756階 ダンジョン都市
「・・・テレサ・・・」
何度も目を擦り見間違えではないか確かめたが間違いない・・・ギルドに入って来たのはテレサ・・・あの黒き大狼に連れ去られたテレサ・・・だ
「・・・お姉ちゃん・・・」
テレサの年の離れた妹であるフェリスも目の前にいる女性がテレサと認識している
フェリス・・・彼女がギルドの職員に応募して来た時は私に復讐しに来たと思った。テレサを見殺しにしてのうのうと生きる私を恨んで・・・しかし違った・・・彼女がギルド職員になった理由は姉であるテレサのようにダンジョンで命を落とす冒険者をなるべく出さないようにする為だった
無謀な挑戦をする冒険者を窘めたり怪我をして帰って来た冒険者を説教したりと初めは口うるさい受付嬢として冒険者に煙たがられていたが次第に冒険者達の信頼を得るようになり今ではフェリスに相談したりする冒険者もいるくらいだ
冒険者の命を守ること・・・それだけを考え彼女はギルドで受付をしていた
そんな彼女の努力を嘲笑うかのように突如として増えた冒険者の行方不明者の増加・・・彼女が組合を復活させたかったのは違うと分かっていてもどうにか出来ないかと考えての末だろう
そんな彼女の前に現れた・・・彼女の生き方を変えた女性が・・・そしてそれは私にとっても同じ事が言えるだろう
私とフェリスの生き方を変えた人物・・・テレサが目の前に・・・
「・・・テレサ・・・今までどこに・・・いや、そんな事はどうでもいい・・・おかえり・・・テレサ」
昔と変わらないテレサ・・・その彼女に導かれるように勝手に足が動く・・・早く彼女を抱きしめろと手が伸びる。だけど心とは裏腹に頭は妙に冴えていた
なぜ昔と変わらない?
無意識に動いていた足が止まる
彼女を抱きしめようと伸びた手を引っ込める
「・・・テレサ・・・答えてくれ・・・君は本当に・・・あのテレサなのか?」
嘘でも頷けば私は彼女に走り寄り抱きしめてしまうだろう・・・だが彼女は何も答えずただ無言で私を見つめた
やはり違う・・・見た目はテレサだが彼女はテレサではない・・・いや、テレサなのかもしれないが・・・上手く言えないがテレサであってテレサではない・・・まさか・・・そんな・・・
ふと思い出したのはフォード達が言っていた『行方不明の冒険者に襲われた』という報告。ベネスはその冒険者に殺されたとフォードは言っていた
もし・・・もし行方不明の原因があの黒き大狼のせいだとしたら?
もし行方不明の冒険者が冒険者や職員を襲ったのが黒き大狼の仕業だとしたら?
「お姉ちゃん!生きて・・・」
「ダメだ!」
テレサに駆け寄ろうとするフェリスの腕を掴む。そしてすぐにその腕を引っ張り引き寄せるとフェリスの背後で轟音が鳴り響く
ギルドの床に大穴が空く・・・その穴を空けたのは・・・テレサ!
もしフェリスがあのまま駆け寄っていたら・・・彼女は跡形もなく潰されていただろう・・・実の妹を・・・あれだけ可愛がっていた妹を顔色一つ変えずに・・・
「は、離して下さい!お姉ちゃんが・・・お姉ちゃんが生きて・・・」
「行くな!もう彼女は・・・テレサは昔のテレサじゃない!君の知る優しい姉でも・・・私の知る虫も殺せないテレサではない!彼女は・・・彼女は・・・」
「ギ、ギルド長!大丈夫か!?てか、彼女は一体・・・」
周囲にいた冒険者達も当然彼女の異変に気付く
決断しなくてはならない・・・私は・・・ギルド長として・・・
でも・・・
「彼女を捕らえてくれ!今は錯乱しているだけかもしれない・・・だから・・・」
違う・・・私が言うべきセリフはそれではない
『逃げろ』か『戦え』だ
テレサが私の知るテレサではないのは明白・・・そしてベネスを襲った冒険者と同じように周りに危害を加える可能性が高い
捕らえようとすれば被害が大きくなる・・・だから言わなくてはならない・・・『逃げろ』か『戦え』と
頭では分かっていても何故か口からその言葉は出て来ない。どこかで期待している・・・おかしいのは今だけで本当はあの頃のテレサのままだと・・・
「了解だギルド長!・・・ネエチャン!捕える時ちぃとばかし胸とか揉んじまうかもしれねえが勘弁してくれよ!」
そんな事を言い冒険者のラックスがテレサを背後から羽交い締めに・・・そしてその手が予告通り胸に手が伸びた瞬間にラックスの頭が弾け飛ぶ
最も見たくなかった光景・・・あの虫も殺せないテレサが冒険者を・・・私の仲間を殺すという行為が目の前で行われた
目の前が真っ暗になる
私の責任だ・・・私が捕らえろなどと言うからラックスが死んだ
少し粗暴ではあったが決して悪い奴ではなかった。知り合いが行方不明になった時は依頼ではなく自ら探しに行った
そのラックスが死んだ・・・テレサの手によって・・・死んだのだ
「ラックス!!・・・クソッ!ギルド長!どうすりゃいい!?捕えるなんて無理だぞ!コイツは・・・化け物だ!」
やめろ
「魔法だ!それか弓とか遠距離攻撃を!」
やめてくれ
「ふざけんなラックスをよくも・・・どうしよもなくスケベな奴だったが悪い奴じゃなかった・・・許さねえ・・・許さねえぞ!」
もう・・・やめてくれ!
