785階 分断
アケーナ教会
《・・・流石に笑えないな・・・ベルフェゴールめ・・・》
映し出された映像を見て椅子にもたれ掛かるとフェンリルはため息をついた
《残り全てをぶつけても意味はなさそうですね・・・私が行きますか?》
《よせよせ・・・勝てるかもしれんがそれも1対1ならの話だ。あの連中は人間の中でもやる方だろう?なら分が悪い》
《ならばこのまま・・・》
《いや、いい事を思いついた。これなら少しは楽しめそうだ──────》
私達は無駄・・・いや、有意義な時間は終わり再び教会を目指していた
シーリス様のお陰で魔物はおらずベルフェゴールが魔人達を一掃してくれたお陰でこれまでこれといった活躍もなく街を散策しているだけ・・・隣が女性ならば楽しいひと時と言えるのだが・・・
「なんだ?」
「・・・なんでもない」
隣を歩くのはほぼ現役冒険者のフリップ・・・足の怪我がなければ・・・いや、あったとしてもウチのギルドで勝てる者はいないかもしれない
最高のパーティーだった
当時からアケーナは3人パーティーが多く当時はその中でも最強と一目置かれていた
近接アタッカーとタンカーをこなすタフガイ『破壊王』フリップ
聖女に匹敵する回復魔法の使い手であり聖女に対して『ダン女』という訳の分からない二つ名を付けられたテレサ
平凡な魔法使いながら2人に引っ張られるように名を挙げ嫉妬からか付けられた二つ名が『水遊び』の私ことアーノン
2人のお陰で私達は最強であり最高であれた
あの時までは
「・・・足はまだ痛むのか?」
「もう慣れた。日常生活には支障はねえし走らなきゃ痛くねえし・・・季節の変わり目とかにたまーに痛むけどな」
「・・・そう言えば聞いてなかったな。なぜアケーナに?」
「観光・・・ついでに墓参りだ」
「そうか・・・暇なんだなエモーンズのギルドは」
「余裕があると言え余裕があると・・・まあ墓参りに来たはいいがまさか墓から出て来ているとはな・・・しかも蹴られるとは思わなかったぜ」
「来るのが遅いからだ。温厚な彼女も怒るくらいにな」
「・・・忘れたかったんだ・・・何もかもな・・・俺はお前ほど強くねえ」
「私も強くないさ・・・何も出来なかったか・・・ら?」
突然地面が揺れる
普通の揺れじゃない・・・立っていられないほどの激しい揺れだ!
そして更にせり上ってきた壁が仲間達との間を遮断する
揺れが収まると四方が壁に囲まれていた。しかも妙に広い・・・おかしい・・・そんなにみんなと離れていなかったはずなのに・・・
もしかして揺れている間に地面が移動していた?
という事はこれは・・・この壁の目的は・・・私達の分断!?──────
《クッカッカッ!久しいなベルフェゴール・・・息災か?》
突如として響くフェンリルの声を無視してベルフェゴールは近くの壁に近付いた
《おっと、壊すなよ?壊せば誰かが死ぬぞ?まあ貴様にとって人間の死など脅しにもならぬかも知れぬが中には死なせたくない人間もいるだろう?》
《・・・》
フェンリルは手を止め上を見上げる
声はすれども姿は見えず・・・その状況に若干の苛立ちを見せたベルフェゴールだったが無言で守るべき人物の傍へと戻った
《それでいい。貴様らには魔物と魔人の相手をしてもらい最終的にはワシの元へ・・・と思っていたが想定よりも早くこの場に来そうだったから趣向を変えた。その壁は今から送り込む魔人を倒せば消える。倒さず壁を壊せばその中の誰かが死ぬ事になる。もちろん負けても死だ・・・簡単だろう?それに分けるのに少し手心を加えてやった・・・優しいワシに感謝しろ。戦えそうにない者には戦えそうな者と一緒にしてある。見事倒しワシの元に来るがいい》
フェンリルが言い終えると辺りは静けさを取り戻した
「やれやれ・・・妾は戦えぬ者と判断されたか」
《・・・そのようです》
ベルフェゴール&スウ
「アタシは1人なの?」
シーリス
「・・・助かりました」
「エッチな目で見ないでぇ」
ゼガー&ミケ
「この振り分けは悪意がある・・・マジで」
「確かにな・・・アイツら平気かよ・・・」
「・・・南無・・・」
ガートン&オード&ブル
「・・・最悪ぅ・・・」
「そりゃこっちのセリフだ」
「・・・わふっ」
ニーニャ&ウェル&ナル
そして・・・
「ああ、最悪だ。よりにもよってお前とか・・・それに・・・これは運命か?それとも悪戯か?」
「合わせて運命の悪戯ってやつだろ・・・状況が状況なら涙流して喜んでいたかもな」
アーノン&フリップ・・・VSテレサ
他の場所にも次々と魔人となった冒険者が送り込まれる
「遊んでいるのか?それとも何か理由があるのか?それに殺ろうと思えば何時でも殺れるが殺らない・・・そのように聞こえたのは妾だけか?」
《ワタクシ以外は何時でも・・・そう思っているでしょう。ダンジョン内はヤツの胃袋の中と同義・・・溶かそうが捻り出そうが思いのままかと》
「・・・捻り出されるのは勘弁して欲しいのう。それでどうする?コヤツは妾がやるか?」
目の前にゲートで送られて来た魔人が立っている。非戦闘員扱いされて余程悔しかったのかスウは魔人に対して構えるがベルフェゴールは返事もせず無言で魔人に向けて手を突き出すと短く唱える
