755階 統べる者
《随分と寂しい風景になったな・・・人間が居ないだけでこれ程変わるとは驚きだ》
街を映し出しそれを見つめるフェンリル
私達など眼中に無いってこと?・・・悔しいけどその通り・・・私達は未だに傷一つ付けられずにいた
最初と違って私もシャドウセンジュも本気を出しているにも関わらず傷一つも、だ
《うん?まだ諦めていないのか?スライムごときが魔族であるワシと戦う事自体が間違っているのに・・・望みがあると少し勘違いさせたか?》
《・・・》
勘違い・・・勘違いなどしていない・・・魔物は所詮マナを溜める為の道具・・・消耗品。インキュバス様が自らお創りになり力を与えし魔族とは違う・・・そんなのは分かっている
それでも私は・・・目の前の魔族を倒し救わなければならないのだ!・・・マスターを!
《やれやれ・・・なんとまあ欠陥品を創ったものだ。魔物に意思など要らない。魔物はひたすら命令を遂行するだけでいい。なのに貴様らと来たら・・・こんな欠陥品しか創造出来ない奴を警戒する必要もなかったか・・・創り出した物を見れば創作者の程度が知れるというもの・・・貴様らを見たら分かる・・・恐るるに足らずという事がな》
《アナタにマスターの何が分かると言うのですか!アナタなどマスターにかかれば・・・》
《クッカッカッ!そのマスターは今頃何処で何をしているやら・・・もういい興味が失せた・・・貴様らも鑑賞するといい・・・ワシが創りし傑作品達の活躍をな》
人気のなくなった街の映像・・・そこに冒険者と思われる人間が映し出されていた
特段おかしいと思われる点はなかったが人間の1人が突然暴れ出し次々と同じ人間の命を奪っていく
《どうだ?ワシの創り出した魔人は》
《・・・魔人?》
《見た目人間のままで力は今までの見た目醜い魔人を凌駕する・・・ワシが新たに創り出した魔人だ》
魔人・・・あの人間が魔人?人間は人間同士で争ったりするから特に珍しい光景でもないしヴァンパイア様のように操っているようにも見える。もしあの暴れている人間が魔人なら見た目だけでは横を通り過ぎても気付かないだろう・・・しかしだからといって特に自慢するほどのものではないような気がするけど・・・
《クッカッカッ・・・やはり欠陥品にはあの魔人の凄さが理解出来ぬか・・・いいだろう暇潰しに教えてやる。そもそも魔人とは何なのか・・・魔人とは魔力をマナに変える器官『核』が傷付くもしくは失ってしまった際に魔力に蝕まれた人間を言う。人間は魔力に適合出来ず体は急激に変化し自我を失う・・・その代わりに人間を超えた力を持つ・・・それが魔人だ》
《それくらい・・・》
《知っているか・・・では質問しよう・・・人間が核を失ったら魔人となるが魔物はどうだ?『魔核』を失った魔物は果たしてどうなる?》
《・・・死》
《そうだ・・・ではなぜ人間は核を失って尚生きる事が出来る?》
人間と魔物の違い?・・・そう言えば考えた事がなかった。人間は魔人となるのになぜ魔物はならない?人間と魔物の違いは一体・・・
《分からぬか?まあ分からぬだろうな・・・同じインキュバスが創った物・・・人間と魔物の違いとは何か・・・魔力を発する道具の人間とその人間にマナを使わせる道具の魔物・・・どちらも用途は違うが道具として生み出されたにも関わらず一方は種族を超越し一方は消滅するだけ・・・あまりにも違うとは思わないか?》
《・・・》
《魔物自体が欠陥品・・・とはワシは思わない・・・要は用途が違うだけ・・・魔物は人間を捕らえたり処分したりするのに使う・・・人間は・・・魔族を殺すのに使う》
《っ!・・・アナタ何を言って・・・》
《不思議に思わないか?数々の魔族が人間に殺されて来た・・・最近だとあのインキュバスとアバドンでさえも・・・アレが特殊だとしても他の人間が魔族を殺す事が理由はどうしても説明がつかん。だからワシは人間に興味を持ち研究した・・・なぜ人間が魔族を死に至らしめる事が出来るのか・・・そして分かったのだ・・・人間は超える力を持っている・・・その力の名は『想像』》
『想像』が・・・超える力?