「・・・全員ギルドから出て行け・・・これは命令だ」
「はあ?ふざけんなギルド長!ラックスが殺られて逃げられっかよ!」
「黙れ!出て行けと言っている!・・・お前達には無理だ・・・テレサは・・・彼女は私が相手する」
ラックスが殺されたのは私の責任・・・そして突然訪れたテレサとの別れと再会の幕引きは・・・私の手で・・・
「・・・ギルド長・・・」
「・・・行け・・・行ってくれ・・・頼む」
動かなくなったテレサの前で構え見つめながら言うと冒険者達は互いに目を合わせ頷くとギルドをあとにした
何人かは私に何か言おうとしたが言葉を噛み殺し出て行くと残ったのは私とテレサ・・・そして・・・
「何をしている?君も出て行くんだ・・・フェリス」
「姉を置いて行けと言うのですか?」
「彼女は君の姉ではない・・・姉ではないんだ」
「いえ姉です・・・私の大好きなテレサお姉ちゃん・・・だから私は・・・残ります・・・ギルド長が・・・貴方が今度は姉を見殺しにするのかこの目でしっかりと見届ける為に」
「・・・手厳しいな・・・まだ恨んでいるのか?」
「まさか・・・今までもこれからも恨む事はありません。・・・けど」
「けど?」
「ここでお姉ちゃんと心中したら許しません・・・お姉ちゃんの事は覚悟は出来ています・・・けど・・・貴方の事は覚悟は出来てません・・・ギルド長」
覚悟・・・か
いつの間にかフェリスは大人になりいつまでも立ち止まっている私より先を見ていたのだな・・・私は歳だけ重ねて未だあの時のまま・・・テレサの幻影を追い掛けて・・・
現実を見ろ
彼女はテレサじゃない・・・見た目がテレサなだけで違う存在だ
私はギルド長・・・ギルドを守る為に・・・冒険者を、職員達を守る為に存在するギルドの長だ!
「君と対峙する時が来るとは思わなかった・・・アーノン・コルトバとして今でも君を愛している・・・だがギルド長として冒険者に手をかけた君を・・・討つ──────」
アケーナダンジョン前
「レースト!状況は?」
ディーンがダンジョン前で兵を指揮するレーストに駆け寄るとレーストは一瞬視線をディーンに移した後ですぐさまダンジョンの入口を見た
「見ての通りだ。未だダンジョンから出て来るのは下級魔物・・・何とかここで対処出来ているが中級からはそうはいかないだろうな」
ディーンがレーストの隣に並び立つ。その位置は少し高くなっており入口まで見えた。レーストの言う通り現状は魔物を抑え込むことに成功しているようで安心したディーンはホッと肩を撫で下ろす
「兵士達では手に負えない魔物が出て来たら私達が出ればいい・・・しばらくは平気そうだけどね」
「冒険者達は何をしている?魔物相手だと冒険者の方が慣れているはず・・・金さえ払えば協力するはずだが・・・」
「それがひとつ問題が発生していてね・・・どうやらダンジョンで行方不明になっていた冒険者が魔人となり街に出没しているらしいんだ。しかもどれだけの数かは不明だし見た目も普通の魔人と違って人間と変わりないときている・・・下手をすれば魔物より厄介な存在かもしれない」
ダンジョンから延々と湧き出て来る魔物の群れ・・・その魔物よりも強く見た目が人間である魔人に頭を悩ませる
「なるほど・・・あの冒険者は魔人だったか」
「遭遇したのか?」
「兵士と揉めていた冒険者がいた・・・暴れるので処分したがなるほど・・・道理で厄介だった訳だ」
「処分・・・殺したのか?」
「文句を言われる筋合いはないぞ?先に何人もの兵士を殺したのは冒険者の方だ。そのまま放置してはこちらの被害が大きくなると判断して・・・」
「文句を言うつもりはないよ。的確な判断だと思う・・・ただ魔人と知らずに殺した事に驚いただけだ」
「魔物相手よりそっちの方が専門だったからな。しかし魔人か・・・確かに厄介・・・っ!?」
「なんだ?この揺れは・・・」
真っ直ぐに立っていられない程の揺れを感じディーン達は周囲を警戒する
ただの地震ではない・・・そう確信して辺りを見回していると恐ろしい光景が目に飛び込んで来た