『グラビティ』と
魔人はその場から動くことなく押し潰され地面に血をぶち撒ける。それを見てスウがベルフェゴールに対して無言の抗議の視線を送るがベルフェゴールは意に介さず前方の壁が下がって行くのを見てスウに一礼する
《どうやら道が開けたようです》
「見れば分かるわ!・・・行くぞ」
《・・・他の方は?》
「出て暫く待つ・・・が、出て来なければ先に行く」
《・・・置いていかれるのですか?》
「壁を壊せば何をするか分からん。それにこの戦いはアケーナだけではなく人類の未来がかかっておる・・・もし奴らが時間を要するなら児戯に付き合い時間を無駄にするのは得策ではない・・・そうであろう?」
《なるほど・・・つまりワタクシが魔人を始末したのは正解だった訳ですね》
「・・・」
スウはベルフェゴールの返しに頬を膨らませ大股で歩き出した
それを見てベルフェゴールは肩を竦めるとシーリスがいた方向を見た
《無事だと良いのですが──────》
そのシーリスは魔人と化した冒険者を前に悩んでいた
見た目が人間ぽくないのなら容赦なく魔法をぶち込む事も出来るが中々どうして見た目がまんま人間だとどうしても躊躇してしまう
フーリシア王国で魔法使いの頂点とも言える宮廷魔術師となったが実戦経験は皆無・・・日々研究に追われていたのだからそれも仕方の無い事だろう
「・・・ねえ・・・聞こえる?」
虚ろな目で棒立ちの冒険者風魔人に声をかけるが無反応・・・仕方なく怪我をしない程度の魔法を唱えようとした時、隣から何かが潰れる音が聞こえた
「ベルフェゴールの『グラビティ』かな?・・・んー・・・ちょっと試してみようかな──────」
ベルフェゴールと皆を待つスウは苛立っていた
本音を言えば全員揃ってフェンリルの元に行きたい・・・が、未だに壁は開かれる様子はなくこのままではベルフェゴールと2人でフェンリルの所まで行かなくてはならない
ベルフェゴールがいれば勝てるかもしれない・・・ただベルフェゴールにああは言ったもののスウの中には甘さが残っていた
《行かないのですか?》
「・・・後少しだけ・・・と思うのは甘さだろうか?」
《それが人間かと》
「よく分かっているな・・・世界の命運が懸かっているやもしれぬのに妾も大概・・・うん?」
一枚の壁が開いた
すると中から疲れ果てた顔をしたシーリスの姿が現れる
「ふん・・・どうやらお主にしては派手にやったようだのう」
シーリスの背後には燃え盛る石の槍で貫かれた魔人の姿があった。それを見てスウはシーリスに話し掛ける
「戦いに地味も派手もないでしょ?ちなみに使ってみたわ・・・『グラビティ』」
「ほう・・・それにしては斬新な結果だのう・・・押し潰したら燃える石の槍が生えてきたか?」
「んなわけないでしょ・・・真の力は発揮出来なかったけどベルフェゴールが最初に唱えた『グラビティ』は再現出来たってだけよ。足止めには有効・・・アタシだとそれが限界ね」
「足止めして石の槍を突き刺したか」
「そういうこと・・・ぶっつけ本番で使ってみたけどかなり難しい・・・魔法の範囲を絞って相手だけを足止めするだけでもひと苦労よ・・・更に継続してかけ続けるにはかなりの集中力がいる・・・慣れるまでは使えないわね」
スウはそれを聞いて改めてシーリスが宮廷魔術師に選ばれた理由を知る
「他の人達は?」
「まだだ。妾が一番でお主が二番・・・他はまだ中で戦っておる」
「妾じゃなくてベルフェゴールと貴女でしょ?何しれっと自分がやったことにしてんの?」
「・・・ふん・・・宮廷魔術師め」
「何よ女王陛下」
2人が睨み合っているちょうどその時、もうひとつの壁が開き始める
見るとそこには聖者ゼガーとミケが立っていた
「おお!お主達・・・ってどういう状況なのだ?」
「何がですかぁ?」
「なぜ護衛のお主が無傷でゼガーがボロボロなのだ」
ゼガーは当然ヒーラーとして後衛としてミケをサポートする役回り。ミケは反対にゼガーを守りつつ魔人を倒す為に向かって行くはず
なのにスウが指摘したようにまるであべこべな状態に首を傾げているとミケはあっけらかんとしてこう答えた
「だって痛いの嫌ですもん」
「・・・なに?」
「だからぁ・・・せっかく聖者のゼガー様とタッグを組むのだしぃ無駄に避けて戦闘を長引かせるよりある程度攻撃を受ける覚悟で倒した方が絶対早いしぃけど痛いのは嫌なので男の子のゼガー様に受けてもらう事にしちゃいましたぁ」
「・・・ゼガーよ・・・お主はそれで良かったのか?」
「・・・どうでしょう・・・ミケが倒してくれたのは事実ですし結果的には良かったかも知れません・・・ですが」
「ですが?」
「彼女は・・・もしかしたらラズン王国全てが護衛という言葉の意味を理解していないのではと思いました」
「なんでぇ!?理解してるしぃ」
「・・・うむ、これが終わったら聖騎士から誰から誰か寄越そう」
「ありがとうございます」
「・・・」
スウとゼガーの会話を聞き憮然とするミケ
ミケはただラズン王国の教訓である『自分の身は自分で守れ』に従いつつゼガーを守り切ったのにと腹を立てていた
若干険悪になりつつ残りの者達を待つスウ達
しかし待てど暮らせど残りの壁は開く事はなかった──────