《考えてもみろ・・・魔族だけでこの世界を作れると思うか?街を見たか?家の中は?人間が『想像』し作り出した物はとても素晴らしい・・・魔族が作り出す物など無機質なダンジョンにただ命令に従う魔物くらいなものだ・・・魔族だけでは決してこの世界は作り出せなかっただろう》
《・・・確かに人間の作り出した物は素晴らしいと思います・・・ふかふかのベッドや座り心地の良い椅子・・・雨風を凌ぐ家に歩きやすい道路・・・あれば便利な物ばかりですが果たして必要な物かどうかと問われれば答えは否です。魔族の方々は作れないのではなく作らなかっただけ・・・必要がないのですから》
私も今でこそマスターの創って下さったベッドで寝ていますがなくても平気と言えば平気・・・それこそ寝る必要などないので使わなくても・・・使う理由はただひとつ・・・マスターが私の為に創ってくれたから・・・ただそれだけ
《作れないのではなく作らなかっただけ・・・確かにその通りだろう。だが果たして何も無い所からここまでの物を作れたかな?ワシはそうは思わない・・・必要だったとしても作る事は出来なかっただろう・・・その発想すら無いはずだ》
《ですからそれは必要無いからであって・・・》
《そうだな・・・魔族には必要のない物ばかりだ。では質問を変えよう・・・なぜ人間が魔族を殺す事が出来ると思う?もちろんほとんどの人間は魔族には敵わない・・・だが魔族が人間に殺された事があるのは知っているだろう?なぜだ?なぜ人間ごときが魔族を殺せる?》
《・・・それは数が圧倒的に多く・・・》
《それはもちろんそうだが魔族を1対1で殺す人間もいる・・・必ずしも複数で挑んでいる訳ではないぞ》
《・・・魔族の方の能力を使っており・・・》
《魔族の力と言ってもほんの一部だ。力が弱かったり1部しか使えなかったりと劣化した能力なのは間違いない・・・分からぬか?先程貴様は答えを言ったぞ?》
《・・・必要・・・だから?》
《そうだ。必要だからだ。魔族に対抗する必要があった・・・だから人間は魔族をも超えた。必要とあらば便利な物を次々と作り出し、必要とあらば魔族すらも超える人間・・・素晴らしいと思わないか?必要と思えば全てを超える力を持つ人間・・・インキュバスが創った最高傑作はサタンやベルフェゴールなどの魔族ではない・・・人間なのだ》
《・・・》
《まあ貴様らは否定はすまい・・・何せ貴様らを創ったのもその人間なのだからな。さて・・・なぜワシが人間を使い魔人を作っているか・・・これで分かったのではないか?》
《・・・さっぱりですね》
《・・・これだから欠陥品は・・・分からないか?人間はインキュバスの創った最高傑作だ・・・その最高傑作を更に進化させその頂点にワシが立つ・・・そうしてワシは全てを統べる者となるのだ!まず手始めに魔人を使いワシ以外の魔族を一掃する・・・そして人間を支配する・・・クッカッカッ!使えぬと言いワシをこのダンジョンに閉じ込めたインキュバスは後悔するだろう・・・その使えぬ魔族が奴の創り出した全てを支配するのだからな!》
《・・・くだらない・・・そんな事の為に・・・》
《くだらない?そんな事?・・・だから貴様は欠陥品なのだ。ワシは必要と思えたからこそ力を手に入れた・・・必要と思ったからこそ人間を進化させる事が出来た・・・貴様が『くだらない』と一蹴した・・・必要と思わなかった事で成長したのだよ・・・まあ『想像』の力を持たぬ貴様には分かるまい・・・分かるはずもない。いくら力をつけようと成長せぬ魔物には分かるはずもないのだ!》
分からない・・・目の前の魔族フェンリルが何を言いたいのか・・・私はスライム・・・下級魔物であり力なき冒険者にすら狩られる存在・・・他の存在理由はダンジョンの掃除くらいだ。だが私はマスターに創られマスターの代理を務める程に成長した・・・上級魔物に引けを取らない・・・いや、圧倒する程の力を得た・・・なのに私を欠陥品とヤツは言う・・・私は・・・私は・・・
《自分は特別・・・そう思いたいみたいだな。だが貴様は特別などではない・・・普通のスライムと違う?・・・いや違わない・・・ただ少し便利になった道具に過ぎないのだ》
《違う・・・私は・・・》
《まあ貴様の事などどうでもいい・・・ワシの最高傑作の話に戻そう。インキュバスの最高傑作である人間・・・その人間に手を加えることにより、ワシはより高みを目指そうとしている・・・だがひとつ問題がある。人間は魔人になった瞬間に欠陥品となるのだ。人間が魔人になれば力は上がる・・・だがそれと同時に失ってしまうのだよ・・・『想像』という成長を促す力を。つまり魔人になった人間はその時点で成長が止まってしまう・・・最高傑作から凡作に成り下がってしまうのだ》
フェンリルは大袈裟に頭を抱える仕草を見せる。そして映し出されている魔人を見てため息をついた
《故に今街に放たれているのは欠陥品・・・魔物と同じく使い捨ての物達だ。ワシは考えた・・・どうやったら魔族を超える魔人を創り出す事が出来るか・・・魔族を超えるやもしれぬ原石をただの石ころにせずに済む方法を考えて考えて考え抜いてようやく見つけ出した・・・魔族を超える魔人を生み出す方法を、な》
今街にいる魔人は魔族の方に及ばないってこと?そしてフェンリルは魔族の方と同等の魔人を創った・・・そう言っているの?