「・・・壁・・・街の外に壁だと!?」
「あの位置は外壁の更に外側だね・・・魔法・・・いやあれ程の高い壁を街の周囲に一瞬で張り巡らせる魔法なんて・・・」
街を囲う外壁・・・その更に外側に突如現れた高い壁。その壁は街の外壁のように外敵から守る為のものではなく・・・
「閉じ込められた?」
「・・・街の住民は何処に避難させたんだ?」
「一時的に外壁すぐ近くに・・・あまり離れても収拾が付かなくなりそうだったからね」
「そうか・・・まあ誰がどのようにして壁を作りなぜ閉じ込めたか分からないが問題は無いだろう。ダンジョンから出る魔物さえこのまま抑え込めればな」
「そうだね。まあ魔人の存在は気になるけど今は魔物を・・・・・・・・・あれは・・・」
「どうした?」
「上・・・あれは・・・ゲート!」
「ゲートだと?」
ディーンとレーストはダンジョンの上空に突然現れた黒い穴・・・ゲートを見上げた
そして目を細めてそこから何が出るか見つめる
「・・・ディーン・・・悪い予感がするのは私だけか?」
「奇遇だね・・・私もだ」
ディーンは少しだけ期待していた。ゲートを使える人物を知っているだけにその人物がひょっこり顔を出すのではと
しかしその期待は物の見事に裏切られる
ゲートから出て来たのは・・・羽の生えた魔物、グリフォンだったからだ
「チッ!魔法部隊!上だ!上の魔物を撃ち落とせ!!」
もしグリフォンが住民達がいる外壁の外に行ってしまったら・・・そう考え即座にレーストはグリフォンに狙いを定める・・・が
「レースト」
「なんだ!貴様が飛んで仕留めて来るか?」
「飛べたらね・・・それより不味い事になった」
「だからなんだ!あの魔物がここから飛び立つより不味い事があるのか?」
「ああ・・・ゲートはひとつじゃないらしい・・・」
「なっ!?」
ひとつのゲートからグリフォンが出て来た・・・レーストはそのグリフォンさえ倒せば危機は凌げると判断したがディーンは視線を上空から街の方へと向けていた
その視線の先には同じようなゲートが出現し魔物達がそのゲートから這い出て来る
「・・・閉じ込めた意図・・・もし誰も逃がさないようにする為のものだとしたら・・・」
「ゲートは至る所に・・・最悪外壁の外にも・・・」
「・・・戦力はここに集中している・・・冒険者も街中にはいるが外壁の外は完全に手薄だ。もし魔物が出現したら・・・」
「くっ!・・・どうする?ここを離れれば街に魔物が溢れるぞ?」
「街はほとんどもぬけの殻だ。溢れたところで被害は然程ない・・・建物が壊れても修復出来るが人は死んだら生き返らない」
「そんな事は分かっている!どうするのだと聞いているのだ!」
「・・・中途半端が1番マズイ・・・兵を半分に分け君は北側に私は南側に行く・・・それしかない」
「街を放棄するか・・・いっそ清々しいな・・・それで?その後はどうする?」
「新たに生えて来た壁を壊し外に出る」
「・・・冗談で言ったのだが本気で街を放棄する気か?」
「ああ・・・この街はやがて魔物に飲み込まれる・・・今は人命を優先すべきだ。当然後で取り戻しに戻るけどね」
「・・・牢屋にいた方がマシだったか?・・・そう言えば屋敷の部屋に秘蔵の酒が置いてあるのだがいつ取りに戻れる?」
「避難が終わればすぐにでも・・・ただしその頃にはこの街はダンジョンと化しているだろうけどね」
「・・・ダンジョンがある都市は都市そのものがダンジョンとなる、か・・・笑えないな」
「まったくだ。さて、急ごう・・・私は陛下と宮廷魔術師殿も連れて外に出ないといけないしね」
「ああ・・・では街の外で」
「武運を祈る」
「貴様もな」
ディーンとレーストは今もダンジョンから出て来る魔物と対峙する兵士達を編成しダンジョンから離脱した
ディーンは南へ、レーストは北へ
それぞれが兵を率いて住民達がいる場所を目指した
兵士達がいなくなったダンジョン前からは徐々に魔物が溢れ出て街は魔物で埋め尽くされていく・・・ジワリジワリと──────




