784階 続続ベルフェゴールは話が長い
《クッカッカッ!苦労して創った魔物達が一瞬で消し飛んだか・・・まあいい・・・魔物など足止め程度に考えていたからな》
教会を作り直し陰湿な建物へと変貌させたフェンリルは最も拘った玉座に座り目の前の映像を見ていた
《もし宜しければ私が行って・・・》
《おいおいワシの楽しみを奪うな・・・ここに来るにしても段階を踏んでもらわないとな・・・欠陥品は何体残っている?》
《50体程・・・あの1体は言われた通りダンジョン前に配置しました》
《そうか・・・予想通り二手に分かれたな・・・ダンジョンに行きロウニールを探す連中とワシを狙う連中・・・20体程ワシを狙う連中にプレゼントしてやれ》
《・・・ダンジョンの方はよろしいのですか?》
《構わん。どうせ探しても見つからんしな。あの場所は完全に独立した空間・・・辿り着けぬ場所にいる者をどうやって見つけられる?》
《ではあの1体も必要ないのでは?》
《分からないか?余興だよ・・・結末が分かっていても楽しむには余興が必要なのだ》
《なるほど・・・フェンリル様、話は変わりますがひとつお聞きしたいことが》
《なんだ?》
《魔人は命令には従いますが放っておくと勝手に移動し始めます・・・しかも全員バラバラの方向に・・・それは何故でしょうか?》
《本能》
《本能?》
《考える脳まで魔力にやられても本能だけは残っている。だから考えた訳ではなく本能で馴染みのある場所に向かってしまうのだ。住処だったりよく行く場所だったり・・・人間によって違うのはそのせいだ》
《なるほど・・・それで・・・》
《完成品のお前のように思考出来る魔人が増えればいいが・・・まだその辺は研究が足りないな・・・なぜお前だけが真の魔人になれたのか・・・これが終わったら色々と付き合ってもらうぞ・・・レオン──────》
ディーン将軍達はダンジョンを目指し先に行ってしまった。計画ではヒューイがダンジョンに入るのを見届けたら私達と合流しフェンリルを討つ事になっている
だがフェンリルは対人間最強魔族とも言える『幻影』使い・・・なので基本的に私達はの相手はフェンリルではなく魔物と魔人でありフェンリルを相手にするのは同じ魔族であるベルフェゴールだ
「本当に勝てるのだろうな?」
《はい・・・お望みなら片手で相手しますが?》
「望まん望まん・・・勝てるならそれでいい」
《おそらく問題ないかと》
「?片手で相手するとか言ってた者が『おそらく』?」
《懸念材料がひとつだけ・・・前にも話した通りダンジョンコアの存在です。ダンジョンコア・・・サキュバスはなぜフェンリルの言う事を聞いているのか・・・強制的に従わせる事など出来るはずも・・・》
「飲み込んだんじゃない?バカ兄貴みたいに」
《・・・》
「アホ言うな。そのような事をしてダンジョンを操れるようになれるのならとっくに多くの者がダンジョンマスターだ。それにダンジョンコアの実物は見た事ないが結構大きいらしいぞ?人の頭くらいあるとも聞いた事がある。人の口には入りきらん・・・ん?ベルフェゴール?」
《人間には飲み込めない大きさもフェンリルなら飲み込めます・・・なるほど・・・そういう事ですか・・・》
「1人で納得せずちゃんと説明してくれ」
《ロウニール様はまだダンジョン生成前のダンジョンコアに出会い飲み込んだと聞いております。生成前なら小石ほどの大きさなので飲み込めるでしょう。ダンジョンを生成した後はアナタの言う通りそれなりの大きさになります。人間では飲み込む事は不可能な大きさ・・・それにそもそもロウニール様が特殊なのです。本来ならサキュバスなら飲み込まれたとて腹を破り出て来る事も可能でした・・・それなのにそうしなかったのはロウニール様だからこそです》
「バカ兄貴アゲは分かったから何が『そういう事』なの?」
《フェンリルがダンジョンコアを飲み込んだとしたらロウニール様と同じようにダンジョンを生成し自在に操る事が可能です。つまりダンジョンマスター・・・そしてダンジョンマスターはダンジョン内の全てを見る事が出来ます。そうなると当然ワタクシがいる事も把握しているでしょう。ワタクシを見たら尻尾を巻いて逃げる可能性がありましたがどうやらそうはならないようです》
「なんで?」
