の中に囚われていた
もう少し待とうとしていたスウ達だったが壁の中からアーノンの声が聞こえた
『先に行っていて下さい!必ず追いつきますから!』と
「と言うか先に行きたがってたのはベルフェゴール・・・お主の方ではなかったか?」
《はい。ですがどうも心ここに在らずのようなので・・・フェンリルは心の隙を突いて幻を見せてきます。今のままでは簡単に幻に囚われてしまうかと》
「・・・って事は心の隙がなければ幻には掛からないのか?」
《いえ。フェンリルは見たいものを見せようとしてきます。心の隙があれば掛かりやすいというだけでなくても人間が幻を弾き返すのは難しいかと》
「そう言えば魔物や魔族は掛からないと言っていたな。想像力がどうとか・・・つまり人間という種族的に幻に掛かりやすい・・・そういう事か」
《そういう事です。もし幻を弾き返す人間がいたとしたらその人間はどこか欠けている人間でしょう・・・ワタクシ達のように》
「・・・妾はそうは思えんがな・・・魔族は人間をより完璧に近い存在にしたように思える。だから幻に・・・」
《違いますよ。欠けているから掛からない・・・ただそれだけです》
スウの言葉を遮りベルフェゴールは断言する
その表情は少し寂しげに思えたがスウは勘違いだと首を振った
魔族が人間より完璧な存在と思っているのは変わらない。だからこそベルフェゴールの言う『かけているから掛からない』という言葉が引っかかっていた
そしてベルフェゴールが見せた寂しげな表情もだからこそ勘違いだと思った・・・それだとまるで完璧な魔族が人間を羨んでいるという事になるからだ
「それを言ったら人間など欠陥だらけだがな」
《その不完全さがワタクシ達に欠けているのですよ》
「???」
ベルフェゴールの言葉の意味が理解出来ずスウはシーリスに助けを求めるがシーリスは全力でそっぽを向きスウの視線を躱した
「おのれ・・・」
「完全なものはそれ以上はなく、不完全なものはそれ以上がある状態・・・そういう事ではないですか?陛下」
「ゼガー・・・もう少し噛み砕いて言ってくれ」
「簡単に言うと成長出来るか出来ないか・・・例えばコップがあり水を入れ満水になったとします。更に水を足すとどうなりますか?」
「・・・溢れるな」
「はい。けれどコップの水が半分ほどならどうでしょうか?」
「なるほど・・・まだ入る・・・か。しかしそれも限界があるのではないか?半分しか入っていないコップも水を足していけば結局満水になる・・・今満水かそうではないかの違いなだけでは?」
「そうですね・・・けどコップ自体が大きくなったらどうでしょうか?」
「コップ自体が?」
「完全とは不変を意味します。逆に不完全はそこから如何様にも変化する事が可能であるかと・・・そのままか大きく出来るかはその人次第・・・不完全だからこそ無限の可能性を秘めている・・・私はベルフェゴール殿の言葉をそう受け取りましたが・・・」
「・・・確かにゼガーの言う通りかも知れんな。人間は成長する生き物・・・不完全が故に成長出来ると言い換えられる。だが魔族は成長はしない・・・完全であるが故に、か。らしいぞ宮廷魔術師兼宰相よ」
話を振ると聞き耳を立てていたシーリスは何故か勝ち誇った顔をスウに向ける
「ようやく理解したようね女王陛下・・・アタシもそれが言いたかったの」
「嘘をつけ嘘を。全力で逃げおって・・・この国の先行きが不安だな・・・」
「ムッ・・・で、でも良かったじゃない・・・成長する可能性があるって事は・・・」
「・・・どこを見て言ってる?」
「ささやかな胸?」
「お主も変わらんだろうが!」
「貴女よりはあるわよ・・・服装は派手なくせにそこは派手になれないわね・・・いつまで経ってもペチャパゲッ!」
言い終わる前に鋭くそして殺気が込められた一撃がシーリスの喉を襲う
「峰打ちだ・・・安心せい」
「ゴホッ・・・手刀に峰打ちがあるのは初めて聞いたわ・・・」
既にフェンリルのいる教会は目と鼻の先
一連の流れを見届けたゼガーはその状況下で戯れる2人を見て、心強く感じると共にこの国の行く末を心配するのであった──────