《と言ってもまだ創り終えていない・・・今から創るのだからな・・・そこの人間共を使って》
そう言ってフェンリルは未だ放心状態の人間達を指差した
《色々と研究して分かったのだ・・・魔人の強さは元の人間の強さに比例する、と。つまり強き人間が魔人になればより強き魔人が完成する・・・ワシはずっと狙っていたのだ・・・強き人間が手に入るのをずっと待っていたのだ!・・・しかし問題がひとつあった・・・ロウニール・ローグ・ハーベス・・・ヤツだ。インキュバスとアバドンをも倒す人間・・・ヤツが動けば今までのワシは手も足も出ず負けていただろう。強き人間はそれなりに名が知れているからな・・・もしそのような人間が行方不明となったのならヤツが動く可能性が高かった・・・せっかく強き魔人を創ったとしてもヤツが動けば全てが無駄になる・・・そうならない為にワシは焦らずゆっくりと計画を練りヤツに備えた・・・そして・・・とうとうヤツを封じ込める事に成功したのだ!これで強き人間を魔人に創り変えたとて誰もワシに手出しは出来ない・・・これでワシは・・・全てを統べる者となれるのだ!》
《・・・》
確かにレオンという人間はもとよりヒューイもジットも普通の人間に比べたらかなりの強さ・・・フェンリルの言う通りこの人間達が魔人となれば魔族の方をも超えるかもしれない
《さあ欠陥品の貴様らに見せてやろう・・・インキュバスが生み出した最高傑作がワシの手によって生まれ変わる様を!》
フェンリルは私達の横を通り過ぎ人間達の元へ・・・私達などもはや眼中に無い・・・っ!・・・今ならダンジョンの奥に行きマスターの元に行けるかもしれない!
チラリと奥のボス部屋を見るともぬけの殻・・・ボス部屋にいたアークデーモンは既に倒している。マスターは下に落とされたから探すとしたらこれより先に進むべき・・・フェンリルが人間達に向かっている今なら・・・
《どうした?らしくないな・・・スラミ》
シャドウセンジュも今が好機と気付いている・・・そう・・・迷っている場合ではない・・・けど・・・
《・・・分かっています。フェンリルが人間に注目している間にマスターをお救いに・・・》
《らしくないな》
《また!何が『らしくない』のです!マスターを救い出す事が何より最優先・・・他に私らしさなど・・・》
《本当にそうか?それで俺達が望むものが手に入ると・・・本気でそう思うのか?》
俺達が望むもの?・・・シャドウセンジュは知りませんが私はマスターがいればそれだけで・・・・・・・・・違う・・・私が望むのは・・・
《俺は行くぞ・・・俺が望むものを手に入れる為に》
そう言ってシャドウセンジュはダンジョンの奥ではなくフェンリルに向かって歩き出した
そして私は・・・
《・・・どうした?マスターをお救いしなくていいのか?》
《・・・ここで人間達を見殺しにしてはマスターに顔向け出来ません・・・なので仕方なく人間達を助けてから行く事にします・・・マスターの元に》
シャドウセンジュは私の言葉を聞いて何も答えずに口の端を上げて笑みを見せる
その笑みが無性に腹立たしかった・・・なんだか分からないけど無性に
《んん?なんだヤツを助けに行くと思ったが・・・せっかく与えてやったチャンスをものに出来ないとはやはり欠陥品はどうしようもないな》
私達の接近に気付きフェンリルは振り返りもせず肩を竦め首を振る
自分より圧倒的に劣る私達への油断・・・それが唯一私達が付け入る事の出来る隙・・・
《アナタに欠陥品と呼ばれても少しも私には響きません・・・私を評価出来るのはただ1人・・・マスターだけです》
《らしくなってきたじゃないか・・・では行くぞスラミ》
《・・・マスターに言われたいランキング2位をアナタに言われるとは・・・》
《・・・ちなみに1位は何なんだ?》
《・・・内緒です》
言えませんし言われることは一生ないでしょう・・・けど・・・望むことくらい許してくれますよね・・・マスター
《クッカッカッ!人間共を守ろうとする魔物か・・・面白い・・・もう少しだけ遊んでやろう──────》