《魔族が魔族を飲み込んだのです・・・そしてダンジョンを操れるという事は完全ではないにしろ同化しているという事になります。その強さは計り知れません・・・ワタクシを・・・下手をすればアバドンすらも超える存在になっているかも知れません》
「・・・うそ・・・じゃあたとえバカ兄貴を救出出来たとしても・・・」
《それは大丈夫です》
「・・・え?」
《ワタクシより強くアバドンより強くともロウニール様に比べたら・・・ワタクシの心配はロウニール様がお戻りになられる前にワタクシがやられ命令を全う出来ないことです》
「・・・そのバカ兄貴への信頼感はどこから来るのやら・・・まあでもヤバイ相手っていうのは理解出来たわ。あまり焦らず・・・ってお出迎えが来たようね」
話の内容はほとんど理解出来なかったがフェンリルが相当危険な相手だっていうのは伝わった
引き返したくなるが『奴ら』が来て私がここにいる理由を思い出させてくれる
魔人・・・冒険者の姿をした魔人の集団がこちらに向かって来ていた
「忘れておったわ・・・魔物が綺麗さっぱり居なくなったと思ったらそう言えば居たのう・・・厄介なものが」
「人間の姿だけど魔人なんでしょ?ならアタシの魔法で・・・」
再びシーリス様が杖で地面を叩こうとするとそれを制すようにベルフェゴールが一歩前に進み出る
《ここはワタクシが。・・・シーリス様、得意な魔法は土魔法と聞いてますが》
「うん、そうだけど・・・」
《でしたらシーリス様も使えるかも知れません・・・ロウニール様の妹君ですから》
「・・・否定したいところだけど使えるって何が?」
《今からお見せします・・・『グラビティ』》
ベルフェゴールが唱えると魔人達は一斉に体を屈め膝をつく
何かが圧し掛かっているような・・・けどその何かは目には見えなかった
「・・・何をしたの?」
《それを説明するには先ずこの世界の事をお話ししなければなりません。この世界は──────》
──────延々と続くベルフェゴールの話・・・私は話の途中で脱落した
土魔法とはその昔『地魔法』と呼ばれていた・・・って所までは話についていけたがその後のとんでもない話を聞いて頭は混乱するばかりだ
実は私達が立っている地面は水平ではない・・・緩やかなカーブを描いているのだとか
もちろんそれは感じることの出来ない程のほぼ水平に近い曲がり方らしい
なぜ魔法の説明でそのような事を言ったかと言うと私達は巨大な・・・とてつもなく巨大な球体の上に住んでいるのだとか・・・大陸を囲むようにある海・・・その海の遥か向こうに・・・世界の果てに何があるか気になったベルフェゴールは空を飛び確かめに行ったらしい。いくつもの陸地はあるがほとんど海・・・その先へ・・・もっと先へと進んで行くとある陸地に辿り着く。その陸地は・・・ベルフェゴールが飛び立ったこの大陸の反対側だったらしいのだ
西の端から西に飛べば大陸の東側に辿り着く
北の端から北に飛べば大陸の南側に辿り着く
途中でゲートなどを通った感覚はない
つまりベルフェゴールは一周しただけなのだ
世界の果てなどない・・・巨大な球体なのだから
だがベルフェゴールは疑問に思った
もしこの世界が球体ならば上側は問題ないが下側からはなぜ海が落ちていかないのか
この世界が球体なら当然の疑問だ。球体の上には立っていられるが下は・・・左右は立っていられないはず
液体である海水は当然下に流れてしまうはず・・・なのに大陸のほぼ反対側と思われる場所に陸地を見つけて降り立つが平然と立つ事が出来るし海水も流れていかない・・・本来なら大陸が上ならば反対側の場所では海水は上へと流れていってしまうはずなのに
そこでベルフェゴールは『識る』事になる
《大地には引っ張る力のようなものがあるのでは、と。人間や物を引っ張る力・・・重みとはまさにその引っ張る力の強さを表すものではないかと考えるようになりました。それであるならば球体の上であろうが下であろうが関係ないのではないかと》
「・・・」
私は話についていけていないが宮廷魔術師であるシーリス様は流石だ・・・真剣に話を聞き理解しているようだった
《それを識る事によってワタクシは魔法に利用出来ないかと考えました。大地が引っ張る力を有しているならその力を操れないか、と。・・・そして試行錯誤で完成したのがこの魔法『グラビティ』です》
途中飛ばしたような気がしたのは私だけか?
にしてもベルフェゴールには悪いがとてもじゃないが信じられない。球体の上に住んでいるなんて・・・だが大陸から西に向かって行くと大陸の東に着く理由が球体なら説明はつく。ぐるっと一周回っただけと考えればいいのだから
「・・・で?どうやったらその『グラビティ』は使えるの?」
《想像して下さい。ワタクシは魔族でありシーリス様は人間・・・魔力とマナは違いますので具体的には説明出来ません。ですが識る事により想像する事が可能になったはずです。大地が持っている引っ張る力・・・その力を想像するのです》
「・・・分かったわ・・・けど使えるの?その魔法・・・足止めは出来ているみたいだけどダメージは与えられてないみたいだけど?」
シーリス様の言う通りベルフェゴールの長い話・・・もといタメになる話の間、魔人となった冒険者達は身動きこそ取れないもののただそれだけだった
いや、あの魔人を足止めするだけでも大したものだが長い話の割には・・・と感じてしまう
《ええ。『グラビティ』自体は大地の引っ張る力を再現しているだけなので体が重くなった程度にしか感じないでしょう。これでも研究を重ねて強化したものです。『グラビティ』が真の力を発揮するのはこれからお見せする方です》
「真の力?」
《はい。ワタクシは魔法を真似て魔力で使っておりますがシーリス様達はマナを変化させて魔法として使用しています。しかし威力には限界があるかと・・・想像力、マナの量・・・色々原因はありますがその二つが限界の主な理由です。それを解決するには先程シーリス様が放った魔法のようにしなくてはなりません》
「・・・複合魔法・・・」
《はい。二つの魔法を掛け合わせる事により威力を増大させる・・・シーリス様は土魔法と火魔法を複合させ『メテオフォール』を放ちましたが『グラビティ』も実は複合魔法なのです》
「?土魔法・・・地魔法と何を?」
《風魔法です》
「風?」
《風魔法はそれ単体だとあまり強くはありません》
「おい」
そう言えば陛下は風魔法が得意と聞いた事がある。突っ込みたくなるのは仕方ないだろう
《・・・しかし他の魔法と組み合わせるとその威力を倍増させる事が出来るのです。炎は大炎に波は大波に・・・そして引っ張る力は・・・『グラビティ』》
再びベルフェゴールが唱えると全ての魔人はベキベキと音を立て血を噴き出し呻き声をあげる。そして瞬く間に押し潰されてしまった
その光景は一言で言うと『恐怖』
あの魔人が抗う事も出来ずに一方的に押し潰される姿は恐怖でしかなかった
もしベルフェゴールが敵だったら・・・考えるだけでゾッとする
「・・・・・・・・・これが・・・『グラビティ』の真の力・・・風魔法をどう強化に使ったの?」
《引っ張る力と風で上から圧を掛ける力を同時に使いました。引っ張る力が足りないから上から押した・・・そんなイメージでしょうか》
ベルフェゴールは簡単に言うがかなり・・・いや相当難しいはずだ。私は土魔法と風魔法は得意ではないので無理だが、もしかしたら宮廷魔術師のシーリス様なら・・・
「出来そうか?シーリスよ」
「多分無理ね。てか話の半分も理解出来てないし」
《・・・》
どこからともなく風が吹く
今までの時間は何だったのか・・・そんな心の声がどこからともなく聞こえて来たような気がした──────




